島根県の伝統産業、石州瓦で作られた島根県芸術文化センター「グラントワ」
島根県の萩・石見空港に到着すると目に入るのがあちこちの住宅の屋根に葺かれた石州瓦の赤い色。正確に言うと赤褐色だろうか、天気の良い日には空、海や緑に映えて風景を美しく彩る。
瓦の三大産地は三州瓦(愛知県三河地方)、石州瓦(島根県石見地方)、淡路瓦(兵庫県淡路島)で、生産量がもっとも多いのが三州瓦。石州瓦はそれに次ぐ生産量だが、それ以上に特徴的なのが独特の色合い(現在は黒その他の瓦も作られている)。石州瓦の材料は島根県西部で採れる都野津層の粘土と松江特産の来待石から作る釉薬で、それを1300度という高温で焼き上げるとこの色になる。
焼成の温度は他産地に比べてだんとつに高く、それが堅牢な品質に繋がっている。産地のひとつである江津市の地場産業振興センターによると防水、防火、対衝撃、耐久、耐震、耐風圧という6つの基本性能に加え、耐熱、断熱、防露、発生音遮断、防音などの二次的性能も備えているという。
島根県には海、山があり、雪が降る地域があり、台風の襲来もある。そうした風土に耐えうる瓦として400年以上前から作り続けられており、地元だけではなく自然条件の厳しい土地で広く使われている。国内のみならず、ロシアからも注文が来るとも聞いた。
その石州瓦を屋根のみならず、壁にいたるまで全身にまとった建物が島根県芸術文化センター、「グラントワ」(グラントワとはフランス語で大きな屋根を意味する)である。
島根県は東西に細長い県で、県庁所在地である松江市と山口県寄りの益田市の間は中国横断自動車道で160キロ以上ある。松江市には県立美術館があるが、益田市にもということで2000年に島根県芸術文化センターの整備基本計画が策定された。石見美術館、いわみ芸術劇場(以下、美術館、劇場)からなる複合施設として開館したのは2005年のことである。
28万枚の瓦を使用、風景に溶け込むメンテナンスフリーな建築
石州瓦を使うというアイディアを出したのは設計を担当した建築家の内藤廣さん。地元の材であることから地域の人たちになじみがあり、風景に溶けこむこと、雨水できれいになるのでメンテナンスフリーであること、経年による劣化、変化が起こりにくいタイルよりさらに長持ちするというのがその理由。内藤さんは100年持つと言っていたそうだ。
実際、2025年には20周年を迎える建物だが、古びた感はなく、おそらく内藤さんの言葉通り、100年後にも同じ姿でたたずんでいることだろう。
使われた枚数は屋根瓦12万枚、壁瓦16万枚で合計すると28万枚にも及ぶ。壁瓦はこの建物のために開発された新製品だ。
現在の石州瓦は近代的な工場で均質に作られているが、その昔は登り窯で焼いており、自然の色むらがあった。グラントワではその風合いを再現した6色の瓦が使われた。釉薬の反射により、見る方向や天気などによって微妙に色合いが変わって様々な表情を見せている。
建物はL字型の劇場と長方形の美術館が45m四方の中庭広場を囲む形になっており、この中庭広場は非常に印象的な空間。中央に25m四方の四角い水盤があり、館内のどこにいてもこの印象的な広場が見えるようになっているのだ。
「水盤の深さは12㎝。夏には子ども達が水遊びをするのでプールとしても使えるよう水を循環させています。水をはったまま、中に舞台を組んでそこでコンテンポラリーダンスをやったり、水を抜いてイベントに使うこともあります。
車を入れることもできるので軽トラ市をやったり、食のイベントで軒下にカフェテントを張ったり。見た目が美しいだけでなく、いろいろな用途に使える中庭です」と劇場の指定管理を行う公益財団法人しまね文化振興財団の志田尾浩士さん。
演者、観客、裏方の誰にとってもうれしい機能が充実
見た目だけでなく、機能との両立が考えられているのは建物全体に共通すること。劇場内で最初に見せていただいたのは島根県内最大面積を誇る大ホールだったのだが、ホール内のコンクリートの折れ壁は残響効果を計算して作られたもの。志田尾さんによると2階の奥の席の声がステージで聞こえるそうだ。
ステージに立って眺めると壁の陰影が洞窟のようで美しい。座席は千鳥に配されており、舞台と客席の距離が近いので、観客には見やすく、演者からも全員の顔が見える。気持ちよく演じたり、演奏したりできる舞台なのではなかろうか。
音に配慮して空調は座席の背面に配されている。全体を冷暖する大きな空調で音を出し、演奏などの邪魔にならないようにという配慮である。
「客席数は2層式1500席で、舞台の奥行きが20m、天井までの高さは30m。大がかりな舞台装置が必要なオペラ、バレエの公演も可能で、コンサート利用時には走行式音響反射板をセットすることで専門のコンサートホール並みの響きを造り出すことも可能。できない公演はほぼないのではないかと思います」
小ホールは客席数400席の木の壁が印象的な空間で縦格子になった壁面を移動させることで音響効果を変えることができるそうだ。演劇、古典芸能、映画会などで使えるほか、吊式音響反射板を使うことでこちらも室内楽、ピアノコンサートなどに適した響きを生み出せるそうだ。
それぞれのホールに楽屋があるのだが、演者にとってうれしいだろうと思うのは楽屋全体が広く、かつ部屋の天井に窓が設けられていて明るいということ。どちらのホールも楽屋近くに中庭があり、これも気分転換になりそう。
さらに搬入口はトラック2台が付けられるように広く取られてもいる。搬出入がしやすい、使いやすいホールなのである。ついでにいえば搬入口もかっこいい。本来は裏に当たる部分のはずだが、全然裏ではないのである。
どこを撮っても絵になる館内
劇場ではホワイエも美しかった。ホワイエ、回廊などの飴色に鈍く光る床はカリンを使っている。非常に硬く、重い材で、石州瓦にも通じる赤みの強い色に黄色が混じり、表情はとても豊か。瓦同様に長持ちする材だが、近年、産地の東南アジアで伐採規制があり、極端に出荷量が減っている。入手が難しく、価格も上がっているそうだ。
「ホワイエのペンダントライトは内藤さんがデザインしたもの。ホワイエは照明、床と階段をバックに写真を撮られる方も多い人気のスペースのひとつです」
地下にも入れていただいた。美術館と劇場は回廊で結ばれてはいるものの、建物自体は別々。ところが地下は全部繋がっていて、機械室などはすべて地下にある。メンテナンスなどで移動する時にはいちいち地上に上がる必要なく、一度に2つの建物にアプローチできる。
こうした使い勝手は舞台担当者、美術館学芸員などが設計段階から参加して、実際に使う側の声を寄せたためだと志田尾さん。その意見が各所に反映されているのである。
地下にはこれまであまり公開されてこなかった品も収納されていた。大ホールに出演した人たちがサインした瓦である。グラントワでは色紙代わりに瓦を使っているのだ。
見せていただくと指揮者、演奏家から役者、歌舞伎俳優とさまざまな人のサインがあり、これだけを見たいという人もいるだろうお宝である。ぜひ、公開していただきたいものである。
美術館にはアートライブラリー、ミュージアムショップも
地下でオーケストラピットや奈落などを見学した後は屋上へ。見ると市内を流れる益田川はグラントワに向かって流れ、建物の前で方向を変えて日本海に向かう。屋上からは建物前に置かれた石造のモニュメント「OROCHI」が益田川を飲みこんでいるようにも見え、グラントワの象徴性を強く感じた。
おろちはこの地に古く伝わる石見神楽の代表的な演目に登場する大蛇のことで、「おろ」は古語で高い峰や丘を意味し、「ち」は神を表わすのだとか。神楽の舞台では赤い鱗の大蛇であることもあり、見ようによってはグラントワの瓦にも似ている。瓦は地元に馴染みのある材というだけでなく、歴史、文化を伝えるものでもあるのだろうと思った。
ちなみに「OROCHI」の作者は彫刻家の澄川喜一さん。島根県出身でグラントワの前センター長でもある。東京スカイツリーのデザイン監修をした人で、グラントワ敷地内にもいくつか作品が点在している。
2つあるスタジオ、カフェなどを見た後に向かったのは美術館。広々とした、天井の高いロビーは暗めな照明の落ちついた空間で天井部分のアールはどこか教会を思わせる雰囲気がある。ロビーに接するように小さな中庭があり、ここにも澄川さんの作品が飾られている。
ロビーの一部はアートライブラリーになっており、美術、音楽、映画、ファッション、建築などの専門書、雑誌が置かれている。
ロビーの一番奥にはミュージアムショップがあり、ポストカードや書籍その他アートに関する雑貨類、石見の産物などが置かれている。
収蔵品は森鷗外、ファッション、石見がキーワード
展示室は4室あり、各室それぞれに異なる色、素材の違う壁、床で作られており、展示するものによって使い分けられる。展示室Aは回廊などと同じカリンを床に使っており、壁、天井にも赤みのある木材が使われている。展示室Bはグレーのカーペットに黒い壁、天井。展示室Cはブナの床材が使われており、白い壁にコンクリート打ち放しの天井から自然光が入る。展示室Dは企画展に使われる一番大きな部屋で明るい色合いのカバサクラの床材に白い壁。可動式の壁を使って部屋を仕切って使えるようにもなっている。
美術館で力を入れている収蔵品は3種類。ひとつは石見出身の作家で近代日本美術にも大きく貢献した森鷗外と関わりのあった作家たちの作品である。もうひとつはちょっと珍しいのではないかと思うが、ファッション。日本人で初めてパリ、ニューヨークなどに進出、世界で大きな成功を収めたファッションデザイナーの森英恵が石見の出身であったことから彼女のドレスなども収蔵している。最後のひとつは石見出身、あるいは石見にゆかりのある作家、石見で制作された作品、石見を表現した作品などだ。
地域の材で作られ、地元にゆかりの収蔵品にこだわる施設だけに日常の活動も地域に密着している。
「益田市、津和野町、吉賀町の小中学生は無料で展示を見られますし、保育園児のお散歩コースにも入っています。成人式などもここで開催されます。
また、開館当初から地元のさまざまなボランティアスタッフが関わっており、館内の花は生け花グループの方々によるもの。それ以外に掃除ボランティア、イベント開催時にチケットのもぎりをやるグループなどもあり、関わりたい方が絶えないのはありがたいことです」
美術館と劇場、相乗効果を期待するには難しさも
その一方で企画展、コンサートには県外からも多くの人が集まる。
「企画展では山口、広島など近県を中心に県外からの来訪が半分以上。変わった展示をする美術館と期待されているようで、2023年に開催したグラントワの設計者、内藤廣さんの展覧会では1万3000人近く。東京その他遠方から来た方も多かったようです」
コンサートの場合も同様に内容によっては遠方から来られる方が多く、地元の経済にも寄与しているようだ。
美術館、劇場という機能が違う施設が一か所にあることで相乗効果が期待できそうだが、難しいところもあると志田尾さん。
「コンサートを聞きに来た方が美術館も見るとなると良いのですが、関心の方向が違うのか、なかなかそうはなりにくい。“ロボットと美術”という展示に合わせて大ホールに二足歩行ロボットや車の展示をした時のようにできるだけコラボレーションしようと思っていますが、内容的にいつもできるわけではありません。数年前から美術館と劇場が融合したコラボレーション企画、MUSEUM×THEATER“ミューシア”を開催しながら模索しているところです」
また、建物外構はメンテナンスフリーとしても機械、空調、音響などは築後20年経ち、今後メンテナンスが必要になってくる。そうでなくとも電気代などの経費は増加している。地元からは経済効果を期待、もっと頻繁にイベントをという声もあるようだが、ホール公演にはそれなりに費用がかかる。
「ホール公演は1500席以上ないと収支がなかなか合わず、かつそれだけの席を埋められる公演を行うためにはそれなりの費用が必要。イベントには慎重になります」
個人的には取材時の館内ツアーが非常に面白く、それだけでも人を呼べるのではないかと思った。建築好きなら見たい、説明を聞きたいはずである。
ちなみに萩・石見空港は羽田から1時間半。空港からは車で20分ほどもあれば到着する。日帰りも可能だが、できることなら日本海を望むレストラン、サウナなどここにしかない風景を堪能するために一泊することをお勧めしたい。益田駅周辺には飲食店、スナックなどが集中する昭和な一画もあり、夜も楽しい。
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