住宅における省エネ改修の停滞

日本の住宅において断熱性能が著しく劣っている事実は、以前から大きな問題であった。温暖地でも複層ガラスが必須となった断熱等級4はいわば「最低限の断熱性能」であるが、1999年の制定から約20年が経過したにもかかわらず、住宅ストック全体に占める断熱等級4の割合は13%に過ぎない(国交省推計 令和元年)。
残りの8割以上を占める実質無断熱の住宅について、省エネ改修により断熱性能を向上させる必要性は以前から指摘されてきた。2010年からは「住宅エコポイント」制度が予算1,000億円で開始され、内窓追加などの「エコリフォーム」も対象とされた。ただしポイント給付に占めるリフォームの割合はわずか14%に留まり、新築偏重の傾向は変わらなかった。その後も断続的に支援策が続けられるが、省エネ改修の本格的な普及には至ることなく、住宅リフォームの市場も長年6兆円程度で伸び悩んできたのが現実である。
矢野経済研究所:住宅リフォーム市場に関する調査を実施(2023年)

くらしGXへの巨額の長期投資がはじまる

近年になって、冬期における室内の寒暖差による健康被害「ヒートショック」が広く知られるようになり、直近のエネルギー価格の高騰、そして脱炭素化推進への政策転換もあって、ようやく省エネ改修に向けて本格的な施策が打たれるようになった。これまで、日本政府の脱炭素に向けたGX(グリーン・トランスフォーメーション)政策は、原発やアンモニアなど既存の重厚長大産業の支援という意味合いが色濃いものであったが、最近になって「その果実を国民が実感でき、くらしの質が向上する」「各家庭の光熱費低減や快適性向上につながる」、くらし関連部門のGXが注目され、これまでにない長期(5年程度)にわたる巨額の投資が計画されている(図1)。

図1 GX実現に向けた投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」(出典:経済産業省HP)図1 GX実現に向けた投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」(出典:経済産業省HP)

「窓の断熱」と「給湯器の高効率化」が省エネ改修の2本柱

特に、2023年から始まった住宅省エネ化支援事業「住宅省エネ2023キャンペーン」では、国交省・経産省・環境省の3省合同の補助事業として、従来になかった充実した補助が実施され、大きな注目を集めている(図2)。とりわけ、断熱における最大の弱点である窓の断熱改修を補助する「先進的窓リノベ事業」と、最もエネルギーを消費する給湯器の高効率機種を補助する「給湯省エネ事業」は、ピンポイントで最大限の断熱強化・省エネの実を確保しようとする、政府の強い意志を感じるものになっている。
2023年の実績としては、対象が幅広い「こどもエコすまい支援事業」が、追加分も含め早々に予算を使い切っている(図3)。「先進的窓リノベ事業」は、補助率1/2(実際にはそれ以上)で1戸あたり上限200万円という条件の良さから、開始早々メーカーに注文が殺到。特にコスパの良さから人気の内窓は、生産能力が限られるメーカーが納期を延長したため、不安に駆られた事業者がさらに先行して発注する悪循環に。そのうち今度は予算が底をつくのではという疑心が現場に広がり、発注が手控えられて急ブレーキがかかるという、ジェットコースターのような軌道をたどった。最終的にはおおむね使い切れたようであるが、安定的な発注・共有に向けて、補助率やメーカーの生産能力の改善が求められる結果となった。「給湯省エネ事業」に関しては、1台あたりの金額が少なかったことから、予算の1/3にも達しない低調な執行率に終わってしまっている。

図1 GX実現に向けた投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」(出典:経済産業省HP)図2住宅省エネ化支援事業2023年度における補助対象・補助額と予算(出典:内閣官房GX実行推進室)
図1 GX実現に向けた投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」(出典:経済産業省HP)図3住宅省エネ化支援事業2023年度における予算の執行率2023年12月26日現在(出典:「住宅省エネ2024キャンペーンHP)

住宅省エネ化支援事業 2024年度のアップデート

2024年度の住宅省エネ化支援事業では、全体に予算が増額されるとともに、2023年度の実績を受けて改良が加えられている(図4)。アップダウンの激しかった「先進的窓リノベ事業」については、予算枯渇の不安を抑えるため総額が増やされている。また補助額が見直され、内窓が若干低下する代わりに外窓交換(カバー工法)が増額されている。ただし内窓も依然として非常に有利な補助額なので、あまり気にせず好みの方法を選べばよいだろう(図5)。メーカーも生産能力を大きく増やし、安定供給に向けた努力を重ねているので、2024年度は窓の断熱改修がスムーズに進むことが期待される。

図4 住宅省エネ化支援事業2024年度における補助対象・補助額と予算(出典:内閣官房GX実行推進室) 図4 住宅省エネ化支援事業2024年度における補助対象・補助額と予算(出典:内閣官房GX実行推進室)

窓の断熱グレード

今回の「先進的窓リノベ事業」は「5年間程度の長期計画」「リノベ単体に巨額予算」「補助率の高さ」という、従来のチマチマした小出しの補助とは一線を画す、本気の政策といえる。もう一つ大事なポイントが、「求められる窓の断熱性能が高い」ということだろう。

建物外皮の断熱性能は、「熱の逃げやすさ」を表す熱貫流率U値で比較される(図6)。断熱材をしっかり詰めた壁のU値は0.4程度であるが、既存住宅で主流のアルミサッシ・単板ガラスのU値は6.51と非常に大きい。また一般にはガラス2枚の「複層ガラスは高断熱」という認識があるようだが、そのU値は4.65。内窓を追加してアルミサッシ・単板ガラスの2重窓にしても、U値は3.22と大きいままである。2010年の住宅エコポイントでは、このレベルのエコリノベが多かったと思われるが、温度や省エネの改善効果をイマイチ実感できなかった可能性が高い。

先進的窓リノベ事業が求めるのは、より高断熱なU値1.9以上への窓改修である(一部2.3以下でも可)。こちらは、今年度から開始された「新窓ラベル」の区分に対応したものとなっている。これまでの旧窓ラベルは、最高の4つ星でもU値が2.3以下と、U値1.3未満が必須なドイツなど海外に比べて著しく劣っていた。新ラベルでは4つ星でU値1.9以下、5つ星で1.5以下、6つ星で1.1以下とパワーアップ。先進的窓リノベ事業は、それぞれをAグレード・Sグレード・SSグレードとして、高断熱なものほど補助額を割り増している。5つ星のSグレードも現在の高性能内窓なら容易に達成できる、アルミ単板の外窓からU値を4分の1以下に削減できるので、住まい手もまず間違いなく温熱環境の改善や暖房の省エネを実感できる。

筆者も、自宅に高断熱の内窓を設置し、その断熱・遮熱・遮音の効果を身をもって実感しているので、自信をもっておススメできる。補助が充実している今のうちに、効果を確実に実感できる高いレベルまで窓の断熱改修をしっかりやりきるのが得策である。併せて、ドアについても断熱タイプへの交換が補助対象に追加されているので、玄関や勝手口の寒さに悩んでいる人はぜひ検討いただきたい。

図4 住宅省エネ化支援事業2024年度における補助対象・補助額と予算(出典:内閣官房GX実行推進室) 図5先進的窓リノベ事業における改修方法(出典:環境省HP)
図4 住宅省エネ化支援事業2024年度における補助対象・補助額と予算(出典:内閣官房GX実行推進室) 図6窓の断熱性能U値と新旧窓ラベルおよび先進的窓リノベ事業の補助対象

給湯省エネ事業は大幅テコ入れ

省エネにおいて最も重要な設備でありながら、2023年度には著しく低い執行率にとどまった給湯省エネ事業。こちらも大きくテコ入れがなされている(図7)。2023年度は、エコキュートやハイブリッドの補助額が1台5万円と低く、わざわざ手間をかけて申請する魅力に乏しかった。2024年度には1台当たりの補助金がおよそ2倍に増額され、さらに「昼間沸き上げ」に対応した機種はさらに割り増しとなる。太陽光発電を中心とする再生可能エネルギーの電気が増えるにしたがい、余剰電力を使ってヒートポンプにより沸き上げができる貯湯式給湯機は、需給安定化への貢献の期待が高まっている。エコキュートといえば、かつては原発の生み出す深夜の余剰電力で沸き上げるのが当たり前であったことを考えると、まさに隔世の感がある。
また大変面白いのが、蓄熱暖房機や電気温水器の「撤去」に補助金が出るということ。これらの機種は極めて低効率な電気ヒーターを使うため、電気を膨大にムダにする「増エネ設備」の筆頭格。おまけに壊れにくいので、何十年も知らずに使われて電気を浪費することが問題視されてきた。今回、政府が省エネ設備の普及のみならず「増エネ設備の撤去」にまで踏み込んできたことは、今までにない政府本気を示す証左に違いない。万一、これら増エネ設備を知らずに使っている場合は、このチャンスを生かして直ちに撤去・更新を強くお勧めする。

図7 給湯省エネ事業における2024 年度の補助対象と補助額(出典:資源エネルギー庁)図7 給湯省エネ事業における2024 年度の補助対象と補助額(出典:資源エネルギー庁)

賃貸集合住宅の省エネ化・断熱化に向けて

2024年度にさらにパワーアップする住宅省エネ化支援事業。持ち家に住んでいる人にとっては、このビッグチャンスを活かし、健康快適で電気代も安心な生活を手に入れていただきたい。一方で、賃貸に住んでいる人は、自分で改修するのが難しいことが、大きな課題である。
賃貸住宅においては、プロパンガス事業者が自社負担でガス管や給湯機を設置し、後で高額なガス代で住まい手から回収する、いわゆる「プロパンスキーム」が一般的。これでは、ガス事業者が高額で、かつガス消費量が減ってしまう省エネ給湯器を設置するインセンティブはゼロである。
高効率な潜熱回収型、通称「エコジョーズ」の出荷全体に占める割合は、ガス給湯器10.5%、ガスふろがま55.1%、ガス温水給湯暖房機64.7%。全体で40.9%と、半数以下にとどまっている(ガス石油機器工業会統計 2023年度前期)。低効率な「非エコ」の多くは、このプロパンスキーム向けと予測される。住まい手を高いガス代に苦しませるとともに、省エネの大きな障害ともなっているのだ。
幸いにして、2027年度からプロパンスキームは禁止される運びとなった。さらに、2024年度からは住宅省エネ化支援事業に「賃貸集合住宅の省エネ化支援」として、潜熱回収型への更新補助が開始された(図8)。早急なエコジョーズ化は必須であるが、燃焼式である以上100%以上の効率は発揮しえない。今後はヒートポンプや太陽光発電を活用した、賃貸住宅に適した給湯システムの開発が期待される。

図8 賃貸集合住宅の給湯設備の省エネ化事業(出典:資源エネルギー庁)図8 賃貸集合住宅の給湯設備の省エネ化事業(出典:資源エネルギー庁)

窓の断熱改修についても、くらしGXの投資促進策では「公営住宅等の賃貸集合住宅向けは、自治体と協力して重点支援」との記述が追加されている(図9)。公営住宅のほとんどは、アルミサッシ単板ガラスの無断熱窓である。住民が自力で対策することは困難なので、公共機関が積極的に改修に向けた行動をとることが必須となる。
恐ろしいことに公営住宅の修繕では、現在でも「元の仕様と同等が当たり前」とばかりに、断熱性能が極悪なアルミサッシ単板ガラスの窓に更新されてしまうことが少なくない。「うちは複層ガラスに改修します」と胸をはる自治体や事業者もあるが、大した断熱効果がないのは図6で示した通り。先進的窓リノベ事業で補助対象となる、Aグレード以上の高断熱化を確実に普及させる必要があるだろう。

図8 賃貸集合住宅の給湯設備の省エネ化事業(出典:資源エネルギー庁)図9 くらしGXにおける投資促進策(出典:内閣官房GX実行推進室)

今後の期待

ここまで2023年度および2024年度の住宅省エネ化支援事業について、その概要と課題を整理してきた。いろいろ課題はあるにしても、日々の暮らしにおける健康・快適や省エネについて、国が長期・巨額、かつ確実に実効性があるポイントに絞り、集中投資を行う明確な意思を示した意義は極めて大きい。
繰り返しになるが、持ち家に住んでいる方は、このチャンスを確実にものにしていただきたい。賃貸については、住まい手以外にも、オーナー・管理者・施工者・不動産事業者など、すべてのステークホルダーの協力が不可欠となる。日本で暮らす誰もが健康快適で電気代の不安も気にせず暮らせるためには、持ち家・賃貸のすべてで十分な断熱・省エネ性能が確保されることが欠かせない。国も対策をはじめている今、賃貸の性能向上に向けて大きな飛躍が実現されることを願ってやまない。

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