大阪府池田市に生まれた「ふるえる書庫」
大阪府の北部、猪名川とその支流の一級河川・余野川に挟まれ、造園業などが盛んな池田市古江町。昔ながらの風情が残る街にある、360年の歴史を持つ浄土真宗のお寺が「如来寺」だ。その「如来寺」の住職・釈撤宗さんが所蔵している3万冊もの書籍をそのまま移し、誰もが読んだり借りたりできるオープンな書庫として開設したのが、今回紹介する「ふるえる書庫」だ。ちょっと変わったネーミングのこの書庫。建物がブルブルしているわけではない。
もちろん所在地の古江町(ふるえちょう)にかけたネーミングであることに加え、書庫で新たな“知”と出合い、心がふるえる体験が生まれる場所にしたい、ここに集う老若男女が、イベントを企画したり店番をしたりといった活動を通じて、それぞれの得意を生かして人前で腕をふるえる場所にしたいという意味も込められている。ふるえる書庫を管理・運営する釈大智(しゃくだいち)副住職に話を聞いた。
隣の空き家を何とかしたい。住職の思いを形に
2022年11月にオープンしたふるえる書庫は、元はお寺の正門のすぐ近くの、昭和初期に建てられた木造住宅だった。お寺のご門徒さんが暮らしていたこの住宅は、受け継ぐ人がいなくなり、それを聞いた住職がご門徒さんから購入し改装を施したものだ。
「築70年以上になる典型的な田舎の木造建築で、そういった建物の改装に実績を持たれている建築士の奥田達郎さんに設計をお願いしました」(釈大智さん)
この辺りは市街化調整区域に指定されており、原則として新築の建物を建てることはできない。玄関を入ってすぐの土間は台所があったスペースだ。書架の前に共用のデスクとチェアが並ぶ。かつての居間との間には、上がり框(かまち)がそのまま残る。
「できるだけ古い日本家屋のよさをそのまま残す形でリフォームをお願いしました」
見上げれば丸太のままの太い梁が横に走る。高い天井から吊るされた照明は、モダンなイメージも醸し出す。しかし、建物全体を書庫とするには難しい問題もあったという。
「本もこれだけあるとその重量は相当なものになります。耐震性も含めて、そこをどうクリアするかが難しかったみたいですね。そこで設計した奥田先生が考えたのが、書架を床から天井までつなげて柱の役割も担うというものです」
なるほど、並んだ書架は天井まで届いている。本が詰まったそれが強固に建物を支える設計になっていた。
書架に並ぶ3万冊の本のジャンルは多彩だ。教育者でもあり宗教学者でもある住職が収集した本は、宗教や哲学分野にとどまらない。上方落語やアートに関する書籍、2階にはコミックも並ぶ。「でもやはり、自然科学系は少ないかも。宗教や哲学に関するものが7割といったラインアップです」と大智さん。インターネットをはじめとした多様なメディアが取り巻く現代。緑豊かな郊外の静かな環境のなかで、ひとり活字に触れる時間は、かけがえのないものだと感じた。
進む高齢化と増える空き家。お寺が町の課題解決を目指す
人口が1,000人にも満たない古江町。車で10分ほど南に行った阪急池田駅周辺には都市施設が整い良質な住宅街が広がる。北へ行けば、早くから開発された大規模ニュータウンも多く存在する。一方、市街化調整区域のため住宅開発が行われず、時間が止まったような古江町について大智さんは、「住民の高齢化が顕著です。鉄道駅がないため、車以外ではバスに乗って買い物や病院へ行かなくてならない」と説明する。
「家の近くで、歩いて行ける人が集まる場所は、この町にとって貴重な場所です。実はふるえる書庫開設の前から古江町に認知症高齢者のためのグループホームを立ち上げ運営しています」
お寺として町の人々の役に立ちたい。これは住職の願いだと、大智さんは語る。
みんなが主役で、みんなで運営する
取材当日も、ふるえる書庫で来客の対応をする女性が2人いた。
ふるえる書庫はメンバーシップに支えられている。ネット上のコミュニティープラットフォームを使い、メンバーを募集。メンバーはイベントのお知らせなどを受け取れるだけでなく、自分たちでイベントを企画するなど、運営そのものを担っている。改装時の塗装作業や、日常の清掃や建物のメンテナンスも、メンバーたちが行う。本の閲覧や借り出しは、メンバーかどうかにかかわらず無料だ。
「今の時代、ネットの力は強いですね。もちろん、町のおじいちゃんやおばあちゃんも来られますが、全国からさまざまな方が来られます。池田駅からの便は少々良くないですが、若い人には関係ない。レンタサイクルで来る人などもいて、自然豊かな古江町は、来るだけで価値があるとおっしゃってくださいます。遠くは富山から来られた方も。来られる動機としては、もちろん本もありますが、この建物に関心を寄せる人も多いです」
メンバーで企画するイベントも多彩だ。
「ふるえる書庫を設計された奥田先生が手がけられた飲食店のカレーを集め、お寺の境内などに約10のブースを設営した食のイベントは、町の人にも大変好評でした。ほかには、著名な哲学者や作家の出版記念トークイベントなども開催しています」
地域にフォーカス。これからも変わらないお寺と町の関係
かつてお寺は、村の中心だった。役所や学校の役割も担った。近代以降はお墓も多様化し、菩提寺としての役割も変わってきている。しかし大智さんは言う。
「例えば、家や町の困り事としての空き家対策も、信頼のあるご門徒とお寺の関係だからこそできることもあります」
ふるえる書庫の運営と並んで、住職の奥さま(如来寺の坊守さん)は古江町の特産としてレモンの栽培にも取り組む。町の農家とタッグを組んで「レモン部」をつくった。成功の暁には、特産レモンを使用した食のイベントももくろむ。
困り事をみんなの知恵と工夫で解決するため、コミュニティの拠点になろうとする「ふるえる書庫」。時代は変わり、お寺と町の関係も変化しようとしている。町のみんなが支えるお寺を核にみんなで町の困り事を解決する。大智さんは、町の人たちとのそんな関係を模索する。
宗教や哲学、アートや落語といったノンジャンルの知的資産を通じて、人と人が出会う「ふるえる書庫」の活動がどう広がっていくのか興味が尽きない。
■取材協力
ふるえる書庫
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