台風の日曜日にスタート、ほぼ1日で大半が終了

渋谷区で行われたイベントのチラシ。各戸にポスト投函された地域も渋谷区で行われたイベントのチラシ。各戸にポスト投函された地域も

2021年8月15日。台風が到来し、雨の降る寒い日曜日の夕方に渋谷区初台に住む友人が呟いた。

「渋谷区でマンホールの写真を撮るイベントが行われている」

なんだろうと検索をかけると情報が出てきた。マンホールコレクションアプリ「鉄とコンクリートの守り人」の実証実験の第1弾として行われた「マンホール聖戦@渋谷」だった。

タイトルから分かる通り、アプリ上の地図にあるマンホールをスマホで撮影、それをアップすることで個人、団体でポイントを競うゲームで渋谷区内にある約1万個(!)のマンホールが対象となっている。しかも、個人戦の場合で1位が10万円などと賞金も出る。

面白そうではないかと思ったが、何しろ、台風の日である。明日の参加でもよいと考えたが、それが甘かった。総勢700人ほどが参加、なんと2日目、16日の朝には大半のマンホールがクリアされており、3日目にはほぼ100%クリアしたという。早い、早すぎる。世の中の人がこんなにマンホール好きとは知らなかった。

渋谷区で行われたイベントのチラシ。各戸にポスト投函された地域も雨の初日に頑張って撮影して回った人多数。表彰式で聞くと膝が痛くなるほど熱中した人も
渋谷区のイベントではミニチュアのマンホールが賞品。非常に精巧な品だった渋谷区のイベントではミニチュアのマンホールが賞品。非常に精巧な品だった

一体、何がどうなっているのか、最終日、19日の夕方に渋谷で開催された表彰式に参加した。そこで最初に分かったのはマンホール好きの人が参加していたわけではないということだ。

世の中にはマンホーラーと呼ばれる、全国で増えているマンホールを愛好、マンホールカードを集めている人たちがいる。だが、今回、舞台となった渋谷区にはレアなマンホールは比較的少なく、主催者の一人である、シンガポールで設立されたNPO・Whole Earth Foundationの森山大器氏は最初、つまらなく思われるのではないかと懸念したという。

ところが、蓋を開けてみるとそもそもマンホールに関心のない人たちが多く参加し、ゲームをすることで、これまで注意して見たこともなかったマンホールに関心を持つようになったのである。

「下水道だけじゃなく、足元にいろいろなマンホールがあることに気づいた」「マンホールの中で水の音がしているのが面白く、聞き入ってしまった」「色とか、数字とかで管理されているんだなと思った」などなど、さまざまな感想が出た。しかもゲームが面白かったのだろう、改善案やら提案やらが多く飛び交い、表彰式はおおいに盛り上がった。

渋谷区で行われたイベントのチラシ。各戸にポスト投函された地域もアプリの改善案なども多数出て盛り上がった表彰式

全国に点在する耐用年数オーバーのマンホール

ゲームとして楽しく、熱中する人を生み出し、関心のなかった人たちの目をマンホールに向けさせたマンホール聖戦@渋谷だが、その楽しさの裏側にはすごいミッションが秘められている。

「日本グラウンドマンホール工業会の推計によると、日本全体では1,400万個のマンホールがあり、そのうちの300万個は耐用年数を超えているとされています。マンホールの耐用年数は車道に設置されたもので15年、それ以外の道路で30年と上水配管の40年に比べて短く、昨今話題になる水道の維持管理以上に早急な対策が必要です。マンホールの劣化で路上に穴が開いた状態になると道路が使えなくなり、問題は下水道だけに留まらないからです。また、最近は豪雨などの影響でマンホールが浸水時に外れることも起きており、安全なマンホールへの更新が必要です」と、森山氏。

マンホールの位置は下水道台帳に掲載されている。東京都の場合、下水道局のページから下水道台帳が見られるようになっており、マンホールの番号、設置されている地盤の高さ、マンホールの深さなどの詳細も見られるようになっているが、そうした自治体は実はそう多くはない。

「下水道台帳は法律で作らなくてはいけないことになっていますが、特に中小規模の地方自治体では人的リソースが足りないなどの理由もあり、下水道台帳が作成できていないところも少なからずあります」

東京都の下水道台帳。本題とは離れるが、注目したいのは水路敷、つまり暗渠も記載されているということ。水害、地震に関して知る際にも下水道台帳は役に立つわけだ東京都の下水道台帳。本題とは離れるが、注目したいのは水路敷、つまり暗渠も記載されているということ。水害、地震に関して知る際にも下水道台帳は役に立つわけだ

また、下水道台帳が作られていても、それほど頻繁に更新されているわけではなく、自治体によっては紙ベースで管理しているなど更新しにくい仕組みになっていることもあり、すべてを網羅していないこともあり得るという。その結果、交換すべきマンホールがどこにあるかが把握できていないという状況も生まれている。

今回のゲームでは、下水道台帳にあるマンホールの位置を手作業で地図上に記載し、それを基にアプリが作られたが、参加者たちによっていくつもの台帳にないマンホールが発見されている。そのため、次回はそうしたマンホールもアップできるよう、アプリに機能を追加する予定だという。

東京都の下水道台帳。本題とは離れるが、注目したいのは水路敷、つまり暗渠も記載されているということ。水害、地震に関して知る際にも下水道台帳は役に立つわけだアプリの画面。地図上にあるマンホールを撮影して歩く

市民が情報収集、それを解析して解決に導くプラットフォームを

Whole Earth Foundationの森山氏。マンホールという身近なものから世界に広がる技術についてと幅広い話を伺ったWhole Earth Foundationの森山氏。マンホールという身近なものから世界に広がる技術についてと幅広い話を伺った

充実した下水道台帳が作られているところであれば、住民が自らマンホールをチェックし、劣化の可能性を確認しなくても適切な維持管理が行われるだろう。だが、それ以外の下水道台帳未整備の自治体で、同様のイベントが開催されると考えたらどうだろう。自治体が職員に命じて全数調査をするよりも市民がゲームとして写真を撮ってくれるほうが情報は早く集まるだろうし、その情報を整理、地図化していけば下水道台帳が作成できるだけでなく、劣化したマンホールの位置、数なども把握できることになる。

行政にとってライフラインの維持管理はやらなくてはいけないものの、新たに何かを作る仕事とは違い、華々しさとは無縁。それほど前向きになりにくいのは分かるが、日本をはじめ先進国のライフラインの多くは老朽化が進み、これから膨大なコストがかかるようになる。それを少しでも抑えられれば世の中のためにはプラスになる。そのための情報を市民が収集というわけだが、情報収集のみであれば前例はあった。

たとえば、と森山氏が挙げたのはCode for America(街の課題をテクノロジーで解決しようとする団体。世界各地に展開している)が行った消火栓の位置の調査。雪が降ると見えなくなってしまう消火栓を市民が調査し、どこにあるかを地図に落とし、降雪時でも見つけやすくするというものである。

日本でも2014年にCode for Chofuが調布市の総合防災訓練で「調布マッピングパーティ02(AED編)」というイベントを実施、約300人の市民が参加して市内にある自動体外式除細動器(AED)の位置を調査、オープンストリートマップに記載した例がある。このケースではその後、AEDの設置場所を紹介するムービーも作られ、話題になったものである。

また、千葉市は2014年からちばレポ(ちば市民協働レポート)を開始。道路が傷んでいる、公園の遊具が壊れているなどといった市内で起きているさまざまな課題を市民がレポートすることで市民と市役所、市民同士で課題を共有。合理的、効率的に解決することを目指す仕組みがある。

市民が集めた情報から世界レベルのプラットフォームを

「それらと私たちが目指しているものが違うのは情報を収集し、それを解決しておしまいではなく、その先がどうなるかを予測、先手を打つような行動につなげるようなプラットフォームを目指しているという点です」

例として森山氏が挙げたのは、事業提携しているアメリカのシリコンバレーにあるスタートアップFractaが作った物理的な接触を無くして上水道配管の劣化部位を高精度で特定する人工知能ソフトウェア。土壌の性質や雨の量、人口などといった世の中に公開されているデータを組み合わせることで作られているという。

ただ、当初は漏水確率を可視化してツールとして提案してもなかなか受け入れてもらえなかった。そこで、市民と情報を共有し、そこから声を挙げていくことでライフラインを維持管理していく重要性を訴えるというトライアル(Save Water Now Project)を行った。

マンホールについても市民その他の人たちが収集したデータからデータサイエンスに基づくモデルを作ることで日本全体、さらには世界全体のマンホールの劣化を推測するツールが作れるという。

「古いものではコンクリートが使われていることもありますが、マンホールは世界共通で鋳鉄が使われています。マンホールの下を流れている下水の量や、滞留時間、酸性強度などの環境の違いに応じて、マンホール劣化の進行スピードは異なることが推察されます。データを重ねていくことでいずれは台帳がなくてもどこが劣化しやすいか、しているかが判断できるようになります」と、森山氏。

コストカットに始まり、防災、街づくりにも

こうしたプラットフォームを作ることで、最初に目指すのはコストカットだと森山氏。

「たとえば上水道本管の工事は1キロ敷設するのに1億円かかると言われています。工事費用の大きな割合は掘削代が占めており、上水道よりも深い掘削が必要となる下水道の工事は1億円以上のコストがかかることになります。道路工事の際には関係者の間で調整会議を行うことになっていますが、水道と下水道が同じように劣化しているとは限りません。これらがバラバラにではなく、それぞれの劣化度合を重ね合わせることで効果的な交換、維持管理がなされるようになるとしたら、コストの無駄を省くことができます」

ライフライン同士が玉突きのようにトラブルを起こす事態を防ぐこともできる。渋谷でのマンホール聖戦のすぐ後、新宿区、文京区で水道管からの漏水が原因でガス管が破損、ガスが使えなくなる事態が発生したが、あらかじめそれぞれの危険個所が分かっていたら、トラブルには発展しなかったかもしれない。

また、それができるなら、災害時に起こりうるライフラインのダメージを予測、破損しないような手を打つ、破損した際の対応を考えるなどの事前対策もできうるだろう。阪神・淡路大震災以降、防災計画づくりの中では事前復興という、平時から災害が起きたらどう復興をするかを考えて準備しておくという考え方があるが、そのためにもライフラインの現状を複層的に知ることは役立つはずだ。

コストカット、防災、さらにその先にはこれからの街づくりを考える際の基礎的な情報という意味がある。ライフラインは街に欠かせない要素であり、その現状、維持管理の必要性やコスト、今後は街のこれからに大きく関わるからだ。

また、現在は上下水道、ガスが対象となっているが、その上を覆っている道路など、私たちの生活を支えるライフラインにはさらに多くの種類がある。マンホールのように、周辺の交通に気を付ければアプローチできるものばかりではないことを考えると、今回のマンホールのような手法で情報を収集するのは難しいかもしれない。だが、なんらかの手段でそうした複数の、これまで別々に管理されていた情報が蓄積、総合的に解析されていけば、よりよい維持管理、災害対策、街づくりにつながっていくかもしれない。面白いことではないか。

表彰式では親子、家族で参加する楽しさを語ってくれた人もいた。機会があればぜひ表彰式では親子、家族で参加する楽しさを語ってくれた人もいた。機会があればぜひ

さて、最後にマンホール聖戦の次の機会について。今回の実証実験では多くの人たちが自分たちが街の維持管理に一役買えたこと、その意義に共感しており、子どもと一緒に参加する楽しさを実感した人も多かった。次回があればぜひと望む声もあり、都内新宿区、中野区、港区での実証実験が2021年9月19日(日曜日)にスタートする予定となっている。

その後も首都圏近郊での実施が複数計画されているそうで、参加してみたい人はマンホール聖戦のウェブページ
https://www.guardians.city/
から公式LINEへの登録をして情報を得てみてはどうだろう。私も次回は天気などで躊躇することなく、即座に参加するようにしたいと思う。

東京都水道局下水道台帳
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/contractor/d1/daicyo/