東京都の移動人口増加分は3年ぶりの拡大。2022年は3.8万人の転入超過

2023年1月末に2022年の「住民基本台帳 人口移動報告」が発表された。この発表は都道府県単位、もしくは圏域、政令市単位での人口の社会増減を調査したものだ(外国籍の人口移動含む)。

人の生死によって発生する自然増減ではなく、転勤・転職、新入学などによって他の地域に転入・転出した人口の社会増減を把握することは、その地域の経済的な発展性や住宅需要、雇用などを推し量るうえで重要な指標である。特にコロナ禍が発生した2020年以降は首都圏、近畿圏、中部圏および地方4市といわれる札幌市、仙台市、広島市、福岡市など大規模市街地を擁する地域ごとに移動人口の動向が異なり、テレワークの実施率や2022年初から続く消費者物価の高騰などもあって、生活および経済環境が大きく変化したことにより、さらに移動人口の傾向にも流動的な要素が表れ始めている。

見出しに記した通り、2022年の年間移動人口報告によると、2021年にわずか5,000人程度に留まった東京都でV字回復ともいえる38,023人の転入超過を記録し、ニュースなどでもコロナ禍が一服したことによって東京圏への人口流入が再加速したため、都市圏への人口集中の傾向は変わらないと伝えている。
また東京都中央区ではタワーマンションの供給が進行することで、居住人口が過去最高の174,074人となったこともあり、Withコロナ時代の到来とともに人口の“都心回帰”が発生したかのような状況も報道されている。

報道の通り、2022年に東京都へのまとまった人口流入があったことは事実だが、月次の推移や都心を含む東京23区の動きを見ると、V字回復とは率直にいえない状況にあることが分かる。
以下、数字を追って考察する。

年間移動人口報告から「首都圏の人口移動の推移」年間移動人口報告から「首都圏の人口移動の推移」

東京都は例年3月に大量の転入超過発生。しかし、年間流入人口はコロナ禍で漸減

2022年に人口の社会増のV字回復を果たしたように見える東京都だが、コロナ前の人口流入と現在で決定的に異なる点は、毎年3月に発生する大量の転入超過ではなく、4月以降の転入および転出の状況だ。
当然のことながら大手企業や有名大学が集中する東京都には、毎年3月になると4月以降の新年度に向けて新入生、新社会人が全国各地から大量に流入することは周知の事実である。

例えば、コロナ前の2019年3月には東京都で39,556人、東京23区では32,434人の転入超過が発生している。隣接する横浜市で6,529人、川崎市でも5,839人の転入超過だが、東京23区はその約5倍だから、如何に東京都心部への人口集中度合いが激しかったかが分かる。2019年の年間集計では、東京都が82,982人、東京23区でも64,176人の転入超過を記録しており、コロナ前の東京都への人口流入・集中度合いの強さがうかがわれる。

コロナ禍が発生した直後の2020年3月も、東京都は40,199人、東京23区では32,205人という大きな転入超過数を記録した。前年とほぼ同じ転入超過数であることは、これからも(社会構造が変化しなければ)毎年同じような人口流入が継続することを示唆しているから、流入先である東京都内各地での賃貸住宅に対するニーズも際立っていて、当時は空きが出てもすぐに埋まるのが当たり前であり、空室が数か月続くなどということはマーケットアウトした物件でもない限り、全く想定できない状況にあった。

しかし、2020年、すなわちコロナ禍の拡大が本格化し“緊急事態宣言”の発出などによって事実上の移動制限が実施された後の動きは大きく異なる。2019年の東京都の移動人口は3月の大量増以降も堅調な(毎月数千人程度の)転入超過が継続したことで年間8万人超という社会増が積み上がったのだが、2020年は5月以降、一転して転出超過が発生し始める。東京都も東京23区も7月以降は6ヶ月連続の転出超過を記録し、2020年前半の“貯金”を一気に吐き出して、東京都の年間転入超過は31,125人(前年比▲62.5%)、東京23区は17,279人(同▲73.1%)に留まり、社会増ではあったものの、前年からは一転して7割程度の大幅な転入者数の減少を記録している。

2022年の年間移動人口報告によると、東京都は38,023人の転入超過を記録した2022年の年間移動人口報告によると、東京都は38,023人の転入超過を記録した

ワクチン接種が進むもコロナ禍は長期化。2021年はテレワークの進捗により都内への流入人口がさらに減少していた

2021年に入ると、年初の1月8日から2回目の緊急事態宣言が発出され(3月21日まで:73日間)、次いで3回目(4月25日から6月20日まで:57日間)、4回目(7月12日から9月30日まで:81日間)と立て続けに緊急事態宣言が発出された。また、宣言期間の合間はまん延防止等重点措置がほとんどの期間発出されていたから(宣言期間との重複を含め179日間)、2021年は年365日のうち合計252日間(年間日数の70%に相当)も宣言もしくは措置が発出されたことで、東京都への人口流入の動きも急激に鈍化することとなる。

余談ながら、結果的にこれだけ大規模・長期間にわたる感染予防策を実施したことが、東京都のみならず日本の経済・社会に大きな打撃となったことは否めず、社会構造自体の変化を促したことも事実であるから、これら移動制限の実施については、近い将来、徹底的な検証が求められよう。また、これだけ国民に事実上の行動制限を求めていたなかで強行した五輪開催についても、(1年延期で膨らんだ巨額の赤字を含めて)コロナ禍とは全く相容れず、経済合理性および時期の選択を誤ったものであったと指摘せざるを得ない。

コロナ禍に突入して2年目の2021年3月の東京都の移動人口は27,803人、東京23区でも20,273人の転入超過を記録した。コロナ禍でも新年度を迎えるにあたって確実に社会増が発生するのは大都市であることの強みではあるが、東京都の対前年比は▲30.8%、東京23区でも▲37.1%となり、流入する人口の更なる縮小によって、主に賃貸市場での変化もこの頃から顕著になっている。

すなわち、単身者向けワンルームタイプの物件賃料の市場賃料(LIFULL HOME’Sに掲載される物件のエリアごとの平均賃料)はここ数年僅かながら上昇基調で推移しているが、反響賃料(賃貸ユーザーが問い合わせた物件のエリアごとの平均賃料)は弱含む傾向にある。首都圏平均を例にとると、コロナ禍発生直後の2020年初頭に7.4万円台だった市場賃料は、3年後の2023年1月に7.7万円台へと約4%緩やかに上昇しているものの、この間の反響賃料は多少上下を繰り返しながら概ね7.2万円前後で横ばい推移しており、特に消費者物価が上昇し始めた2022年前半以降は7.4万円台から7.2万円台へと下落し、市場賃料と反響賃料の乖離率は5%以上に拡大している。マーケットの賃料推移だけでなく、2022年以降は、都心のワンルームに空室が目立ち始め、フリーレント期間の設定や入居者への家電・家具のプレゼントといった付加価値の提供がないとなかなか空室が埋まらないとの話もよく耳にするようになった。

結果的に2021年の移動人口は、東京都で5,433人(対前年比▲82.5%)、東京23区に至ってはー14,828人と年間を通じての転出超過となり、対前年比では▲185.8%という急減を記録した。全国23の政令市および特別区では最下位である。

2021年はテレワークの進捗により都内への流入人口がさらに減少2021年はテレワークの進捗により都内への流入人口がさらに減少

コロナ禍前後で異なる3月以外の移動人口の流入状況。東京都はコロナ禍で毎月転出超過

このように、都心への人口流入が大きく減少し、転出超過にまで至ったきっかけとなったのはコロナ禍の発生であることに疑いの余地はないが、現象としてはテレワークやオンライン授業の導入・定着が極めて大きい影響を与えている。

コロナ禍が3年を経過しても、依然として東京都のテレワーク導入率は2023年1月発表時点で52.4%と過半を占めており(従業員数300人以上の企業では76.3%に達する)、業務効率化の課題やコミュニケーション不足などが指摘されるものの、既にテレワークという業務スタイルは首都圏においては完全に定着しているといって良いだろう。
特に新規の人材募集、新卒採用など雇用面ではテレワーク併用であることが入社条件の前提となっているから、皮肉なことにコロナ前には一向に進展がなかった“働き方改革”も、コロナ禍で半強制的に導入が進み、そのまま定着する様相を示している。毎週1回程度、毎月数回程度の出社であれば、高い賃料を負担して移動負荷の少ない職住近接エリアに住み続ける理由は薄れるし、またオンタイムもオフタイムも自宅で過ごすには業務に対応可能なワーキングスペースも確保しなければならないから、一回り広い住宅が求められるようになる。
これまで居住していたエリアで広い物件を探せば、当然のことながら賃料も上がるので、必然的に賃料水準の低いエリアで一回り広い住宅を探すユーザーが増え、これも東京もしくは首都圏全域での賃貸ニーズの郊外化に拍車をかける結果となった。また、ロシアのウクライナ侵攻を契機とする2022年春以降の消費者物価の高騰も、生活コスト全般の値上がり感が後押しして、賃貸ニーズの郊外化=低賃料化を促進することとなった。

このような状況下では、東京都の移動人口は社会増の要因が新入学および新入社にほぼ限られ、2022年3月の移動人口は東京都が33,171人(対前年比+19.3%)、東京23区では25,840人(同+27.5%)と前年から20%前後の増加が認められたが、コロナ以前は3月以降も好調な社会増を記録した移動人口も、コロナ禍の2022年ではコロナ感染の拡大に呼応するように転出超過が発生し、東京23区では前年に引き続いて5月以降8ヶ月連続しての転出超過となっている。

つまり、冒頭記した2022年の東京都および東京23区の移動人口回復という現象は、3月に大量流入した人口がその唯一の要因であり、年間を通じて転入超過ではあるが、3月の“貯金”が少しずつ目減りするような推移を示した上での結果であって、本格的な移動人口の回復という局面にはないことが明らかだ。因みに、東京都以外の周辺3県では、神奈川県が27,564人、千葉県が8,568人、埼玉県でも25,364人の各々転入超過となり、首都圏(1都3県)では合計99,519人の転入超過数を記録していることから、東京都心およびその周辺に人口が流入しているのではなく、東京市部を含めた首都圏の準近郊および郊外への流入であったことが分かる。
しかも、2019年の年間転入超過数は首都圏全域で148,783人だったから、回復しているとはいえ、流入数自体は2019年比で33.1%少ないのも事実だ。その意味では、首都圏での“賃貸ニーズの郊外化”現象は、コロナ禍で年を追うごとに鮮明に、そしてさらに深化・定着していると見ることができる。

近畿圏では大阪への一極集中に変化なし、中部圏ではコストプッシュによる郊外化

このように、首都圏においてはコロナ禍の長期化によって社会構造が大きく変化し、賃貸ニーズの郊外化が発生して都心部の賃料が頭打ちになっている状況が明らかだが、他の圏域では首都圏とは異なる推移を示している。
近畿圏ではコロナ禍に突入した2020年以降も、移動人口は大阪府および大阪市への一極集中が継続しており、その影響で兵庫県および京都府は年間を通じて転出超過が続いている。つまり“大阪の独り勝ち”なのだが、これは首都圏と違ってテレワークの実施率が低いこと(推計で10%程度との調査結果あり)、首都圏では都心と郊外の賃料格差が2倍程度と大きいが、他の圏域では格差が1.3倍程度に留まるため郊外化する経済的なメリットが薄いこと、首都圏は圏域全体が広く、郊外方面に転居しても生活圏自体に大きな変化はないが、圏域が首都圏より狭い近畿圏は郊外方面に1時間程度転出すると生活圏自体変わってしまうこと、などがその主な要因として挙げられる。

一方の中部圏では、中心地である愛知県だけでなく、名古屋市でも転出超過の傾向=郊外化が顕著になっている。ただし、これは消費者物価高騰が始まった2022年春以降に目立つ変化であり、テレワークによる生活様式の変化というよりは、生活コストの上昇が背景にあるものと考えるべきだろう。

本格的な移動人口の「東京揺り戻し」は起きるのか

国内で等しく経済環境、社会環境の変化が発生しても、圏域の特性や賃料水準の違い、さらにはテレワークに対する企業・業務の親和性の違いなどから、首都圏および近畿圏、中部圏での人口動態には比較的大きな差異が発生している。
コロナの感染拡大から3年を過ぎて、首都圏では人口流入が回復していると見ることもできるが、その実態は都心周辺への流入ではないことも浮き彫りになり、“コロナ以前”に戻るには相応の時間が必要になるとの見方ができるだろう(もしくは新たな社会構造に生まれ変わっていくとも考えられる)。

折悪しく、日米の金融政策の違いによって発生した円安・ドル高により、消費者物価は今後も上昇することが確実視されており、インフレ対策としての金利上昇圧力はこれから高まることが予測される。
仮に次期日銀総裁が異次元と言われるイールドカーブコントロールを取りやめて、国債市場での売買に金利推移を委ねることになれば、長期金利に連動する住宅ローン固定金利も上昇が高い確度で想定されるため、賃貸ユーザーだけでなく、住宅購入を検討しているユーザーも物件価格が比較的安価な準近郊・郊外のベッドタウンに目を向ける可能性が高まる。

社会構造の大きな変化によってテレワークが全国レベルで定着し、またコロナ前とは正反対に不可逆的な働き方となれば、東京都および東京23区への人口流入は、コロナ前の水準に回復しないことも十分考えられるのであり、ヒト・モノ・カネが集まる効率的で快適な“都市生活”の在り様が変容していく可能性もある。その意味では、コロナ禍が社会・経済に与えた影響は計り知れないというべきだろう。

果たして、本格的な移動人口の“東京揺り戻し”は起きるのだろうか、それともワークライフバランスの実現やジョブ型雇用の拡大によって郊外化が完全に定着し、働き方に本来の意味での改革が起こるのだろうか。
移動人口の推移から当面目が離せない状況が続く。

果たして、本格的な移動人口の“東京揺り戻し”は起きるのだろうか果たして、本格的な移動人口の“東京揺り戻し”は起きるのだろうか

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