ヒロインは「愛の不時着」のソン・イェジン
この映画、私は勝手に“韓流3大建築家ラブストーリー”の1つと位置付けている。3大というのは、誰もが知る韓流ドラマ「冬のソナタ」、本連載でも取り上げた映画「建築学概論」、そして今回取り上げる映画「私の頭の中の消しゴム」だ。
建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。
映画「私の頭の中の消しゴム」は韓国で2004年に公開され、公開後3週連続1位の大ヒット。日本では翌2005年に公開され、やはり大ヒットした。日本では2020年に「パラサイト 半地下の家族」に抜かれるまで、韓国映画の歴代興行収入トップだった。ヒロインを演じるのは、後に「愛の不時着」でも話題となるソン・イェジンだ。
「私の頭の中の消しゴム」というタイトルでわかる通り、若年性アルツハイマーを患うヒロイン、キム・スジン(ソン・イェジン)と夫のチェ・チョルス(チョン・ウソン)との切ないラブストーリーである。夫のチョルスは、物語序盤では「現場監督」、中盤以降は「建築家」という設定だ。そして、この映画の大ヒットは、夫が建築家という設定と、演じるチョン・ウソンの魅力によるところがかなり大きいと私は思うのである。
チョン・ウソンの粗暴さがなんともかっこいい
2人の出会いはコンビニ。忘れっぽくておっちょこちょいだったスジンは、コンビニで買った商品をレジに置き忘れ、同じものをたまたま買って出てきたチェ・チョルスを疑い、言いがかりをつける。しかし、別れた直後に自分の誤解だったことに気づく。
スジンの父親は建設会社の社長。建設中のビルの視察に向かう車に同乗していたスジンは、現場を管理する粗暴な男が、コンビニで会った人だと気づき、気になり始める。
2人が急激に近づくのはこんなシーンだ。
スジンは街なかで、バイクに乗ったひったくりにバッグを奪われる。少し先に停めたジープのバックミラーからそれを見ていたチョルスは、バイクがジープの脇を走り抜けようとした瞬間にドアをバンと開けて妨害。バイクは宙を一回転して、ひったくり犯は路上に投げ出される。無事バッグを取り戻すものの、ジープのドアやフロントガラスは崩壊。うーん、ワイルド……。チョルスを演じるチョン・ウソンの荒っぽさが、なんともかっこいいのである。
想像どおりの展開でもカッコよさで引き込む
その後、いくつかのエピソードがあって、2人は恋に落ちていく。2人は結婚。幸せ絶頂の中、スジンが単なる健忘症ではなく、アルツハイマーであるとわかる。病気が進行すると、スジンはチョルスの元から突然消え、チョルスは彼女を探しに……という、大体想像どおりの話である。
想像どおりであっても、引き込まれてしまう。理由は、2人の設定にあると思う。スジンは、チョルスと出会う前、会社の上司と不倫関係にあり、ひどい捨てられ方をした。アルツハイマーが進行すると、新しい記憶から薄れていくため、不倫上司に捨てられたことすら忘れ、今も恋愛関係にあると思ってしまう。
建築家の弱点を克服した最強のモテ建築家像
そして、この連載で重要なのは、チョルスの設定だ。チョルスは少年時代、親に捨てられ、寺に預けられ、そこで宮大工の技術を学んだ。親に捨てられたトラウマから性格は粗暴。しかし、頭はよく、現場監督の仕事の傍ら密かに建築士の勉強をし、物語の中盤で試験に受かる。そして、丘の上の土地に、夫婦で住む家を設計する。
愛する人のために家を設計するというのは、「建築家ラブストーリー」の鉄板だ。珍しくはない。この物語で秀逸なのは、「性格が粗暴」という設定だ。それによって、建築家を主人公にする物語の“最大の弱点”を克服したのだ。
どういうことかというと、建築家は、インテリでロマンチストなのである。だからモテる。私が知る多くの建築家もそうなので、その設定にウソはないと思う。しかし、インテリでロマンチストゆえに、性格が繊細な人が多い。肉体的にマッチョな人も少ない。モテる職業という点で、弱さが唯一が弱点なのだ。
この映画では、チョルスを「粗暴な元現場監督」という設定にし、身長180センチを軽く超える野生派のチョン・ウソンに演じさせることで弱点を克服した。「インテリでロマンチストで、なおかつワイルド」という“最強にモテる”建築家像をつくり出したのだ。
「オレが代わりに全部覚えておく」
ワイルドであるがゆえに、こんなやりとりも自然に受け入れることができる。スジンがアルツハイマーと診断されたことをチョルスが知った日の2人のやりとりだ。
スジン「私と別れて」
チョルス「……」
スジン「もう優しくしないで。どうせ全部忘れるんだから」
チョルス「オレが代わりに全部覚えておく。オレ、頭がいいんだ。建築士の試験も受かった」
「オレは頭がいい」──このセリフ、もしナヨッとした建築家が言ったら、単なる嫌みなやつだ。
永作博美がヒロインの連ドラが元ネタ、逆輸入版は深キョン
この映画の原作は、日本のテレビドラマだ。それは2001年に日本テレビ系列で放映された「Pure Soul~君が僕を忘れても~」。ヒロインは永作博美演じる瀬田薫、夫は緒方直人演じる高原浩介だ。緒方が演じる夫は、父親が経営する工務店の大工で、後に一級建築士になるという設定。大筋は「私の頭の中の消しゴム」と変わらないが、緒方直人はワイルドという感じではない。
日本では“逆輸入”のような形で、2007年に「私の頭の中の消しゴム」のリメイク版ドラマも制作された。ヒロインは深田恭子、夫役は及川光博だ。このときのミッチー(及川光博)の設定は、建築家ではなく、看板やポスターを描く画家だった。
ミッチーらしくていいとは思うのだが、日本の役者でチョン・ウソンの“最強モテ建築家像”に対抗してほしかった気もする。私が勝手にキャスティングするなら、坂口憲二か、若き日の江口洋介か。伊藤英明は顔がチョン・ウソンに似ているので、あからさま過ぎるか……。
そんな原稿を書きながら、「実際には“インテリでロマンチストでワイルド”っていう建築家はいないなあ」と思っていたのだが、1人いた。安藤忠雄氏だ。「東京大学特別栄誉教授」で、瀬戸内オリーブ基金などを立ち上げた「慈善活動家」で「元・プロボクサー」。ワイルドさのオーラではチョン・ウソンにも負けていない。ひょっとしてひょっとすると、韓国の映画制作陣は、安藤氏を参考にキャラクターを設定したのかもしれない。
■■私の頭の中の消しゴム
劇場公開:2005年10月(韓国は2004年11月)
監督・脚本:イ・ジェハン
出演:チョン・ウソン、ソン・イェジン、ペク・チョンハク、パク・サンギュ
117分/韓国
公開日:




