不動産取引におけるハザードマップ説明義務の定義と現状

下図は江戸川が氾濫したときに想定される洪水浸水想定区域(抜粋)である。ただし、左図は、この図を基に市区町村が作成するハザードマップに反映されるもので、重要事項説明義務があるのに対し、右側のハザード情報は説明する義務はない。あなたは理由をご存じだろうか。

利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図(左図:想定最大規模、右図:計画規模) ※出典:国土交通省江戸川河川事務所(2017年)利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図(左図:想定最大規模、右図:計画規模) ※出典:国土交通省江戸川河川事務所(2017年)利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図

ハザードマップの説明義務は、2020年8月28日の施行規則改正に伴い新たに導入された制度である。宅建業法としては、同法第35条第1項第14号イの国土交通省令・内閣府および同号ロの国土交通省令、同法施行規則第16条4の3に規定される。

具体的には、重要事項説明において、市区町村が作成するハザードマップ(ホームページ等から入手可能な最新のもの)に、宅地または建物の所在地を明示して購入者等に対し説明を行う必要がある。また、ハザードマップに記載される避難所の位置についても説明時に明示することが望ましいとされている。
※参考情報:宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方(国土交通省)

このような制度改正の背景には、近年の短時間降雨の発生件数の増加とこれに伴う水害の頻発がある。

下図の資料は、国土交通省が公表している1時間降水量50mmを上回る短時間降雨の発生件数の推移である。1976年から1985年の10年間の発生件数は平均226回に対し、2015年から2024年の10年間の発生件数は平均334回となっている。つまり、約40年間で水害をもたらす可能性の高い大雨が約1.5倍に増加していることになる。加えて、毎年、水害により数十名から数百名の方が亡くなっているうえに被害額は年間数千億以上にのぼっている。

利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図(左図:想定最大規模、右図:計画規模) ※出典:国土交通省江戸川河川事務所(2017年)利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図1時間降水量50mm以上の年間発生回数(アメダス1,300地点当たりに換算した値) 出典:国土交通省(2024)「水害レポート2024」
利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図(左図:想定最大規模、右図:計画規模) ※出典:国土交通省江戸川河川事務所(2017年)利根川水系江戸川洪水浸水想定区域図過去10年における水害による死者(人)・行方不明者(人)・水害被害額(百万円)の推移 ※出典:「令和5年水害統計調査」表-44より著者作成

想定最大規模の限界と網羅されないリスク

重要事項説明にハザード情報が追加された理由には、不動産購入時や賃借の際の判断基準に水害リスク情報を加えることで、消費者が水害リスクを認知し、リスクへの備えや回避を促すことを目的としている。

そもそもハザードマップとは何か。ひと口にハザードマップと言ってもさまざまな法律に基づき個別に作成されている。例えば、ハザードマップとされるもののなかには、火山ハザードマップやため池ハザードマップなどがあるが、2020年8月に説明義務として加えられたハザードマップは、水防法に基づき市区町村が作成したハザードマップである。この前提を誤解すると重要事項説明時に法律で規定する内容と異なる説明をすることになるため注意が必要である。

水防法は、1949年に制定された法律であり、警戒・防御・被害軽減を目的としたもので、戦後間もない1947年9月に発生したカスリーン台風による利根川流域での被害(死者1,100名、家屋浸水約30万戸)を受けて整備された。

ハザードマップ説明義務の法律上の枠組み ※出典:宅建業法等に基づき著者作成ハザードマップ説明義務の法律上の枠組み ※出典:宅建業法等に基づき著者作成

図解を見てほしい。2020年8月に説明義務が課されたハザードマップでは次の3つの災害リスクが記載されている。
・洪水浸水想定区域
・雨水出水浸水想定区域(いわゆる内水氾濫のこと)
・高潮浸水想定区域
なお、土砂災害警戒区域および津波災害警戒区域については、指定がある場合は併せてハザードマップに記載される。

ここで重要なポイントとしては、これらの浸水想定区域は、すべて想定最大規模降雨(年超過確率0.1%=1年の間に0.1%の確率で生じる浸水区域)を記載している点にある。いわゆる1000年確率ともいわれるものだが、1000年に1回の確率とは統計的な意味が異なるため、重要事項説明をする際には注意が必要となる。

また、想定最大規模降雨を考慮したハザードマップの作成が整備されたのは、2015年の水防法改正からであること、さらに法律では一級河川や二級河川といった大・中河川を策定対象としており、小河川(河川法準用河川、河川法が適用されない普通河川のこと)は法律の義務対象となっていない。

しかし、義務化されていない小河川でも洪水被害は発生しており、近年の被害例としては、2023年9月の台風13号による日立市庁舎の例がある。当該例では、ハザードマップの作成が義務化されていない小河川の溢水により災害対策本部となるべき庁舎が浸水、電源喪失により機能不全に陥った。

加えて、国や都道府県の河川管理者による浸水想定区域の指定後から市町村が策定するハザードマップへの反映には、タイムラグが生じていることにも重要事項説明時には注意が必要となる。

では次に、不動産取引の実務において見落とされがちな「計画規模降雨」のリスクについて、近年の水害事例を踏まえて確認する。ここで問題となるのは、想定最大規模降雨に類似する事例が、近年実際に発生しているのかという点である。これに関しては現時点において既往研究は見当たらないが、計画規模降雨(河川整備の基準となる1/30〜1/200確率程度の規模)を超える洪水浸水被害は発生している。

計画規模降雨を超える近年の事例としては、2020年7月豪雨(球磨川)や2019年の東日本台風(台風19号)などがあり、一部では、想定最大規模降雨に迫る浸水深を記録したと報告されている。したがって、一般的な建物使用期間を前提とした不動産取引の視点では、計画規模降雨による浸水想定区域と浸水深も重要なリスク情報といえる。なぜならば、計画規模降雨においても浸水リスクがあるエリアは、想定最大規模降雨よりも浸水に遭遇する確率(頻度)が高く、期待した期間中、建物を継続して使用できない可能性が高いからだ。こうした違いを理解している事業者は少ない。本稿冒頭で紹介した図に示される両者の違いを、改めて確認してほしい。

徳島県の宅地建物取引業者を対象とした先行研究(※1)では、計画規模降雨と想定最大規模降雨の違いを正しく理解している事業者は約半数にとどまっていることが明らかになった。つまり、水害の経験による地域差はあると考えられるものの、おおむね半数近くは両者の違いを理解せずに、単に形式的に消費者に対しハザードマップ情報を渡しているに過ぎない実態が見えてくる。
※1 多田、加藤、塩崎、鈴木(2022)「宅地建物土地引における洪水ハザードマップ説明の実態と不動産取引情報提供サイトへの掲載等に向けた宅地建物取引業者の意識分析」、第65回土木計画学研究発表会・講演集
ここで改めて整理すると、ハザードマップ制度には『小河川の非対象』『指定作業の遅れ』『マップ反映までのタイムラグ』といった構造的な制約が存在する。これらは水防法に基づく制度そのものが持つ限界であり、メッシュ(面)単位の計算により作成されるハザード情報は、個別具体的な建物・土地の詳細リスク評価指標としては必ずしも適切ではない。

市区町村が作成するハザードマップを説明することは法律上の義務であるが、悪くいえば、ハザードマップのみを最新の情報として認知し、形式的に説明を行う場合、最新かつ正しい水害リスクを説明できていない可能性もある。しかしながら、こうした水害情報を入手する難易度は、行政機関の別、周知手法に左右されるため、宅建業法を理解した宅建士であっても、対象物件に対する正確な情報を取得する行為は時間とコストを要する。しかし、現行の仲介手数料体系の中で、これら高度な専門的調査への対価が明示的に反映されていない点は、業界全体の構造的な課題ともいえる。

水防法の目的と不動産取引との乖離

水防法で規定するハザードマップには、浸水想定区域以外にも、避難施設や避難経路などの命を守るための避難に関して重要な情報が掲載されている。水防法の出発点が人命を守るための避難行動を促す点にあるように、不動産取引の重要事項説明として求められる資産リスク情報としては、いささか目的が飛躍しているというよりも目的外使用に近い。

水害ハザードマップの例 ※出典:江戸川区水害ハザードマップ水害ハザードマップの例 ※出典:江戸川区水害ハザードマップ

たしかに、命を優先し、守るための行動を促すという点においては重要な情報になるが、建物使用時に着目したリスク情報としては、日本において建物使用が短命であるという点において、実際に起こりうる現実的なリスク情報のほう、つまり、河川整備基本方針において設定される計画規模降雨の方が情報価値が高いともいえる。法制側と現場側では見ている視点が異なるために生じている課題あると考えている。同時に、災害リスク情報を広く周知できている媒体が法の仕組み上、市区町村が策定する水防法に基づくハザードマップのみという点も構造的かつ社会的な課題ともいえる。

一部の市町村が策定するハザードマップでは、想定最大規模降雨と計画規模降雨の両方を掲載している例もあるが、ハザードマップで両方を掲載すると煩雑となり一般の人には理解しにくい。また、ハザードマップでは、災害発生が予見される場合の避難に焦点が置かれている。これは法の制定目的が避難と情報提供が主であるように、土地のリスク評価とは求められている視点が異なる。

重要事項説明の対象外となるハザード情報

次に、少し俯瞰して宅建業法とハザード情報、ハザードマップとの対比を行う。下図は、2020年8月に義務化された水防法に基づくハザード情報、重要事項説明において説明が義務化されているハザード情報、および説明を行う義務がないハザード情報である。

重要事項説明における説明義務のあるハザード情報の分類 ※著者作成重要事項説明における説明義務のあるハザード情報の分類 ※著者作成

いちがいにハザード情報といっても、各法律に基づき指定されていることに注意が必要となる。実務上は法律上の説明義務がある情報があることを理解しておけば問題ない。

しかしながら、説明義務がないリスク情報があることを知っておくことも取引リスクを軽減するためには重要な要素である。消費者がハザードマップを確認した際に浸水想定の区域外であってもすべての災害リスクがない(もしくは少ない)と誤認しないよう、説明には配慮する必要がある。

ハザードマップ情報提供制度の課題

ハザードマップ情報は、水害時の「避難行動」を促すという点においては重要である。しかし、「2.想定最大規模の限界と網羅されないリスク」で述べたように、当該マップは想定最大規模を前提に大・中河川を対象としており、小河川の非対象や指定作業の遅れなど、構造的に網羅できない領域があるうえに、個別具体な土地ごとの浸水リスクを正しく評価しているわけではない。これらの限界を踏まえると、同じ“水害リスク情報”であっても、土地・建物の評価に必要とされる情報の質とは大きく異なることが分かる。

不動産の実務で求められるのは、「その土地が建物の使用期間内(数十年程度)にどの程度の確率で浸水する可能性があるか」という現実的な視点である。一方、市町村作成のハザードマップは、極めてまれな最大規模を前提に「命を守る避難」を目的としているため、対象範囲もリスクの把握スケールもまったく異なる。このマクロ(流域全体)とミクロ(個別敷地)の評価軸の違いこそが、現在の制度が抱える根本的なギャップといえる。

実際、開発・建築動向への影響は限定的との研究(※2)もあり、最大規模情報の提示だけではリスクの高い区域での開発抑制にはつながっていない。土地のリスク評価としての有効性を高めるには、計画規模降雨など、建物使用の実態に近いスケールの水害リスクを併せて参照できる仕組みが求められる。
※2 重枝、竹内、荒木、姥浦(2024)「ハザードマップが開発・建築行為に与えた影響の経年的変化に関する研究ー福島県会津若松市を事例としてー」都市計画論文集Vol.59 No3、pp768-774

このような課題に対し、近年の例では、滋賀県が「地先の安全度マップ」として、想定最大規模降雨による浸水想定以外に多段階浸水想定(1/200、1/100、1/10確率)を公表している。河川管理者ごと・市町村ごとに公式ホームページを確認する必要がないうえに、県全域において多段階で浸水リスク情報を知ることができる利点があり、不動産実務に即した情報といえる。

滋賀県における地先の安全度マップ 出典:滋賀県防災情報マップ(https://shiga-bousai.jp/dmap/top/index)滋賀県における地先の安全度マップ 出典:滋賀県防災情報マップ(https://shiga-bousai.jp/dmap/top/index)

不動産仲介者に求められる実質的リスクの視点

不動産仲介者に求められるのは、単に「ハザードマップを提示する」という形式的な説明ではなく、消費者がリスクを正しく理解し、売買等における意思決定を支えることにある。

現在の重説制度では、法制度上、想定最大規模浸水想定のみが説明対象となっているが、これは水防法上“避難目的”で作成されたものであり、土地の安全性を正確に示すものではない。したがって仲介者は、ハザードマップの限界や前提条件を補足し、誤解が生じないよう説明する必要がある。

加えて、消費者が本当に知るべきなのは「その土地でどう備えるべきか」という実生活に直結した視点にある。具体的には、自治体の地域防災計画、過去の浸水実績、避難経路、周辺の地形、内水氾濫や土砂災害など、ハザードマップに直接載らないリスクも含め、多面的な情報提供を行うことである。

しかしながら、そうした情報の取得コストや説明に関しては、より専門的な知識を有する必要があるため、宅建士個人の努力のみで担えるのかという点は業界全体で議論すべき重要な論点である。

まとめ

水害レポート表紙 ※出典:国土交通省(2018・2019)水害レポート水害レポート表紙 ※出典:国土交通省(2018・2019)水害レポート

2020年の宅建業法施行規則改正により、重要事項説明における水防法に基づくハザードマップの提示が義務化された。しかし、説明対象となるハザードマップは「想定最大規模」を前提とした避難目的の資料であり、個別の土地・建物が直面する現実的な資産リスクを評価するために設計されたものではない。

加えて、小河川の指定対象外、マップ反映へのタイムラグといった制度的・予算的な制約も大きく、現状のハザードマップの提示のみではリスクの正確な把握には限界がある。実際、既往研究においても、現在のハザードマップの公表や説明義務化が開発・建築行動に与える影響は限定的であり、災害リスクの高い区域の開発抑制には十分につながっていない実態が示されている。

不動産取引の現場で重視すべきは、建物の使用期間内に生じうる現実的なリスクであり、「計画規模降雨」や過去の浸水実績など、より実務的な指標を合わせて参照する視点が不可欠と考えられる。また、不動産仲介者は、ハザードマップを単なる「水害リスクの証明書」として扱うのではなく、「避難のための情報」として正しく位置づけ直す必要がある。そのうえで、制度の限界や前提条件を補足するなど、顧客の意思決定を支える多面的なコンサルティング姿勢こそが、これからの取引において重要になるのではないだろうか。

【参考情報】
国では一部の災害リスク情報をマップ上から重ねて確認可能なサイトを運営している。
ハザードマップポータルサイト
不動産情報ライブラリ

また、LIFULL HOME'Sの地図から探す機能では、洪水ハザードマップを表示することができる。

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