SDGsの最重要ポイントは“持続可能性”。一過性のものではなく継続できること
最近、特によく耳にするようになった言葉にSDGs(エスディージーズ)がある。「Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標」とは、2030年までに達成されるべき様々な目標のことだ。これは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、17のゴールと169のターゲット(具体的目標)が示されている。
このうち、住宅については11番目のゴールとして「住み続けられるまちづくりを:都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする」という目標が掲げられているが、その意味するところは誰もが安全に、そして安心して快適に長期間住むことができる街づくりとその街に適した住宅供給および維持・管理を想定していると解釈できる。
2020年から拡大が続く新型コロナウイルス感染は、我々の生活様式に物理的にも精神的にも否応なく、そして極めて大きな変化を与え続けているが、ここで起きたのは首都圏での都心一極集中の鈍化だ。総務省が住民票を基に毎月実施している移動人口調査では、東京都および東京23区では2020年7月以降6ケ月連続の「転出超過」=人口の社会減となっており“都内に人が入ってこない”状況が続いている。
LIFULL HOME’Sの「住みたい街ランキング2021」でもこれまで上位に登場していなかった準近郊~郊外のベッドタウンが続々とランクを上げた。なかでも「本厚木」は借りて住みたい街1位、買って住みたい街3位となるなど大きな注目を浴びていることから、居住者の意向はテレワークやオンライン授業の定着も手伝って、都心から離れつつあることが明らかだ。
言葉を変えると、コロナ禍での居住者の意向は「郊外化」というよりは、生活コストという経済面でも感染防止という観点でも、より「安全に」「永く」「安心して」暮らしていけるところを探している結果と見ることができるし、この思考プロセスはSDGsの考え方に近しい。
当初、SDGsは人口減少で衰退気味の地方都市を活性化する手段、地方創生の文脈で語られることが多かったが、コロナ禍によってその理念は「持続可能性」=一過性のものではなく継続し、安心して暮らしていける住まいにフォーカスされ始めている。
単に一部屋多いだけでなく、例えば玄関先に洗面台が設置されている住宅、ウォークイン・クローゼットを玄関に配置する住宅、宅配ボックスが設置されている戸建てなど、続々と“コロナ仕様”の企画が生まれてきているのは、歓迎すべきことだ。
コロナ禍における消費者が求める住宅とは今後どのようなものになり得るのか、またどのような設備や仕様が求められるようになるのか、仕事も生活も大きく変わりつつある社会で新たに求められる住宅像について、個人的意見も含めて識者の見解を聞いた。
ライフスタイルによって働き方を選ぶ時代に、住宅と立地はより多様化 ~ 田村 修氏
田村 修:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任コロナ禍で住宅に求められる要素はどう変わったか。外出の自粛やテレワーク、オンライン会議・授業などの浸透により、家で過ごす時間が多くなった人が増えた。住宅というリアルな空間と場所の価値が本質的に問われるようになってきたと思われる。
コロナ禍で最も大きく変わったのはニューノーマルに対応するための個室へのニーズが高まったことだ。ワークスペースとしての環境が求められるようになったが、居住形態によってニーズは異なる。単身世帯であれば新たなスペースは特段必要ではないだろう。家族数が多い場合は、それぞれの独立した個室が必須になる。家族が交流するパブリックスペースと仕事やオンライン授業などに集中できるプライベートスペースが明確に分離していないと不具合が生じる。
より広くて部屋数の多い住宅に住み替えるニーズがコロナ以前に比べて高くなった。設備面では、オンライン会議などのためのIT・通信環境が必要であるし、遮音・防音性能の高い仕様も求められる。マンションの場合は専有部のワークスペースが十分でなくても、共用部にシェアオフィスや個室を設置したり、業務用の複合プリンターなどを備えたりする物件も供給されるようになった。
一方、通勤が不要であれば勤務地のある都心から離れた価格の安い郊外で面積の広い住宅に住むことや、地方に移住してテレワークを行うライフスタイルも可能になる。逆に、出勤して打合せや事務手続きをしたい、会社にある資料で調べたい、などの需要が頻繁にある人は勤務地に歩いて行けたり、自転車で通勤できたりする職住近接の立地を求めることになる。
これまでは、勤務地に近い都心に住みたくても価格や賃料が高いため、やむを得ず郊外に住むケースもあったと思うが、積極的に郊外に住みたいというニーズがコロナ禍によって増えたのは間違いない。コロナ禍による働き方の多様化が居住地の選択肢を増やし、住まいの多様性も進めたと言える。
コロナが収束したあとはどうなるのか。柔軟な働き方を求める動きはコロナ以前から起きており、コロナ禍はその動きを加速した。したがってコロナが収束してもテレワークは定着しそうだ。テレワークの課題が明確になったため、課題が改善された形で今後は浸透していくだろう。最大の課題は在宅勤務の環境だ。自宅でも勤務先と同様にいつでも仕事ができる環境が整えば働き方も住まい方もより柔軟になり、自由度が増す。
これまでは働き方に住まいを合わせてきたが、これからは自らが求めるライフスタイルによって働き方を選ぶ時代に変わっていくのではないか。住まい方を本質的に考える時代になっていくことでもあり、住宅と立地はより多様化すると考える。
SDGsへの取組みは投資。需給の意識変化とインセンティブ付与の議論を促進すべき ~ 室 剛朗氏
室 剛朗:J-REIT草創期より金融機関系シンクタンクで不動産証券化関連業務に従事。現在、(株)価値総合研究所にて、不動産投資市場・低未利用不動産再生・被災地復興まちづくり事業・駅周辺再開発・既存住宅流通に係る調査・コンサルティング業務に従事。麗澤大学経済社会総合研究センター客員研究員新型コロナウイルスが人々に与える意識変化と、SDGs・ESG(Environment Social Governance)への注目が高まる中で、現政権の2050カーボンニュートラルへの取組み推進の方針が出されたことにより、不動産市場全般に大きなうねりが生じているのは確かだ。
新型コロナウイルスはリモートワークの進展を促し、居住地の立地選択の多様化と周辺環境への意識変化を迫っている。住宅価格・賃料の形成要因は、近年の職住近接のトレンドの過程で、数多の研究で立証されているように、都心までの距離・最寄り駅までのアクセスの重要性が強まってきた。新型コロナの影響による居住地の郊外シフトを含み、緑被率や公園への近接性、庭の有無といった、今まで価格・賃料に影響の低かった要因の存在感が強まるとみられる。
SDGs・ESGへの注目の高まりは、住宅の省エネ性能・再エネ利用の拡大・モーダルシフト(自動車から自転車へ)という機能・設備を有し、QOLを向上させる住宅を供給するニーズに繋がり、供給サイドの企業にとってマーケットメイクしていくインセンティブとなってきている。このように供給サイド(企業)ではSDGsへの取組みは「コストではなく、長期的な視点でみれば投資である」との認識が高まっている。一方、需要サイド(個人)においては物件価格・賃料が高くなることへの忌避意識は根強い。オフィスの話ではあるが、先行研究でも明らかなように、ESG配慮型オフィスビルと普通のオフィスビルの賃料の格差はなく、まだ市場で適正に価値が反映されているとは言い難いなど、SDGsに即した不動産取引において需給の意識がマッチングしていない状況がみられる。
しかし、今後のSDGsへの取組みや意識が進んでいくことはほぼ疑いない。住宅に関連しては、近い将来、省エネ性能等への取組みがなされていない物件については「将来の流動性」に関する懸念が出てくる可能性が高い。つまり省エネ性能を付帯していない住宅は、現在の価格は相対的に高いとしても、将来の売却可能性が高い、逆もまた然り。それは需要サイド(個人)が認識しておくべきことであり、我々が強く発信していくべきことでもある。
持続可能で多様性と包摂性のある社会というキャッチフレーズばかりではなく、それが本当にハッピーなのだ、という人々の認識が行動に繋がらない限り、真の変化にはつながらない。そのための意識の変革やインセンティブの創造について、この変化に富む時期を利用し、不動産業界から需要サイドに発信を続けることが今まさに求められる。
蛇足ではあるが、リーマン危機後から続く過剰流動性で格差は拡大していたが、今般のコロナにより一層この傾向が鮮明になっている。巷間言われる「働く場所・住む場所の選択肢が増えた」のは選択できる層にとっての話である。エッセンシャルワーカーという用語が生まれ、コロナは様々な側面で格差を広げている。SDGsの「誰一人取り残さない」という基本理念は、不動産全般で再認識する必要がある。
SDGsとまち ~ 深谷 信介氏
深谷 信介:ノートルダム清心女子大学人間生活学部教授、名古屋大学未来社会創造機構特任教授。メーカー・シンクタンク・外資系エージェンシー・広告会社などを経て現職。マーケティング・ブランディング・コンサルティング・デザイン・クリエイティブを手法知領域としつつ、くらしまるごと全分野に向き合い、超学際的実践/研究を行う「どこに住んでるの?」「◯◯◯<地名>」「いいね」「えっ、それ何線?」「会社(学校)まで、どのくらいかかる?」「どんなところ?」「マンション?戸建て?」「自宅?賃貸?」……。
たいていこんな感じで続く、普段よくする住まいの会話である。
不動産とは、読んで字の如く、不動の資産。
私たちは、どうもこの不動産の価値を見間違えていたのかもしれない。「住み続けられるまちづくりを:都市と⼈間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする」SDGsでは11番目にまちづくりのゴールを掲げる。
自宅から外に出る、まちを出歩く、暮らしの中で何気なく行っていた移動行為。
これがどんなにありがたい・かけがえのないコトであったのか!ということを、人類全体がほぼ同時期に実感して一年余りになる。
・経済以上に、自然と社会・暮らしが大切
・社会やくらしの構成単位は、まち
・まちは、生活を支える多様な基盤的活動の上に成り立っている
電気・ガス・水道・通信、鉄道や道路。スーパー・コンビニ・商店街、学校や病院、役場などなど。見知らぬ誰かが、見知らぬあなたの暮らしを支えている。生活を支える多くのインフラは、人がその機能を日々支えている。こんな当たり前のことを、今更ながら実感する私たち。ひとびとの力が折り重なって、ひとりひとりのニーズや欲求が成り立つという集団生活や都市構造について再認識し、思慮を深めた。
「自助・公助・共助」……使い続けられている言葉には、広大・深遠な意味が内包されているものだ。
SDGsという世界共通言語が生まれる遥か前から、日本人は、日本の風土にあった暮らし方・住まい方を体得してきていたはずである。
世の中がどんなにデジタル化されても、まちはどこまでもリアル、アナログさは残る。生態系の集合体・有機体こそがそのまちの独自価値であり、住みたい街・家・くらしに深化していく。
まちは1000年、ひとは100年。今のひとが次代のひとに、日本の暮らしの大切な部分をどのように継承できるか?そこに、まちの本質的な不動産価値があるような気がする。
そんなことに思いを巡らせているこの瞬間にも、エッセンシャルワーカーと呼ばれる方々は、知らぬ私たちのために、来る日も来る日も、過酷な最前線で、途方もない努力をされていることを忘れてはならない。
思い思われる、見えない支え合いが感じられる、いつも感謝の挨拶を交わす。
機能を超えた不動産価値がある。そんなまちに、私は住みたいと思う。
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