地域を再編集する場としての映画館
大分県北西部に位置し、福岡県、熊本県と県境を接する日田市は江戸時代に天領(幕府直轄地)として栄えたまち。水運、陸運ともに交通の要衝だった日田は金融のまちでもあり、江戸時代の日田は九州の政治経済の中心地としておおいに繁栄。今もその姿は市内の重要伝統的建造物保存地区である豆田町などで見ることができる。
だが、幕藩体制の崩壊は日田を直撃。明治以降は日田盆地周辺の山から切り出された日田杉が主産業となるものの、現在、林業がふるわないことはご存知の通り。高度経済成長期に10万人弱だった人口は現在(2025年9月末)、合併しても6万人弱。
2015年の国土交通白書が映画館が成り立つ人口規模を8万7,500人~17万5,000人以上としていることを考えると、日田市に映画館があり、継続していること自体が奇跡といってもよいのかもしれない。かつては7館の映画館があったという日田市だが、現在あるのは、1991年に創業し2008年に2度目の閉館を経て2009年に現支配人の原茂樹さんが引き継ぎ、経営を続けている日田シネマテーク・リベルテ(以下、リベルテ)だけである。
原さんは音楽、映像などの作り手側の人で、映画は好きだったがリベルテを承継するまで仕事としては縁が無かった。だが、映画が自分を成長させてくれた、映写機を残したいという気持ちがあり、それ以上に地元に今まで来なかった人、面白い人が集まる拠点を作れば、そこにさらに人が集まるようになるのではないかと思ったという。
「今は東京だから、田舎だからという時代ではありません。それがどこであっても面白い人がいる、面白いことが起きている場所に人は集まる。逆に都市でスクラップ&ビルドが進み、新しいものが見えてこない時代であることを考えれば地方やストリートから出てくる文化があるのではないか、それならここからでもできるのではないかと思ったのです」
そのための手法として原さんが考えたのは「編集」というやり方。映画館やカフェを経営している人達は自分が好きな場所をイメージして場を作ることが多いようだが、そうではなく、有名無名は関係なく、地域の良いものの背景、思いを伝える、届けるというやり方である。現在のリベルテも含め、原さんの周りには雑誌などの編集に関わっている人も多く、そうした影響もあるのだろう。映画館を地元を再編集する場として選んだのである。
時間をかけて間口を広げてきた、映画館らしからぬ映画館
そのため、リベルテは映画館ではあるが、映画以外のものや人、情報が集まる場となっており、映画だけの場所ではない。最初のうちは映画館なのだから映画を上映していれば良いと言われたそうだが、原さんは時間をかけて間口を広げてきた。初めて来た人は映画館らしくない空間にここはどこ?と思うかもしれない。
入ったところにはカフェがあり、陶器やカード、食品、ぬいぐるみや風呂の蓋(!)が売られており、壁には絵やTシャツが飾られ、珈琲も飲める。しかも、置かれているものはひとつずつ原さんが知っている人達が作ったもの。創作の背景も、その人の思いも知った上で置かれている。時には作者が居合わせることもある。
「ここに置かれたものを作っている人達はある意味、家族のような存在。面白いものができた!と野菜でもできたかのように陶芸家が作品を持ってくる。その熱をここから伝えられたらと思っています」
館内では1ケ月先まで細かくスケジュールされた映画はもちろん、珈琲教室、トークイベント、ライブ、展示会なども行われており、そのうちにはグラミー賞を3度受賞したファンタスティック・ネグリートのような世界的なスーパースターのライブも。日本国内だけでなく、世界から日田を、リベルテを目指して人が集まるようになっているのである。
「一番遠いところはアフリカでしょうか。ここでアフリカ支援事業をやっていたことがきっかけになり、日本人の妻と共に定期的に訪ねてくれるようになったマサイ族の方々がいらっしゃいます。それ以外にも世界中に年に1回はここでイベントをしたいと言ってくれる人達がおり、実際、さまざまな活動が続けられています」
原さん自身の活動も多岐にわたる。地元、全国を問わず、各種媒体への寄稿に始まり、大学講師、地元美術館でのキュレーション、林業を支援する団体ヤブクグリの広報担当その他。2021年にはエルメスの日本全国のミニシアターを横断して開催された一夜限りのイベントの企画を担当した。館内に描かれたサインや活動を聞いていると日本のみならず、世界からも人が集まっていること、人を惹きつける場所があるのは東京だけではないことが分かる。
映画を見ることは社会を、他人を見ること
それでも原さんは映画をあらゆる活動の中心に据えている。それは映画を見ることは他人の人生を見ることだと思っているから。
「映画を見なくなると自分しか見られなくなります。今の自分の世界の、自分に見えている範囲でしかものを考えなくなると言ってもいい。自分の基準をすべてに当てはめるようになる。たとえば、それがまちの小さなビジネスを否定しているのではないかとも思うのです」
大学で教えている原さんは親は子ども達に好きなことをやりなさいと言っている一方で、「ちゃんと勉強しないと、良い学校に行かないと良い会社に入れない、●●さんみたいになっちゃうわよ」と口にする姿を見てきた。
子どもは親の満足に敏感だから、親が望まないことはやろうとしない。結果、本当はやってみたいことでも避けるようになる。無意識なのかもしれないが、子どもが好きな、やりたいことではなく、親が正しいと思っている道を選ばせるようにしているのである。
行政や政治家も似たようなことをしている。地元に愛されてきた小さな店を応援せずに全国ブランドの店を誘致しようとするのは無名な存在には価値がないと言っているようなものだからだ。
それを原さんは「映画が足りていない」という。映画の中にある無数の他人の人生を見ていたら、そうした判断はしにくい。映画を通じて世界と繋がっていたらもっと広い視野で考えられるのではないかというのだ。
「映画はあれだけお金をかけ、多くの人が関わってある意味無駄なものを作っている。経済合理性から考えたら矛盾。それでも愛されているのはなぜか。そこには感動や衝動があり、そこに生きる意味があると信じています」
小さな映画館に似合う、じんわり響く映画を
映画の力を理解しているからだろう、ブッキングには力を入れている。全63席のコンパクトな映画館であり、コーヒーを飲みながら見ることができる場でもある。そのサイズ、雰囲気に合う映画がある。
「ジェットコースターのような映画は音響効果の良い大きな会場で見たほうが良いでしょうし、じんわり泣ける映画ならこのサイズが合う。世界を救う話ではなく、日常を見直す、しみじみ考えさせられる、そんな映画をセレクトしています」
そのため、一般の映画館は公開日からできるだけ時間を置かずに上映したがるが、リベルテでは封切日にはこだわらない。取材に訪れた日はちょうど承継から16周年の日だったが、16周年記念作品として上映されていたのは2016年公開、ジム・ジャームシュ監督の「パターソン」。何か特別なことが起きるわけではない、詩が好きなバス運転手の日常が描かれているのだが、その変わらない日常が愛おしいという、リベルテの存在に重なるような作品でもあった。
1本ずつだけでなく、毎月12本のセレクト、流れの作り方にもこだわっている。これを見たら、次はこれを見たくなるんじゃないか、この季節にはこれが見たいのではと勝手に流れを作っていると原さん。他の映画館ではそこまで先のスケジュールを、しかも、後から訂正のできない紙で出していたりはしないそうで、原さんのこだわりが分かる。
「1週間経って心の中で熟成されるのが良い映画ではないかと考えています。人生は分からないものを抱えていく、答えのないものだと思いますが、社会に出ると分からないことは良くないとされる。でも、その経済優先の社会の中にあって何かをひっそりと考え続けることも大事なのではないかと思っています」
そのセレクトを原さんは川の流れのようにと例える。多くの川が流れ込む日田は水郷と呼ばれるほど水の豊かなまちで、そのうちでもまちを象徴するのが筑後川の上流にあたる三隈川。上流と言いながらゆったりと流れる川の姿は言葉を失うほどおおらかで美しい。まちの風景はそこに住む人の考えに大きな影響を与えるものらしい。
少しずつ変えてきた模索の16年はあっという間
承継から16年。決して短くはない時間だが、原さんはあっという間だったという。最初のうちはプラネタリウムをやったり、観客席後方に畳を敷いてちゃぶ台を置いて座って見られるようにしたりなどという試みをやったこともあり、この16年は模索の連続だった。
今もレイトショーの時間を働く人達が夕食を終えて一段落した後に変更したり、年中無休を火曜日を定休日にしたりと見る人、働く人の生活に合わせて少しずつ微調整が続く。
「山を登ったらまた山があり、毎月、とうとう潰れるかと思いながら生き延びてきました。スタッフに賃金を払い、必要な支払いをすると貯金が無くなっていき、去年は年収4万円でした(苦笑)。超低空飛行を続けてきましたが、それでもだんだん評価する人が増えてきました。すぐに結果を出そうとせず、続けてきたことが良かったのでしょうね」
映画館は外から見ているほど自由ではない。配給サイドの匙加減で決まることが多く、席数の少ない単館は強いとは言えない立場。それでも続けてきたことで少しずつ良い関係が構築できてきたとも。
それに何より、この場所を大事に思う人が多くいることが感じられた。リベルテにいる間、高校生からリタイア層くらいまでの男女が何人も入ってきては原さんと言葉を交わし、映画の感想を伝えては去って行った。日常の間の、誰かに出会うちょっとした隙間とでもいえばよいだろうか。みんなが楽しそうだった。
日田市へは福岡空港から30分に1本ほどバスが出ており、1時間半ほどで着く。駅周辺は人の数に比して広すぎて戸惑うが、三隈川沿いの色っぽいまちは猥雑で楽しく、豆田町は建物好きにはたまらない。そしてリベルテ。たいていの人は自分の好きな映画を見に行くものだが、原さんは狙わないものも見て欲しいという。
「自分の好きなモノだけの世界からはみ出してみると意外に号泣するほど感動することも。逆に嫌な気分になることもあるかもしれませんが、世の中は自分の好きなものばかりとは限りませんからね」
リベルテのある日常が羨ましい。
■取材協力
日田リベルテ
https://liberte.main.jp/about.html





















