「牛」と「開拓」で未来を築く竹下牧場
電力や水道、ガスなどのライフラインを自給自足することを「オフグリッド」という。それは持続可能なライフスタイルのひとつだ。現在、全国各地でオフグリッドをベースとした意欲的な取り組みが行われている
2023年6月、北海道中標津町にオープンした、電力オフグリッドの宿「FARM VILLA taku」は、広大な牧場から遥か根釧台地を見渡す高台にある。8名まで宿泊可能な一棟貸しの宿で、そのコンセプトは「開拓を、みんなのものに」である。そこにはオーナーである有限会社竹下牧場代表・竹下耕介さんの、新たな開拓をこの場所ではじめようという思いが込められている。
1956年に竹下さんの父が中標津に入植して以来、2代にわたって切り拓いてきた竹下牧場。最初は4頭の牛から始まったとのことだが、2代目の竹下さんが9名のスタッフと共に切り盛りする現在は、約300頭の牛で酪農を営みつつ、ミルクプロダクツの開発・製造・販売も手掛けている。牧場傍らのチーズ工房で製造されるモッツァレラチーズなどの「FARM CHEESE」と3種のポタージュスープの「LETTER SOUP」は、牛が分けてくれる濃厚なミルクという恩恵を存分に詰め込んだ豊かな味わいの逸品である。さらに中標津市街では、牛をテーマとしたゲストハウス「ushiyado」やコワーキングスペース「MILK」も運営して、「牛との新しい関係」を追求し続けている。
牛への思いはWebサイトにこんな言葉で綴られている。
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私たちにとって、ミルクやお肉をわけてくれる以上の存在。
だからその価値を、もっと世の中に伝えていきたいと思います。
生きものとして、文化としての素晴らしさを、
はるばるこの地を訪ねてくれる人と、分かち合いたい。
それはきっと、人と牛との新たな関係につながるはずだから。
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そしてもうひとつ、竹下さんが“牛”と関連して考え続けているテーマが“開拓”。それが「taku」を作った理由なのだ。「オフグリッドというライフスタイルで、開拓を表現する場所にしたかったんです」と竹下さんは語る。
広大な牧草地に溶け込むヴィラ
中標津町を横切る幹線道路から脇道に折れ、広大な牧草地を横目に数分車を走らせていく。すると、高台に木々が列状に並び、静謐な空気が漂う中に、瀟洒な三角形の建物「FARM VILLA taku」が現れる。オフグリッドなので当然なのだが、周囲に電柱や電線は見当たらず、「taku」は一帯の景観に全く違和感なく溶け込んでいる。
敷地に入ると、まずは三角屋根のレセプション棟。その屋根の片面にはソーラーパネルが設置されている。レセプション棟を過ぎて、少し小径(こみち)を歩くと、奥に宿泊棟が現れる。こちらも外観は三角形を基調としながらも、木の四角形の居住空間がはめ込まれており、モダンなデザインと木の素材感が心地よく一体化している。エントランスホールから緩やかにカーブして先が見えないように設計された廊下に入ると、左手にベッドルーム、続いて薪ストーブのあるラウンジ、台所も備えたリビングと続き、また左手にベッドルームだ。次々と現れてくる空間に、ゲストはこの先はどうなっているんだろうとワクワクしながら、まるで森の中を散歩するかのように進んでいく仕掛けとなっている。
どこにいても、大きな窓から広大な竹下牧場の牧草地、そしてその先にさらに広大な根釧台地が広がり、ゲストは常に北海道の大地に包まれるように過ごすことになる。
オフグリッドで快適空間を保つ
中標津町は北海道の中でも寒さの厳しいエリアにある。マイナス20度にもなるという厳冬期、オフグリッドという条件の下でどのように快適な空間を維持しているのだろうか?
「基本はソーラーパネルで発電し蓄電した電力とプロパンガスを使った床暖房です。そして、高断熱・高気密の構造で建物自体が熱を持つようにしています」
400Wのソーラーパネルがレセプション棟の屋根の片面に25枚あり、10kWの発電能力を持つ。そこで発電された電力を、テスラ製の蓄電池パワーウォール(13.5kWh)3基で蓄電し、利用することになる。そして、高断熱・高気密を実現するために、北海道産の木を使った断熱材「ウッドファイバー」を使用するほか、絶景を見下ろす大きな窓は、トリプルガラスを採用。それらにより、断熱性能を示すUA値は0.29W/m2Kと、北海道の基準値(0.46W/m2K)を大幅に上回る高断熱の構造となっている。オフグリッドのライフスタイルでは、省エネ性能の高い高断熱・高機密の構造がより生きる。フル充電されていると、全く発電できない状況でも2日ほどは持つとのことだ。加えて薪ストーブがその際の補助暖房として使える。
また除湿型放射冷暖房「PS HR-C」というラジエーターも採用。その内部を温水・冷水が循環することによって、自然な温度調節が可能だ。最近は中標津でも夏の暑さが厳しい。その時はこの「PS HR-C」で冷水を循環させて快適な温度を維持する。
自然エネルギーをベースとした床暖房と放射冷暖房、そして薪ストーブという組み合わせにはポイントがある。「(エアコンの風のような)不自然な風は要らないと考えているんです」と竹下さん。ヴィラ内は、オフグリッドで周囲から切り離され、自然の中に埋もれ自然と一体になる快適さを提供しているからという。
「自然との調和を考えています。これって、実は父の影響かもしれないんですよ。自然の厳しいこの土地で生きていく術として、“自然には逆らわないことだ”と教えてもらいました」
すべてが「taku」へつながっている
「taku」が立つ土地は、元は竹下牧場の牧草地を横切る使われていない道路(雑種地)で、木が茂って小径と呼ぶのが似合うような場所だった。小径からは、竹下さんがとても気に入っている牧草地のシンボルのような二本の木を見下ろすことができる。この場所に立って、竹下さんはヴィラのイメージを固めていったのである。「いつの日か、ここに迎賓館みたいなゲストハウスを建てて、人を呼びたいと思っていたんです。ここは開拓を表現するのに一番いい場所だと思っていましたから」
竹下さんが小径の土地を入手したのが2018年。そこから夢への挑戦が始まった。札幌の建築事務所、ATELIER O2の大杉崇さんに設計を依頼した。10年以上も前にテレビで大杉さんを知った竹下さんは、自ら会いに行き、意気投合。その後は大杉さんが道東に来るたびこの場所に立ってもらい、開拓の地の四季を感じてもらっていたのだった。「大杉さんにオーダーしたのは、自然に埋もれる感じで、再生可能エネルギーを使うということだけでした」
2020年、いよいよ計画が具体化し始めたところでコロナ禍に突入し、緊急事態宣言が発出された。建設業界は、資材価格が高騰して、見積もりも出せない状況に陥ってしまう。「設計の契約までしたんですけど、ストップをかけました」と竹下さん。
プロジェクトを再開させるまでの間、竹下さんは何かが変わったと感じていたという。「“環境配慮”とか“SDGs”って言葉が気にかかるようになってきて、最終的には“持続可能な未来へ”というキーワードに行きつきました」
コロナによって状況が変化した結果、竹下さん自身の建設に対する考え方も変わり、資金調達の手法やプランも進化していった。2021年11月にプロジェクトが再スタートし、現プランができあがった。そして2022年の秋に着工、翌2023年6月に電力オフグリッドの宿「FARM VILLA taku」は完成した。
「コロナ禍を経たから今の形になったと思います。すべてはこのヴィラにつながってきたんです」
スイッチの入った人が「開拓者」になる場所
「コロナ禍の頃から、自然を求める人が増えたと実感しています」
中標津に自然を求めてやってくる人たちが増えているという。それもはるばる飛行機に乗って。そんな人たちに接する機会が多い竹下さんは、彼らのことを“スイッチが入った人”と表現する。それはつまり、都会の喧騒や多忙な日常から離れ、自然を全身で五感を使って受け止める態勢ができている人たちのことである。
竹下さんは「人にスイッチを入れることは僕にはできないけれど、スイッチの入った人を受け止めて、何かのきっかけを作ってあげることはできると思うんです」
“スイッチが入った人”を受け止める「FARM VILLA taku」には、興味深い特徴がある。先に書いたように電柱や電線がないだけではなく、さまざまなものが「ない」のだ。チェックインの後は、スタッフがサービスすることなく、ゲストが思い思いに自然と混在するかのように時を過ごす。料理のサービスも「ない」。地元の食材をゲスト自身が手間をかけて料理し味わう(電子レンジもない)。大自然と向き合う空間には、遮光カーテンが「ない」。そして、時計が「ない」。これらが「ない」ことによって、ゲストは自然の中に同化して時を過ごすことができる。つまり「グリッド」から外れることによる自然との戯れを体験する空間なのだ。ヴィラ=別荘という言葉が使われているのも納得できる。大自然に溶けこむ別荘のようなニュアンスが特徴だ。
「フルスペックの宿泊サービスをご要望であれば、そういうところをご紹介します。ここはあくまでオフグリッドなライフスタイルを感じていただく空間なんです。ここで時を過ごして刺激を受けてくれたなら、何かを始めてほしいです。何かを生み出してほしいです」
それは新たな開拓者をここから生み出すこと。それが竹下さんの「FARM VILLA taku」に込めた想いなのである。
■取材協力:FARM VILLA taku
https://taku.takeshita-farm.jp/













