現在、ウッドショックといわれるほどの木材輸入価格の急騰が発生中
世界的規模でコロナウイルスの感染拡大が続く2021年3月、「ウッドショック」という言葉が不動産業界、建築・土木業界で突如として聞こえてくるようになった。
これは主に木造住宅などで使用される柱や梁用の木材供給が逼迫し始めて、価格の高騰によって現状の想定価格では住宅が建設できなくなる可能性が出てきたという「木材価格の高騰・急騰」を示す言葉だ。1970年代に発生した「オイルショック」を模した言葉だという。
現状では海外からの輸入にその多くを依存する木材は、世界的な需要の高まりに影響され、市場価格が高騰していることでもはや従来の価格では輸入できないという状況になっている。日本の木材の自給率はここ数年わずかずつ上昇しているが、それでも林野庁の「森林・林業白書」によると2019年時点で37.8%、実に6割以上を海外からの輸入に頼っている状況で、世界的な木材の需要の高まりの影響は避けられないというわけだ。
日本は世界有数の“木材輸入大国”
今から60年ほど前の1960年代、高度成長期に突入した日本経済は旺盛な宅地開発によって急激に木材需要が拡大し、国内の生産量だけでは間に合わなくなったことで海外からの(安価な)木材輸入が本格的に始まった。
それでも輸入開始後は自給率95%前後と圧倒的な国内生産量を確保していたが、当時の木材需要は年間4500万m3ほどで、現在の7000万m3超の需要の2/3程度だったため、需要と供給は極めてバランスの良い状態にあったと言えるだろう。それが1980年代に入ると、木材の需要はバブル経済に向かう中で年間1億m3と20年で2倍強までに増加し、需要の高まりに伴って自給率も現在と変わらない30%程度にまで低下した。
この間、林業に従事する就業者は年々高齢化が進み、山林から計画的に樹木を伐採して木材に加工し消費地へ輸送するという、国内の木材流通ネットワーク全体に明らかな衰えが見え始めている。2000年代に入ると木材需要は専ら安価ですぐに住宅建設に利用可能な状態に加工されて入ってくる輸入材に頼ることとなり、2000年当時の木材需要約1億m3に対して自給率は僅か18.2%にまで縮小している。
その後、建築業界からの声が高まったことや関係者の尽力もあって、人工林の形成や計画的な植林・伐採による安定的な木材供給が徐々に増え始めたこと、合板を製造する会社が国産の間伐材を積極的に利用し始めたこと、などによって2015年以降は毎年7000万m3前後の木材需要に対して30%超の自給率を維持できるまでにようやく回復してきたところだった。
その状況下でのコロナ禍の発生によって海外からの安定的な木材の輸入ルートが一時的に止まり、またいち早く経済活動が復調し始めた海外での需要が高まったことで、今回のウッドショックと言われる木材価格の高騰・急騰が始まった。
ウッドショックの「直接原因」は中国・アメリカの需要拡大だが……
海外からの輸入木材は、主にアメリカ・カナダからの「米材」が最も多くて15%程度。マレーシアやインドネシア、ベトナムなどのアジア諸国から輸入される「南洋材」も同じく15%程度と多くを占め、次いでヨーロッパ各地から運ばれてくる「欧州材」が約8%、オーストラリア約6%、ロシア約3%(これまで多くを占めていたロシアからの「北洋材」は輸出関税の引き上げによって2008年以降縮小している)などとなっている。
これを見てもわかる通り、日本は世界有数の“木材輸入大国”であり、世界中から木材を購入しているのだから、世界的に需要が変化すれば影響を受けるのは必至といえる。
「欧州材」を例にとると、2021年3月に35,000円/m3前後だった原材料としての木材価格は、6月に80,000円/m3へと一気に2倍強に跳ね上がり、今後の輸入分については10万円/m3を大きく超えるというから、わずか半年足らずで3倍から4倍以上の驚異的な価格上昇が発生することになる。まさにウッドショックという言葉がぴたりと当てはまる状況だ。
このような価格急騰を招いた「直接的な要因」は、ちまたでいわれている通り、世界に先駆けていち早くコロナ禍の収束およびワクチン接種が進み経済環境が改善に向かい始めている中国およびアメリカでの木材需要の高まりによるものだ。
コロナの世界的な感染拡大が始まった2020年初頭からの木材需要の落ち込みが急回復したため、需給のバランスが大きく変わり、“木材の奪い合い”となったことが要因といわれている。しかもその多くを輸入に頼らざるを得ない状況では、この急激な値上げも受け入れるしかない。まさに日本の住宅産業のサプライチェーンの脆弱性がコロナ禍での市場の急変によって露呈したことになる。
実は日本は“木材資源大国”でもある
この世界的な需要と供給の逼迫がウッドショックの直接要因ではあっても、根本的な問題はそこではない。
実は、日本国内の山林は約2505万haと国土の約67%を占めており、1348万haが天然林、1020万haが人工林、残りが竹林や無立木地(伐採後、まだ再植林していない土地)で、天然林と人工林だけで約76億m3もの木材資源がある計算だ。仮に年間1億m3を消費しても76年かかるから、日本は植林から伐採まで50年程度とされる木材の生育期間を考慮しても自前で十分賄える“木材資源大国”でもある(植林した原木の回収率は概ね15~20%とされる)。
これだけの資源がありながら輸入木材に頼らざるを得ないのは、日本の林業における深刻な労働力不足がある。当然のことながら、山村での過疎化、高齢化が進んで林業に携わる人材が不足し始めたことで、先述の木材自給率の低下が始まったとも言えるため、ウッドショックを解決する方法は労働力不足の解消だとわかっていても実行するのは容易なことではない。
林野庁の調査によると、1980年に約14.6万人だった林業従事者数は、2015年には約4.5万人と35年で実に7割減という状況になっている。また、林業従事者の高齢化率(65歳以上の割合)は25%で、全産業平均13%の2倍だ。
国もこの状況に手を拱いていたわけではなく、2009年には農林省が「森林・林業再生プラン」を策定し、10年を目処に、すなわち現状の木材自給率を50%まで引き上げるという目標を掲げて事業推進した。
結果的に目標の50%には達していないものの、2014年に自給率が30%台を回復して以降冒頭に記した通り2019年に37.8%までわずかずつでも上昇する傾向にあるのは、このような努力が奏功しているともいえる。また、2011年には森林法を改正し、この再生プランを制度面からも後押しし始めている。林業従事者の若年者率(35歳未満の割合)の割合が2015年に17%まで増加してきているのも明るい材料といえるだろう(ただし全産業平均の若年者率24%とは依然として7ポイントの格差がある)。
豊富な資源を有効活用するサプライチェーンの再構築が急務
いうまでもなく、世界的に木材需要が増加するとともに資源ナショナリズムが高まっており、資源は効率的に融通しあうものというよりも自国での生産および消費を基本とする為替動向も含めて木材輸入は将来にわたって安定的に確保されているという状況にはない。
むしろこのウッドショックを契機として、木材価格の高騰が常態化する可能性も取り沙汰されており、長期的に見れば住宅価格にも大きな影響が出てくることは避けられない。したがって、国内産業としての林業の拡充と収益の確保が可能となって初めて、ウッドショックの脅威から免れることができるようになるのではないか。換言すれば、ウッドショックとは長年にわたって安価な海外からの木材に頼っていた建築や土木などの産業構造がもたらしたものと見ることができるだろう。
木材を化石資源の代わりにエネルギーとして活用し、地球温暖化防止に貢献することや低炭素社会づくりを進めることなど、木材利用の拡大に対する期待が高まる機運を捉え、林業に携わる従事者を育成し徐々に増やすことが、今後のウッドショックを回避する唯一の処方箋だ。
林業や建築・土木、住宅産業にとって、コロナ禍を“災い転じて福となす”とすることができるかどうかが問われることになる。
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