7年間で約700人が移住した岡山県南東部の田舎まち、和気町
「町に元気がない」「若者が減っていく」「誰も住まない空き家が増えている…」
こうした声は、高齢化が進む多くの地域で共通して聞かれるものだ。今回取り上げる岡山県南東部に位置する和気町(わけちょう)も、同様の課題を抱えてきた。2006年3月に佐伯町と和気町が合併して生まれた和気町の人口は、2006年時点では約1万6,000人、2021年には約1万4,000人弱と減少。2022年には「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法」において、和気町の全域が「過疎地域」に指定された。
深刻な人口減少に直面するなか、近年、移住推進のさまざまな取組みを行ってきた和気町は、移住推進員を2016年に設置、以来、7年間で678人が移住している町として知られるようになった。岡山市や倉敷市などと比べると全国的な知名度は決して高くない和気町が、なぜ多くのファミリー世代から選ばれているのか。
和気町役場移住推進室 主任の日笠さん、地域おこし協力隊の一員として活躍される新井さんに、移住促進の取組みを聞いた。
移住相談・英語教育・空き家の掘り起こしなど、移住推進の取組み。一方、移住後の課題も
岡山県の東南部に位置する和気町は、四方を緑豊かな山々に囲まれ、西側の平野部はのどかな里山の風景が広がっている。瀬戸内海の温暖な気候風土にも恵まれ、年間を通して雨や雪が少なく過ごしやすい環境だ。それでいて、電車や車の交通利便性も高い。町の中心部から岡山市へは約38km、和気駅から岡山駅までは電車で約30分で行くことができる。和気インターチェンジがあるので車での移動もしやすい。
日笠さん「ここ7年間で678人の方が和気町に移住しています。約7割が20~40代の子育て世代で、関東や関西からの割合が約7割を占めています。都会で暮らしてきた方にとって、和気町の自然の豊かさと交通利便性の高さ、また地震や台風など自然災害の少なさにも魅力を感じてもらえているようです」
新井さん「実際に私も東京から移住してきた身です。2022年7月から地域おこし協力隊として移住促進や空き家バンクの運営などの仕事をしていますが、住んでからも住環境のバランスのよさを実感していますね」
子どもが小さいうちは身近に自然がある場所で暮らしたいと考える親は多い。移住を望む人を受け入れられるよう、移住者受入体制の整備や子育て・教育環境の充実と、ターゲットとなる20~30代のファミリー層に届くよう情報発信に力を入れてきた。
日笠さん「まず移住相談体制を整えました。先輩移住者でもある移住推進員に役場に常駐いただいて、仕事や生活、学校のことなど、移住を検討中の方が気軽に相談できるようにしています。また、グローバル人材の育成のため、英語教育にも力を入れています。学校とは別に、小学5年生~中学3年生を対象に、放課後や土曜日に英語学習ができる公営塾を無料で開講しています」
新井さん「あとはやはり移住のうえで住まいは大切です。賃貸物件を探す方が多いのですが、移住者が入居できる物件が少なかったんです。なかなか他人に家を貸すのは…という方も多いので、所有者にメリットがあるよう、空き家バンクへの登録時と入居者が決まったタイミングで、それぞれ奨励金を給付する制度を設けています」
また、いわゆる「お試し移住」の制度もある。2週間から2ヶ月、一度延長もできるので最大4ヶ月、移住の前に和気町での暮らしを体験することができる。
さまざまな取組みが実を結び、移住者が増えていく一方、新たな課題も見えてきたという。ここ2-3年、新規移住者数はやや減少傾向で、またコロナの影響もあり、移住者同士で自主的に行われていたコミュニティ構築なども難しく、移住後しばらくして都心に戻る人もいたそうだ。「移住後のミスマッチを減らすことも私たちの役目です」と語る新井さんたちが次に仕掛けたのが、“関係人口の創出”だった。
関係人口を生み出す、人気漫画『推し武道』とのコラボ企画
「関係人口」とは、移住でも観光でもなく地域と多様な関わりも持つ人々をさす言葉だが、関係人口を増やすことで移住・定住推進につなげていきたいという。
日笠さん「定期的に和気町の情報に触れたり、実際に和気町へ足を運んでもらったりすることで町のことを知り、和気町のファンになってもらえるとうれしいです。移住後の“こんなはずじゃなかった”を防ぐことにもつながりますし、移住をすぐには考えていない人とも継続してつながりを持つことができます」
そのような考えのもと、2023年度のプロモーション施策の中心となったのが、累計発行部数100万部を超える人気漫画『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(©平尾アウリ / 徳間書店)とのコラボレーション企画だ。『推し武道』の愛称で幅広い世代で愛される本作は、地下アイドルとそのファン、応援する側と応援される側、それぞれの人間模様や心理描写が丁寧に描かれた青春群像劇だ。物語の舞台となるのが岡山県。作中では岡山の風景や地域文化も描かれ、主要キャラクターである基(もとい)兄妹が暮らす町として、和気町も登場する。
具体的なコラボ企画は、
・和気町ファンクラブの創設
・会員への情報発信
・会員と町民との交流イベント開催
・地元の高校でグッズの開発授業を実施
・ふるさと納税等コラボ商品により町をPR
など多岐にわたる。
日笠さん「岡山が舞台ですし、もともと私が原作のファンだったんです。おまけに和気町で起きた出来事が物語のキーになる展開もある。町を盛り上げるアイデアの一つとして書いた企画書が、今回の企画の始まりでした」
新井さん「企画書、本当に3行だったんです。『ターゲットは都会の若者。推し武道とコラボする。有名作品とコラボできる和気町すごい! 郷土愛アップ! 以上』シンプルでしたね(笑)。幸い、企画職の経験があった私のスキルを生かせる内容だったので、日笠さんのアイデアを一緒に練り上げながら形にしていきました。とはいえ、どれだけ企画のスケールが大きくなっても、日笠さんの当初の想いが企画の骨子になっていますね」
役場の若手職員のアイデアを、地域おこし協力隊のスキルや経験を生かして実現に結びつけた。自治体と地域おこし協力隊との協働がうまくいかない事例もある中で、和気町の場合はその好例といっていいだろう。予算も知名度も人的リソースもない中で進める企画であったが、「和気町は自治体界の地下アイドルです」というコンセプトが、『推し武道』の出版社である徳間書店の心を動かしたという。
日笠さん「自治体をアイドルに例えるなら、札幌や横浜、箱根など、誰もが知る自治体はメジャーアイドル、一方で和気町は岡山の人ですら知らない人がいるような自治体なので、いわば地下アイドルです。『推し武道』で描かれる、地下アイドルとファンが一緒に武道館を目指していく姿は、和気町が目指したいものと重なりました。その想いを編集長に伝えたところ真摯に応援してくださって、コラボ企画が実現しました」
新井さん「役場としては難しい判断もあったと思うのですが、和気町の太田町長はじめ、いろいろな部署の職員が“まずはやってみたらいい”と後押ししてくれたので勇気をいただけました。メディア公式発表の際には、町長自らキャラクターのパネルにたすきをかける任命式を執り行いました」
わずか1ヶ月で会員数1,100人超。地域を巻き込み、町民の郷土愛も育む
和気町ファンクラブを開設して1ヶ月あまり。会員数は1,100人を超えたそうだ。SNSでも作品ファンから和気町への応援メッセージや、実際に和気町に出向いた人の投稿が見受けられる。さらに今後は会員と町民との交流企画や、町内の施設を活用した複製原画展を行うなど、町へ足を運んでもらえる企画を次々と仕掛けていくという。
日笠さん「和気町に来てくれる人が増えるのは純粋にうれしいです。今回の試みによって町民自身が和気町の魅力を再発見することにもつながればと思っています。聖地巡礼に成功している自治体のアンケートでは、多くの住民が”地元に誇りを持てた“と回答しています。和気町も作品にゆかりのある町として多くの方に訪れてもらうことで、こんなに和気町が注目されているんだとプラスの感情が生まれて、地域に活力が生まれることを願っています」
町民への説明会を行った際、「人気漫画とのコラボなんて夢がある」との声が上がったり、79歳の住民が原作漫画を町内の友人に薦める、といった交流も生まれているそうだ。こうしたコンテンツを生かした町おこしの場合、せっかく若者が町を訪れたとしても、地元の人々からの歓迎ムードがまったくなければ逆効果になりかねない。町民が趣旨を理解し、一緒に盛り上げようという気持ちになれるよう、町内での情報発信や企画にも力を入れている。
新井さん「企画の一つとして、和気町にある和気閑谷高校(通称:和気高)で、関連グッズの開発やプロモーションを学ぶ授業を行っています。和気町で育った人のほとんどはこの和気高の卒業生ですが、人口減少から廃校の危機にあります。その窮状を作者の平尾アウリ先生や徳間書店に伝えたところ、基兄妹の出身校を『和気高』という設定にしていただけたんです。高校生たちも基 玲奈さんのことをOGと呼んで、積極的に授業に参加してくれました」
母校を存続させたい地元住民の想いと、基兄妹の出身校を守りたいファンの気持ちは共鳴していくかもしれない。地元住民を巻き込みながら、外部の視点や人との関わりを積極的に受け入れていくことで、地元で大事な意味を持つ場所を維持していくことにもつながりそうだ。
和気町に関わる人を増やし、ミスマッチのない移住を増やしていきたい
コンテンツを活用した町おこしからは、ポジティブな感情の循環が生まれやすい。ファンクラブや聖地巡礼など、町と関わる人が増えることで、地域住民の郷土愛の醸成につながり、作品のファンからは町への親近感や応援したいという感情が生まれる。『推し武道』の中でも描かれているような、誰かを応援する陽のエネルギーの好循環が和気町でも生まれているようだ。次のステップとして、今後の展望を聞いた。
新井さん「もちろん関係人口が増加したからといって、一朝一夕で移住者が増加するわけではありません。ただ、すでに和気町のことをよく知っている状態で移住を検討するとなれば、暮らし始めてからのギャップも小さくなるでしょう。
正直に言うと、私は和気町のことをそこまで知らずに東京から移住してきました。だから最初は大変でした。もちろん移住で得られるものはたくさんあります。美しい景色や自然環境、道端で見られるホタルなど。でも一方で、失うものもあります。都会と比べれば選べる仕事も少ないですし、生活インフラなどの利便性は劣ります。それを差し引いても今の暮らしに魅力を感じていますが、地域での共同作業への参加やご近所付き合いなどもありますから、なかには環境の変化になかなかなじめないと感じる人もいると思います。
その点、関係人口として事前にありのままの和気町を知ってもらうことは、そうした定住の難しさを軽減し、地域と移住者にとってよかったと思える移住につながると思います。今後も和気町に関心を持ってくれる人への情報発信や、地域を巻き込んだ企画を仕掛けていきたいですね」
日笠さん「私は和気町で生まれ育ったので、通学の時など、田んぼを吹き抜ける風を感じながら自転車で走る気持ちよさや、近所のおじいちゃんやおばあちゃんが“おかえり”と声をかけてくれる日常が当たり前だったんです。でも都会から移住してきた方からするとどれも新鮮なことなんですよね。『推し武道』をきっかけに和気町に足を運んでくださる方にも、都会にはない和気町の魅力を伝えて、和気町を好きになってもらいたいです。そして町民の方には“和気町すごい!”と思ってもらいたいですね」
■取材協力 和気町役場
https://www.town.wake.lg.jp/
■和気町移住情報サイト「WAKESUM」
https://www.town.wake.lg.jp/wakesum/
■和気町ファンクラブ
https://www.wake-fan.com/
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