自己中心的? ライトのドン引きエピソード

「ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)」を設計したのは20世紀建築界の大巨匠、フランク・ロイド・ライト(1867~1959年)だ。

ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)の4階食堂(写真:宮沢洋)ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)の4階食堂(写真:宮沢洋)

前回、ウイリアム・メレル・ヴォーリズについて「愛が最も似合う建築家」と書いたが、ライトは、「才能はあるけれど、人間的には…」という逆方向のイメージが強い。例えば、ウィキペディアを読むとこんなエピソードが載っている(いずれも要約)。

サリヴァン事務所に勤めて7年目、アルバイトで住宅設計を行っていたことをサリヴァンにとがめられ、事務所を退職。原因は子だくさんに加え、ぜい沢なライフスタイルのため。

1910年に完成した「ロビー邸」などで建築家としての評価を高めたが、1936年の「カウフマン邸(落水荘)」まで、長い低迷期に。きっかけは1904年に竣工したチェニー邸の施主の妻ママー・チェニーとの不倫関係。

1909年、42歳のライトはついに事務所を閉じ、家庭も捨て、チェニー夫人とヨーロッパに駆け落ちを強行。

1911年にアメリカに戻るが、1914年、チェニー夫人やライトの門弟たちが使用人に殺される殺人事件が発生。使用人は理由を言わぬまま獄中で餓死。……と、まるでテレビドラマのようなスキャンダルに次々と見舞われた。

ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)の4階食堂(写真:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

施主は灘の酒造家、山邑太左衛門

ヨドコウ迎賓館は、「山邑(やまむら)家別邸」として1924年、兵庫県芦屋市に完成した。“櫻正宗”の銘柄で知られる灘の酒造家、山邑太左衛門の別邸だ。

ライトはもともと浮世絵などの日本文化に惹かれており、1905年の初来日以降、計7回も来日している。1917年の3度目の来日から1922年までは、半分以上の期間を日本で過ごした。前述の通り、この時期、母国アメリカではあまり仕事がなかった。

その分、日本での仕事に力を入れ、「帝国ホテル」(1923年完成)の設計を進める傍ら、いくつかのプロジェクトを実現した。その1つが山邑家別邸だ。山邑太左衛門の娘婿がライトの弟子である遠藤新(あらた)と親友であったため、ライトに設計が依頼された。

帝国ホテルの翌年の1924年に完成。戦後の1947年に、淀川製鋼所が社長邸として建物を購入。1974年には、鉄筋コンクリート造の住宅建築として初めて国の重要文化財に指定された。1989年からは「ヨドコウ迎賓館」として一般公開されている。

1階玄関前のピロティを北東側から見る(写真:宮沢洋)1階玄関前のピロティを北東側から見る(写真:宮沢洋)

複雑な形ゆえに雨漏りに悩まされた

敷地は南北に細長く、建物は山肌に沿って階段状に建てられている。地上4階建てだが、各面を切るとほぼ2層。周囲を緑に包まれて全体像はよく分からない。それでも4階のバルコニーに出ると、南側の街並みや大阪湾を一望することができる。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

実物を見てまず驚くのは、同時期に建てられた洋館とは全く異なる独創的な装飾群。幾何学的な彫刻を施した大谷石、複雑な木組み装飾、植物の葉をモチーフとした飾り銅板…。多くのガラス窓やハイサイドライトがそれらに陰影による変化を与える。

しかし、採光窓の多さや形の複雑さゆえ、当初は雨漏りに悩まされた。淀川製鋼所が購入する以前は、廃墟と化し、ライトの設計であることすら忘れられていたという。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

「ヨドコウ迎賓館」の川の流れのような段状空間

装飾や採光窓はライトの他の建築にも見られる特徴だ。山邑家別邸で特記すべきは、「地形に沿うような平面・断面構成」であろう。

3階の廊下から和室に上る階段3階の廊下から和室に上る階段

ライトは「ロビー邸」(1910年)を代表とする「プレーリースタイル(草原様式)」と呼ばれる水平方向に細長い住宅によって評価を高めた。山邑家別邸もその延長にあるが、平面が途中で「く」の字に折れ曲がっている。敷地の形に合わせたためだ。

内部空間は、途中で折れ曲がったうえに、複雑に上下しながら連続する。まるで川が山林の中を流れていくように。その見え方の多様さがこの住宅の真骨頂だ。この住宅がなければ、ライトの代表作「落水荘」(1936年)も生まれなかったかもしれない。

3階の廊下から和室に上る階段(イラスト:宮沢洋)

ライトは自己中心的で愛のない人間か?

とはいえ、性能的に言えば、バリアが多くて雨漏りもひどかった。ライトはやはり自己中心的で、愛のない人間だった?

いやむしろ逆だろう。地形に逆らわず、自然と一体化することにより、日々の生活の中で自然を味わうことがライトの愛なのだ。事務所を閉じてまで愛人(施主)と駆け落ちしてしまったライト。自然の流れに委ねることこそ、彼にとって最上の愛だったに違いない。

なお、帝国ホテル二代目本館100周年を記念して、豊田市美術館にて「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」が12月24日まで開催中。この住宅の資料も展示されている。同展はパナソニック汐留美術館(2024年1月11日~3月10日)、青森県立美術館(2024年3月20日~5月12日)に巡回予定。

豊田市美術館で開催中の「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」(写真:宮沢洋)豊田市美術館で開催中の「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」(写真:宮沢洋)

■概要データ
ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)
所在地:兵庫県芦屋市山手町173
設計:フランク・ロイド・ライト
階数:地上4階
構造:鉄筋コンクリート造
建築面積:359.1m2
竣工:1924年(大正13年)

■参考文献
『フランク・ロイド・ライト──世界を結ぶ建築』(ケン・タダシ・オオシマ、ジェニファー・グレイ監修・著/2023年/鹿島出版会)
ヨドコウ迎賓館公式サイト https://www.yodoko-geihinkan.jp/about

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