京都サウスベクトルが立ち上がった背景と京都駅南エリアの役割とは
京都市は2023年4月、15年ぶりに都市計画を見直し、大胆な規制緩和に踏み切った。
それに伴い、近年飛躍的に高まる都心部への企業のニーズを受け止めるため、京都駅の南側に新たなビジネス拠点を創出するために始まったのが、企業立地プロジェクト「京都サウスベクトル」である。
ではなぜ、長年古都の景観を守るための厳しい規制を維持してきた京都市が、大胆な規制緩和に踏み切り、京都サウスベクトルをスタートさせることになったのか。今回は、京都サウスベクトルプロジェクトをどのように推進しているのかについて、京都市に話を伺ってきた。
京都市産業観光局 企業誘致推進室 企業誘致企画係長 井上良学氏はこう語る。「京都サウスベクトルをスタートさせた背景として、京都市内へ企業を進出・拡大することの難しさが挙げられます。京都市は、古都の景観と街並みを守るために、高さや容積率に厳しい都市計画を定めています。そのため、大規模なオフィスや研究開発施設の供給が難しく、企業が進出しにくい状況にあったのです」
このような状況の中、景観の守るべき骨格を堅持したうえで、京都駅南エリアを中心にオフィスや研究開発施設を誘導する都市計画の見直しを行い、また、企業立地を支援する補助金制度も大幅な充実を図ることにより、企業の多様なニーズを受け止める京都サウスベクトルをスタートさせたのである。
「京都駅の南側に期待するポテンシャルも背景の1つです」と井上氏は続ける。京都駅の南側は、京都駅からの交通利便性も良く、さらなる発展の可能性を秘めたエリアだった。京都サウスベクトルにより企業を誘致することで、京都駅との連続性を活かした新たなビジネス拠点を創出する狙いがあるという。
さらに、京都が誇る「大学のまち・学生のまち」としての側面も、京都サウスベクトルを後押ししている。「京都市は、市民に占める学生の割合が全国トップ。この割合は東京の約2倍に当たり、優秀な若手人材の宝庫です。つまり京都市は、企業にとって人材確保の面でも大きな魅力を秘めているのです」と井上氏。
京都サウスベクトルによる規制緩和と支援制度の詳細
京都サウスベクトルによる、オフィス・ラボ誘導エリアに立地する企業への支援を見てみよう。
まず、プロジェクトの核となるのが、都市計画の見直しである。京都駅南エリアに新増設されるオフィスやラボは、容積率が200%/400%→600%に、高さ制限が20m/25m→31mに緩和される。らくなん進都鴨川以北エリアは、指定容積率が400%→最大1,000%、高さ制限は京都市の都心部で唯一、無制限となる。
ただし、規制緩和には、いくつか条件がある。京都市産業観光局 企業誘致推進室 企業誘致推進第三係長 土家那央子氏は「規制緩和を適用するに当たり、オフィスビルに市民の皆様が活用できる道路や広場を整備したり、展示コーナーや体験スペースがある産業文化交流機能を設けたりしていただいています。そうすることで、地域交流が生まれてエリア全体の活性化につながればと考えています」
さらに、充実した資金面の支援も魅力の1つだ。オフィス・ラボ誘導エリア内にテナントオフィス(賃貸用オフィス部分の床面積3,000m以上)を新設・増設する事業者や、市内にレンタルラボを新設・増設する事業者には、最大3億円の補助制度が用意されている。これは、建物と償却資産の「固定資産税・都市計画税相額の全額」を5年分補助するというものだ。
市内で本社機能を有する事務所や工場、研究開発拠点を新設・増設する企業には最大1億円の補助制度が用意されている。この制度を利用すれば、製造業やIT等の企業は建物と償却資産の「固定資産税・都市計画税相額✕最大150%」が3年分補助される。
また、市内に初めてオフィスを構える企業には「市内居住の正社員数(最大50人)✕最大80万円/年度✕2年分(最大5,000万円)」が補助される「市内初進出支援制度」も利用可能だ。これらの補助金制度を活用すれば、企業の負担が和ぐため、企業拡大の挑戦を促す強力な追い風となるだろう。
さらに、人材確保の支援もこのプロジェクトの大きな柱である。「大学のまち」という京都ならではの強みを最大限に活かし、学生に向けた情報発信や企業と学生間の交流会などを積極的に行っている。この取組により、企業は意欲的な学生と早い時期に出会えるため、将来を担う人材の確保につながるのだ。
企業誘致は着実に進んでいる
京都サウスベクトルの実績は、プロジェクトの始動から早くも具体的な形となって現れている。その筆頭となるのが、2024年3月に完成した第一工業製薬株式会社の新本社オフィスである。このオフィスは、京都サウスベクトルエリア内に本社オフィスを立地した記念すべき第1号で、新たなイノベーション創出拠点の実現に向けた第一歩となった。
市内企業の事業拡大も着実に進んでおり、京都サウスベクトルエリア内では、令和5年度に2件、そして令和6年度にも2件の事業拡大が実現した。
さらに、特殊ガラスメーカー大手の日本電気硝子株式会社が、京都サウスベクトルエリア内での本社機能の移転を伴う大型オフィスの建設計画を発表した。約500人規模のオフィスが整備される予定で、京都サウスベクトルを牽引する企業の1つとなるだろう。
このように、企業の誘致が着実に進んでいるのを見ると、京都サウスベクトルが単なる机上の計画ではなく、実際に京都のビジネスを動かす力があることを示しているのがわかる。
担当者が語る京都サウスベクトルの今後の展望
最後に、京都サウスベクトルの今後の展望を聞いてみた。井上氏は「今後、京都サウスベクトルエリア内にオフィスやラボが増えることで、京都サウスベクトルエリアのブランドが高まり、京都駅南やらくなん進都がさらに人気のエリアになっていくでしょう。その結果、京都全体のビジネスシーンが活性化されることを期待しています」と語る。
さらに「京都サウスベクトルプロジェクトによりアクセスが良いオフィスが増えることで、人材確保の面でも有利になります。「大学のまち」という京都市の魅力を活かせば、さらに良い人材が集まります。最終的に「京都市と言えば京都サウスベクトル」と誰もが第一に思い浮かべるような、名実ともに京都を代表するエリアへ育て上げていきたいですね」と続けた。
京都市が目指すのは、オフィス街を創出するだけでなく、歴史的な景観との調和を図りながら、新しい価値を持つ文化・経済の拠点をつくることだ。京都サウスベクトルにより地域が活性化すれば、京都駅南のエリアが新たな価値を創造するビジネス拠点へと飛躍を遂げるだろう。
京都サウスベクトル第1号の第一工業製薬株式会社
続いて、京都サウスベクトルを利用して、2024年3月に京都駅南エリアに本社オフィスを構えた第一工業製薬株式会社の管理本部 戦略統括部 広報IR部 広報グループ長 伊賀氏に話を伺った。
第一工業製薬株式会社は、界面活性剤の技術を核に、「電子・情報」「環境・エネルギー」「ライフ・ウェルネス」「コア・マテリアル」という4つの事業領域で幅広い素材を提供する京都発の化学メーカーである。
伊賀氏は「京都で創業した弊社が都心部への本社移転を検討していた頃、ちょうど良いタイミングで京都サウスベクトルが始動したため、プロジェクトの活用を決めました。京都駅の南という立地の利便性、そして京都市から手厚い支援が受けられる点が、進出を決める大きな後押しとなりました」と話す。
京都駅のすぐ南という利便性の高い立地に本社オフィスを構えたことで、取引先や顧客との交流が活発になっただけでなく、京都市内に研究所を持つ同社にとって、社員のアクセス環境も向上したという。
また、「京都には研究拠点も構えており、京都駅から徒歩圏という立地の良さが、各事業所をつなぐハブとしての役割を果たし始めている。これまで以上に情報や人材が行き来しやすくなり、全社的な協働が加速する土台が整いつつある。さらに、この好立地が今後の採用活動にも良い影響をもたらすと考えています」とも伊賀氏は語る。
社内にも好循環が生まれている。「これまでは管理部門と営業部門が異なる拠点に分かれていましたが、新オフィスに集結することで、部門間の連携が密になり、業務が円滑に進むようになりました」と伊賀氏。
新本社オフィスが、第38回日経ニューオフィス賞の「近畿ニューオフィス奨励賞」を受賞したことも大きなニュースだ。この賞は、快適で機能的なオフィスづくりを促進するため、創意工夫に満ちたオフィスを表彰する制度である。今回の受賞では、第一工業製薬株式会社が掲げる「健康経営」への取り組みが高く評価された。
さらに、第一工業製薬株式会社では、本社をライトアップすることで健康啓蒙活動や防犯に貢献している。通常時は企業カラーであるブルー、乳がん啓発月間は「ピンクリボン」カラー、認知症支援のテーマカラーであるオレンジなど、ライトアップを通じて多くの市民や国内外の観光客に向けて啓蒙活動を発信している。
京都市との連携による取り組みとは
第一工業製薬株式会社は、地域社会への貢献や未来のビジネス創出を見据えて、積極的に自治体と連携した取組を行っている。
2024年12月には、万が一の災害時に、本社施設を帰宅困難者の一時滞在施設として提供する協定を京都市と締結した。この協定により、京都駅からのアクセスが良い本社の社外交流フロア(1階〜3階)を災害時に一時的に開放して、京都市と連携しながら帰宅困難者へ円滑なサポートをするという役割を担うこととなった。このことから、第一工業製薬株式会社の、地域の安全・安心に貢献する姿勢が見て取れる。
2025年8月には、京都市西京区、西京区民ふれあい事業実行委員会、公益財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)と共催し、地域の子どもたちとその保護者を対象とした「親子ハンドソープ作り体験」を開催した。自社の界面活性剤技術を活かしたこのイベントは、未来を担う子どもたちに化学の楽しさを伝えるとともに、企業としての顔を地域に知らせる絶好の機会となった。
さらに、海外の視察団を受け入れる「テックツアー」への協力も行っており、京都の技術力を世界に発信する窓口としての役割も期待されている。
最後に、伊賀氏へ第一工業製薬株式会社が見据える今後の展望を聞いてみた。
「今後は社内だけでなく、地域を巻き込んだイベントを積極的に行いたいと考えています。また、京都サウスベクトルをきっかけに進出した他の企業との連携を強化して、自社の競争力を高めていきたいです。こうした取り組みを通じて、第一工業製薬としての存在感を高め、地域や業界内での知名度向上にもつなげていければと考えています。」
このように、企業にとって京都サウスベクトルによるメリットは計り知れないといえるだろう。産業の担い手不足など、京都市が抱える課題は少なくないが、京都サウスベクトルの企業誘致事業に引き続き注目したい。
■参考HP
京都駅南オフィス・ラボ誘導プロジェクト「京都サウスベクトル」
第 38 回日経ニューオフィス賞「近畿ニューオフィス奨励賞」を受賞しました
https://www.dks-web.co.jp/updata/n_pdf/20250930_17601.pdf
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