淀川舟運の歴史と衰退。復活へ向けて動き始める
淀川と言えば、滋賀県の琵琶湖を水源に、大阪湾に流れる一級河川。名前は流域によって変わり、大阪の中心部では大川と新淀川に分かれる。
その淀川は、歴史的に見て大阪の発展に大きな役割を担っていた。豊臣秀吉が築いた伏見城を中心に開花した「桃山文化」。後に徳川家康はこの地で政治を執り行ったそうだ。まつりごとの中心としての京・伏見と下流の大阪の街は、淀川で結ばれ、船による物流、人流が盛んであった。
陸上交通が未発達のこの時代に、政治の中心の京都と大消費地の大阪を結ぶ重要な交通手段として、三十石船と呼ばれる船が活躍した淀川の舟運。以来、明治の中頃まで、淀川舟運は大切な役割を担っていた。
そののち、鉄道、道路網が整備され、スピードに勝る陸上交通に主流は移っていくが、令和になり、今まさに淀川を行く船による物流や人流の活用が見直され始めたのである。
その契機となったのが、阪神・淡路大震災と大阪府北部地震だ。
陸上の交通網は、言うまでもなく災害に弱い。鉄道や高架の道路網は、構造物であるが故、一度大きなダメージを受けると復興に長い時間が必要だ。災害によって陸上交通網が麻痺した際に、舟運は物資や人の輸送手段の代替として大きな役割を果たすと考えられている。実際に1995年の阪神・淡路大震災の復興に際しては、舟運を活用することで、被災した淀川下流部の堤防が迅速に復旧された。
災害時でも、人や物を運べて、地球環境負荷も比較的少ない「淀川舟運」。2024年10月、観光を目的にした淀川舟運が一部復活した。観光地としての淀川のポテンシャルを見直して、観光クルーズ船として人を呼び込もうとするものであるが、その先に大きな目的を見据える。ここでは淀川復活へ向けたそのあたりの取り組みを紹介する。
観光船クルーズで「伏見航路」が復活
かつては交通の大動脈であった淀川の舟運も、道路交通網の発達により1962(昭和37)年には貨物輸送が終了した。現在、航路によっては定期的に観光船が運行されているものの、多くの人に知られているとまではいえない。
そこで、淀川舟運活性化協議会は、観光地として流域のにぎわいを促進することを目的に、2024年10月13日「淀川クルーズFESTIVAL」を開催した。これは2025年に大阪で開催される国際博覧会開幕6ヶ月前イベントとして企画、実施されたものだ。
これまで、八軒家浜船着場(大阪市中央区)と枚方船着場(高槻市)間ではイベントクルーズが実施されてきたが、この日はそれに加えて、枚方から京都伏見までのクルーズも実施され、62年ぶりに大阪から京都までの「伏見航路」が復活することとなった。この機に合わせて淀川の流域各地ではイベントやアクティビティも開催された。
たとえば「秋の水都大阪ウイーク・水の都パビリオン」(八軒家浜、中之島公園)では、大阪産の食材を使用したキッチンカーが出店。あるいは「京都伏見の日本酒きき酒体験と十石舟乗船」(伏見)では、酒蔵のレトロな建物を背景に十石舟で遊覧しながら、きき酒ワークショップを行うというイベントは、多くの来場者でにぎわった。淀川流域の歴史や魅力を知る見学会や、体験会などが各地で催され、淀川流域の各地がにぎわい、淀川舟運そのものを知ってもらう契機となった。
淀川流域で河川敷利用を促進する「かわまちづくり」
淀川流域では、観光イベントやクルーズ船の運航にとどまらず、「かわまちづくり」の取り組みも行われている。
「かわまちづくり」とは、非常時に備えた治水事業だけでなく、平常時にも河川の利活用を進めていくために、行政や民間企業、市民らが協力して、「河川空間」と「まち空間」が融合した空間づくりを行い、地域資源を活かす形でにぎわい創出を目指す国交省の施策である。
2009(平成21)年度には国交省による支援制度が創設され、河川空間のオープン化(規制緩和)の取り組みも進められている。
淀川流域では「淀川河川敷枚方エリアかわまちづくり」が2023(令和5)年度に支援制度に登録された。
これまでも大阪市内と枚方船着場を結ぶ観光船が定期的に運航され、広大な河川敷や水辺を活かした様々なイベントも年間を通じて行われてきたが、かわまちづくりによって、さらなるにぎわい創出や民間主体の持続的なまちづくりを目指している。
また、国内外の観光客による淀川舟運を利用した地域来訪や観光の活性化を通じて、シビックプライドを醸成していきたいとの展望も持つ。かわまちづくりは、舟運によって結ばれるロケーションメリットを活用し、河川敷だけにとどまらず、周辺一帯のにぎわいを創出しようとするまちづくりだ。
川の機能を交通だけにとどめず、流れによって生まれる好循環を取り込み、まちづくりに生かそうとする有意義な取り組みと言えよう。
淀川大堰閘門(おおぜきこうもん)の建設で広がる可能性
現在、新淀川と大川が分離する、淀川河口から10kmほどの下流地点に淀川大堰がある。ここを境に淀川大堰の上下流に最大2m程度の水位差が生じているため、現在は船の往来ができない。もともと水道水の確保や潮止めを目的に設置されたこの堰に、船が行き来できるように水位の差を調整する閘門が2021年度から建設されている。閘門が完成すると、淀川河口・大阪湾と淀川上流の間を船が行き来できるようになる。
ここを大型船が通過し、大阪湾までの舟運が可能になることのメリットは大きい。新淀川は大阪湾に繋がるメイン河川だ。大型船での往来が復活することで、大都市の人流物流機能は大きく変わる。淀川大堰閘門は、2025年開催される国際的なイベント会場への舟運による人流物流の役割を担うべく、開会までの完成を目指して工事が進められている。
長い歴史のなかで培われた淀川舟運は、かつての京都大阪の繁栄の象徴とも言えるトラフィックチャネルだ。陸上交通が発展した今、その意味合いは少し違ってくる。自然環境を活用したにぎわい創出の機能に加えて、災害時などのいざというときのセーフティーネットとして、なにより、環境負荷の少ない舟運は、サスティナブルなこれからの都市間流通に欠かせないものとなるかもしれない。
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