ジャパニーズウイスキー人気で、道東の町に脚光
ジャパニーズウイスキーの人気が世界的に高まっている。2022年の輸出額は約560億円で、5年前の4倍超になった。酒類全体で見てもウイスキーの伸びは顕著で、日本酒を抜き、全体をけん引している。熟成によって価値が高まるウイスキーは、その土地の気候風土と密接に結びつく。全国で新規参入が相次ぐ中、北海道でもニッカウヰスキー以来80年ぶりに誕生した蒸溜所が、地域を盛り上げているとして注目されている。
それは北海道南東部にあり、カキの名産地として知られる厚岸(あっけし)町で2016年から蒸留を始めた「厚岸蒸溜所」。食品原材料の商社「堅展実業株式会社」が運営している。
2代目社長の樋田恵一さんが、「ウイスキーの聖地」とも呼ばれるスコットランド・アイラ島で造られる、大麦を原料としたスモーキーなモルトウイスキーに魅了されたのが事業の原点だ。樋田さんは日本のウイスキーの輸出を始めたものの、人気のため原酒が入手困難になり、自社で製造することを決断した。
なぜ同社は、釧路市から50kmほど離れた厚岸町を選んだのか。町にどんな効果がもたらされているのか。筆者は2023年4月、道の駅「厚岸グルメパーク」などを運営する「厚岸味覚ターミナル・コンキリエ」主催の蒸溜所見学ツアーに参加して、それらを探った。
「アイラ島のような環境」を探し、たどり着いた厚岸
見学ツアーではまずオリエンテーションとして、コンキリエ職員の大磯力さんが、蒸溜所建設に至るまでの経緯などを説明。「なぜ厚岸だったのか」を伝えた。
大磯さんによると、同社は蒸留所が多くあるアイラ島に似た環境を日本国内で探していた。条件は清らかで豊富な水に加え、強い香りを発する泥炭(ピート)があること。そして熟成に必要な冷涼湿潤な気候などだった。
泥炭は、枯れた植物が完全に腐らず堆積した地層で、厚岸町周辺には湿地帯が多く分布していることから適地だった。大磯さんによると、厚岸町など北海道の太平洋側東部では5~8月は月に20日ほどが霧に覆われ、湿度が保たれやすい点もアドバンテージだった。またアイラ島と同様、厚岸町もウイスキーとの相性が良いカキの水揚げが盛んで、国内で唯一、一年中生食で楽しめるほどだ。大磯さんは「アイラ島に似た条件は厚岸周辺なら満たされると分かり、その自然環境が長きにわたって保全されるという見通しもあって、候補地が厚岸町に絞られていきました」と解説した。
地元の資源は他にも活用されている。
ツアー参加者には、ある記念品が配られた。厚岸蒸溜所の樽と同じミズナラから町内の「真栄木材株式会社」が制作したキーホルダーだ。これにも、厚岸の自然とウイスキー造りとの密接なつながりが表れている。
また、町内ではウイスキー用の大麦の栽培も始まっている。大磯さんは製造過程を説明するなかで、「現在は輸入大麦が多く使われていますが、ゆくゆくは厚岸の大麦を厚岸の泥炭でいぶした『厚岸オールスター』を目指しています」と紹介。その「オールスター」に欠かせないのが、厚岸のミズナラを使った樽だという。
オリエンテーションが終わると一行は送迎車に乗り込み、蒸溜所へ。途中、車の窓からは、厚岸湾に近い丘に立つ熟成庫が見えた。大磯さんは「海に近い場所に建てられています。天気が荒れると波しぶきがかかる所もあり、潮の香りが届きます」。熟成庫には大きく「AKKESHI」と書かれ、町の名前が前面に出ている。この地の海風に吹かれ、ウイスキーが豊かな時を刻んでいるのだと実感できた。
「地産地消」の秘話を聞きながら、間近で蒸溜所を見学
蒸溜所は、厚岸湾から約2kmの湿地帯にあった。ツアーの参加者は、厚岸町が設置した屋外バルコニーから内部をガラス越しに見学できるようになっていて、大磯さんは蒸留する工程などを説明した。
撮影禁止で特別感がある、熟成庫見学の時間もあった。大磯さんが「樹齢100年以上のミズナラから樽は1本ほどしか作れません」「老齢木の町有林を厚岸蒸溜所に円滑に提供できるようになっています」「厚岸町のミズナラは町内の木材工場でカットされています」と地元ならではの情報を披露すると、参加者は興味深そうに聞き入っていた。
その後はコンキリエに戻り、厚岸湾を望むオイスターバーで試食タイム。厚岸町でしか飲めない「牡蠣(かき)の子守唄」と、干し牡蠣のあぶり、鹿肉ジャーキーなどがテーブルに並んだ。
筆者の隣に座った女性は、普段はウイスキーをそれほど飲まないものの、神奈川県小田原市から参加。「ここでしか飲めないものがあると知って来てみました。厚岸にあるもので作る地産地消のウイスキーは驚きでしたし、カキにもよく合います。町も一丸となって協力していることも分かって良かったです。また来ます」と満足げに話した。
ウイスキー効果は絶大。厚岸の注目度、知名度が急上昇
地元産ウイスキーが世界的な高評価を得たこともあり、厚岸町は「ウイスキーのまち」として近年、その名を広く知られるようになった。
厚岸町の2022年度調査結果によると、過去5年間にインターネット検索数が急上昇したキーワードは「厚岸 寒露」や「厚岸 シングルモルト」などウイスキー関連が上位に入り、町の観光振興計画でも「特に厚岸ウイスキーに関する関心が高まっていることがわかります」と分析されている。そのうえで同計画では、観光資源としての厚岸蒸溜所ツアーのさらなる充実などを通じ、魅力アップを図る方針が示された。
町総合政策課の担当者は「厚岸蒸溜所には、町内限定の『牡蠣の子守唄』生産などで地元還元をしていただいてきました。貴重なウイスキーを求めて町を訪れてくださる方や、興味を持っていただける方が増えました。町内の飲食店や町全体の活性化を実感しています。産業全体の振興を図る上でさらなる起爆剤になることを期待しています」と語る。
ふるさと納税、ブランド牛、製材業など関連産業にも効果が波及
厚岸町の中心的な観光施設である道の駅「厚岸グルメパーク」ではウイスキーを使った大手菓子メーカーのチョコレートなど、関連商品が人気を集めているが、経済・産業面でさまざまな効果を地元に及ぼしている。
ふるさと納税を巡っては、2018年度から返礼品に厚岸蒸溜所のウイスキーセットが加わった。同年度はウイスキーセットが寄付額全体(約4億円)のうち300万円を、2021年度は全体(約9億円)のうち約1億2,900万円を占めた。割合にすると、約0.7%から約14.2%へと急増している。
また町内の「NPO法人厚岸ネット」は蒸溜所の誕生をきっかけに新たな特産品を作ろうと、2018年からブランド黒毛和牛の事業化に踏み出した。ウイスキーの麦芽の搾りかすを与えて肥育した「オータイト」だ。厚岸ネット理事長の竹田敏夫さんは「人口が減っていく中、何もしなければ沈んでいってしまう。なんとか盛り上げたいという思いでした」と言う。オータイトの牛が育つ地区では、ウイスキー用の大麦も栽培され、「厚岸オールスター」の実現に向け、一次産業の現場でも協力の輪が広がっている。
竹田さんが営む「民宿あっけし」では、宿泊者らに厚岸蒸溜所のウイスキーを提供している。同民宿も加盟する町商工会では「厚岸ウイスキーを飲もう」を合言葉にPRし、専用のハイボールグラスを各店に無償提供するなど、消費拡大を後押ししている。
またミズナラの調達や加工を行う木材会社「真栄木材株式会社」では、地元ならではのウッドクラフトを開発した。同社は厚岸産のミズナラから厚岸産の熟成樽を作るため樽材を供給。2016年に切り出した樹齢100年超のミズナラ4本から完成した樽は4つのみという希少性があり、樽材にならなかった端材を有効活用しようとオリジナル製品を企画した。ウイスキーのディスプレイ台座やコースター、マドラーなど蒸溜所公認のグッズを販売している。
ガストロノミーツーリズム、ウイスキーツーリズムの可能性も?
一方、観光関係者の目に「ウイスキー効果」はどう映っているのだろうか。
厚岸町は観光振興計画の作成にあたり、主要観光施設の管理者らを対象に、ヒアリング調査を実施。「厚岸ウイスキーは厚岸の森や水から生まれている。厚岸でウイスキーが生まれる背景や自然環境を学ぶエコツアーができないか」という構想も寄せられているように、幅広い活用が期待されている。
同計画を策定する委員で、1892(明治25)年創業の「ホテル五味」支配人の五味尚紀さんも期待をかける1人。「目的をもって厚岸を訪れる観光客が増えてきた。これからコアな旅行者が増えてくるのではないか。例えば、ジャパニーズウイスキーの一つの聖地になる可能性がある」という意見を寄せていた。
五味さんは「コンキリエ」のツアーとは別に、同ホテルに宿泊した関係者やコアなウイスキーファン向けに、小規模の独自ツアーを実施している。五味さんの前職は都内飲食店のソムリエ・バーテンダーで、地元の厚岸にも精通していることから、ディープなトピックを披露したり、特別な場所に案内したりしている。
五味さんは取材に、「厚岸は『あっけ市』とよく間違われましたが、厚岸蒸溜所ができて、町の正しい地名が世界にも知られるようになりました。町に町民は誇りが持てたと思います」と話す。観光面での効果はまだ道半ばだと感じているが、可能性もあるという。
2023年5月には、大手旅行会社の高価格帯ツアーに厚岸産ウイスキーが組み込まれた。その土地ならではの食や自然・文化を楽しむ「ガストロノミーツーリズム」として実施され、参加者がホテル五味に宿泊し、地元食材とのマリアージュを楽しんだり、ウイスキーが厚岸で生まれる背景に思いを巡らせたりした。
五味さんはさらに、自社所有地の泥炭(ピート)を提供するなど厚岸蒸溜所とも関係が深いこともあり、さまざまなアイデアや展望を描く。
「アイラ島のようにピートを掘って自分のものにできる体験ができたら面白い。堅展実業の樋田社長と話すなかで、全国の蒸溜所を鉄道で巡るウイスキーツーリズムもできると思うようになりました。何年かかるか分かりませんが、壮大で面白いですよね」
リピーターも獲得。幅広い可能性をもたらすウイスキー
宿泊を伴う滞在型の観光をいかに充実させるかは厚岸町の課題とされているが、日中に多くの観光客が訪れる道の駅では、蒸留所ができたことによるインパクトは絶大だという。
道の駅を運営する「コンキリエ」の総務部職員でガイド業もこなす大磯さんによると、観光案内所では『どこに行けばウイスキーを飲めますか?』という問合せが多く寄せられている。コンキリエの見学ツアーは、厚岸蒸溜所を観光資源として活用したい町の意向もあって2017年に開始。2020~21年は新型コロナウイルスの影響でほぼ開催しなかったものの、これまでに約1,400人が参加するなど人気を博している。
ツアー開始当初はコアなファンが多かったが、今ではウイスキーを飲む習慣があまりない人も参加するようになった。ウイスキーを入り口に厚岸町に興味を持ち、「次はカヌーに乗りたい」「自然をもっと知りたい」とリピーターになった人も少なくないという。
「ウイスキーならではの力は、その広がりです」と語る大磯さん。なぜ厚岸町に蒸溜所ができたかを観光客らに伝えると、「湿原」「泥炭」というキーワードにつながり、そこからアクティビティーとしての「カヌー」にもたどり着く、という具合だ。「食で言えばカキはもちろん、ブランド和牛『オータイト』という産業も生まれました。ここでしか飲めないウイスキーがあるので、滞在型の観光ができます。無限の可能性がありますよ」。今後も新しい観光コンテンツを企画していくという。
大自然に育まれた、世界に誇るウイスキー。熟成が進むにつれ、「オールスター」で地域の魅力も深掘りされていきそうだ。

















