森林資源を生かし、持続可能な発展を模索する岡山県真庭市

真庭市は西日本有数の林業地域であり、ヒノキの生産量日本一。地元建材の普及・活用を行政が支援している真庭市は西日本有数の林業地域であり、ヒノキの生産量日本一。地元建材の普及・活用を行政が支援している

中国山地のほぼ中央、岡山県北部に位置する真庭市。岡山県内で最も面積が広く、観光や酪農、農業のほか、豊富な森林資源を生かし古くから林業が盛んな地域だ。約828km2のうち森林面積が約8割を占めるが、少子高齢化による担い手不足は年々深刻な問題となっている。手つかずの森林が増え、真庭市の林業の規模は1975年以降減少傾向だという(※1)。

そのような中、真庭市は地元産業の活性化のため20年以上にわたりさまざまな取り組みを行ってきた。その一つとして、CLT(Cross Laminated Timber:クロス・ラミネイティド・ティンバー)の普及・拡大の支援が挙げられる。

CLTとは、ひき板を繊維方向が直交になるように接着した「直交集成板」のことを指す。1990年代にオーストリアで開発され、欧米を中心に広まっているが、日本ではまだ比較的新しい建材だ。CLTは、大規模な建築物や高層ビルの主要構造部材としても使われる。欧米産に比べ、日本産のCLTはその加工特性からコストに課題があるものの、さまざまな建物で汎用的に使われるようになれば、真庭市の林業を支える柱となることが期待される。

地域のCLTを活用した2つの建築事例として、2021年に真庭市蒜山地域に誕生した「GREENable HIRUZEN(グリーナブル ヒルゼン)」「もりくらす」を紹介したい。

里帰りCLT建築として話題に。隈研吾氏設計「GREENable HIRUZEN」

リゾート観光地としても知られる蒜山高原。標高600mほどというだけあり、晴れの国・岡山の7月であっても、空気は澄んでいて程よく涼しい。

2021年7月に完成したのが、この地域のシンボルとなりそうな観光施設「GREENable HIRUZEN」だ。

CLTパビリオン「風の葉」。ひし形のCLTパネル360枚が組み合わさっており、高原の風や光を感じるデザインCLTパビリオン「風の葉」。ひし形のCLTパネル360枚が組み合わさっており、高原の風や光を感じるデザイン

「GREENable HIRUZEN」は、「GREEN(自然や緑)」と「Sustainable(持続可能)」の2つの言葉を合わせた造語。「持続可能な人の営みを、自然の中で考える」というコンセプトのもと考案されたそうだ。

ひときわ目を引くのが、建築家 隈研吾氏設計・監修によるCLTパビリオン「風の葉」。CLT普及の一環として、2019年11月から東京都晴海で展示された後、2021年7月に蒜山の地に移築、CLT建築が「里帰り」をしたことでも話題になった。「風の葉」に一歩足を踏み入れると、まるで木々に囲まれているような体感がある。真夏にもかかわらず、日差しはやわらかく、通り抜ける風が心地いい。

敷地内には、人と自然の共存をテーマにした「蒜山ミュージアム」、ビジターセンター・ショップなども併設され、サスティナブルな価値を体感できる新たな観光文化発信拠点施設となっている。

また、CLTはこのような大きなプロジェクトだけでなく、比較的小規模な施設にも活用が広がっている。もう一つ、蒜山地域に新たに誕生したCLT建築を紹介しよう。

CLTパビリオン「風の葉」。ひし形のCLTパネル360枚が組み合わさっており、高原の風や光を感じるデザイン光が差し込むCLTパビリオン。CLTの間にはフィルムがあり雨が入ることはない。金物で接合する構造のため、移築も可能

森に溶け込むCLT建築、「もりくらす」

「GREENable HIRUZEN」から車で南西に進むこと8分、岡山県道沿いに木目の美しい平屋の建物が現れる。この建物の構造材にも真庭市のCLTが使われている。

2021年4月にオープンした「もりくらす」は、喫茶スペースと一日一組限定の宿泊スペースが一体となった施設だ。「もりくらす」の名のとおり、森林浴をしながらコーヒーを片手に本を読んだり木々を眺めながら目覚めたりと、森の中で暮らすような体感を味わえる。

蒜山高原の森に佇む「もりくらす」。真っすぐに伸びたスギの木々に囲まれている蒜山高原の森に佇む「もりくらす」。真っすぐに伸びたスギの木々に囲まれている
「もりくらす」のオーナー植木さん。終始穏やかに楽しそうに、仕事への想いを語ってくれた「もりくらす」のオーナー植木さん。終始穏やかに楽しそうに、仕事への想いを語ってくれた

思わず深呼吸をしたくなるロケーションだが、平日にもかかわらずたくさんのお客さんでにぎわっているのは、それだけが理由ではないようだ。

「もりくらす」のオーナー植木将和さんは、蒜山生まれ蒜山育ち。DIYが趣味だという植木さんは、「もりくらす」を建てるにあたり、鉄骨の骨組み以外の作業はほとんど自らが手がけたという。

「知り合いの設計士さんや水道屋さんに手伝ってもらいながら、地元のみんなの力を借りてつくり上げました。"こんな空間をつくろう"と思い立ってから7年くらいかな。前の仕事をしながらだったので時間はかかりましたけど、もうずっと楽しかったですね」(以下、「 」表記は植木さん)

そう朗らかに語る植木さんの人柄からも、そうして出来上がった「もりくらす」の空間からも、ずっといたくなるような居心地の良さが感じられる。「もりくらす」の喫茶・お宿のこだわりや、蒜山地域ならではの魅力を伺った。

自然との共生を体感できる「もりくらす」

「もりくらす」の構想当初から植木さんが大切にしてきたイメージ。それは「できるだけ森に手を加えずに建てる」ということ。人が過ごす空間の快適性は確保しながら、森の姿を可能な限りそのまま残せるよう、建物の配置から形状まで工夫して設計したという。

真っすぐに伸びるスギの木を邪魔しないよう、床と屋根に施された加工も特徴的だ。森を切り開くことが必ずしも悪ではないが、「人の営みも、自然の一部」という植木さんの想いは、自然との共生を考えるうえで、どの建築物にも取り入れられるべきだと感じる。

スギの木々と共存する、「もりくらす」の設計。設計は岡山市のデザイン事務所、株式会社シファカによるものスギの木々と共存する、「もりくらす」の設計。設計は岡山市のデザイン事務所、株式会社シファカによるもの
スギの木々と共存する、「もりくらす」の設計。設計は岡山市のデザイン事務所、株式会社シファカによるものスギに沿って加工された床と屋根材。雨風で多少スギが左右にしなっても問題のない計算になっている。自然光の下では喫茶メニューを楽しめる

構造材であるCLTパネルを納品したのは、真庭市に本社を置く銘建工業株式会社。構造用集成材・CLT市場において国内トップシェアを誇る老舗企業だ。国産材のスギやヒノキを活用し、2010年ごろから日本でいち早くCLTの開発・普及に取り組んできた。

「真庭市は観光や酪農だけじゃなく、林業も昔から盛んですからね。せっかくなら建材も"地産地消"にしようと、地元の木材を使いたいと思って依頼しました。真庭市はCLTの普及に力を入れているので、補助金制度を使えたのもありがたかったですね」

一定の条件を満たした建物であれば、「真庭市CLT利用促進支援事業補助金(※2)」の対象となる。CLT・関連建材の購入費、導入費、運搬費などの一部に対し、植木さんのように補助が受けられる(詳細条件・上限額あり)。

CLTは構造材としてだけでなく、木肌を生かして仕上げ材としても使用できる。植木さんがCLTを使うと決めた理由の一つでもあるという。施工の手間が軽減できるだけでなく、スギらしいハッキリした木目と赤みを帯びたトーンのグラデーションが美しい壁面となった。

スギの木々と共存する、「もりくらす」の設計。設計は岡山市のデザイン事務所、株式会社シファカによるもの真庭市のスギを使ったCLTパネル。赤褐色から薄いピンク色まで、スギ独特の木目が美しい

旬の蒜山食材を味わう、「もりくらす」の喫茶

「足を運んでくれるお客さま一人一人を、自分の目の届く距離でもてなしたいんです」

小さな喫茶スペースと一日一組限定の宿泊空間は、そんな想いからつくられたという。植木さんが何より幸せを感じるのは、売上や店舗を増やすよりも目の前の人に喜んでもらうこと。「もりくらす」の空間やサービスからは、その心遣いが随所に感じられた。

森林が臨める喫茶スペース。蒜山地域の旬の食材を仕入れ、仕込みから料理まで植木さんが手がけている森林が臨める喫茶スペース。蒜山地域の旬の食材を仕入れ、仕込みから料理まで植木さんが手がけている

喫茶スペースでは、オリジナルブレンドコーヒーや季節の果物を使ったスムージー、ケーキなどが楽しめる。「蒜山焼きそば」で有名なこの地域では、新鮮な高原野菜も豊富に採れる。野菜たっぷりのベーグルサンドやホットサンドも人気だそうだ。

「地元の知り合いに、それぞれの道のプロがいるんです。パンを焼いていたり、おいしいコーヒーを挽いていたり。つながりを広げて仕入れていますね。来てくれるお客さまに蒜山ならではのおいしいものを味わってほしいので」

喫茶スペースには、植木さん自身が集めたおしゃれな雑貨が並び、大きな窓からは森の風景が広がる。スギの木々を揺らす風の音や虫の声も、都会ではなかなか感じ取れない自然のBGMだ。時間を忘れて、つい長居をする人が多いというのもうなづける。

「"居心地がいい"というお声や、この空間や地域を気に入ってもらえるのは、素直にうれしいですね。喫茶を利用いただいたお客さまが、そのまま宿泊予約を入れてくださることも多いんです」

森林が臨める喫茶スペース。蒜山地域の旬の食材を仕入れ、仕込みから料理まで植木さんが手がけている喫茶スペースの大きな窓からはやわらかい自然光が注ぎ込む。寒さの厳しい冬には、喫茶店内の暖炉も活躍する

蒜山の森で暮らす、「もりくらす」のお宿

建物の中心のオープンスペースを介して、喫茶と宿泊空間がほぼ半分ずつの設計になっている。植木さんの「好きを詰め込んだ」という宿泊空間も、セレクトショップさながらにセンスのいい雑貨や家具が並ぶ。とはいえ気後れすることもなく、どこか遊び心やゆとりを感じる内装を気に入るお客様も多いという。内装もこだわりがあり、建具や取っ手もリメイクしたものが使用されている。

夕食は客室のテラスで森林浴をしながらバーベキューを楽しめる。朝食は蒜山ジャージー牛乳やヨーグルトなど、地元の食材を生かしたオリジナルメニューがいただける。

天井が高く、広々とした宿泊スペース。「一日一組限定」はコロナ禍の宿泊スタイルとしても好ましい天井が高く、広々とした宿泊スペース。「一日一組限定」はコロナ禍の宿泊スタイルとしても好ましい

「もりくらす」には、訪れた人々から「また来たい」という声が多く寄せられるという。森林の中でゆったり過ごしていると、「この大きな窓から紅葉や新緑の景色も眺めてみたい」と思うだろうし、「次の季節の食材も味わってみたい」と感じるのだろう。

また、CLTパネルとして活用されるスギ材は経年変化が楽しめる。明るい色みの木肌は次第に赤みを増し、木目が濃くなっていく。数年後にまた訪れて、建物の歩みとともに増した重厚感を感じるのも楽しみの一つになる。

天井が高く、広々とした宿泊スペース。「一日一組限定」はコロナ禍の宿泊スタイルとしても好ましい木の香りが漂う寝室。反対側にはロフトがあり、家族連れやグループでの宿泊も可能

蒜山の森で「自然との共生」を考えるきっかけに

居室の床にもスギ材を使用。幅・厚みのある足場材は肌触りがよく、断熱性能にも優れている居室の床にもスギ材を使用。幅・厚みのある足場材は肌触りがよく、断熱性能にも優れている

CLT建築が増えることは、持続可能な社会を考える一つの要素になる。CLT自体は建材として再生可能であることに加え、最終的にはバイオマス発電の燃料としても活用可能だ。断熱性や耐火性、耐震性にも優れることから、CLT建築物が増えることは災害に強いまちづくりにもつながるといえる。

CLTを活用した「GREENable HIRUZEN」も「もりくらす」も、真庭市蒜山が舞台だからこそ光る取り組みといえるだろう。持続可能な社会のあり方が問われる中で、地域特有の森林資源を生かし、自然との共生を考える場を提供している。そこに堅苦しさがなく、その場所に足を運ぶことで自然を体感できるところも魅力的だ。

森の中で過ごしていると、音や時間の感じ方、季節の変化など、日常では見落としがちなものに目を向けることができる。蒜山高原のこの一帯は、自然と共に暮らすとはどういうことか、持続可能な暮らしはどうあるべきか、背伸びせずに考えられる場所といえそうだ。

居室の床にもスギ材を使用。幅・厚みのある足場材は肌触りがよく、断熱性能にも優れている夕暮れどきは、虫の声が知らせてくれる。ここにいる間は時間に追われることなく、スマートフォンや時計を置いて過ごすのもいいかもしれない

【取材協力】
GREENable HIRUZEN - グリーナブル ヒルゼン
https://greenable-hiruzen.co.jp/

森の中の喫茶とお宿「もりくらす」 
https://morikurasu.com/

(※1)真庭市産業観光部林業バイオマス産業課 地域発イノベーションを促進する国土づくりのあり方の検討の方向性より:
https://www.mlit.go.jp/common/001275939.pdf

(※2)真庭市CLT利用促進支援事業補助金 CLTの利活用等を支援より:
https://www.city.maniwa.lg.jp/soshiki/41/2180.html