二転三転した結果、再開発が白紙となった福山駅前の伏見町

広島県の最南東に位置し、岡山県と接する福山市。人口約46万人で県内第2の規模、中国地方で第4の規模の都市だ。広島県東部から岡山県西部にまたがる「備後圏」の中枢都市であり、同市中心市街地にあるJR福山駅は新幹線「のぞみ」も停車する備後圏の玄関口である。

その福山駅周辺は90年代後半以降、商業の衰退が続いている。状況を打破すべく、福山駅前では再開発計画が進んでいる。なかでも注目の取り組みをしているのが、伏見町である。伏見町は福山駅のすぐ南東、駅南口のロータリーの東側に位置している。伏見町では過去に大きな再開発が計画されていたが、頓挫。そのため古い建物などが残っていた。この懐かしさを感じさせる雰囲気を逆手に取り、リノベーションによる街づくりを展開し、注目されているのだ。

伏見町の様子。左端に見えるのがJR福山駅、下側は駅前ロータリー伏見町の様子。左端に見えるのがJR福山駅、下側は駅前ロータリー
伏見町の様子。左端に見えるのがJR福山駅、下側は駅前ロータリー伏見町のメインとなる通り。2022年に「伏見ゴッサム通り」の愛称が付けられた

もともと伏見町は繊維卸問屋街として栄えていた。1960年代になると日本鋼管(現 JFEスチール株式会社 西日本製鉄所 福山地区)が稼働しはじめ、福山市は人口が急増。伏見町をはじめとする福山駅周辺の商店には人があふれ、買い物客でにぎわった。しかし70年代に自動車が普及しはじめるとしだいに買い物客は郊外の大型店に流れ、駅前の商店への来店客は減少していく。

伏見町では活気を取り戻すべく再開発の話が浮上し、70年代半ばに「伏見町再開発調査研究特別委員会」が発足。さらに1986年には「福山市伏見町市街地再開発準備組合」が設立された。そして1990年には「そごう百貸店」の誘致が決まり、株式会社福山そごうと覚書調印締結するまでに至る。

しかしバブル崩壊といった経済状況などにより、そごうが出店を断念。さらに2000年にそごうグループが経営破綻してしまう。2005年には複数社の共同事業として、伏見町に複合商業ビルの計画が出された。だが2009年に事業者の1社が撤退・経営破綻。複合商業ビルの計画自体が白紙になったのである。その後、大手商業施設との交渉も折り合いがつかず、2016年に伏見町再開発準備組合は解散した。

70年代半ばから約40年にわたって再開発が議論・計画されてきたが、実現できなかったのである。伏見町の人口も101人(2014年)に減少した。これは伏見町再開発の話が始まった当時の約3分の1となる。

伏見町の様子。左端に見えるのがJR福山駅、下側は駅前ロータリー「伏見ゴッサム通り」の様子
伏見町の様子。左端に見えるのがJR福山駅、下側は駅前ロータリー伏見町には老舗の店舗も残っている

リノベーションスクールの開催を契機に動き出した伏見町

2016年に再開発計画が頓挫した伏見町だが、ふたたび動きはじめたのは2018年。伏見町内にあるコワーキングスペースで「リノベーションスクール@福山」が開催された。リノベーションスクールは株式会社リノベリングが主催する。同社は空き物件などの遊休不動産や潜在資源を活用し、リノベーションによる街づくりを提案している。

約40年のあいだ再開発が進まなかったことにより、伏見町には低層の古い建物や遊休不動産が多く存在した。また車通りは少なく、街並みには昭和の雰囲気が色濃く残る。これを逆手に取って、リノベーションによる街づくりに活路を見出したのである。

【参考】
株式会社 リノベリング 公式サイト
https://renovaring.com/

伏見町の路地の様子伏見町の路地の様子

リノベーションスクールは実在する遊休不動産を対象としたビジネスプランを考えるワークショップを中心とした、短期集中の実践型スクール。参加者は一般市民だ。福山におけるリノベーションスクールは2018年に2回、2019年と2020年にそれぞれ1回の合計4回開催されている(2023年12月時点)。

いずれも20人前後の市民が参加し、4グループに分かれそれぞれビジネスプランを出し合った。リノベーションスクールの開催後は各プランのブラッシュアップを重ね、事業化を目指す。そしてリノベーションスクールで出されたプランは、実際に事業として動き出したものも多い。

2018〜2019年の2年間で、伏見町で計20の新規事業が生まれた。このうち、リノベーションスクールから7の事業が生まれている。さらに3件の街づくり会社が誕生。またUR都市機構が民間の土地を取得し、行政の方向性と合致するプロジェクトに賃貸する実験的プロジェクトも始まった。このように2018年に開催されたリノベーションスクールをターニングポイントとし、伏見町での街づくりが動き出したのである。

伏見町の路地の様子リノベーションスクールの会場となったAREA INN FUSHIMICHO カフェラウンジ(第1・2回時はhalappa)

伏見町におけるリノベーションによる街づくり

2018年のリノベーションスクールの開催を起点に、2018年の後半からスタートした伏見町のリノベーションによる街づくり。伏見町の街づくりについて、福山伏見町商店会の副会長・君野 和史(きみの かずふみ)さんに話を聞いた。

君野さんは「リノベーションによる新規出店の第1号となったのが、2018年12月にオープンした肉バル『IKEGUCHI MEET PUBLIC HOUSE(イケグチ・ミート・パブリック・ハウス、現在は業態変更で焼肉いけぐち)』です。福山市郊外で営業している老舗精肉店『池口精肉店』の方がリノベーションスクールに参加されており、それがきっかけで出店となりました」と語る。

「また同じ12月には『AREA INN FUSHIMICHO(エリア・イン・フシミチョウ)』もオープンしています。"まちやど"をコンセプトとするゲストハウスで、カフェとコワーキングスペースも併設された新しい試みの施設です」と君野さん。

その後も新規出店も続き、飲食店やゲストハウスのほか、小売店、醸造所、シェアキッチン、絵画造形教室など多岐にわたる店舗・施設が伏見町にオープンした。これらの中には、リノベーションスクール関連以外で出店した店舗もある。

福山伏見町商店会 副会長 で、伏見町にあるカレー店「旧水曜カレー」店主の君野和史さん福山伏見町商店会 副会長 で、伏見町にあるカレー店「旧水曜カレー」店主の君野和史さん

「伏見町の第1号であるIKEGUHIさんが注目されて話題となり、非常に人気でした。IKEGUCHIさんという好例ができたことも、のちの伏見町への出店が増える大きなポイントだったと思います。リノベーションスクールでもアンカーショップ(集客力のある中心的店舗)をつくることにより、ほかの新規店舗を引き寄せてくるという話がありました。まさにIKEGUCHIさんがアンカーショップとなりました」と君野さんは振り返る。

また伏見町では、古くから営業している老舗や長く居住する住民もいる。「新規店舗と古くからの老舗や住民とのあいだを、取りもってくれた方がいます。伏見町で長く店をされている方で、積極的に地域の活動に参加されるなどし、尽力されている方で、伏見町の既存の店舗・住民からの信頼も厚い方です。その方が新しい店舗と既存商店・住民のあいだを上手に橋渡しをしてくれました。まさに伏見町の街づくりにおける、影の立役者ですね」と君野さん。

またその方は、不動産のマッチングでも活躍したという。君野さんは「新しく事業をしたいが、出店希望の不動産は誰の所有かわからないということもありました。そのときに、さきほどの方が出店希望者と不動産所有者をつないだりしてくれました」と語る。

福山伏見町商店会 副会長 で、伏見町にあるカレー店「旧水曜カレー」店主の君野和史さん伏見町リノベーション店舗第1号となった「焼肉いけぐち」(開業時はIKEGUCHI MEET PUBLIC HOUSE)
福山伏見町商店会 副会長 で、伏見町にあるカレー店「旧水曜カレー」店主の君野和史さんリノベーションによる活性化が始まったことで、伏見町へ出店する店舗が増加した

新たに生まれた商店会が団結し、さまざまな取り組みを実施

2018年後半以降、人通りは大きく変わったという。「2018年以前、伏見町にはほとんど人通りはありませんでした。2018年後半以降は、平日でも伏見町を歩く人が多くなりました。世代も若者からご年配まで、幅広い人が歩くようになり活気が出ましたね。伏見町の雰囲気は変わったと一目見てわかるほどでした。また地元の人だけでなく、仕事や観光で福山に来た方が伏見町を歩く光景も多かったです」と君野さん。

君野さん「実は伏見町には町内会はあったのですが、商店会がありませんでした。新規出店が増えたことで、ついに2021年に福山伏見町町内会が発足したのです。町内の店が連携し、さまざまな施策に取り組んだり、課題について話しあえるようになりました。一致団結し、伏見町の街づくりが加速させていきたいですね」

カレーフェスティバルの様子カレーフェスティバルの様子
カレーフェスティバルの様子カレーフェスティバルの様子

活気が出てきたことにより、伏見町ではイベント開催も展開し相乗効果も狙った。音楽イベントやワイン関連イベント、ロータリー西側の三之丸地区と連携したカレー食べ歩きイベント(カフェーフェスティバル)などだ。福山市の協力のもと、「伏見路地構想」という社会実証実験も行った。車の通行を封鎖し、店舗前の道路に椅子・テーブルを設置するものである。

ほかにもユニークな取り組みを展開している。2022年に映画『THE BATMAN -ザ・バットマン-®』に登場する架空都市『ゴッサム・シティ』と福山市が友好都市を締結。福山の名前の由来が「蝙蝠山(こうもりやま)」であることから、コウモリつながりで締結されたものだ。友好都市締結にヒントを得て、伏見町を東西に貫くメイン道路の愛称を「伏見ゴッサム通り」と命名したのである。あわせて各店舗では、コウモリやバットマンにあやかった商品を販売するなど、集客に工夫をこらした。

カレーフェスティバルの様子「伏見ゴッサム通り」の様子
カレーフェスティバルの様子伏見ゴッサム通りにある居酒屋「福山バット」

個性的な新店舗と地域に根付いた老舗が入り混じる

IKEGUCHI MEET PUBLIC HOUSEの直後にオープンしたゲストハウス・AREA INN FUSHIMICHOも、伏見町の街づくりのポイントとなった施設だ。

もともと伏見町で映画館などを長年運営している企業・株式会社フューレックが、自社ビル1階にあるコワーキングスペースを改装し、カフェとゲストハウスのレセプションを設置。宿泊場所は、伏見町内のビル2か所をリノベーションして設けた。AREA INN FUSHIMICHOは、伏見町全体を宿泊場所とする「まちやど」をコンセプトとしている。宿泊者にカフェを拠点にして、伏見町の店を巡ってもらうというものである。

AREA INN FUSHIMICHOの檀上 真聡(だんじょう まさとし)さんは「AREA INN FUSHIMICHOは伏見町の魅力を発信する、町内の拠点的な施設です。『はしご酒』という、参加者がグループに分かれ、伏見町内の飲食店を巡りながらお酒を楽しむというイベントも開催しています」と話す。

「宿泊者は当初からとても多く、新型コロナウイルス感染症の流行で一時はかなり減少しましたが、現在は前以上に多くの方に宿泊いただいております。利用者は観光の方から仕事の方まで幅広く、海外からのお客様も多いです」と檀上さん。

このほかにもリノベーションスクールから生まれた施設として、シェアキッチン「Little Setouchi」などユニークな施設もある。

「AREA INN FUSHIMICHO」のカフェラウンジとレセプション。奥のガラスの向こうはコワーキングスペース「halappa」「AREA INN FUSHIMICHO」のカフェラウンジとレセプション。奥のガラスの向こうはコワーキングスペース「halappa」
「AREA INN FUSHIMICHO」のカフェラウンジとレセプション。奥のガラスの向こうはコワーキングスペース「halappa」AREA INN FUSHIMICHO カフェラウンジや映画館が入居する藤本ビルディング

伏見町で注目されているのは、新しい店だけではない。伏見町に人通りが増えたことで、昔から営業している老舗にも注目が集まっているのだ。

和菓子店「富久屋本舗」は1933年に創業し、約90年の歴史がある老舗。薪で焚く粒餡がタップリの「伏見最中」と色とりどりの「季節の生菓子」が名物だ。人通りが増えたことで、とくに若い世代のリピーターが増加したという。

また「今川茶舗」も1931年に創業した老舗だ。もともと茶道関係者などが主要顧客だった。店主の今川幹康(いまがわ もとやす)さんは「リノベーションによる街づくりにより、人通りが増えました。その直後にコロナ禍が始まったのですが、それを機に店のリニューアルを決断しました。それまでの茶葉や茶道具の販売スペースを縮小して、残りをカフェスペースとし、抹茶ラテやほうじ茶ラテといったドリンクやスイーツを販売することにしたのです」と話す。

「リニューアル後は客層がガラッと変わり、驚きました。カフェを目的とする若いお客様が非常に増えたと感じています。ご年配のお客様も来店され、老若男女幅広い客層となりましたね」と今川さんは語る。

「AREA INN FUSHIMICHO」のカフェラウンジとレセプション。奥のガラスの向こうはコワーキングスペース「halappa」若いリピーターが増加した老舗和菓子店「富久屋本舗」
「AREA INN FUSHIMICHO」のカフェラウンジとレセプション。奥のガラスの向こうはコワーキングスペース「halappa」カフェを併設してリニューアルし、客層が広がった老舗「今川茶舗」

イベントのクオリティーアップで伏見町の魅力発信に力を入れる

君野さんは、今後の課題と感じることがあるという。「イベント開催のクオリティーアップが課題と思っています。これまでのイベントは、基本的に伏見町の商店会のメンバーを中心に活動してきました。しかし、私たちはあくまで商店主が本業。イベント開催について、その道のプロの力も借りていければという思いがあります」

「伏見町外の方でも、伏見町の取り組みや思いに共感していただけるプロの方と協力していき、より広く伏見町の良さを知ってもらい、足を運んでもらいたいですね」

「あと2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行によって、せっかく活気が出た伏見町の人通りが減少しました。コロナ禍が落ち着いて、徐々に人通りは戻っていますが、まだまだ以前の活気には及ばないと感じています。コロナ禍で減った人通りや活気を、取り戻していくのも課題です」と君野さんは語る。

日替わりで店が変わるシェアキッチン「Little Setouchi」日替わりで店が変わるシェアキッチン「Little Setouchi」
日替わりで店が変わるシェアキッチン「Little Setouchi」ダンス教室をリノベーションし、クラフトビール醸造所や居酒屋、カフェ兼レンタルスペースなどが入居する「WATERING HOLE」

昔からあるものを生かし、人を集めてにぎわいを生む。福山市伏見町のリノベーションによる街づくりの取り組みは、ほかの地域の参考になる前例かもしれない。伏見町以外にも、福山駅周辺・福山市中心部ではさまざまな街づくり計画が進行している。今後の福山駅周辺・福山市中心部に注目だ。


取材協力:福山伏見町商店会

日替わりで店が変わるシェアキッチン「Little Setouchi」老舗のステーキ店「ALLEY」
日替わりで店が変わるシェアキッチン「Little Setouchi」スパイスカレーが人気のカレー店「旧水曜カレー」

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