志摩ドクタープロジェクトに設計士として参加するナノメートルアーキテクチャー
昨年10月に発表された2021年度のグッドデザイン賞。今回の応募総数は5,835件と、過去最高を記録した。地域医療の今後を考え、寄宿舎のような機能を持つ個人宅「志摩の家」はグッドデザイン・ベスト100に選出。
前編では施主である清水さん夫妻を取材したが、今回は設計を担当した名古屋市中区に事務所を構える株式会社ナノメートルアーキテクチャー一級建築士事務所を訪れ、設計士目線での志摩の家について話を聞いた。
前編記事:三重県志摩市の地域医療を支える一戸建て住宅「志摩の家」。施主はまるで観光大使
まずは、ナノメートルアーキテクチャーが志摩の家の設計に携わることになった経緯を少し紹介しよう。
志摩の家の施主である清水さん夫妻は、志摩市民病院に勤務する医療従事者だ。同病院の院長である江角悠太医師とナノメートルアーキテクチャーの三谷さんとは大学時代の友人ということもあり、志摩市で医療のためにできることを建築や空間から考え実践する「志摩ドクタープロジェクト」に設計士として参加することになった。
その第一弾であったのが2014年、医療系学生が地域と交流ができる寄宿舎を作ろうというプロジェクト。しかしこの寄宿舎は公営として実現することができなかった。ただこの提案をきっかけに市の意向が変わった。以前は医師のみしか利用できなかった官舎が学生の利用も可能に。そして前編で紹介したように、ここから「志摩の家」誕生につながったのだ。
志摩ドクタープロジェクトの取組みは寄宿舎だけではない。2017年には、院長と職員や医学生が気軽にコミュニケーションを取れるフリースペース「ア倉庫」を、病院の駐車場にある小さな倉庫を改修し作った。低予算なこともありナノメートルアーキテクチャーは現地の撮影や解体をリモートで指示。同社が参加する施工は一日だけとし、職員と一緒に塗装・制作をしたそうだ。その他にも、三重大学医学科の学生有志による海の救護補助を学ぶことができる海の家のサポートをするなど、ナノメートルアーキテクチャーは建築家として「志摩ドクタープロジェクト」に携わるようになったのだった。
「志摩の家」の、ほかに事例のないオーダーは、難しくも面白かった
ナノメートルアーキテクチャーでは、これまで住宅や福祉施設、店舗などさまざまな設計を手がけてきた。そんな同社も、清水さんの自邸である志摩の家のこれまでにないオーダーに頭を悩ませたそうだ。
「まず個人宅で“20人が泊まれる家”というのは、他では類を見ないオーダーです。家族だけで過ごす日も多いわけですから、ただ広い部屋を作ればいいわけではありません。来客時とそうでない時の動線の良さを意識しながら設計しました。また大勢が集まっても窮屈に感じないよう、サッシやガラスで仕切ることで視覚的に平面的な広がりが出るようにしています。天井は意識的に高くしました」と三谷さん。前編で紹介した大きな窓や掘り団らんスペースなども含め、広々とした開放感を視覚によって実現しているのだ。
続けて野中さんはこう話す。「でもやはり一番難しかったのは、家の中でもバーベキューをしたいというオーダーです。ホットプレートではなく炭を使ったバーベキューなので、換気をどうするのかが難題でした。よくある焼肉店などの換気扇は、席が決まっているので固定することができますが、清水さんのお宅ではバーベキューコンロをどこに設置するかわからないため可動式にしなければなりません。いろいろ調べましたが、そんな事例はどこを探してもありませんでした(笑)」
志摩の家はこの他にも、都心部にはない特殊なオーダーが多かった。例えば建ぺい率や容積率、外壁後退などの縛りがないこともそのひとつだ。また施主の清水さんからは、何畳の部屋が欲しい、何部屋欲しいといった個人スペースの要望はほぼなかったそうだ。
「志摩の家には、制限がない自由ゆえの難しさがありました。住宅でありながら施設のような設計は、難しくもあり面白かったです」と三谷さんは話す。
きっかけをちりばめておくのがナノメートルアーキテクチャー流
ナノメートルアーキテクチャーの会社プロフィールの中に、こんなフレーズがある。「私達は、建築物をつくることは最終目標のためのサプリメントみたいなもので、場を提供、出来事の提案、その後の誘起が本質にあり、雰囲気を作って行くことと考えています」と。
同社は美術館のホワイトキューブのような作り方ではなく、造作に少しのきっかけをちりばめたデザインをしているそう。
志摩の家で言えば、室内に換気システムを取り付ける必要があったが、この機械の目隠しをわざとホール側に出し、何かを置くのにちょうどいい高さや奥行きにしておいた。バーベキューをする時に材料を乗せてもいい。使い方は使う人次第で無限に広がるのだ。
「私たちは“何にでもなれる場所”になるようなデザインを心がけています。「ここは○○部屋ですよ。これはこんなふうに使うといいですよ」と提案してしまうと、どうしてもそれ以外の想像力が働かなくなってしまう。当初は気づかなくても、暮らしの中で後々自由な発想が生まれ、私たちも気づかなかったような使い方をしてほしいですね」と野中さん。
志摩の家にちりばめられた「何にでもなれる場所」は、清水さんや来客者によっていろいろな使い方をされるのだろう。楽しみだ。
ナノメートルアーキテクチャー事務所は20年空き家だった元スナック
今回訪れたナノメートルアーキテクチャーの事務所は、飲食店などが入居する雑居ビルの1室。元スナックのテナントが20年ほど空き家になっていたそうだ。まさに「何にでもなれる場所」を体現する同事務所だった。
「元々、オーナーさんからここをシェアオフィスにしたいというご依頼をいただき、当社が設計を担当することになっていたんです。しかしコロナの影響でそのプロジェクト自体がストップすることになってしまいました。ちょうど私たちも事務所を移転したいと考えていたこともあり、それなら…と、私たちが入居することに。当初はスナックのバーカウンターを残し、社員のランチスペースにしたり、仕事の後にスナックのようにお酒を飲んだりできたら…と考えていたのですが、事務所としての場所を確保しようとするとカウンターをそのまま残すことは難しく、あえなく断念。ただ、思わぬ形でスナックの名残を利用することになったんです」
店内の床を解体すると、コンクリートの逆梁が出てきたのだ。これは水をたくさん使う飲食店が床下に配管を通すための設計。ナノメートルアーキテクチャーではこの逆梁に、長細く大きなボックスを乗せ、机として使用することにした。
何にでもなれる事務所が「スナック・ナノ」になった日
「事務所」というと事務所にしかならないという固定観念があるが、ナノメートルアーキテクチャーの事務所は違っていた。まさに何にでもなれる場所だ。
「多目的室って、あまり多目的に使われていない印象がありませんか。それはただの部屋だからだと思うんです。私たちは、多目的に使ってほしいからこそ投げやりにせず、もう少しだけ手を加える。空間にちょっとしたきっかけのようなものがあるだけで、いろんな可能性をはらんだ場所になると思うんです。ただやりすぎるとそれにしかならないので、そのバランスが難しいんですよね。答えはありませんが、そういったデザインをすることが設計士の役目だと思っています」と野中さんと三谷さんは話す。
志摩の家もナノメートルアーキテクチャーの事務所も、自由な発想と遊び心が詰まった、たくさんの可能性を持つデザインだった。これから人や時間が新たな使い方を見いだし発展していくのだろう。今回写真を提供していただいたToLoLo studioさんは「ナノさんの作品は、いい意味でなんだかよくわからないですね」と言う。それは最高の誉め言葉なのではないかと感じた。
取材協力:ナノメートルアーキテクチャー https://nm-9.com/
写真提供:ToLoLo studio http://tololo.info/
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