仲のよい大家族が暮らす2軒のパッシブ住宅

右が2006年に建設されたN邸(街弁I)、その左隣には、2014年に新築されたE邸。どちらも南雄三氏の基本設計によるパッシブ住宅だ右が2006年に建設されたN邸(街弁I)、その左隣には、2014年に新築されたE邸。どちらも南雄三氏の基本設計によるパッシブ住宅だ

横浜・戸部本町に2軒並んだパッシブデザインの住宅がある。1軒は、お弁当屋さん兼住宅のN邸。その隣にはNさんの娘さん御夫婦と子ども2人が暮らすE邸は、わずか10坪の狭小パッシブ住宅だ。

いずれも、断熱・気密化技術に精通し住宅技術ジャーナリストとして活躍する南雄三氏が基本設計を行い、杉坂建築事務所が実施設計と工事を担当した住宅だ。「街弁I」と名づけられ2006年に完成したN邸は、お弁当屋さんでありながら太陽光と風を最大限に活用し、快適な温度環境を実現。隣に2014年に完成したE邸も、冷暖房機器を最小に絞り込み、自然の恵みで暮らしやすい住居環境を整える。

今回は、店舗併設住宅と狭小住宅、それぞれ異なる特徴をもったパッシブ住居に伺ってその住み心地を聞いてきた。

住居のみならず、店舗まで暑さ・寒さから開放された家

「街弁I」と名付けられたN邸は、2006年に建設されたお弁当屋さんとNさんご家族(ご両親+次女)の3名が暮らす住宅。建て替え前のお店部分は商店として日用雑貨を揃えながら、その一角でお弁当をつくり販売していたという。しかし、娘の千晶さんの提案で、お店を本格的なお弁当屋さんに変えることに。お店形態の変更を契機に住まい部分も含めて建物全体を建て替えることになった。

千晶さんが建て替えについて情報を入手しようと、本屋で手にしたのが南氏の著書だったという。

「南さんの本には、自然の太陽や風を利用した家づくりが書かれていました。私はまったく住宅の知識がなかったのですが、本を読んでとても感銘を受け『家を建ててもらうなら、絶対この方に!』と強く思いました。そこで、メールや電話で南さんにコンタクトをとりました。当時はまだ南さんも個人の住宅の設計などは手がけていらっしゃらなくて、突然のお願いに驚かれていましたが、そこまで言うのなら……と、この家づくりを引き受けてくださったのです」(千晶さん)

特に千晶さん家族から、新築の家に対して希望を出すことはなく、南氏にお任せする形で建設がはじまった。

「新築の家ができるのを家族みんなでわくわくしながら待ってましたね。出来上がった時は外見からして感動そのもの。一歩家の中に踏み入れてまた感動の素晴らしい出来栄えでした」(千晶さん)

新しいN邸は、十分な断熱性・気密性をもち、大きな窓をもったパッシブ・ソーラー・デザインで夏は家の中に風がながれ、冬は部屋の奥にまで陽が差し込むつくりだ。お店ののれんをくぐると、おしゃれな空間にお弁当が並び、その奥が対面式の厨房となる。厨房の上部は吹き抜けで、ファンがとりつけられた小屋根がみえる。大きな窓からは陽の光が降り注ぎ、電灯をつけなくても調理ができるほど明るい。厨房の奥は家族のための居間で、大きな掘りごたつが設置されている。1階はこのほかに風呂、トイレなどの水周りを集約したつくりだ。2階に、ご両親の部屋と千晶さんの部屋。個室ではなく、ゆるやかな形でつながっているコの字形の開放感ある間取りが特徴だ。壁面でしきられるような仕様で、プライベートの確保もできる。

冷暖房機器としてあるのは蓄熱土間の床暖房と居間の掘りごたつ、そして2階に設置された冷房用のエアコン1台のみだ。これで火を扱う調理場の熱気というものも気にならないほどの快適さを実現しているという。

お話を伺ったみなさん。「街弁」の看板すぐ横に建つのが南氏に直談判に行った千晶さん。その両脇にご両親。黄色のエプロンと左端に立つのがお隣の狭小パッシブに住むいづるさんファミリー。青いエプロン姿のNさんの三女千佳さんとそのお子さんのお二人もお弁当屋さんを手伝いにくる。仲のよい大家族だ。お話を伺ったみなさん。「街弁」の看板すぐ横に建つのが南氏に直談判に行った千晶さん。その両脇にご両親。黄色のエプロンと左端に立つのがお隣の狭小パッシブに住むいづるさんファミリー。青いエプロン姿のNさんの三女千佳さんとそのお子さんのお二人もお弁当屋さんを手伝いにくる。仲のよい大家族だ。

厨房の暑さとの戦いも、自然の風を最大限に生かして解決

N邸の厨房。厨房の小さな土間床には床暖房が備えられているが、エアコンなどは使用せずそれだけで冬を過ごせるN邸の厨房。厨房の小さな土間床には床暖房が備えられているが、エアコンなどは使用せずそれだけで冬を過ごせる

「以前の厨房はとにかく狭く、夏になれば汗がダラダラと流れ、とにかく暑くて仕方がありませんでした。それが、いまは猛暑の時期以外は、居間の地窓と天井の小屋根の窓を開け、ファンをまわせば大抵涼しく過ごせます。真夏で湿度の高い日は2階のエアコンをまわしますが、夕方にはそれを切っても涼しさが保たれ、朝まで冷房をつけなくとも快適なまま眠ることもできます」(千晶さん)

そして驚くのは、冬はエアコンなどを入れたことがないということだ。厨房の床暖房だけで暖かく、仕事を終えた後は、寒い日は掘りごたつで暖をとるのみ。
「ですが全然寒くありません。この家に住むようになってから温度計を見るのが習慣になりましたが、冬の朝でも15℃を下回ることはひと冬で一回くらいあるかないかです」(千晶さん)

お母さんもその暖かさは自慢のようだ。

「前の家は、朝起きるのが辛かったのに、いまはまったくそんなことはありません。布団から出てトイレに行くのも寒さでおっくうになるということがなくなりました。居間には冬だとほとんど部屋全体に陽が入ってくるので、暖房の必要がありません」(お母さんの敬子さん)

住まいの健康度を評価する「健康チェックリスト」(http://www.ibec.or.jp/CASBEE/casbee_health/index_health.htm)の結果をみても、その快適さは明らかだ。100軒中、なんとNさん親子の評価は8位、9位、10位とかなり上位に入っている。

快適さは体感するばかりでなく、光熱費にも現れている。以前は月々電気代に5万円、ガス代に2万円(弁当づくりも含む)がかかっていたというが、現在はオール電化に切り替え、5万円でまかなえるという。つまり2万円分は月々削減できている計算だ。東日本大震災以前の電気代が上がる前にはそれこそ、月々3.2万円の電気代で済んでいたという。

狭小という難しい制約も乗り越えた狭小パッシブ

敷地10坪のE邸。階段からキッチン、居間を覗く様子。広々としたキッチンの後ろの階段側面はたっぷりとした収納に。居間は朝鮮貼りを採用しここも貴重な収納スペースとなる敷地10坪のE邸。階段からキッチン、居間を覗く様子。広々としたキッチンの後ろの階段側面はたっぷりとした収納に。居間は朝鮮貼りを採用しここも貴重な収納スペースとなる

一方、N邸の隣に建つE邸は、10坪の敷地に4人家族(ご夫婦+大学生の息子さん2人)が暮らす狭小パッシブ住宅だ。Nさんの長女・いづるさんがこの地に家を建てることを決めたが、隣の実家の快適さを見ていてやはりどうしても南氏に設計をとお願いした住宅だという。

「ただし、私の家は敷地が10坪とパッシブ住宅としてはかなり厳しい条件。南さんとの打ち合わせの際にも、『お風呂は銭湯に行ったら?』『キッチンは隣の立派な厨房を借りてこちらはミニキッチンにしたら?』と冗談交じりにおっしゃっていましたが、出来上がってみたら、十分な広さのキッチンに、十分な広さのあるバスルームを備えた快適で素晴らしい家になりました」(いづるさん)

E邸は玄関を入るとすぐに土間とキッチンが出現する。1.2階で18坪の小さな家ながら、十分な広さのシステムキッチンが並ぶ。背後にある階段を収納にしているため、まったく狭さを感じさせない。階段収納で面積を稼いだ分、上部は大きく吹き抜けに。大きな窓から冬には土間にたっぷりと陽が差し込む。

キッチンと向かい合うように茶の間があるが、ここは朝鮮貼りの床を使い床下も貴重な収納場所に。茶の間の端には床下に暖房用のエアコンを設置。これが唯一この家での暖房器具で床下を通り、全室を暖めるしくみだ。基本暖房は太陽と考え、補助として暖房器具を設置している。

「ちなみに、この暖房器具の上にはシーランチベッドをつくってくださって、家族がいつも寝っ転がっているくつろぎの空間にもしてくれました」(いづるさん)

2階は、ご夫婦の寝室と子ども部屋という間取り。子ども部屋をそれぞれ分けてつくると3畳が限界だったため、少しでも広く使えるよう机を2つおく共用部分を設け、その上にそれぞれの空中ベッドを設置。机はベッドに向かう階段部分を利用しているため、スペースに無駄がない。狭小といえども吹き抜けがあることから、2階の子ども部屋とご夫婦の寝室も太陽の光が届き、明るく、暖かい。冷房は2階のトイレ上に設置して各部屋に配るしくみだ。
ちなみに、ご夫婦の寝室からは、吹き抜けの窓を通して近隣にある桜の大木が見渡せる。桜の季節には借景が楽しめる粋な計らいもある。

「この家の前にはアパートで暮らしていたので、冬場の寒さは堪えました。いまはパジャマで家の中を歩いていても寒さを感じることはありません。また、この家の動線にも感激しています。主人と子ども二人が剣道をしているのですが、以前は稽古帰りの汗臭い道着を持ち帰り家中にその匂いが充満するのが気になっていました。その話をチラリと南さんにお話したら、玄関入口の土間を一直線に通って、洗濯機、物干し場に直行できる間取りにしてくれました。特に要望という形でお話した訳でもないのに、この間取りを考えてくださったのには本当に感謝しています」(いづるさん)

思わず、「温度・湿度」を自慢したくなる家

玄関を入るとキッチンの土間を通り、一直線で洗濯機、外の物干し場へとつながる。汗臭い道着も洗濯→物干しへと直行できる玄関を入るとキッチンの土間を通り、一直線で洗濯機、外の物干し場へとつながる。汗臭い道着も洗濯→物干しへと直行できる

以前は、実家の人々が新築を機に温度や湿度を気にし、事あるごとに口にする姿をみて「また言っている」となかば呆れていたといういづるさん。しかし、パッシブ住宅に住んでみると「温度や湿度」を自慢げに語る自分がいて思わず笑ってしまうそうだ。それほど、住居の快適性を感じ、それが誇らしくなるのだという。

店舗併用住宅、狭小住宅とそれぞれに異なるポイントがありながら、見事にパッシブ住宅として快適な住居となったN邸とE邸。N邸の新築時には、南氏は家の設計ばかりでなく、法政大学の生徒達と協働でお店のプロデュースまで考えてくれたという。「街弁」というネーミングやお店のロゴはおろか、イベントの開催計画と集客まで。家づくりはそこに住む人々の生活まで受け負うことと言われるが、まさに血の通った、暖かい家づくりに感動する。

取材の日、実はお弁当をいただいたのだが、これがチェーン店やコンビニでは味わえない、本当に優しく手の込んだお弁当で驚いてしまった。きっと過ごしやすい厨房で、心地よく調理ができる環境だからこそ、商品のお弁当にもそれが現れるのかもしれない。

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