円安、物価高騰、金利上昇…住宅市場を取り巻く環境は厳しさを増している

2月のロシアのウクライナ侵攻に始まり、世界的なサプライチェーンの逼迫によってコストプッシュ型のインフレが発生した2022年。Withコロナの生活長期化を背景に「転職なき移住」による主に若年層の郊外居住が増加し、またカーボン・ニュートラル実現に向けて住宅性能の高さや太陽光発電システムなどが改めて注目を集め、「ZEH-M(マンション)」の供給が急拡大するなど、住生活や住環境を巡る新たな動きが数多くあった年であった。

一方で、政府・日銀は金融緩和策を継続し、2022年を通じて4%もの利上げを実施したアメリカとの金利差は拡大する一方だ。2023年も日米の政策金利差が更に拡大すれば、現在の円安は中長期的に見て進むことは確実なため、その多くを輸入資材に頼る日本の住宅産業はコスト上昇によって物件価格を引き上げざるを得なくなる。しかも高騰した資材が国内に搬入されるのは今後本格化するから、国内での新築住宅価格の上昇は当面続くことになる。

したがって、ユーザーが注目するのはより安価な準近郊・郊外に分譲される住宅、もしくは中古住宅ということになるが、既に東京都心や大阪市、名古屋市などの中心部では中古マンションの価格も新築マンションに連動して明確に上昇しており、新築価格の高騰が中古価格にも反映している状況だ。

また、憂慮すべきは長期金利の上昇傾向で、2021年末に0.045%だった長期金利は、2022年初に0.1%台に上昇し、その後は0.2%前半で推移して6月以降は0.25%超に達している。皮肉なことに、国債市場で日銀がプレイヤーとしてのシェアを高めたことによってかえってイールドカーブコントロールが効きにくくなっているようだ。この間、1.3%前後で推移していた住宅ローン35年固定金利は1.6%前後に上昇、同様に5年固定金利は0.8%前後から1.1%前後へ、10年固定金利も0.8%超から1.3%前後へと上昇しているから、2023年以降も金融政策の成り行きと政策転換が起こるか否かについて注視する必要がある。2022年12月20日に開催された日銀の金融政策決定会合では突如として長期金利の変動許容幅を0.5%までに拡大することが決定されたことも、2023年初から早速住宅ローン固定金利が引き上げられる蓋然性が高いことを示唆している。

唯一、住宅ローン減税制度は2023年度も2022年度と同じ枠組みで実施されることが決まっているため、住宅性能の高さに応じて住宅ローン元本の上限が段階的に引き上げられた状況が継続する。世界的なエネルギー不足は電気・ガス料金の相次ぐ値上げを招くことが想定されるため、エネルギー効率が良く断熱性の高い住宅の需要は今後ますます高まるものと考えられる。関連して、東京都が打ち出した新築住宅への太陽光パネル設置義務化条例の動きにも注目すべきだろう。

住宅価格の全般的な上昇が2023年の住宅市場にどのような影響を与えるのか、また今後の住宅ローン金利の行方はどう推移するのか、住宅市場動向に詳しい有識者に足元の状況を踏まえて2023年の注目すべき動きについて尋ねた。

2022年末の日銀の金融政策決定会合では、長期金利の変動許容幅を0.5%までに拡大することが決定された。2023年の住宅市場はどうなるのだろうか2022年末の日銀の金融政策決定会合では、長期金利の変動許容幅を0.5%までに拡大することが決定された。2023年の住宅市場はどうなるのだろうか

今回の時事解説論旨

論点:住宅価格の全般的な上昇が2023年の住宅市場にどのような影響を与えるのか、また今後の住宅ローン金利の行方はどう推移するのか

平松氏:マンション市場の焦点は「需要の持続性」。景気後退と金利上昇への耐性が試される年に

岡本氏:需要・供給の両面で堅調なマンション市場。実質賃金の下落で郊外一戸建て市場は鈍化する

榊原氏:世界経済の減速、世界の労働市場トレンドの逆転により、長期的なインフレ傾向に

マンション市場の焦点は「需要の持続性」。景気後退と金利上昇への耐性が試される年に ~ 平松 健一郎氏

<b>平松 健一郎</b>:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行

日銀が2022年12月20日に量的緩和の縮小を決め、円高と株安が進むなど市場に反響が広がった。今回の措置だけで現行の強い住宅需要が鈍る可能性は低そうだが、欧米の動きと異なる日本の低金利環境が常態ではないことが再認識され、企業の資金調達や個人の住宅購入などに変数が増えた。2023年のマンション市場は政策金利や為替、企業業績、資材価格、住宅需要など複数因子のせめぎ合いで方向が変わる。日銀の「変節」は総裁交代への布石との見方もあり人選が注目される。

東京と周辺3県の新築分譲マンションの需要はエリアと価格で濃淡はあるが好況が続いている。コロナ禍で喚起された住宅特需の余波が残り、力強い買い手である共働き世帯も増えている。低金利に加え、世界を覆うインフレと景気後退は住宅を借りるよりも買う方向へと消費者の背中を押す要素にもなる。

不動産各社の直近の決算でも元来利益率の高い住宅事業が増益に寄与するケースが目立つ。2022年は上期に物件供給が減った分、秋以降に出た大型物件に反響が集まった。都内では今年、西新宿や三田、南池袋、月島などで台風の目になりそうな注目商品が売られる。「HARUMI FLAG」のタワー棟の販売活動も始まる。働き方と居住の形が多様化し、都心からやや離れた城東、城北などにも開発が増えている。

需給両サイドの懸案事項はマンションの高額化だ。土地代と建築費は当面、高止まりしそうで、東京23区の新築分譲マンションの平均価格はすでに9,000万円を超える。郊外などで「顧客の支払い余力が限界に近い雰囲気」(大手不動産幹部)もあり事業者は値上げをためらう。銀行や不動産各社は政策金利と消費者心理の移ろいに神経を尖らせる。

一つの戦略として、大手各社は価格転嫁が比較的容易で利幅も大きい都心の高額物件に軸足を移す。都内では品川以北での販売が目立つ。再開発が活発で値崩れのリスクが低い池袋、新宿、渋谷の三大駅とその周辺駅などに住宅供給が増えつつある。2023年2月に販売が始まる超高額の「三田ガーデンヒルズ」には2022年11月末時点で万単位の反響があった模様だ。

不動産経済研究所の調査では、東京など1都3県における2022年下期の新築マンション供給戸数は1万8,100戸と前年下期よりも約2,000戸減った。通年では約3万800戸、2023年は板橋や千住大橋、方南町などの大型案件を勘案し約3万2,000戸を見込む。当面は年に3万戸強程度の供給が続きそうだ。野村不動産の幹部はマンションの市況について「年間の供給数はピークの8万戸台から3万戸台になったが需要は3分の1に減っていない」とみる。一方で「金利に限らず何がきっかけで消費者心理が逆転するのかという怖さがある」と身構える。政策金利以外では住宅ローン控除の制度改正の影響も注目される。控除枠が縮小される24年入居分以降の売れ行きは注視する必要がある。

2022年8月に本時事解説欄に書いた通り、世界の金融環境が急変しない限り東京圏のマンション市場は大崩れしにくいと考えられる。過去の経済危機前夜とは異なり、物件価格はこの数年緩やかに上がってきたからだ。ただ2022年12月に日銀が方針転換を決め、金融環境が大きく変わらないという前提条件の土台が揺らいだ。住宅市場の潮目が変化した時、どのような立地や価格、商品企画で勝負するのか。2023年は各社が転機への対応姿勢を問われる一年になる。

需要・供給の両面で堅調なマンション市場。実質賃金の下落で郊外一戸建て市場は鈍化する ~ 岡本 郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

2022年は、ロシアのウクライナ侵攻、エネルギー価格などの物価上昇、急速な円安など外部環境は急激に変化したが、住宅市場は概ね堅調さを維持している。なかでもマンション市場は好調で、首都圏新築マンション在庫が5,000戸台と低位で安定。東日本レインズによれば、2022年11月度の首都圏中古マンション成約m2単価は、前年同月比14.4%も上昇した。好調物件は、都心エリアだけでなく郊外の再開発プロジェクトや値頃感のあるファミリー向けなど幅広い。

住宅ローン金利の低さは、マンション市場の好調要因の一つだがそれだけではない。共働き層の増加による所得状況の変化や都心・駅近など訴求力の高いマンション供給など需要と供給両面で、ニーズが合致していることも販売を後押ししている。首都圏の平均的な新築マンション購入層の世帯年収は、1,000万円を超えていると思われ、某大手デベロッパーの顧客層はさらに上回る1,400万円超だ。共働き層が評価するマンションは、今後も支持されるだろう。

また、20代・30代の若い層を中心に将来の住み替え前提に資産性を重視してマンションを選ぶ人も目立つ。割安感のある「HARUMI FLAG」に人気が集まっているのは、それだけ資産性を感じている人が多いからだろう。エネルギー価格や資源価格の上昇など建築費には、上昇圧力がかかっており直近の地価LOOKレポート(国土交通省)を見るとコロナ禍で低迷した都心部の地価トレンドも再度上昇に向かいつつある。2023年以降は、建築費の上昇の影響がマンション価格により反映され分譲価格の上昇は避けられないだろう。

2023年は、「HARUMI FLAG」のタワー棟をはじめ港区三田の総戸数1,002戸の高級レジデンス「三田ガーデンヒルズ」など注目プロジェクトが多数スタートする。日本銀行の2022年第3四半期の資金循環統計によれば、家計の金融資産は2,005兆円にも上る。富裕層や資金力のあるパワーカップルに支持されるマンションは、2023年も好調を維持すると考える。

2022年12月20日、日本銀行は、イールドカーブ・コントロール(YCC)の運用の見直しを発表し、これまで±0.25%としていた長期金利の変動幅を拡大し±0.5%とした。市場では長期金利が上昇し、円高が大きく進んだ。インフレ対策として欧米の中央銀行が金融引き締めを行う中で、日本は金融緩和を続けてきた。日本の物価上昇は欧米ほどではなく、円高が続けば輸入物価の引き下げにもつながる。当面は、住宅ローン金利が大幅に上がる可能性は低いと筆者は考える。

一方で、エネルギー価格の上昇や消費者物価の上昇は、実質賃金が伸びない家計を圧迫している。需要が供給を上回る状況が続くマンション市場と異なり、一戸建て市場にはやや陰りが見え東日本レインズの2022年11月度の新築戸建住宅レポートでは、首都圏の新築一戸建ての在庫件数は前年同月比61%増加している。OECDによる2022年11月の世界経済見通しでは、2023年の世界経済は著しく鈍化するとしており、日本の景気動向も懸念される。コロナ禍で好調だった郊外一戸建て市場は、売れ行きが鈍化すると予想する。ライフスタイルが多様化すれば、売れ筋も多極化していく。もはや安いから何でも売れる時代では無いことは、認識しておきたい。

世界経済の減速、世界の労働市場トレンドの逆転により、長期的なインフレ傾向に ~ 榊原 渉氏

<b>榊原 渉</b>:
1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援
榊原 渉: 1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援

▼世界経済が減速するなか、インフレ圧力は予想以上に広範化・長期化

2022年10月に国際通貨基金が公表した「世界経済見通し」によれば、世界の経済活動は広範に渡り、かつ当初予想されていたよりも大幅に鈍化しているため、世界経済の成長率は21年の6.0%から22年は3.2%、23年は2.7%へ鈍化すると見込まれている。世界のインフレ率も21年の4.7%から22年には数十年振りの水準である8.8%に上昇した後、23年の6.5%を経て24年にやっと4.1%に減速すると予想されている。ロシアによるウクライナ侵攻や中国経済の減速などにより、世界的なインフレ圧力の長期化・広範化が避けられなくなっている。こうしたなか、日本経済の成長率は21年の1.7%から22年は1.7%、23年は1.6%と相変わらずの低水準ながら、比較的安定して推移すると見込まれている。

世界的にインフレ率が高水準に推移するなか、賃金の伸びは今のところ物価上昇ペースを下回っている。物価と賃金の相互作用により継続的なスパイラルを懸念する声もあるが、足元の状況を見る限り、インフレショックの基調は労働市場以外に由来するものであるうえ、金融政策の積極的な引き締めにより賃金・物価スパイラルが継続するリスクは限定的と見られている。日本のインフレ率も高まってはいるけれど、世界と比較すると穏やかに推移している。むしろ、賃金の伸びも低調であるため、世界的に見ても日本が「人件費の安い国」になりつつあることの方が深刻だろう。

▼世界的な労働市場トレンドの「大逆転」により、長期的なインフレ傾向に

さて、足元の賃金・物価スパイラルは、確かに労働市場以外に由来するものではあるが、中長期的に見た構造変化には注意する必要がある。世界人口は、伸びは鈍化するものの2060年まで持続的に増加し、100億人を突破すると予測されているが、生産年齢人口割合は2030年以降、減少に転じる。生産年齢人口割合が減少に転じるということは、労働人口よりも依存人口(0~14歳と65歳以上の合計)の伸びが大きくなるということで、これは、世界の労働市場トレンドが「大逆転」することを意味する。つまり、世界的な労働者不足が賃上げ圧力を高め、世界はデフレ傾向からインフレ傾向に移行すると見込まれるのだ。

日本は過去30年にわたり、高齢化(生産年齢人口割合の低下・依存人口割合の増加)が進展しているにもかかわらず、デフレ・低金利が続いてきた。これは、同時期に中国を中心としたアジアの労働力が爆発的に増加したことと、グローバル化が進展したことによって支えられてきたと捉えることができる。しかしながら、2030年以降は、アジアの労働力もピークアウトしていくため、この構造を維持することは難しくなると考えるべきだろう。

▼住宅価格の上昇圧力と消費者の購買力停滞を打破できるか?

労働市場以外に由来する世界的な物価高が落ち着いたとしても、世界的な労働市場の変化が継続的なインフレ傾向をもたらすとすれば、輸入資材に頼る国内住宅価格が、短期的にも中長期的にも下落するシナリオは描き難い。そういう意味では、高いポテンシャルを有する国内木質資源の有効活用等は大きな論点となろう。一方で、このまま国内賃金が上がらなければ、購買力も高まらないため住宅市場全体の落ち込みが加速化・長期化することも懸念される。もちろん、世界的な労働市場の変化を受けて、国内賃金が高まっていくことも十分想定されるが、より積極的に対応していくために知恵を絞る必要もあるだろう。

例えば、新型コロナをきっかけとした新たな生活様式を機会と捉える挑戦にも期待したい。二地域居住をサポートするサービスや定額制のシェアリングサービスなど、住宅そのものの建設ではなく、住まい方を提案するサービスが芽吹いてきている。移動手段と住宅をセットにしたサービスも検討され始めた。いずれにしても、求められるのはこれまでの「住宅市場」の枠組みを超えた価値提案や挑戦であろう。住宅を建てる職能を軸としながら、住と職が融合する時代の新しいニーズをどう汲み取れるかが問われているのではないだろうか。

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