ウクライナ侵攻の影響で資材・エネルギー価格が高騰。円安も価格高騰に拍車をかける

2022年2月下旬に始まったウクライナ侵攻は、ロシアと、ウクライナを支援する西側諸国との対立が深まり、長期化する様相を示している。これに伴い、世界各国から日本に輸入されている資材や原油・天然ガスなどのエネルギーが、主に需給の逼迫によって明らかに価格高騰し始めていることは周知の事実だ。

日本の消費者物価指数(CPI)は2022年5月の総合では2.5%上昇しているが、なかでも電気やガスなどの光熱費は15.2ポイント、エネルギーは20.3ポイント(いずれも2020年対比)と急上昇しており、海外から供給される資源・エネルギー価格高騰の影響が明らかだ。ちなみにCPIに対して企業物価指数(物の価格を対象としていて、サービスを含むCPIとは異なるが)は5月に112.8ポイントを記録し前年比9.1ポイント上昇しているから、単純比較はできないが、企業が差分の6.6ポイントに相当する金額を消費者にまだ転嫁できていないとも見ることができる。このことからも、CPIは今後も上昇していく可能性は高い。

また、折悪しく日米の金融政策の違いから端を発した円安基調によって、輸入される資材・エネルギー価格はさらに高騰する状況にある。日本は先進国では突出して多い1,000兆円の債務(国債発行残高)を有しており、CPI上昇を抑制するために政策金利を引き上げると、それだけ金利負担が増大し、併せて紙幣の流通量を増やせばさらに円安が加速するという悪循環に陥る可能性があるからだ。

このような状況下では建設資材、例えば木材、鉄、アルミニウム、銅、ニッケル、ステンレス鋼などその多くを輸入に頼る資材はさらなるコストの上昇を避けることができないし、原油や天然ガスの価格がこのまま上昇すれば、資材を運搬し建設するためのコストも早晩値上げが不可避となる。つまりは今後、特に新たに建設する新築マンションおよび新築一戸建ての価格は引き上げざるを得なくなるが、コストアップをそのまま販売価格に転嫁すると、ただでさえ高水準で推移する新築マンション・新築一戸建ての価格にユーザーがついてこられず、いわゆるマーケットアウトする価格水準に達して、新築住宅市場全体がシュリンクする可能性も出てくることになる。足元でも価格の上昇により、ニーズが中古住宅市場に移行する傾向が見られ、市場の動向は世界情勢の変化を契機としてにわかに予断を許さない状況になったといえるだろう。

2022年下半期以降、物件価格は現状からさらに上昇するのか、ユーザーは価格が高騰しても購入意欲は衰えないのか、そして日本の住宅市場は今後どのように変化する可能性があるのか、有識者の意見を聞いた。

2022年下半期以降、物件価格は現状からどう変化するのだろう2022年下半期以降、物件価格は現状からどう変化するのだろう

今回の時事解説論旨まとめ

論点:ウクライナ侵攻をきっかけに資材・エネルギー価格が高騰している 円安の影響もあって日本の住宅価格はこれから長期的に上昇するのか? 今後は市場規模を維持できるのか? (ユーザーはついていけるのか?)

平松氏:大手と中堅で販売方針が分かれるが、供給数・在庫数とも前年比で減少すると予想。金利政策が急激に転換しない限り、東京圏のマンション価格は大崩れしにくい。

坂根氏:一次取得層の市場は活況が冷めつつあるが、在庫の減少により、新築マンション・中古マンションとも売り手優位は継続する。しかし、金融政策次第では市場が打撃を被る可能性も。

岡本氏:平均年収が上昇する子育て世帯が需要を支えている。しかし、価格上昇が続くのは、人や資本が集まる場所であり、そうでない地域は厳しい状況が続く。


各氏は、資材価格の高騰や用地仕入れの難化による供給数・在庫数の減少で、価格上昇・売れ行きは継続すると予想。また、平松氏と坂根氏は金融政策の転換が市場を大きく変える可能性を指摘し、岡本氏は地域間格差について言及している。以下、それぞれのコメントを見ていきたい。

販売と在庫が減少、需要強く価格は上昇 ~ 平松 健一郎氏

<b>平松 健一郎</b>:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行

新築マンション市場に変調の兆しが出てきた。東京圏では購入需要の底堅さが続く半面、一部の不動産会社が販売を手控え始めた。開発適地が減って仕入れが難化し、資材価格も上がり続けるなど逆風が強まっているためだ。数年来の超低金利にコロナ禍が相まって住宅を買う機運が高まり、物件価格は上昇基調だが、旺盛な需要と、世界の潮流に逆らう日本の金融緩和が今後も続く保証はない。住宅市場の潮目が変わりつつあるなか、各社は慎重に戦略を考え始めた。

米連邦準備理事会は主要政策金利を6、7両月に合計1.5ポイント上げ、欧州中央銀行も7月に11年ぶりの利上げを決めた。一方、日銀は現行の金融緩和を続ける姿勢だ。日本経済を軟着陸させる観点で急速な利上げはないとの見方が強い。8月2日時点で日米の金利差が縮まってはきたが、世界的にみて割安な東京の住宅に海外の資金が流入し、価格上昇を支えてきた。だが、たとえ緩やかでも日銀が利上げに舵を切れば住宅相場は逆回転を始める可能性がある。実際に欧米や他のアジア諸国では金利上昇で住宅市況が冷え込んだ。

視界不良の情勢で国内不動産会社の販売方針は分かれる。資金力のある大手は売り急がず在庫の温存に努め、中堅企業は売れるうちに売っておこうと販売攻勢を掛ける。ただ都心の多くの高額物件は引き合いが絶えないのに対し、比較的安価な郊外型商品には売れ残るものも目立つ。建築費が上がるなか、中堅企業の多くは顧客離れを恐れて価格転嫁にも二の足を踏む。ある企業の社長は「(住戸面積を圧縮して価格を据え置く)お菓子戦略をとる」と打ち明ける。

不動産経済研究所の調査では東京など1都3県における2022年上期の新築マンション供給戸数は2年ぶりに減少し、通年の供給戸数も約3万2,500戸と前年比で1,100戸ほど減る予想だ。昨年末時点では年3万4,000戸を見込んでいたが、販売が減り始めたことなどから下方修正した。大手らに物件供給を抑える動きが広がる一方、需要は高額物件を中心に強い。結果的に在庫は減り価格は上向く。1都3県の上期の在庫数は5,000戸強と7年ぶりに4,000戸台付近に落ちてきた。

金利政策が急激に転換しない限り、東京圏のマンション価格は大崩れしにくいと考えられる。過去の経済危機前夜とは異なり、物件価格はこの数年緩やかに上がってきたし、現段階で実需も強いからだ。「資源の大部分を輸入に頼る日本ではウクライナ危機の後も資材高が続く」(外資系不動産)との見方がある。開発原価を劇的に圧縮できる要素も見当たらない。購入需要が一巡し、販売が滞り始めれば各社は値下げの判断を迫られる。だがリーマン・ショック後でさえ、戸当たり平均価格が5%ほど下がったところで市況は再び好転し始めた。今は当時に比べ在庫数も少なく、有事の投げ売りによる経営への打撃も抑えられそうだ。

需要萎縮も品薄状態が続き、相場下落はやや先か ~ 坂根 康裕氏

<b>坂根康裕</b>:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」坂根康裕:「住宅情報スタイル首都圏版」(現「SUUMO新築マンション」)「都心に住む」元編集長。不動産市況解説サイト「Fact Stock(ファクトストック)」を運営。日本不動産ジャーナリスト会議会員。著書「理想のマンションを選べない本当の理由」「住み替えやリフォームの参考にしたいマンションの間取り」

いまの市況感を象徴するデータがある。まずは市場を牽引した物件の紹介から。大宮スカイ&スクエアザ・タワー(さいたま市大宮区)、6月分譲で平均価格が驚きの8,575万円。坪単価にして380.5万円である。1期1次159戸は平均1.7倍で即日完売。やはり「駅近タワーは周辺相場より3割以上高くても売れ行きが良い」と、ここまでは昨年までと変わらない。

しかし、当該物件が埼玉県の契約率(77.0%)を押し上げた一方で、東京都(23区60.5%・都下37.7%)は好不調の目安70%を下回り、コロナ禍で活況だった千葉県(67.8%)も冴えなかった。理由は一様ではないが「相場が上がり過ぎた」と感じている購入検討者は少なくないとみている。しかも「10年後のリセールバリューを考慮したい」ならなおさらだ。つまり富裕層の目に留まるエリアナンバーワン物件の引き合いは相変わらずだが、一次取得層の市場は活況が冷めつつある。

上半期供給戸数(1~6月)は1万2,716戸(首都圏新築マンション)。昨年同期間より561戸少ないが、在庫戸数は1,000戸以上減っているため売り手優位は継続とみるべきだ。サプライチェーンの乱れから次プロジェクトの工期が見通せず、「後がつかえていない」ことからも、いまある売物をできるだけ高く売りたいといったデベロッパーのスタンスが当面続くと見立てたほうがよいだろう。

肝心の中古マンションも相場高止まりが少し長引きそうだ。在庫件数がV字回復したかにみえた23区もその勢いをリードしてきた城東地区や都心3区の増加ペースがここにきて鈍りつつある。一方郊外は、在庫減少そのものは落ち着いたものの、底を這う状況。何か(どこか)がきっかけとなってトレンドは加速するのだが、その先駆けが今のところはっきりしない。

じつは6月、都心3区の成約単価の前年同月比が24ヶ月ぶりに下落に転じた(-1.2%)。前月比でも3ヶ月連続でマイナスを記録(4月から順に-3.8%、-0.6%、-2.0%)。とはいえデータ上、突発的な現象の可能性を否定できず、潮目の変化とはいえそうにない。

注目していた参議院選は自民圧勝という結果になった。しかしながら、その勝因は現政権に対する支持が圧倒的だったから、ではない。日銀黒田総裁の任期(2023年4月まで)も迫る。近い将来、金融政策が今の緩和路線から変わることは十分考え得ることであり、それ次第で住宅市場は中期的に大きな打撃を被るかもしれない。

2年ほど前から、マンション市況・不動産売買のノウハウをテーマにした動画を配信しているのだが、ここにきて50~60代の視聴者割合が急激に増している。私にはこれが、「売りどきを探るマンションオーナーがマグマのように溜まっている」と思えてならない。

データ出典:不動産経済研究所、東日本不動産流通機構

需要が供給を上回る状況が継続 価格上昇が続くのは人や資本が集まる場所 ~ 岡本 郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

ロシアによるウクライナ侵攻は、マンションや一戸建ての建築費に大きな影響を与えている。一般財団法人建築物価調査会発表の2011年を100とした建築費指数は、集合住宅(鉄筋コンクリート造)で134.1、住宅(木造)で、138.1。ともに1年前より大きく上昇し10年余りで3割以上もアップしたことになる。また、コロナ禍で下落した都市部の地価も上昇の兆しがある。国土交通省が、四半期ごとに発表している地価LOOKレポート(2022年第1四半期)による地価上昇地点の割合は、54.3%と過去2年間で最も高く、下落地点も8.6%まで縮小した。コロナ禍で、一時期低迷した都心の地価についても回復基調が続いている。

不動産各社の事業担当の話によれば、1年前と比べマンションも一戸建てもおおよそ2割程度は建築費が上昇しているという。その結果、難しくなっているのは事業用地の取得だ。2~3年分の事業用地は確保されているが、それ以降の事業用地の確保はこれからで入札案件も多いと聞く。建築費も用地価格も上昇しているのだから、マンション、一戸建てともに分譲価格の上昇は避けられないだろう。

価格上昇にもかかわらず、マンション、一戸建ての売れ行きは堅調だ。不動産経済研究所発表の2021年度首都圏新築マンションの初月契約率は、72.9%と6年ぶりに70%を超えた。好調な売れ行きを背景に大規模マンションの実質的な値上げも相次いでいる。並行検討者が多い中古マンション市場も好調で、2022年6月度の首都圏中古マンション成約m2単価(東日本不動産流通機構発表)は、前年同月比12.8%上昇だ。

需要面で支えているのは、住宅購入適齢期である30代から40代の共働き層。とくにマンション購入層で顕著だ。新築マンション購入者の平均世帯年収は年々高まっており購入マインドも根強い。子育てをしながら働く女性も増えていて、子育て世帯の平均年収は10年間で大きく上昇している。当面は、堅調な売れ行きが維持される可能性が高い。

インフレヘッジにもなる都心マンションは、富裕層の資産ポートフォリオの面でも注目されており、2022年4月以降は高価格帯の動きも良い。地方都市のタワーマンションでは、富裕層のキャッシュ買いも目立つ。国内の金融資産の総額は、2022年3月末時点で2,000兆円を超えており不動産市場に一部が向かえばそのインパクトは大きい。また、円安はドルベースの日本の不動産価格を押し下げる。外国人投資家の動向にも注意が必要だろう。

一方で、住宅の空室率は上昇を続けており、人口流出が続く地域での住宅価格の下落は避けられないだろう。エネルギー価格の上昇は、輸送コストの増大にもつながりコロナ禍の交通需要の減少で街の衰退に拍車をかける。平均的な可処分所得は上昇しておらず、こうした地域では価格転嫁も難しいと考える。価格上昇が続くのは、人や資本が集まる場所であり、そうでない地域は厳しい状況が続くだろう。建築費が高止まりすれば一戸建てもマンションも供給戸数の伸びは期待できない。好立地の中古住宅には、一戸建てもマンションも今まで以上に注目度が高まりそうだ。

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