狙えていなかった層を対象に稼げる宿泊施設を開業

CAS凍結センター。牡蠣や烏賊などがここで鮮度を保ったまま凍結され、島外に「輸出」されている(写真提供/海士町)CAS凍結センター。牡蠣や烏賊などがここで鮮度を保ったまま凍結され、島外に「輸出」されている(写真提供/海士町)

地方創生戦略の正式名称は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」。地域産業戦略がポイントになっているわけだが、では、地方はどんな仕事を生みだし、担い手を確保してきたか。地方創生の事例としてしばしば取り上げられている島根県海士町の取組みをご紹介しよう。

隠岐3島の合併を断念した直後、2004年に行われた三位一体の改革で町の財政悪化が明らかになった海士町では、町の生き残りをかけて仕事づくりに取り組んできた。最初に行われたのは対馬暖流の影響を受けた豊かな海から採れる海産物のブランド化。美味しさをそのままに急冷するCASシステムを導入した凍結センターを作り、地元名産の海士のいわがき「春香」や烏賊を売り込んできたのである。ポイントは島にあるものを無駄なく使うこと。

CAS凍結センター。牡蠣や烏賊などがここで鮮度を保ったまま凍結され、島外に「輸出」されている(写真提供/海士町)Entôで出される海士のいわがき「春香」。絶品である

新しく仕事を生む、外貨を稼ぐ場として2021年7月にオープンしたホテルEntôも島の財産を存分に活用している。海士町のある隠岐諸島は約6,000万年前に海の底から地殻変動によって徐々に隆起、大規模な火山活動によって形成されたもの。その後、約2万年前の氷河期極寒期の水面低下で一度は島根半島と地続きになるが、以降の温暖化で海面が上昇。再び離島となった。

海士町の玄関口・菱浦港、そしてホテルEntôの客室の前に広がっているのは島前カルデラ(火山噴火で生まれた陥没地形)。隠岐諸島は2013年にユネスコ世界ジオパークに認定されており、Entôはジオパークの魅力を体験できるジオラウンジを備えたホテルとして造られた。

「地域で生まれた付加価値額がどのように地域で循環しているかを調べたところ、循環の割合が低く、多くが地域外に流出していることが分かりました。一方で隠岐諸島全体の宿泊施設数、宿泊収容数はこの10年ほどでおよそ半減、観光客も半減しています。日帰りできない離島観光で島を繁盛させるためには稼ぐ宿業を確立させることが大事と考え、既存の宿泊施設のターゲティングを整理。今まで狙えていなかった層を対象にした宿泊施設を造ることにしました」と島根県海士町交流促進課/外貨創出特命担当・柏谷猛課長。

それが手段ではなく、目的としてのホテルEntôで構想から6年をかけ、議論を重ねて完成した。もともとはマリンポート海士という島唯一のホテル別館の老朽化とジオパークの拠点施設の建設という異なる計画だったものが合体、日本初のジオ・ホテルの誕生となった。

土地の魅力を最大限に引き出す建物

建物は本館と別館を建て直した新館の2棟からなる。二つの建物の間にあるエントランスを入ったところから海の眺望が広がっており、思わず嘆声が出る。これは部屋も同じ。

本館、新館とも部屋の前には島前カルデラが広がるが、新館は横に広い、バスルームも含め部屋のどこにいても水面が望める造りとなっており、その眺望は圧倒的。人工物が見えない向きを模索して建てたとのことで、時折目の前を横切るのは港に向かう船だけだ。

新館では、部屋によってはプライベートテラスが用意されており、夜の海や星を眺めながらの静かな滞在が楽しめる。もちろん、朝日を眺めるのも素敵だろう。テレビその他余分なもののないシンプルな空間では時間がゆっくり流れるようである。

エントランスを入ると広がるのがこの風景。思わず、おおっという声があがるエントランスを入ると広がるのがこの風景。思わず、おおっという声があがる
エントランスを入ると広がるのがこの風景。思わず、おおっという声があがる新館は人工物が入らない向きを考えて建てられた。ただし、港に向かう船からは室内が見えるので裸族はご用心を(写真提供/海士町)
奥に見えているのが展示室ジオルーム・ディスカバー。その前の海が見えるスペースには化石などが展示されている奥に見えているのが展示室ジオルーム・ディスカバー。その前の海が見えるスペースには化石などが展示されている

また、新館1階には展示室ジオルーム・ディスカバーがあり、地球と隠岐諸島の成り立ち、島前3島の魅力などについての展示があり、島巡りの前にここで予習をしておけば見えるものの意味を体感できるようになる。その手前はジオラウンジで、ところどころに恐竜などの古生物の化石が展示されており、好きな人にはたまらない空間。もちろん、ここも目の前には海が広がっており、ちょうど良い場所にはソファが置かれている。

ちなみに仕事づくりからは脱線するが、エントランスからジオラウンジまでの間には書棚が置かれたスペースがあり、これは島まるごと図書館のEntô分館。海士町中央図書館が運営しているもので、町内には個人宅やカフェ、フェリーターミナルを利用して作られた分館が点在しており、宿泊者も利用できる。いつもなら手にしない本を夜空の下で読む体験も旅先ならではだろう。

自治体が投資したホテルでこれだけコンセプトが明確かつ高付加価値化が図られているものはさほど多くはなく、開業以来の旅行のしづらい状況の中でも評価は高い。TVその他のメディアで取り上げられているほか、2021年に宿泊者数7,000人、売上額1億3,000万円の目標値、2022年には9,000人、1億9,000万円の目標値をそれぞれ達成し、順調に伸展。外貨獲得、仕事創出の役割を果たしている。

エントランスを入ると広がるのがこの風景。思わず、おおっという声があがる島まるごと図書館のEntô分館。旅行者も利用できる。ここで島について学ぶのも一興

複業を可能にすることで雇用を作る

続いて取り上げたいのは海士町複業協同組合。これは2020年に施行された「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」で可能になった特定地域づくり事業協同組合制度を利用したもので、全国初の事例である。

だが、そもそもこの法の下敷きになった仕組みは海士町で2012年から行われてきたもの。海士町では離島がブームだった1968年に海士町観光協会を設立、2012年にはそれを一般社団法人化、同年には特定人材派遣業の登録を行っている。観光業は夏が繁忙期でそれ以外の時期にはあまり仕事がない。そこで、人材派遣を可能にして季節ごとに観光協会職員を人手不足の現場に派遣、年間を通じた雇用を維持してきたのである。

また、2013年には観光協会と地元金融機関が出資して株式会社島ファクトリーを分社化。従来島外で外注していたものを島内で請負、地産地消を目指すためで、職員は観光協会と兼務。第三種旅行業として着地型旅行商品を企画販売したり、島に無かったリネンサプライ業を開始したり、土産物やアメニティの企画製造販売を手掛けるなど、地域内で経済を回す活動をしてきた。

2016年には観光協会の一部門を分離独立するという形で株式会社離島キッチンを分社化。キッチンカーでスタートし、日本橋、神楽坂などで海士町のアンテナショップ的な役割に加え、全国の離島の魅力を発信している。

観光業に限らず、農業、漁業その他の一次産業も農繁期、農閑期という言葉があるように季節ごとに繁閑があり、ひとつの仕事で一人の雇用を維持するのが難しい場合がある。だが、それを組み合わせることができればどうだろう。特定事業協同組合制度はそれを特定の地域に限ってではあるが、模索する仕組みである。

財政悪化から町の生き残りをかけてさまざまな手を打ってきた島根県海士町。ここではそのうちから仕事、担い手を生み出すというテーマでいくつかの取組みを紹介したい。ホテルを作る、複業という仕組みを使う、就労型お試し移住、そして最後は出ていくお金を減らす仕事を作る。いずれも他にない発想である。一次産業、観光業など、季節によって忙しさが違う仕事を組み合わせて複業を可能にする(写真は大人の島留学での作業風景。写真提供/海士町)

全国に広がる複業協同組合

海士町では地元の企業経営者5人が発起人となり、海士町複業協同組合を結成。そこで職員を雇用、さまざまな仕事の現場に人を派遣する。雇用先は組合となるので安定的な雇用、一定の給与水準も担保される。

どんな仕事をするかといえば、春には特産の岩ガキ、わかめの出荷、夏はホテルなど観光関連、秋はCAS凍結センターで海産物の冷凍加工、冬はナマコの出荷、定置網に関わるなどといったところ。当初は5社からのスタートだったが、現在は11業種、22社まで拡大。業種も農林水産業、食料品製造、宿泊、教育・学習支援から広告業と仕事が広がっており、職員はさまざまな職業を体験できる。組合では月に一度、働きたい場所や働き方のニーズをヒアリング、それぞれにあった複業プランを構築するようにもしている。

2021年には6人、2022年11月までの間には2人が働くようになっており、2023年度末までには組合職員数を15人にまで増やすのが当面の目標。さらにいえば、複業組合で1~3年働いているうちにどこかに就職してくれるのが理想と柏谷氏。実際、すでに最初に経験した職場が気に入ってその会社に就職した例も出ており、試しに働いてみることで自分に合った職場が見つかることもあるわけだ。

この仕組みが一般的になってくれば複数の仕事を組み合わせることで雇用が生まれ、移住がしやすくなる。ひとつの仕事だけで移住を決めた場合、それが合わないとなると移住そのものを考え直さなくてはいけないが、複数の仕事があるならそのリスクが軽減される。仕事がないから移住できないが少なくなってくるのだ。

このやり方を取り入れた自治体も多く、制度開始から2年後の2022年12月28日現在で71市町村で計68の組合が作られている。福島県の柳津町、三島町、昭和村のように複数の自治体が共同して取り組む例もあり、一自治体だけでは解決できなかった問題を共同することで解決できる可能性も出てきている。海士町から全国へ広まりつつあるこの仕組み、仕事がないと言っている自治体であれば参考にすべきだろう。

特定地域づくり事業協同組合制度について
https://www.soumu.go.jp/main_content/000734004.pdf

特定地域づくり事業協同組合認定一覧
https://www.soumu.go.jp/main_content/000853219.pdf

大人の島留学で滞在人口を増やし、将来につなげる

大人の島留学という新しい制度を利用、高校生以外の大人たちも留学してくるようになった(写真提供/海士町)大人の島留学という新しい制度を利用、高校生以外の大人たちも留学してくるようになった(写真提供/海士町)

2020年からスタート、約2年間でおよそ200名(大学生・社会人含む)の若者が島に滞在するようになった制度がある。それが4年前に島にUターンし、海士町役場に勤める青山達哉氏が始めた「大人の島留学」。高校魅力化が始まって10年以上経った時期に隠岐島前高校に在学していた青山氏は島留学の制度は嫌いと言いながらも役場で魅力化の担当に。担当になってみて気になったのは魅力化で高校の生徒数はV字回復したものの、卒業生たちのUターン率には変化がないということ。

どこに理由があるのだろうと考え、1年間をかけて600人ほどの卒業生に話を聞いた。そこで分かったことは卒業後のつながりが希薄で、Uターンには見えないハードルがあり、情報がないということ。だが、島では19~30代の人口が少なく、人手不足、担い手不足も深刻である。であれば卒業生や全国の意志ある若者たちが還ってきたくなる島づくりが必要ではないかと考えた。

そこで妻の出産で2週間の有休を取った際に、勝手に大人の島留学という仕組みを作り、卒業生その他に声をかけた。その時点では来てくれた人たちが住む家は決まっておらず、出すといった給料も決まってはいなかったが、21人が来てくれることになった。

そこまで決めてから役場に相談した。最初は嫌な顔をされたそうだが、応援してもらってプロジェクトを進行。冒頭に書いた通り、開始以降順調に人を集め続けており、若者の還流を興しつつある。

大人の島留学の2タイプ。期間だけでなく、働き方その他についても違いがある(資料提供/海士町)大人の島留学の2タイプ。期間だけでなく、働き方その他についても違いがある(資料提供/海士町)

具体的なプログラムは2種類ある。ひとつは1年間のお試し移住制度で対象は国内外の20~29歳の若者で学生も可。島の現場で働きながら手触り感のあるあなたらしい挑戦をしてもらうということになっており、個人事業主として月額15万円で業務委託契約を結び、週5日勤務、月に一度の研修があるというもの。

もうひとつは3ヶ月のインターンシップ制度。これは主に学生を対象としたもので学生以外も可。12ヶ月までは延長が可能で、島の現場で働きながら一緒に働く人たちの力になるというもの。月額8万円の滞在にかかる生活支援金が支給され、週に4日働き、週に1度の研修がある。どちらも町が管理する男女別のシェアハウスに居住するが、家賃、水道光熱費などの自己負担はなく、Wi-Fiは完備している。

滞在人口がやがて移住、定住する人口に

ないと言われていた空き家を改装、急ピッチでシェアハウスを整備したそうだ(写真提供/海士町)ないと言われていた空き家を改装、急ピッチでシェアハウスを整備したそうだ(写真提供/海士町)

何もない状態から立ち上げてよくここまでと思うが、このスピードが成功の秘訣なのだろう。現在は三十数軒のシェアハウスがあるというが、始めたときには島には空き家はない、シェアハウスを作るなど無理と言われたそうだ。だが、借りるという本気があれば探せると青山氏。海士町のキャッチフレーズは「ないものはない」だが、そこにはなければ作れば良いという意味がある。それを実践し続けてきたのが海士町の今なのだ。

この事業で多くの若い人たちが島で働くようになったが、来てもらう段階で青山氏が注意しているのはミスマッチ。島はユートピアでも、自己実現の場でもなく、ギャップがある、そこからどう這い上がるか。そこが大事と事前に説明をする上に、短期でも研修を義務づけているのはその懸念からだろう。そして、その点も単純なお試し居住とは異なる。ただ短期間住んだだけで移住を決めてもらうのではなく、きちんと島の暮らしを理解した上で選んでほしい、そういう意図だろう。

島の人に対しては流動する人口に慣れてもらいたいという気持ちがある。

「田舎の人には分からない、知らないことが不安です。ところがどんどん人が来るようになればいちいち気にしていても仕方ないと諦めるようになり、フラットに相手を見られるようになる。移住者に対して3年で出て行ってしまうと思うのではなく、3ヶ月、1年で出ていく人もいるのだから、3年もいてくれると思うようになる。そうなってくると若者は来やすくなるし、過度な期待をかけられることもなく過ごしやすくなります」

さらに大きな目標はこうして3ヶ月、1年と滞在する人口を増やすことで、そのうちの一部が島に還流してくれること。実際、これまでに滞在した200人程度のうち、20人ほどが移住、定住という道を選んでいる。ということは滞在する人が増えれば還流する人もそれに伴って増えていく可能性が高い。

青山氏が一存で始めた事業だが、現在は一般財団法人島前ふるさと魅力化財団が事業全体の運営、コーディネートを担うようになっている。海士町だけでなく、島前エリアの3町村が参加、地域を変えようとしており、次の課題は仕事を生むことだという。

ないと言われていた空き家を改装、急ピッチでシェアハウスを整備したそうだ(写真提供/海士町)島留学を利用して滞在した人のうちの5~8%が移住、定住につながるという実績があり、 それを元に今後の予想をしている(資料提供/海士町)

大人と高校生が協働、電力事業に取り組む

そこで最後に仕事を生む取組みを紹介したい。電力事業である。これには2つの流れがある。ひとつは2014年に海士町に移住、隠岐島前高校魅力化プロジェクトに参画してきた大野佳祐氏が2020年以降、教育以外の事業を手掛けるようになったこと。初期に関わった子どもたちがそろそろ30歳を迎えるタイミングでもある。その子たちが島に還ってくるような交わりをどう作るかを考え、雇用を生み出す事業を生み出したいと考えるようになったという。

「最初はいつまで続くか分からないふるさと納税に代わる、自前のECサイトを考えましたが、牡蠣のような飲食店向けの商品はコロナ禍では売りにくい。そこで発想を転換。島外に何かを売って稼ぐよりも、外から買ってきているものを島内で生み出すようにしたほうが地域内で経済を循環できるのではないかと考えたのです。そこで目をつけたのが電力。海士町では毎年3.3億円を電気代として島外に払っています。これを島内で生み出せるようにしようと考えました」

同じ頃、同じ移住者である浅井峰光氏は、役場からの業務委託でUターンを増やすために島で仕事を増やすことを考えており、それが大野氏が目を付けたのと同じ電力だった。そこで2人は一緒に交交株式会社(こもごもと読む)を作ることになった。

具体的な社会の課題について学び、提言するような授業もあり、大人顔負けのアイデアも出て来る(写真提供/海士町)具体的な社会の課題について学び、提言するような授業もあり、大人顔負けのアイデアも出て来る(写真提供/海士町)

もうひとつの流れは全く違うところにあった。高校である。隠岐島前高校では夢探究という地域の課題に取り組む授業があり、そこで学校や島の電力について調べたグループがあった。探究活動では学校が年間約310万円もの電気代を支払っていることが明らかになった。だったら、株式会社を作って校舎や体育館の屋根に太陽光パネルを設置して自家発電することでそれを節約、収益を上げて学習環境改善につなげられないかと考えた生徒がいた。新潟から島留学で海士町に来た高校一年生の田中宏海さん、奈良から来た南本夏江さんだ。

最初は必要な費用をクラウドファンディングで集める予定だったが、noteクリエイターサポートプログラムから45万円の支援を得られることになり、その後、前述の会社の高校生事業部で、社内ベンチャーとして自家発電に取り組むことになった。大人と高校生が協働してビジネスを立ち上げる。あまり一般的ではないと思うが、それが当たり前のように進んでいることにこの地の可能性を感じる。

それ以外の事例も含め、課題に取り組み、成果を出している地域には学ぶべき点が多い。取材で2泊3日滞在したが、書ききれないことも多数。地方の取組みに関心のある方はぜひ、一度海士町を訪れてみてほしい。


交交株式会社
https://note.com/como_gomo/

あまてらすプロジェクト
https://note.com/ama_terasu_

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