コロナ禍が続く中、見直される鉄道の役割
2021年の年明けから3度目の厳重なロックダウンとなった英国。2月中旬(執筆時)の今も生活必需品を売る店以外はクローズしている。コロナワクチンの接種が昨年12月から始まり、すでに1,500万人が1回目の予防注射を受けた。こういった状況の中、英国は何十年も前に廃線にした2つの鉄道路線の復活を決めた。コロナ禍における郊外への移住ブームが後押しした形となったが、路線復活は移住者の利便性のみならず、英国が実現を目指す低炭素社会においても重要な役割を担うことになる。
リモートワークに伴う移住で不動産価格が上昇中
昨春から広く行われているリモートワークは、すでに恒常的な働き方として定着。物価も家の値段も高い都心に住み続ける必要はない、と郊外への移住を決める人は増え続けている。最初のロックダウン時には、ロンドンから特急で1時間程度の郊外へという移住パターンが多かった。しかしコロナ禍が長引くにつれ、雇用主がコロナ収束後もリモートワークを正式な労働契約とすることを認めたり、リモート日と出社日を組み合わせた柔軟な勤務形態を社員に提示しはじめ、移住の動きは地方都市とその周辺へも広がり始めた。
政府がコロナ経済対策の一環として行った「不動産購入時にかかる税金の減免または免除期間」は間もなく終わる。しかし、ブームは一向に収まる気配がなく売り手市場となっていて、昨年一年で売り家の全国平均価格は3.5%上昇した。2016年以来の高い率だ。そこにはコロナ禍前にはまったく人気がなかった地方まで含まれる。最も高かったのはマンチェスター周辺で5%を超えたが、ロンドンのほうは2.7%しか価格が上がっていない。
都会脱出組は、カントリーサイドに大きな庭付きの古い一軒家を手に入れ、庭の一角に仕事部屋となる小屋を作るのが理想だ。「通勤」は庭を横切るだけ。しかし都市とのつながりを完全に断つつもりはないようで、人気はやはり最寄りの大きな都市まで電車一本で行かれる公共交通の便が良いエリアだ。英国では2035年までにガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車の新車発売が禁止されることもあり、マイカーだけが頼りの地域には住みたくないという傾向もある。
廃線復活の背景に低炭素化とコロナ禍によるワークライフスタイルの変化
このような動向が明らかになってきて迎えた新年、英国政府は、何十年も前に廃線となった2つの路線復活のための予算計上を発表した。低炭素社会を目指す英国政府は、鉄道の効果的な再運用について数年前から検討を進めていた。そこには廃線ルートを復活させる計画も含まれていたのだが、進展は遅かった。それが、コロナ禍の経済打撃から立ち直るための雇用創出機会とみなされたこと、そしてリモートワーク移住によって人口の地方分散が期待できることなどが追い風となって急に話は現実味を増した。復活の発表と同時に、路線周辺の地名で売り物件の検索をする人が急増し、デベロッパーも新たな住宅を建てるための土地を確保しようとしている。
今回、予算配分を受けたのは2つのルートだ。一つ目は北東イングランドを走るノーザンバランド・ライン。産業革命の牽引役であり、ビクトリア時代の重工業中心地のひとつでもあったニューカッスルと、炭鉱で栄えた町アッシントンを結ぶ約30kmの路線が復活となる。すでに獲得していた予算が拡大された形だが、これで廃線後に売却された土地を買い戻し、来年6月には工事がスタートできることになった。望まれていた2024年の開通も実現しそうだ。ニューカッスルは北東の経済再活性化の要となる都市だ。路線上ではないが日産のサンダーランド製造拠点も20km圏内にある。製造業はリモートワークではできないものの、緑に囲まれた周辺の町や村が公共交通でつながることで通勤組とリモート組両方の移住が増加し、広い範囲に活気がよみがえることが期待されている。
話題を呼ぶイースト・ウェスト・レイルの復活
2つ目の復活路線には話題が多い。それは、世界的に有名な大学があるオクスフォードとケンブリッジの間をつなぐイースト・ウェスト・レイルだ。現状では、公共交通を使うと大変遠回りになるため車での移動に頼らざるを得ないが、東西に107km離れた2つの大学タウンは60年代末まで列車でダイレクトに行き来することができた。第二次世界大戦時に敵国の暗号を解読した機密基地「ステーション X (ステーション・テン)」で知られるブレッチリー・パークは、この路線の真ん中にある。そして両端には、ケンブリッジ・サイエンスパークと、科学イノベーションハブであるオクスフォード大ハーウェルキャンパスがそびえ立つ。後者はヨーロッパ最大規模のサイエンスパークだ。敷地内では今、製薬会社アストラゼネカがコロナワクチン需要を満たすためのスーパーファクトリーを突貫工事で建てている。
2つのサイエンスパークを含め、サスティナブルな社会を実現するための研究や開発、イノベーションに関わる施設が集う巨大なクラスターを作ろうという政府主導の計画「ケンブリッジーオクスフォード・アーク」は、コロナ禍前に立ち上がっていた。アークを横切る廃線の復活は、同じように大量の雇用創出となる新たな高速道路建設よりもずっと環境に負荷が低くこの計画に適している。アフターコロナの経済再建にぴったりなグリーン・インフラになるだろう。今回の予算配分によって、まずはオクスフォードとブレッチリー間が2025年までに開通できることになり、そこから2030年の全線復活を目指すことになる。
グリーン産業革命で鉄道が再び活躍
実は、都会を脱出できる買い手の多くはスムーズにリモートワークに移行でき収入にも影響がなかったか、Eコマースなどでかえって儲かったという人々だ。彼らがカントリーサイドの大きな家を売り手の言い値で購入していることは、明らかに不動産価格の高騰につながっている。「何らかの制限をしなければ、中低所得者が買える物件は減るばかりだ」という批判もある。しかしこの層がどんどん高額な買い物をし、かつ税金を納め続けてくれることは「失業率も倒産率も上がるばかりの英国経済がなんとかコロナ収束まで生き延びるためには必要だ」という見方が強い。
19世紀に世界で初めて蒸気機関車を走らせた英国は、1960年代に大規模な鉄道網の縮小政策を行い8,000kmに及ぶルートを廃線にした。国土の南北を幹線で結び、できるだけ早い列車を走らせることが重要視され、地元のコミュニティーを結んでいた支線や小さな駅は容赦なく切り捨てられたのだった。今回、2ルートでの廃線復活が成功すればパイロットケースとして他線の復活にもつながるだろう。産業革命の頃には鉄道でつながり繁栄していた地方の市町村が、新たに「グリーン産業革命」と名付けられた英国政府のコロナ復興イニシアティブによって再び鉄道を呼び戻そうとしている。誰も予期できなかったコロナ禍は、その後押しに一役買っているようだ。
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