思い出の銭湯を残したい。ゆとなみ社として9軒目になる神戸の銭湯継業
豆腐店や野菜果物店、鮮魚店などが並ぶ東山商店街。平日の午後2時、自転車を押しながら歩く人が店先をのぞき込んでいる。活気のある東山商店街を脇道にそれ、静けさのある路地を少し進むとネオンの看板が見えてくる。神戸・湊川公園駅から徒歩5分ほどの場所にある湊河湯(みなとがわゆ)は、2023年8月にリニューアルオープンした銭湯だ。
創業74年を目前に廃業寸前となった湊河湯(旧・湊川温泉)の運営を引き受けたのは、株式会社ゆとなみ社(以降、ゆとなみ社)。京都府を拠点に活動する銭湯継業専門会社で、代表の湊三次郎氏が京都五条にある「サウナの梅湯」を継業したのがその始まりだ。湊氏が銭湯を継業したのは25歳の頃。大学時代は銭湯サークルで、全国数百ヶ所の銭湯に足を運んだ経験もあるという。大好きな銭湯を無くしたくないという強い想いから、アルバイト経験もあった「サウナの梅湯」を経営する話を得たという。
元々は1軒のみの経営だったが、その活動が次第に口コミやメディアを通して広まり、銭湯継業の相談を受ける軒数が増えていった。活動するスタッフの増加や今後の展開を鑑みて、2022年に法人化。関西を中心に5軒を経営していたが、2023年夏からは新たに湊河湯を含む3軒の銭湯が加わり、「銭湯を日本から消さない」をモットーに、現在では全国で8軒の銭湯を運営している。
各所に見られる「湊河ウェーブ」で、心機一転
湊河湯の店長は松田悠さん。総勢約50名というゆとなみ社のスタッフの一員だ。大学卒業後から音楽業界でマネジャー業をしていた松田さんは、コロナ禍を期に地元関西へ。心斎橋PARCOの店舗立ち上げにも携わり、そのときに開催された銭湯やサウナをテーマにしたイベント「パルコ湯」の企画運営を行うなかで、ゆとなみ社の存在を知り、銭湯の魅力に開眼したという。
「地域に密着して、もっと人と顔を合わせてできる仕事を求めていました。仕事でマネジメント的な役割も長く、ビジネス漬けの思考に少し疲れていたのかもしれません。転職はゆとなみ社しか選択肢にありませんでしたね」と松田さんはほほ笑む。
1949年創業の湊河湯は、阪神大震災の時には、商店街の方々に無料入浴券を配布するなどして、地域を支える拠点として活躍してきた。そんな街の銭湯が、2022年9月に突然休業する。ひとりで銭湯を仕切っていた元オーナーの元木淳さんが病で倒れたためだった。その後12月に再開するが、たった10日間で店を閉じることになった。
「ゆとなみ社に入社して、ほかの銭湯で働いている間も、湊河湯はずっと気にかかる存在でした。一時再開したと噂を聞いたときにも湊河湯に浸かりに行った。その後、2023年1月末に息子さんから、“できるならば、銭湯を残したい”と連絡が入ったのだそう。その後、ゆとなみ社が運営を継承することになり、松田さんが新店長に手を挙げた。
リニューアルオープンに際して、改修にかかった費用は総額900万円。クラウドファンディングも実施して、費用を補填した。傾いた床を補修すると同時に、内装の一部にアレンジを加えた。内装デザインのテーマは、神戸市内を流れる河川・港川が近いことにも由来し、川や水の流れをイメージ。「湊河ウェーブ」と名付けられた緩やかな曲線は、カウンターや男湯と女湯の境界壁、ベンチに見ることができる。外装と風呂は当時のそのままで、湯を沸かす釜は今後入れ替え予定だ。
リニューアルオープンで目指した、自分が欲しかった居場所
ゆとなみ社は、銭湯ごとに経営スタイルが異なる。オーナーさんの意思や状況に合わせて、互いの合致点を話し合いの中で見つけていくのだそう。湊河湯の場合は、家賃をオーナーさんに支払い、ゆとなみ社の運営上に伴う売り上げはすべてゆとなみ社の収入だ。同様に、店のコンセプトも売り上げの立て方もそれぞれ異なる。親子連れが多い銭湯では子ども向けの商品を販売したり、お酒の販売を行っていない銭湯で、ソフトドリンクが充実していたりする。店長が異なれば、店づくりのやり方も違うというわけだ。
「そもそも銭湯って地域性があるもの。銭湯のある地域や町の雰囲気によって、客層が全く異なるんです。銭湯内での地元ルールもそれぞれあるんですよ(笑)。ゆとなみ社の運営する銭湯は、京都、大阪、滋賀、愛知などさまざまな場所にあります。地域を超えて、各店長同士での情報共有も盛んで、銭湯運営のノウハウが日々蓄積されていますよ」
松田さんが絶対! とこだわったのが、待ち合いスペースにある立ち飲みコーナーだ。ゆとなみ社では銭湯内に飲食店を併設するのは初の試み。神戸・新開地の小さな醸造所で造られているクラフトビール「湊ビール」を飲むことができ、お酒の肴として東山商店街で仕入れた食材も用意されている。
「東山商店街には、おいしい食材がそろっています。ただ夕方に閉まる店が多いので、夜に立ち寄れる場所があればいいなとずっと思っていました。うまいつまみに、湯上がりビールで、居合わせた人とコミュニケーションをする。そんな和める居場所が欲しいと思い、改修に伴って設けました。東山商店街は魅力的な商店街。近隣のお店とお客さんをつなげる接点となれるような場所にもなりたいと思っています」
銭湯を面白がってくれる人を増やすことが、文化を守る力になる
オープニングイベントでは、銭湯内でライブイベントを実施。SNS告知での集客も上々だった。これまで、大型の音楽フェスへの出店や地域の飲食店とのコラボイベントを開催、オリジナルの銭湯グッズの販売などを重ねてきたゆとなみ社には、若者のファンも多い。今後もこのようなイベントやマルシェ、オリジナルグッズの展開も積極的に行っていきたいと松田さんは話す。
「今まで銭湯に来たことがない人にも、足を運んでもらえるきっかけをつくりたい。一度訪れることで、“なんだかよかった”という体験をしてくれる人の分母を増やすことが、銭湯文化を残すことにつながると思います。お風呂に浸かってもいいし、立ち飲みに顔を出すだけでもいい。ふと気分転換したいときに、足を運ぶ選択肢のひとつになれたらうれしいです。昔の私がそうだったように」
銭湯という日本を支えてきた文化。当時の状態をただ守るだけではなく、新しい感覚と融合させていくセンスがゆとなみ社にはある。銭湯が地域の中で担ってきたひとつの生活の場所が、新しい役割を獲得しつつある。ゆとなみ社のチャレンジは続く。
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