OMOとはOnline Merges with Offlineの頭文字を取ったもの
OMO(Online Merges with Offline)とはオンラインとオフラインの融合、アナログな交渉などをIT活用によってオンライン上で融合させることを意味する言葉で、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の一環として捉えられている。
コロナの影響でテレワークや在宅勤務は進んだが、不動産売買、賃貸仲介、モデルルームや住宅展示場での案内など、不動産取引では「接客」はセールスにおいて必要不可欠であり、これまで対面での交渉および契約が前提であったため、これらをオンライン業務として執り行うのは極めてハードルが高いとされてきた。
それでもコロナ以前から重要事項説明のオンライン化やリモート内覧など、人と人が直接対面して関わらなくてもウェブの積極的活用によって対応可能な業務が少しずつ増えていく状況にあった。
そこにコロナの感染拡大で、不動産売買および賃貸の業務フローにおいても、好むと好まざるとにかかわらず、オンライン化の波が押し寄せたという訳だ。
実際に、賃貸住宅では物件を事前に解錠しておき、顧客に自由に内覧してもらいながら、ZOOMやオンラインチャットなどを活用。現地から連絡を受けた担当者が顧客の質問に対応しつつ、実質オンラインで内覧から契約書作成のための交渉を済ませてしまうという業務フローが数多く採用されている。
分譲マンションでも住友不動産が2020年6月から全物件を対象に「リモート・マンション販売」を導入。
パンフレット閲覧、物件紹介ムービー視聴、物件およびモデルルーム見学、購入申し込み、重要事項説明までをオンラインで対応可能とするなどしている(契約書の手配および鍵の引渡しは郵送対応)。
これまで、面と向かってコミュニケーションを図ることで売る側買う側、借りる側貸す側の意思の擦り合わせが行われてきた不動産業界でも、このように必要に迫られてなるべく人同士が直接関わらなくても業務フローが進行できる手段を取り入れ始めている状況にあるのだ。
顧客にとっての利便性や都合がよい状況で、交渉や契約が可能な環境を作り出すことが重要と考えれば、オンラインでもオフラインでもどちらでも良いということになる。また、コロナ禍はオフラインでの直接接触を避けたい業務フローは社会全体に求められており、これまで専らサポート役だったオンライン部門は、セールスでの主役に躍り出る可能性が高まっている。
この不動産業界におけるOMO化の推進にはどのような課題はあるのか。
どのハードルがクリアされればOMO化が進むのか、またOMO化は不可逆的なものなのか一時的なものなのかなどについて、不動産業界のオンライン化について有識者の意見を聞いた。
不動産業界は、コロナによって変化が加速 ~ 岡﨑 卓也氏
岡﨑卓也:兵庫県生まれ。大学卒業後、㈱リクルートに入社。住宅総研所長として既存住宅流通活性化プロジェクトや(一社)リノベーション住宅推進協議会の立上げに関わる。その後、NGO国境なき医師団を経て、2014年から(公社)全宅連不動産総合研究所に所属。ハトマークグループビジョンの作成にたずさわり、会員の基盤強化のために、民法研究会、価格査定研究会、ファイナンス研究会、住宅確保要配慮者等への居住支援に関する研究会等を主催。さらに中小不動産業者のこれからの方向性を示すべく、地域守りに関する報告書「RENOVATION:新しい不動産業を目指して」の発行、タウンマネジメントスクールや不動産実践セミナーの企画運営を行っている不動産業界は、コロナによって根本的に変わらなければならないといわれてきたことが、一気に加速するようになった。
その中の一つがテクノロジーを利用した生産性の向上だ。例えば、賃貸管理では空室確認の電話への対応や、内見の予約等にとられていた無駄な時間が、テクノロジーを使うことで大幅に時間を節約できるようになった。
そして、人でなくてもできることを機械やシステムに置き換えることで、労働生産性が高まり、残業時間の削減や週末休日の取得が可能になった企業もでてきている。
その結果、従業員の満足度が上がると共に、働く環境が整備されることで優秀な人材がこの業界に入ってくるかもしれない。
さて、その上で考えなくてはならないのは、テクノロジーの力で生まれた時間やパワーを、働く人が熱くなる企業風土にいかに変えていくかということと、新たな顧客の価値創造にどう向けていくかということだろう。
顧客が非対面型の接客行動を求めるのであれば、その準備をすることは必要だが、むしろ営業マンの人間力を上げて、顧客とのコミュニケーションの強化に向けた取組みをすることがさらに大切になってくると思う。
新しいテクノロジーは、住宅取引を活性化させるのか ~ 清水 千弘氏
清水千弘: 東京大学空間情報科学研究センター特任教授、日本大学スポーツ科学部教授(統計学担当)、マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員。1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学経済学部教授、ブリティッシュコロンビア大学経済学部客員教授、シンガポール国立大学不動産研究センター教授等を経て、現職。専門は、ビッグデータ解析、不動産経済学、スポーツデータサイエンス。主な著者に『市場分析のための統計学入門』『不動産市場の計量経済分析』『不動産市場分析』など。国際的な学術誌には50本以上の論文が公刊され、日本語での論文を入れると100本を超える。社会資本整備審議会専門委員、内閣府統計委員会専門委員、金融庁金融研究センター特別研究員を務める不動産のOMO(Online Merges with Offline)についての議論がにわかに注目されている。OMOは、オンラインとオフラインを融合させたマーケティング手法であるが、不動産市場ではマーケティングの効率化、費用削減に期待が大きいと考える。
不動産市場は高い取引コストがあるため、金融市場などと比較して効率性が著しく阻害されているという指摘がしばしばなされてきた。そして、日本の不動産仲介手数料または流通コストは、不動産テックが日本よりも早く始まった米国などと比較して高いのではないかといった疑問も出されている。そのような中で、OMOによる費用の低減効果も期待されているわけであるが、それ以上に消費者にとってどのようなメリットがあるのかということも慎重に整理しておかないといけない。ここでは、OMOが秘める可能性を現行の取引コストの問題から考えてみよう。
不動産仲介業務は、売り手側からの依頼に基づき行う業務と、買い手の立場に立って行う業務に大別され、その両者の業務内容・機能には差異がある。日本では、売り手とだけ媒介契約を結ぶものの、米国ではエージェントとして売り手・買い手の双方において、日本における宅地建物取引士にあたる不動産業者(Realtor)が代理契約を結び、業務を遂行する。
不動産仲介の専門家の業務工程を整理してみよう。不動産仲介業務としては、売り手または買い手の集客に始まり、税金や資金などを中心とする売却相談・購入相談などの受付を行う。続いて、売り手側から依頼を受けつけた場合には、物件調査を実施し、募集価格に関する価格査定を行い、媒介契約の締結を行う。ここで、売り手は専属専任媒介契約か、専任媒介契約か、あるいは一般媒介契約のいずれかの形式を選択する。適切な物件または買い手がみつかった場合には、 売り手と買い手の交渉を仲立ちする業務を行う。そして、交渉が成立すると、契約締結・引渡しとなる。また、ローンが必要な場合にはローン斡旋業務、業務終了後には、アフターフォローが求められる。
例えば米国における不動産宅建業者(Realtor)は、売却相談・購入相談における税務相談などは受けることはない。税法の改正は頻繁にあり、対応していくことが困難であるということも理由とされているが、それよりもそもそも税務相談は税理士などの専門家が担うべき業務であるとされているからである。したがって、米国における不動産業者は税務相談等相談業務を通じて発生するコストとリスクを、回避していることになる。価格査定についても同様である。
さらに、物件調査については、インスペクターという専門家が行うことが一般的である。目視による評価を中心として、住宅そのものの性能評価を行う。ここでも米国の不動産業者は、住宅性能・物件調査に伴うコストとリスクを事実上回避していることになる。日本でも、インスペクションのあっせん義務が始まっているが、その普及はまだまだ米国などと比較すると、限定的であると言えよう。さらにローン業務は、ローンブローカーといわれるローン斡旋業者があり、契約締結・引渡しについてはエスクローと呼ばれる専門家が、それぞれ該当業務を遂行する。このように、米国では不動産の仲介業務が複数の専門家によって細分化されるのに対して、日本ではほとんどの業務が宅建士によって行われている。
ここでコストについて注目してみよう。筆者らの日米の仲介手数料を含む消費者にとっての流通コストの構造を比較した研究によると、東京都区部およびカリフォルニア州において6,500万円の中古住宅を購入した場合を想定したときに、日本では流通コストが634万円(買主427万円+売主207万円)であるのに対して、米国では836万円(買主164万円+売主672万円)であり、米国のコストは日本の1.3倍であることがわかった。その内訳に着目すると、買主側では、米国が164万円であるのに対して日本は427万円と日本の方が高いのに対して、売主側においては、日本の207万円に対して米国が672万円と3倍以上の水準であった。
ここで、契約締結・引渡し業務となるエスクローのコストを含めてみてみると、買主・売主合計で日本が402万円であるのに対して米国は1.6倍の659万円と大きく上回る水準であった。OMOが普及していくと、各業務工程でのコミュニケーションのコストを低下させるようになる。そうすると、今まで消費者が参加できなかった工程に参加できるようになったり、工程そのものが変わらないものの、直接的な費用が削減されるといったことで利益が期待されたりすることになる。その意味では、複雑に分業化されている米国のほうがその恩恵を受けやすいであろう。
さらに考えないといけないのが、売り手・買い手双方の機会費用である。機会費用には、住宅を売り買いする際に生じる時間コストと契約をするための場所の移動費用をも含まれる。OMOは様々な住宅の流通に伴う費用低下効果があることは自明であろう。もちろん効率性の裏側にあるリスクも考慮しないといけない。OMOのようなマーケティングは、それを使ったビジネス慣行の変化は、住宅市場のコストを低下させる可能性が高い。そのコスト低下効果が実感され、リスクが中立的であれば、市場の中に自然と浸透していくであろう。もちろん高い付加価値を消費者にもたらすこともできるわけであるから、その設計が重要であることは言うまでもない。
しかし、費用低下の恩恵もなく、新しい付加価値も認識されず、リスクだけが高まるようなことになれば、新しいテクノロジーが社会の幸せの増進につながらないわけであるから、従来型の取引へが継続されると考えるのが自然ではないか。
新しいテクノロジーは、本当に消費者を幸せにしてくれるのか。このような視点からテクノロジーの真価を眺めていかなければならないであろう。
不動産業務におけるOMO化の展開は不可逆的なものになる ~ 矢部 智仁氏
矢部智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中。
不動産業務のOMO化の進捗を考えるにあたり、まず各取引ステップにおける提供機能の代替手段であるオンライン化(ヒト、モノの物理的な移動の必要性の解消)による1.顧客と物件のマッチング、2.接客(=紹介/案内/情報の非対称の解消/契約意向の醸成)、3.契約、4.引き渡しの変化と現状を再確認する。
例えばマッチングでは情報ポータルメディアの情報検索機能の進化が事業者の推奨力の重要性を低下させ「探し方」を変化させた。また契約ステップでは「ITを活用した重要事項説明」といった社会実験が進み非対面でも可能である事実を積み上げ、コロナ禍における移動制限のなかで消費者からも評価を得てきた。しかし、接客ステップについて「不動産取引では「接客」はセールスにおいて必要不可欠」と考えられている。背景には、業界経営層にとって接客は従業員の行動が付加価値の創造を左右するステップでハイタッチな介在が必要不可欠であるとの思い込みがあり、進展を阻む一要因になっている。
不動産業務におけるOMO化の進捗、進展可能性は接客ステップの価値提供手法を今後どう変えていくか次第だといえる。
ところで、接客ステップの機能、提供価値である紹介/案内/情報の非対称性の解消/契約意向の醸成では、事業者によるハイタッチな介在が本当に必要なのか。
例えば情報の非対称性の解消は関連情報の公開度を高めテックタッチ(機械的な提供)をした方が、人が介在するよりも精度や抜け漏れ防止が進むのではないか。紹介/案内についても(リアルな体感も重要だが)VRなどで空間認識の機会が提供可能であり、案内についても電子ロック等の活用や損害保険の活用で必ずしも事業者の同行が必須としない方法の検討は既に可能だ。
しかし、残す契約意向の醸成(消費者目線では納得感の醸成)では単純なテックタッチ化は少々困難かもしれない。ほぼ初対面の相手に納得感を醸成するには知識、情報量、立居振る舞い、倫理観など「人として信頼に足る」相手であると認識されることが求められる。つまり業務のOMO化進捗には業界人材の高度化は前提条件の一つだといえる。
現状の不動産業界では人材高度化への教育投資が積極的に行われているとは言い難い。
しかし、中長期的な労働力不足を想定すると、ハイタッチとテックタッチを組み合わせたサービス提供への展開は不可避である。特に生産性の観点で、従業員一人当たり付加価値創造を最大化させるためには、契約意向を高めるための目的的な接触の頻度(商談回数)拡大と商談成功確率の向上のための高い精度の情報提供を可能にする(オンライン化による手法を含む)テックタッチの融合は不可欠だ。このような観点からも不動産業務におけるOMO化の展開は不可逆的なものになるはずだ。
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