千代田区が投機的マンション取引に異例の要請
近年、東京都心部、とりわけ千代田区のマンション価格は高騰を続けている。
その背景には、建築費の上昇だけでなく、短期的な売買で利益を得る「投機」目的の取引の増加がある。この状況は、実際に「住みたいのに住めない」という声につながっている。
この事態を重くみた千代田区は2025年7月、一般社団法人不動産協会に対し、投機的取引を抑制するための異例の要請に踏み切った。
なぜ千代田区はこの要請に踏み切ったのか。そして、この一連の取り組みを通じてどのような街を目指しているのか。今回、千代田区の担当者に直接話を伺い、その背景と未来への展望を探った。
千代田区の不動産市場をめぐる現状
「近年の千代田区では、いわゆる『億ション』を飛び越えて3億円、5億円以上の新築マンションも売り出されています」。そう語るのは、千代田区の麹町地域まちづくり担当者だ。
近年、都心における新築マンションの価格は高騰を続けている。LIFULL HOME’Sの調査では、2025年1~5月の東京23区の新築マンションの平均価格は1億4,402万円、平均平米単価は207.4万円(前期比120.1%)を記録した。その中でも千代田区は、23区中4位の平均価格2億832万円、平均平米単価320.7万円(前期比107.8%)となっている。
「価格高騰は新築分譲マンションに限らず、中古マンションや賃貸住宅の家賃にまで影響が及んでいて、住居費が高すぎて住みたくても住めない方がいる状況です」と区の担当者は続ける。
この価格高騰の背景には、建築費や人件費の高騰に加えて、投機目的の取引の増加が要因として考えられる。千代田区独自の調査によると、区内の築浅マンションの1つでは、住居の所有者の住所が物件所在地と異なる割合が約7割に達したという結果が出ている。つまり、マンション全体の7割の所有者が、その住居に住んでいない可能性があるのだ。
区の担当者は「賃貸しているものなどもあるため、必ずしも、その7割全てに居住実態がないという訳ではありません。しかし、せっかく新築マンションが供給されても、投機目的の購入によって、空き家のまま放置されている住居が一定数あるということが、あわせて実施したデベロッパーへのヒアリングも含め、調査で判明しました」と危機感を示す。
なぜ「転売規制」?千代田区の要請に込められた狙い
投機目的で転売されるマンションが増加すると、住宅価格が高騰し、そこに住みたい人が適切な価格でマンションを購入できなくなる。さらに、居住実態がない住居が増えると、管理組合の運営が困難になったり、地域コミュニティが希薄になったりする恐れもあるだろう。
そこで区は、不動産協会に対し「投機目的でのマンション取引等に関する要請」を行ったのだ。
要請の主な内容は以下の2点である。
・購入者が引き渡しを受けてから原則5年間は物件を転売できないよう特約を付すこと
・同一建物において同一名義の者による複数物件の購入を禁止すること
ただし、この要請は全てのマンションが対象ではなく、公共性の高い市街地再開発事業などで供給される物件に限定している。
「区が問題視しているのは、あくまで短期的な差益を狙い、物件を空き家のままにする『投機』です」と担当者は強調する。短期での転売は、未使用のほうが高値で売却しやすいため、空室状態を生みやすい。
今回の要請は、こうした投機的取引を直接抑制する狙いがある。「5年以内の転売禁止」は短期的な利益を確定するのが難しくなり、「複数購入の禁止」は特定の個人による買い占めを防ぐ効果が期待できるのだ。
千代田区が推進するマンション施策とストックの活用
千代田区の施策は、新築マンションへの対応だけではない。区民の約9割がマンションで暮らす実情を踏まえ、既存住宅(ストック)の活用にも力を入れている。
その1つが、旧耐震基準(昭和56年5月31日以前の耐震基準)の建物の耐震化促進だ。特に「分譲マンションの耐震化促進モデル助成」では、2025年度からの3年間に限り、助成率と限度額を引き上げ、改修を後押ししている。
また、区ではマンションの資産価値を維持するための管理支援も行っている。マンションが「千代田区マンション管理計画認定制度」に認定されることで、税制優遇などの恩恵が受けられるほか、管理組合の意識向上も促している。
さらに、新たな住まいの選択肢を創出する動きもある。区の担当者は「国の統計調査で公表された区内の推計3,700戸の賃貸共同住宅について空き家実態調査を進め、リノベーションによる再生や、オフィスビルから住居へのコンバージョン(用途転換)など、活用策を検討しています」と語る。
千代田区が描く未来。「住みたい人が住み続けられる街」へ
一連の施策を通じて千代田区が目指すのは、ただ人口を増やすのではなく「住みたい人が住み続けられる街」だ。区内にはオフィスビルが立ち並び、昼間人口は約80万人にものぼる。この活気が千代田区の魅力だが、実際に地域に根ざして暮らす住民の存在こそが、街の魅力や文化を守る上で不可欠だと区は考えている。
今回の要請の根底にあるのも、この未来像だ。区が問題視するのは「住宅として建てられたのに人が住んでいない」という状況である。「短期的な利益のために空き家のまま放置するのではなく、賃貸に出すなど、千代田区に住みたい人が住めるようにしていきたい」と担当者は話す。
さらに区は、子育て世帯などが手頃な家賃で住める「アフォーダブル住宅」の供給を東京都と連携して進めたいとしている。それにより、富裕層だけでなく、子育て世帯など多様な人々が共に暮らすコミュニティの形成を目指している。
千代田区の今後の展望
法的な強制力を持たない今回の要請だが、社会に大きな一石を投じたと言える。区の担当者は「今回の要請について、多くのメディアに取り上げてもらえました。当初は慎重な姿勢だった不動産協会も、9月の会見では投機的取引の動きに問題があることを認めています」と、手応えを感じている。
一方で千代田区は、既存施策の効果をしっかり検証する必要があるとも認識している。「助成制度が利用しやすいものになっているか、どうすればもっと活用されるかを検討しています。そして今後、利用者に区からどのようにアプローチをしていくか議論を続けていきたいと思っています」と担当者は話す。
また、区は国内外の先進事例にも目を向けている。全国に先駆けてタワーマンションの空室税導入を検討している神戸市や、踏み込んだ投機抑制策を講じるカナダやシンガポールなどの事例を研究し、東京都や国と連携しながら、実情に合った施策を模索し続けている。
投機的取引による住宅価格高騰は、千代田区だけの問題ではない。多くの大都市が直面するこの課題に対し、長期的な視点で「住む」ことの価値を問い続ける千代田区の取り組みに、今後も注目したい。
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