真砂地区の小学校廃校への危機感が超複合施設誕生に繋がった
2023年7月、島根県益田市真砂地区の旧真砂中学校跡地に新たな複合施設「益田市立地域活性化交流館」が完成した。
小学校、保育所、公民館、診療所の施設を併せ持つ、日本全体で進む公共施設複合化の波の中でも一歩進んだ複合ぶりが特徴で、さらに今後は他の施設も併設していきたいという考えもある。どうしてここまで複合された施設が誕生したのか。
真砂地区は益田市の中心市街地から車で約20分ほどの中山間地にある地域で、2024年2月時点の人口は4町合わせて301人、高齢化率56%と過疎化、高齢化が進んでいる。その真砂地区で2009年に真砂小学校、2010年に真砂中学校体育館、2011年に真砂中学校校舎、真砂小学校体育館の耐震診断が行われた。
直接的にはその耐震診断が複合施設建設に繋がる動きだったと地域自治組織の学び合い部会長の村岡宙さん。
「真砂小学校は木造で建替えが必要でした。そこで真砂地区学校耐震協議会が立ち上がり、学校の早期耐震化を求め、行政との対話を始めました。
実はそれ以前の2008年に益田市立小中学校再編計画が策定され、地元ではそれに対して真砂地区学校再編対策協議会が設立されてもいました。子どもの数の少ない地域ですから、市としては小中学校を統廃合、再編したいという考えが底流にあり、地元としては学校が無くなるとさらに人口が減少するという危機感がありました。そこに耐震の問題。しばらく議論は平行線でした」
そんな中、2016年に地域住民全員を会員とした地域自治組織「ときめきの里 真砂」(以下自治組織)が立ち上がる。これは市を挙げて設立を先導、推進している事業で市民が自分たちの未来を考えるための組織と考えればいいだろう。自治会とは別に、地域の課題を設定し自ら解決していくための組織で、益田市内では20ケ所で設立されている。
その後、2020年2月に市から『今後の小中学校のありかた実現に向けた実施計画』と『学校施設整備計画』が示された。
「複数施設を集約してほしい」と真砂地区の住民が市に提案
そこで示されたのは「小学生は地域で育て、中学生はより多くの同世代の中での育ちを促す」、「学校を核とした地域づくりを目指す」という基本的な考え方。
既存小学校は原則として再編しない方針が示されたのである。一方、中学校については、生徒の育ちを第一に考え、子ども達の意向、親の思いを聞く場を多くの対話を重ねられた上で閉校に至ることになった。これと並行し、自治組織を通じて学校を核とした地域づくりに向けたアンケート調査が行われた。小学校にさまざまな機能を付加することで地域と相互の存続を図ろう、そのためにはどのような機能があったらいいだろう?と地域に問うたのである。
その結果をまとめ、自治組織は市に「真砂小学校改築に際する提案書」を提出した。一言でいえば「学校、福祉、行政、住民自治機能をひとつにした、地区住民が安心して日常を共有できる施設を」というものだ。具体的にはそれまで別々の場所にあった公民館と診療所、保育園、小学校、デイサービス、消防車庫などを閉校になる中学校跡地に集約してほしいという提案である。
「この地域では以前から食と農を通じた教育、子育てが行われてきていました。また、保育所では里山保育という子ども達が地域を園庭として散歩したり、地域の方のお宅を訪れて一緒にご飯を食べる取組みをしてきました。そうした活動を複合によって相互に発展させ、かつ地区の住民が同じ施設を使うことで日常を共有、施設を多面的に活用することでさまざまな効果が生まれると考えたのです」
交流が促進されるのはもちろん、暮らしの利便性の向上、地域住民の安心安全の保持、学校と地区が強く繋がり、地域運営の効率化、重点化も図れると複合にはさまざまなメリットがあると提案書は書いている。
「この地域は1983年に水害で孤立したことがあります。その教訓から小学校のグランドは救援ヘリ、ドクターヘリの離着陸のためにも必要。高齢者のための福祉施設なども含め、さまざまな機能を持つ施設を提案しました」
30数年前から地元の人たちは活動。真砂地区には行動力があった
この間に中学校では閉校に向かって粛々と準備が進んでいた。市としては小学校も統合、合併するほうが楽だったかもしれない。だが、真砂の自治組織には住民の人達が積極的に参加しており、そもそも、それ以前から真砂は地域活動が活発だった。
「この地域では過疎化の進展に危機感を持った地元の有志が1989年に『真砂地区活性化協議会』を設立、その後20年余に渡り、農産物の普及活動や地元の登山道整備その他地域を元気にする活動に取り組んできました。
2011年には『真砂の食と農を守る会 大地』も発足し、子ども達の地域への愛着形成、自己肯定感の向上、高齢者の生きがい創出などに取組み、現在も地区内でデイサービス、保育園を経営する社会福祉法人も加わって継続中です。
これらの取組みは文科省、総務省の教育、地域振興に関わる賞を受賞することに繋がり、市もまとまった地域を無視するわけにもいかなくなったと思います。提案書以降、市と地域はやりとりを重ね、複合施設実現に向けて構想を練っていきました」
ある日突然生まれた構想、要望ではなく、その以前に長らく地道な地元の人達主導の活動があった地域だったことが他にあまり例のない、超複合施設に結びついたというわけだ。
だが、もちろん、建設計画から始まり、運営体制の構築、実際に運営が始まっている今に至るまでいろいろなところで問題はあり、地域は一丸となってそれをひとつずつ解決してきた。最初の時点から今に至るまでで大きな問題のひとつはそれぞれの施設を所管する役所内の担当部署が異なること。市の担当部局は政策企画局、福祉環境部、教育委員会の三者となっており、複数部署間で調整して進める必要があった。
「新たに建設された建物は中央に通路を挟んでひとつの建物内に小学校、公民館の事務室があり、反対側には同様に保育所、診療所、そして別棟にそれぞれの施設が共同で使えるメディアルームがあるのですが、小学校側は市で文科省の補助金を利用、学校施設として建て、保育所、診療所はそれとは別に県の小さな拠点づくり事業から補助金を得ました」
縦割りの予算をどう割り振るか……問題は山積だった
それだけならそれほど難しくないように思えるが、小学校、公民館は同じ教育委員会の所管になっているものの、予算はそれぞれ別。真砂地区の住民は井戸水を使っているが、小学校では殺菌した水を出す必要があるため、学校では敷地内で先生方が殺菌した水を利用しているなど、同じ敷地内でルール、予算が異なる。運用が始まった当初はトイレットペーパーひとつでもどこの予算で購入するのかなど些末な点まで検討が必要だった。
「電気は小メーターを設けて検針していますが、廊下や玄関など共有分の電球はどちらが持つのかなど厳密に言いだせばきりがありません。市長に地域からの提案書を出して決断していただきましたが、各部局は前例のない取組みに悩んだと思います。
現在、施設はすべて市の管理下にありますが、予算や事故対応など整理することはまだあります。これらが整理された際には地域で施設管理の一部委託を受けて運営していくなどの思いもあります、これは今後の課題ですね」
また、建設には1年ほど時間を要するため、着工後は施設に入居する各施設の人達と実際の使い方などといったソフト部分を話し合う準備委員会を立ち上げた。新しく生まれる施設は単に機能を寄せ集めた場ではなく、地域をより良くするための場にしたい。そのためには施設を使う人達の意識に働きかける必要があると考えたのだ。
たとえば小学校の職員室と公民館の事務室は同じ空間にあるのだが、それを不安に思う人もいることが想定された。学校での問題は学校内で、公民館での問題は公民館内で、多くの人はなんとなくそれが当たり前と思っている。そのままの考えで隣に全く違う仕事をしている人がいたら不安に思うのは当然だろう。
そこで準備委員会では専門家を入れて働きやすい空間の配置やルールを一緒に決めるなど話し合いの場をつくった。地域の人たちだけで話し合いをすると利害関係者ばかりになってしまい、フラットに意見が言いにくいからだ。
複合施設誕生で子どもが育つ環境が進化した
相互理解を深めるために準備委員会が行ったのは小学校、公民館職員の話し合いだけではなく、子ども達に新しい場でやりたいことのヒアリング、施設ごとにどのような場にしたいかを話し合う会、施設内の案内表示や愛称の募集など。対象を変えてそれぞれが新しい施設を自分のものと思えるようにしていったわけである。
それ以外にもボランティアを募集して建設現場の定点撮影や、旧中学校にあった農地の草刈り、棟上げの見学会、新施設への引越の手伝いなど取組みは多岐に及ぶ。これだけのことが自分たちでできる地域も珍しいのではなかろうか。
しかも、この経緯をまとめたペーパーには「準備委員会ではお互いを尊重し、創造的な方向で意見交換を行う。円卓会議方式」「同じ立ち位置で意見交換を継続する」など公平で民主的、前向きな態度でこのプロジェクトを進めることが記載されており、その点にもこの地域の成熟ぶりを感じた。
こうした経緯を経てオープンした複合施設だが、誕生後1年を経て交流は促進され、子どもを育てる環境は良くなっていると村岡さん。
村岡さんは兵庫県の出身で、以前は西宮市に住んでいた。ところが子どもが生まれてどこで子育てするかを考えた時に人間関係がない場所で子育てをすることに疑問が湧いた。妻の出身地である益田市に帰省した際に真砂地区を訪れ、公民館長の「ここは子どもにとってお母さんのお腹の中のようなところ、いつも誰かに見守られている場所ですよ」という言葉にIターンを決めた。
「以前は小学生だけでやっていた年末の門松作りを保育園と一緒にやったり、小学生が保育園児に読み聞かせをしたり、保育園と小学校の切れ目が無くなりました。あえて会議で情報交換しなくても先生たちと保育士さんが毎日顔を合わせておられ、現場ではより良い日常に向け、子ども達の育ちの環境を形成していくという同じ視点で、事業の縦割りを排除し、工夫がなされています。
その結果、子ども達は多様な価値観にふれながら自己を形成していくことや顔の見える関係に守られている安心感なども生じていると思います」
同じ場所を子どもと大人がシェア、異なる用途で使う
最後に施設を紹介しよう。敷地に入っていくと中央に通路があり、左右に建物がある。この通路を挟んで右側が小学校、公民館の事務室で左側が保育所、診療所。左の棟と渡り廊下で繋がっているのがメディアルームだ。
何よりもこの複合施設らしいのがメディアルーム。ここは小学校の音楽室であり、図書室であり、公民館の講堂であり、地域活動の場でもある。子ども達が音楽の授業を受けている時もあれば、子どもから大人まで地域の人々が集まって防災のレクチャーを受ける時もあり、複合施設が目指す「ゼロ歳から100歳まで」を実現している空間なのである。ちなみに今回の取材はここで行われた。その意味では会議室、応接室としても使える空間であるともいえる。
小学校と公民館は職員室と事務室が同じ空間にあるだけでなく、小学校の家庭科室兼ランチスペースは公民館の調理室を兼ねている。子ども達が使っていない時間を利用してJA女性部の人たちが地域の独居老人に配食している弁当を作るなどしており、その姿を子ども達が見学することも。そうした積み重ねで地域の子どもと大人がどんどん顔見知りになっていけば、日常や有事の際もそれが互いを守るセキュリティになる。
それ以外で共用しているものとしてはトイレや更衣室など。トイレは建物内から、建物外からも利用できるようになっている。玄関近くにある企画創造室は校長室を兼ねており、小さな会議スペースも備えている。校長の品川智成さんは地域があってその中に学校があるという考えで子どもが育つ環境作りに熱心な方と村岡さん。「この学校ほど校長先生が身近なところも珍しいのではないでしょうか」
中央通路を挟んでは保育園、診療所。こちらは感染症対策の観点から入口がそれぞれ別に作られている。
真砂地区の人口規模を考えると巡回医療(医師、看護婦などが車両で地域に出向き、車両を移動診療施設としたり、公民館や学校などの空きスペースを一時的な診療施設とするやり方)が一般的だろうが、この地域では無医村は困ると早い時期から医師との協力関係を築いており、市中心部で開業している医師に火曜日、金曜日の午後に常駐してもらってきた。複合施設でも専用のスペースを用意した。
待合室は診療所がオープンしている火曜日と金曜日以外は高齢者のサロンとして集えるようになっており、保育園児と交流するスペースとして共用することも考えられている。
真砂地区は地域の力でさらなる複合を
今の時点で施設は一応の完成を見ているが、これでおしまいではないと村岡さん。
「本当は地域内にある市の施設であるデイサービスも一緒にして欲しかったのです。しかし、建設時に利用した国の補助金の償還が終わっていないため、今回は移転できませんでした。でも、将来的には合併したいと考えています」
というのは真砂地区でデイサービス、保育所を行っているのは同じ社会福祉法人で、以前からこの2施設間の交流を図る、地域に貢献する事業が行われてきているためだ。
「真砂地区には免許がない、車がない、免許を返納したなどで買い物に困っている人がいます。そこで、その人達のうちの希望者を社会福祉法人が所有するワゴン車の空き時間に買い物に連れ出し、買い物後、希望する人は保育園で園児と一緒に給食を食べ、その後自宅に送迎という事業が行われてきました。普段あまり接点のない高齢者と園児が触れあえる良い機会で、施設を集約すればより交流を深められるはずです」
また、かつての小学校にはPTAの力で立派な農園が作られていたそうで、複合施設でも地域農園として実施させたいと村岡さん。真砂が進めてきた食と農の活動の推進や農業技術の継承という意味に加え、有事の際の食糧庫として考えているものの、市には予算がない。
「デイサービスは別として、ここまでの9割は市が作ってくれました。農園のような、残りの1割は地域の力で作っていこうと考えています。地域にとってはこれからも関わる余地があるといえるわけで、多くの人が関わることでより使いやすい場所になっていくのではないかとも思っています」
今後実現していきたいことのためには法律や監督官庁その他障壁も少なくないが、人が減る地域ではこうした複合化は今後、これまで以上に必要になってくるはず。地域自治のあり方も含め、真砂地区に学ぶものは多いと思う。
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