「ウェルビーイング」をテーマに『官民連携まちづくりフォーラム`23』開催

フォーラムの開催場所となった豊島区東池袋も近年大規模な開発が進み、「誰もが主役になれる劇場都市」のコンセプトのもと新たな文化施設や商業施設などが誕生しているフォーラムの開催場所となった豊島区東池袋も近年大規模な開発が進み、「誰もが主役になれる劇場都市」のコンセプトのもと新たな文化施設や商業施設などが誕生している

まちの豊かさを測るには、さまざまな指標がある。人口、転入者数、税収、就業率、待機児童数など、定量的な指標が置かれることが多いだろう。もちろんそれらも重要であるが、近年、まちづくりの分野で新たに注目されているのが「ウェルビーイング」の観点だ。
ウェルビーイングとは、1946年にWHOの健康の定義の中で使われた言葉で、「身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」を指す。日本では「健康・幸せ・福祉」と別々に訳されていたため、ウェルビーイングという言葉はなかなか広まってこなかったが、近年、特に健康や産業分野で「幸福」と近い意味で使われることが増えてきた。政治の場でも「日本Well-being計画推進特命委員会」が組成され、岸田首相が2023年10月の所信表明演説の中で初めて「ウェルビーイング」という言葉を用いるなど、満足度・生活の質を高めることへの関心が高まっているようだ。デジタル田園都市国家構想においても、ウェルビーイングは指標の一つとなっている。

このような動きが広まる中、2023年11月6日、豊島区東池袋にて『「官民連携まちづくりフォーラム`23」~「Well-being」の視点からエリアマネジメントを考えよう~』が開催された。コロナ禍をへて久しぶりのリアル開催となった本イベントには、会場とオンラインを合わせると600人以上が参加し、注目度の高さがうかがえる。
ウェルビーイングの観点を交えたまちづくりについて、最前線で取り組む登壇者から発表された研究概要と実際のまちづくりの事例を見ていこう。

幸福な人は創造性が約3倍?幸せなまちの一つの指標に

基調講演を行った前野 隆司氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)ウェルビーイング学会の代表理事も務めている基調講演を行った前野 隆司氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)ウェルビーイング学会の代表理事も務めている

基調講演を行ったのは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野 隆司氏。組織や教育、サービス、まちづくりなど、幅広い分野でウェルビーイング研究を行っている。なぜさまざまな分野でウェルビーイングが重要と言われているのか。心理学や経営学の観点で、ウェルビーイングがどのように世の中の人々の役に立つのか。前野氏の研究によれば、ウェルビーイングが高いことは企業活動において以下のような効果があるという。

「私たちの行ってきた企業研究では、主観的幸福度、つまりウェルビーイングの高い社員の創造性は、低い社員に比べて約3倍、生産性は31%、売上は37%高い、という結果が出ました。また、幸福度の高い社員は欠勤率が41%低く、離職率も59%低く、業務上の事故が70%少ない、という結果もあります」

「幸せと感じる人は、そうでない人よりも寿命が7年から10年ほど長い」という研究結果もあるそうだ。一つの企業とまちづくりを同じ土台で語ることはできないが、これだけ明確な数値の差が出ているとすれば、ウェルビーイングの高い街は、幸せを感じる人が多く、創造性や生産性が高く、活力ある地域であることと同義といえるかもしれない。
では、ウェルビーイングを高めるには、何が必要なのか。世界では1980年代から多くの心理学者によって幸せの心的要因の因子分析が行われてきたそうだ。前野氏は、自身の研究結果も踏まえ、ウェルビーイングを高める因子は次の4つであると提唱する。

幸福な人は創造性が約3倍?幸せなまちの一つの指標に

「ウェルビーイングを高める『幸せの4つの因子』は、“やってみよう因子”、“ありがとう因子”、“なんとかなる因子”、“ありのままに因子”、この4つです。やってみよう因子は自己実現や成長意欲、主体性などを指し、ありがとう因子は、人とのつながりと感謝ですね。つながりがある地域は、レジリエンスが高いと言います。折れそうになっても戻ろうとする力が強いということですね。3つ目のなんとかなる因子は、前向き、楽観的、という価値観です。未来は明るいぞと思って生きられる人は、やはり幸せを感じやすいです。4つ目のありのままに因子は、独立と自分らしさ。ダイバーシティ&インクルージョンの精神で、人と自分を比べすぎず、100人いたら100通りの個性があることを受け入れられる状態を指します」

これら4つの因子を満たしている人が住むエリアをつくっていくことで、ウェルビーイングの高い地域を実現できるということだ。

子どもが主体の「まち保育」により地域の幸福度を高める

子どもを軸としたまちづくりを研究する三輪 律江氏(横浜市立大学大学院都市社会文化研究科教授)
子どもを軸としたまちづくりを研究する三輪 律江氏(横浜市立大学大学院都市社会文化研究科教授)

続いて、実際に地域住民の幸福を軸にまちづくりに取り組む事例や研究発表が行われた。

横浜市立大学大学院都市社会文化研究科教授の三輪 律江氏は、ハード面から語られることの多い都市計画において、子どもを主体としたまちづくりの研究を進めている。胎児期から幼少期、青少年期まで、すべての段階で地域に子どもの居場所があり、子どもが地域とのつながりを持てるまちづくりを実践している。
地域と子どもというと、行政主導の福祉政策の一部とみられることが多いが、三輪氏は子どもを主語として考える。「子育て」を「子育ち」と表現し、まちが子どもをケアするのではなく、地域が子どもの自立した成長を促す場であることを提案する。

「私が提言しているのが『まち保育』という考え方です。保育というと、子どもを施設の中に閉じ込めるイメージがありますが、そうではなくて、もっとまちを子どもに開いて、まちに取り組んでいこうということです。よく“地域で子育て”といいますが、“地域”ってどこの誰でしょう? 当事者性が薄い言葉になりやすいです。具体的には、子どもから300mの範囲に多様な人とのつながりがあることが一つの鍵になります。この300m生活圏というのは、小さな子ども、保護者、またシニアの行動範囲と重なります。その身近な地域コミュニティを、3つの世代の人々が共有し、日常的な集いや出会いがある環境をつくれるかどうかが大切です。場所だけあってもダメで、その場所につなげる包括的な仕組みが求められます」

前野氏が提唱した4つの因子の中では、特に子どもを軸としたつながりによるありがとう因子、主体性を表すやってみよう因子が重視されているといえるかもしれない。パブリックを豊かに開くことで、子ども自身もこのまちで育ったというアイデンティティが培われていく。自分のまちに関心と愛着を持って大人になると、一時的に外に出たとしても、また戻ってきたり、地元に感じる幸福感や自己肯定感が育まれるという研究もあるそうだ。

札幌・北長瀬、多様なつながりを生み出すまちづくり

札幌駅前通地区のエリアマネジメントに取り組む内川 亜紀氏(札幌駅前通まちづくり株式会社取締役統括マネージャー)札幌駅前通地区のエリアマネジメントに取り組む内川 亜紀氏(札幌駅前通まちづくり株式会社取締役統括マネージャー)

続いて登壇した札幌駅前通まちづくり株式会社で取締役統括マネージャーを務める内川 亜紀氏は、札幌駅前通り地区おける2つの取り組みを紹介した。一つは、ビジネスパーソンのヘルスケアマネジメントに取り組む「人体改造カブ式会社」と、仕事と子育てを両立しやすい地域づくりを目指す「まちのこそだて研究所gurumi」でのプロジェクトだ。

「札幌駅前通地区のビジネスパーソンには単身赴任者も多く、独自の健康づくりに関する需要があると考えました。地域の人々の健康をリサーチする、 健康増進・維持につながる仕組みを作る、地域の人々と共同して仕組みを作る、この3つを重視して活動しています。また、このエリアは北海道で最も働きながら子育てする層が多いエリアでもあります。まちのこそだて研究所では、子育てに関係するリサーチをしたり、当事者目線での子育ての悩み相談などを行っています」

ウェルビーイングにおける「健康」は、単に疾病がない状態を指すのではなく、心身ともに幸せを感じ、すべてが満たされている状態という意味で用いられる。まだ新しい取り組みであるといえる地区全体の健康を向上させるエリアヘルスマネジメントは、ウェルビーイングなまちづくりの一つといえるだろう。

石原 達也氏(一般社団法人北長瀬エリアマネジメント代表)。日本初のコミュニティフリッジを手がけ、運営ノウハウを開示することで全国にも同様の施設が広がっている石原 達也氏(一般社団法人北長瀬エリアマネジメント代表)。日本初のコミュニティフリッジを手がけ、運営ノウハウを開示することで全国にも同様の施設が広がっている

続いて、地域で使う冷蔵庫「コミュニティフリッジ」で注目される岡山県・北長瀬駅前再開発の事例が発表された。再開発のハード面はディベロッパーが手がけ、いわゆるソフト面、地域の交流を生み出す仕掛けを一般社団法人北長瀬エリアマネジメントが担っている。代表を務める石原 達也氏が登壇した。

「岡山駅の隣駅である北長瀬エリアは、単身者や子育て世帯など若い人が多く住むエリアです。まちづくりにあたって『あたらしいふつう』というコンセプトを掲げました。今までの当たり前にとらわれずに新しい北長瀬の常識を作っていこう、という意味を込めています。私たちが運営する『ハッシュタグ岡山』というシェアスぺースを核にさまざまな人が集い、プロジェクトに取り組んでいます」

シェアキッチンでのイベントや女性の起業支援、コロナ禍を過ごした学生向けにコワーキングスペースを開放して文化祭を行ったりと、つながりを生かした多様な取り組みを行っている。前述したコミュニティフリッジは、一人親世帯や生活困窮者など、なんらかの事情で食料品や日用品の購入が難しい人々に対し、24時間365日、いつでも企業や個人が食料品や日用品を寄付できたり、受け取れたりする仕組みだ。500以上の世帯が登録しており、1300人の個人と140社の企業からの寄付により成り立っているという。北長瀬のようなダイバーシティや包括性を重視したまちづくりは、自分らしさを表すありのまま因子、地域のつながりによるありがとう因子につながるものだろう。

今後求められる、ウェルビーイングの指標化

今回紹介された事例のように、地域の幸福度を高めるまちづくりは今後も増えていくだろう。パネルディスカッションでは、ウェルビーイングを重視したまちづくりを進めるうえでの課題や懸念点など、未来に向けた議論が交わされた。

モデレーターは、コミュニティ再生や共創まちづくりの研究に取り組む東京大学都市工学科教授の小泉 秀樹氏(左端)が務め、パネルディスカッションが行われたモデレーターは、コミュニティ再生や共創まちづくりの研究に取り組む東京大学都市工学科教授の小泉 秀樹氏(左端)が務め、パネルディスカッションが行われた
一般社団法人スマートシティ・インスティテュートの公式サイトで「地域幸福度(Well-Being)指標」の概要やガイドブックが公開されている [出典:https://www.sci-japan.or.jp/LWCI/index.html]一般社団法人スマートシティ・インスティテュートの公式サイトで「地域幸福度(Well-Being)指標」の概要やガイドブックが公開されている [出典:https://www.sci-japan.or.jp/LWCI/index.html]

現状の課題として、取り組みの成果が可視化しにくいことが挙げられた。内川氏からも「エリアマネジメントというと、よく評価指標はどうしていますか?ということを聞かれますが、これが結構困る質問です。取り組むべき課題はアンケート調査などで見えてきますが、その取り組みによって、結果的に地域にどのような影響があったのか?を正確に測ることは非常に難しいです。もちろん事業として目標を定めたり自己評価は行っていますが、課題だと感じています」という声があった。

対して前野氏は、現在研究開発が進む分野として「まちのウェルビーイングを測る指標として『地域幸福度(Well-Being)指標』があります」と紹介した。『地域幸福度(Well-Being)指標』は、健康長寿産業連合会と前野氏の研究室が共同研究・開発したもので、「デジタル田園都市国家構想」における検証指標として採用されている。住民が幸福を感じる要因を明らかにし、地域の幸福感に影響する普遍的な因子として、「ダイナミズムと誇り」「生活の利便性」「生活ルールの秩序」などの10項目が設定され、エリアの幸福度を測る指標として用いられる。定量化・指標化されることで、ウェルビーイングなまちづくりのPDCAサイクルを回すことができるようになる。こうした指標により成果が可視化されることで、今後さらに企業も巻き込みやすくなるだろう。

エリアマネジメントの取り組みは影響範囲が限定的であるため、自治体単位での広い計測だと明確な成果が見えにくい課題は引き続きあるものの、今後の検証によって一つの取り組みに対する最適な計測範囲、計測タイミングなど、模索が続いていくと思われる。市民の幸福度を計測できる指標が各地域や自治体で活用されることで、行政や企業主導によらない、市民を主体とした暮らしやすさを重視したまちづくりにつながっていくことを期待したい。


取材協力:国土交通省都市局まちづくり推進課、全国エリアマネジメントネットワーク主催「官民連携まちづくりフォーラム`23」