2つの「地下室」が浮き彫りにする格差社会

非英語圏の映画として初のアカデミー賞「作品賞」受賞。65年ぶりのアカデミー作品賞・カンヌ最高賞ダブル受賞──。そんなニュース報道で、ほとんどの人がタイトルとあらすじは知っているであろう韓国映画「パラサイト 半地下の家族」。この映画は「地下室」、特にその「トイレ」に着目して見ると、韓国の格差社会や日本との意識の差がより深く分かる映画である。

建築や住宅、それを設計する建築家は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。今回取り上げる「パラサイト」は、「建築家が自邸として設計した豪邸」が舞台の1つである。設計した建築家自体は登場しないものの、この家の特殊さなしには成立しない映画だ。 

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

「パラサイト」は「寄生」の意味で、映画の原題は「寄生虫(キセンチュン)」だ。半地下のアパートで暮らすギウ青年の家族(キム一家)が、IT企業の社長家族(パク一家)の暮らす高台の大豪邸に徐々に寄生していく過程と、その末路を描く。

この映画は2つの「地下室」がカギを握っている。1つは、ギウが家族と暮らす、貧困の象徴としての下町の半地下アパート。もう1つが、高台の大豪邸にある“隠し地下室”だ。大豪邸は、有名な建築家が自邸として設計したもので、IT社長のパクに買い取られたが、パク一家には知らされていない地下室がある。所有者一家は部屋の存在を知らないだけでなく、そこで長い間、何者かが暮らしていることにも気付いていない、という設定である。

韓国では豪邸に“隠し地下室”は普通?

筆者は、映画を見ながらずっと、「地下に人が住んでいることに長い間気付かないことはあり得るのか?」と考え続けていた。内心では「そんなことあるわけないじゃん」と思っていたのである。映画自体はとても面白かったのだが、そのことがすっきりせず、見終わるとすぐにネットで調べた。

まず、韓国の豪邸にこのような隠し地下がよくあるのかについて。手掛かりになるのは、登場人物の中で唯一、地下室の存在を知っていた家政婦のこのセリフ。

「金持ちの家の地下には“北”が攻めてきたときに備えるシェルターや、借金取りが来た時に逃げ込む地下室がよくあるんです」。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

「北」は北朝鮮、「シェルター」は、北朝鮮の核攻撃に備えるシェルターという意味だろう。筆者は日本国内で様々な住宅を取材し、豪邸もけっこう見た。だが、「核シェルターのある家」は一度も目にしたことがない。だから、その知識もない。以下はあくまでネット情報を総合したものだが、こんな状況であるようだ。

韓国ではこれまで国を挙げて公的な核シェルターを整備してきた。国民1人当たりの核シェルター確保率は100%を軽く超える。裕福な人は、自宅に核シェルターを個人で備えるケースも珍しくはない。日本の普及率は0.01%以下で、比較する次元ではない。もっとも、日本でも核シェルターを持つ家は増えてはいるらしい。(参考記事:家庭用「核シェルター」に潜入!設置方法や設備、気になる価格は?

「豪邸に一定期間生活が可能な地下室がある」という前提は、韓国では全く不思議ではないようだ。そうだとして、そこに生活者がいてずっと気付かないということはあり得るのか。カギになるのはトイレだと思う。風呂はなくても、水道があれば水ぶきで何とかなりそうだが、トイレはそうはいかない。いちいち地上に行っていたら家主にばれるし、地下室内で貯留式のトイレを使い続けたら環境が悪化する。

とはいえ、有事のシェルターなので、「水洗式にしてポンプで地上に組み上げて排出」というのは現実的ではない。調べてみると、核シェルターでは基本的に、ビニール袋の中に排泄し、それを薬剤で凝固させて保管する仕組みのようだ。映画の豪邸では家政婦が地下の住人の手助けをしていたので、凝固させた排出物をその家政婦が定期的に屋外に出していたのだろう。豪邸といっても、シェルター内での長い暮らしは「快適」とは程遠そうだ。

ということで、「豪邸の地下室に長い間気付かない住人がいる」という状況は、まんざら絵空事でないことが分かった。

なぜ地下室をつくって安く貸す?

映画の最中、ずっと疑問に思っていたことがもう1つあった。「韓国ではなぜ、わざわざ半地下の賃貸住居をつくって、低家賃で貸すのか」である。

日本の感覚で考えると、地下を掘るのは建設費が高いので、よほどの理由がないと地下のある賃貸住宅はつくらない。地下室は容積率の対象から外れるという緩和ルールがあるため、高さ制限が厳しい敷地では地下をつくるケースもある。その場合も、1階とメゾネットにしてセットで貸すか、広いドライエリアをつくって専用庭があるような状態で貸すかが普通だ。少しでも高い家賃で貸そうと空間構成を考える。この映画のように、居室の壁や窓が直接道路に面しているような劣悪な半地下賃貸はほとんど目にしない。

この点は、映画を見終わった後にネットで調べて、目からウロコだった。最初に知っておけば、もっと深く理解できたのに、と反省もした。なんと、これも理由は北朝鮮なのだ。

分かりやすいのは、東京新聞のこの記事。

「ロケ地となったソウル市マポ区アヒョンドン。(中略)多くの住宅の土台部分に横幅の広い小さな窓が設けられている。いまだ休戦状態にある朝鮮戦争の産物とされる半地下の窓だ。1970年代、朴正熙(パクチョンヒ)大統領の軍事政権が北朝鮮の急襲に備え、住宅新築時に防空壕(ごう)として地下室設置を義務化したのが始まり。80年代、首都一極集中が進んで住宅供給が逼迫(ひっぱく)し、格安の賃貸住宅として急増した」(東京新聞、2020年3月30日付けの記事から引用)

そうか、半地下は「防空壕の整備」という国策だったのか。事業計画上、お得だからという理由ではなく、事業者としては「つくりたくないけれどつくらなければならない」居室だったのだ。

このことを知って、もう1つ、引っかかっていたシーンの謎が解けた。それは映画のオープニング。WiFiの電波が入りにくくなったと半地下の家の中をうろうろするギウと妹のギジョン。トイレの便器の近くで、ギウが「ここだ、(WiFiが)入った!」と叫ぶ。このとき、水洗の便器が人間の目線ほどの高い位置にあるのだ。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

不自然な便器の位置もコストダウンのため

なぜ用を足しづらいこんな高い位置に便器が? 絵的に面白いからか?

冷静に考えると、これも「つくりたくないけれどつくらなければならない居室」ゆえなのだ。どういうことかというと、半地下なので、床の高さに水洗便器を設置すると、ポンプでくみ上げて下水に排水しなければならない。設備の設置費用やその後の電気代などを極力抑えるために、便器を高い位置に上げ、下水に直接排水できるようにしているのだろう。そのシーンを冒頭に持ってくることで、ポン・ジュノ監督は、豪邸との「格差」を強調したのだ。

まだ映画を見ていない人のために、物語のクライマックスにはできるだけ触れないように書いた。映画は文句なく面白いので(結末は好き嫌いが分かれそうだが…)、地下室のシーンではトイレのことを考えながら見てほしい。

■■映画「パラサイト」
劇場公開(日本):2020年1月(韓国公開は2019年)
原題:寄生虫
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、ハン・ジンウォン
出演:主演はソン・ガンホ(キム・ギテク)、チェ・ウシク(キム・ギウ、ギテクの息子)、パク・ソダム(キム・ギジョン、ギテクの娘)、イ・ソンギュン(パク・ドンイク)、チョ・ヨジョン(ヨンギョ、パクの妻)、ほか
132分/韓国

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