渋谷区立神南小学校・渋谷ホームズの建て替え計画で生じている問題とは
渋谷駅北西側に位置する「渋谷区立神南小学校」と、築50年となる「渋谷ホームズ」の建て替え計画が進んでいる。
この計画に対し、小学校上空の未使用の容積率をマンション建て替え用地に配分し、その対価として開発事業者が小学校の再整備を行う手法に対して論争が起きている。
分かりやすく説明するため論点を3つに絞った。
① 住民意見を反映していない地区計画?
② 「容積適正配分型地区計画」による公共施設上空の床を民間事業者に配分するのは適切か?
③ 容積率の緩和によるタワーマンション建設は地区の将来としてよいのか?
※容積率の計算式は「延べ面積(延べ面積―容積率算定から除く床面積)÷敷地面積×100」。
※共同住宅は容積率算定から除くことができる面積が多く定められているため、非住宅に比べ見かけのボリュームが大きくなる。
容積率の緩和とは何か
はじめに、論点の重要な要素の一つである容積率の緩和について話をしたい。
渋谷駅北西側に位置する「渋谷区立神南小学校」と築50年となる「渋谷ホームズ」の都市計画の指定状況を確認してみる。この周辺の用途地域は「商業地域」で指定容積率は500%となる。
敷地面積が1000平方メートルであれば床面積として5000平方メートル、階当たりの床面積が500平方メートルであれば10階建て(約30メートル)までの建築が可能となる。
今回の渋谷ホームズの計画は1000%のため、2倍の差があることが分かる。
「このような緩和が可能なのか?」
渋谷区役所北側のタワマン(「パークコート渋谷 ザ タワー」:容積率約900%)はいいのか?
また、建築の実務に詳しい方であれば「斜線制限は適用していない?」と思った人もいるだろう。
都市計画で定められる指定容積率は原則値として、特定の敷地や地域に限って緩和することが可能な都市計画・建築制度がある。
代表的な手法としては、市街地再開発事業とセットで使用される「高度利用地区」や、建築法規単体として「総合設計制度」などがある。
※総合設計制度を活用した容積率緩和は最大で上限400%、「パークコート渋谷 ザ タワー」が活用
今回の建て替え計画では、市街地再開発事業を活用するため「高度利用計画」により容積率の上限が引き上げられている。なお、いずれの手法も指定容積率の緩和に加えて、行政の認定を受けることで斜線制限は適用されない。
容積適正配分型地区計画とは何か
今回の「渋谷ホームズ」の建て替え計画についても、「高度利用地区」や「容積適正配分型地区計画」を活用した容積率の緩和により、許容1000%が定められた。今回の論争の一つとされている「渋谷区立神南小学校」からマンション建て替え敷地の容積率配分としては、91%となる。
容積適正配分型地区計画とは、公共施設を備えた土地の区域で、良好な市街地環境の形成や合理的な土地利用の促進を図るために、指定容積率の範囲内にて、区域内において容積を配分する計画となる。
例えば、今回の渋谷ホームズの建て替え計画に近い例として、2018年に地区計画を決定した兵庫県の西宮市がある。
下図をご覧いただきたい。
同市では、低層建物の卸売市場敷地で未消化の容積を高層建物の複合再開発ビル(35階建て、高さ約130m)敷地に移転している(指定容積率が300%の地域で、卸売市場では容積率を80%にして土地原価を低減し、複合再開発ビルでは300%から500%に上限を引き上げし、通常よりも保留床を多く確保)。
空中権の移転対価は発生していないものの、低容積率である市場(旧公設の卸売市場)の容積率を、隣接する市街地再開発事業に配分している。300%から500%への増加であるものの、高さ130メートルのタワマンが整備される。
※渋谷ホームズでは高さ150メートル
容積適正配分型地区計画が制度化されたのは1992年(平成4年)となる。当時の国の委員会の議事録によると、空中権の売買が横行するのでは?という指摘に対し、国の担当者は次のように答弁している。
「〜(略)〜 いわゆる空中権売買のように、単に土地所有者間で合意されればそれによって容積が移転されるという仕組みではございませんので、そういったようなおそれが全くないということではございませんけれども、そういう経済行為のみによってこの仕組みが利用されるということにならないように十分配慮してまいりたい 〜(略)〜」
※出典:第123回国会 参議院建設委員会 第10号 平成4年6月2日
経済行為優先の都市計画になってはいないか
建築基準法や都市計画法等に基づく最低限のルールを緩和する場合、どの自治体でも同じだが、利害関係者(地区計画の街区住民、渋谷区民など)は計画に対して意見を述べる機会が設けられている。
法定手続きとされるもので、この手続きを経ていない都市計画を決定することはできないうえに、都市計画に精通した学識等が参画した都市計画審議会を通過することはない。
加えて、地区計画を定める際には、その内容が建築条例化されることが通例とされる。このことから、地方議会において条例が審議されている。
ここで論争の焦点となるポイントについて振り返ってみたい。
まずは、住民の意見をどの程度参酌しているのか。
次に、事例が少ない地区計画により上空権を民間事業者へ配分することへの是非。
最後に、容積率の特例によるタワマンの建設への是非。
したがって、「議論が十分に行われた結果としての都市計画なのか」という点が論争の焦点であると推測できる。
社会的な影響度、都市構造への影響、住民が理解しやすい内容なのか、地域におけるまちづくりへの参画状況によって、意見反映のためのプロセスは異なる。
今回の事案であれば「容積適正配分型地区計画」という実務者でも取扱いの難しい内容の都市計画となっている。この計画を活用しているのは、全国約8,600地区ある地区計画のなかで、15地区となっている(*出典:令和5年都市計画現況調査)。
このことから、一般的な都市計画以上に住民に分かりやすく説明し、経済優先と捉えられることがないよう丁寧に説明し理解を得る必要があると判断される。
総論賛成(沈黙)、各論反対による都市計画決定の難しさ
行政事業に多くあることだが、総論としては賛成するものの(沈黙するもの)、各論に入ると反対するという自体に陥ることがある。
今回のケースでいえば、渋谷区や東京都の土地利用における上位計画(都市計画区域マスタープランや都市計画マスタープラン)では、今回の渋谷区役所の周辺について、住商混在の高度利用を図る方針を立てている。副都心として重要な位置づけにある計画だ。
したがって、全体的な方針に整合しており、一定の評価を受けるはずだが、実際のところは各論に入るとあらためて議論が必要となる。特に都市計画は、導入する手法の選択一つで土地利用の度合いが大きく左右される。
今回のように、全体的な方針には適合しているものの、社会的な影響度が大きい容積率緩和を行う手法や、前例のない手法を導入する場合には、十分なプロセスを経る必要があると判断される。
都市計画諸制度が抱える課題
都市計画決定までのプロセスでは、意見交換会や公聴会、都市計画審議会などを経ることになる。通常、利害関係者が意見を行う機会が何度か用意されるが、基本的に自分で情報を取りにいく必要がある。
意見交換会の開催は自治体の公式ページやSNS、回覧などを通じて案内が行われるが、そうした情報を目にする機会は少ない。また、目にしたとしても交換会への参加者数・年齢層ともに限られてしまう。その理由として、自分にとって興味関心や利害が関わらなければ、時間を割いてでても意見を言おうとは思わないからだ。
通常、多くが無関心だ。ましてや賛成である旨を大にして叫ぶ人はほぼいないと言っていい。ただし、それが決して悪いことではない。
したがって、意見交換会では反対派の誤認識を解くことや説得することが目的となる。
本来、反対派・賛成派を含め、さまざまな視点から自分たちが住む街の将来について十分に議論することに意味があるとすれば、例えば、意見交換会や法定手続きに基づく各種説明会に加えて、学識者や地域住民、街区に事業所を置く企業を巻き込んだワークショップの開催なども有効な手段の一つといえるのではないだろうか。
まとめ
渋谷駅の北西側に位置する「渋谷区立神南小学校」と「渋谷ホームズ(分譲マンション:建築基準法上の用途は共同住宅+店舗)」の建て替え計画をめぐった対立。
あなたはどう感じただろうか。
大都市の中心部だからこそできる都市計画に対しては関心がない人もいるだろうし、よく分からないという人もいるだろう。高容積率の導入については、環境破壊や将来の建て替え時にコストが発生するから反対という人もいるだろう。
反対派の意見に対する区の見解については、渋谷区の公式ホームページ(「神南小学校および渋谷ホームズの建て替えに対する誤解についてに掲載されているので読んでほしい。
改めて、今回の争点の一つである「容積適正配分型地区計画」だが、一体性のある街区をどのように設定するかにより容積の配分範囲が異なるため、範囲の設定については議論の余地がある可能性はある。
その一方で、現地を通ったことがある人なら分かると思うが、歩道幅が2メートルもないような劣悪な公共施設割合の状況を、地区計画の地区施設として現在よりも開放的な歩道・広場として整備することに対しては賛成している利用者もいるのではないだろうか。
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