LGBTQの人権と住まいの問題を学術的に発表
2023年6月に「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」、いわゆるLGBT理解増進法が制定された。それに伴い、性的マイノリティ当事者への人権擁護の働きかけが、官民さまざまな分野で加速している。
住まい領域でも、LGBTQ(※)アライ(性的マイノリティの人々を理解し、支援する人のこと)を表明する不動産会社や同性カップルにも範囲を広めたペアローンを扱う銀行など、事業として展開する企業も増えている。しかし、増えているということは未だニーズがあり、LGBTQ当事者が規範のとおりに手続きを踏めない、不利益を被るといった課題は解消されていないといえる。
LGBTQ当事者の住まいの課題に関して、追手門学院大学 地域創造学部教授葛西リサ氏は、学術的に研究・解析を進めている。2023年に発表した『セクシュアルマイノリティの住宅問題―「誰と住むかは私が決める」ことができる社会の実現に向けて―』に続き、当事者および周辺を調査した氏の最新の論文『多様な性を受容する住宅市場の再構築―LGBTQ+の住まいの権利の保障に向けて―』が2025年3月に上梓された。
LGBTQの住まいの問題がなぜ生じているのか、本研究を通じて得た葛西氏の見解と考察を尋ねる。
※ LGBTQ=セクシュアルマイノリティの総称の一つ。L(レズビアン:女性同性愛者)・G(ゲイ:男性同性愛者)・B(バイセクシュアル:両性愛者)・T(トランスジェンダー:体の性と心の性が一致しない人)・Q(クエスチョニング:性自認や性的指向が定まっていない人、その他のセクシュアルマイノリティ)を表す。本記事では、あらゆるセクシュアルマイノリティの方が含まれる総称を「LGBTQ」とし、便宜上表記を統一している。
先行研究がない分野に踏み込んだLGBTQと住まいの調査
社会的弱者の住宅研究の中でも、日本におけるLGBTQの住まいにフォーカスしたのは、本研究が初ともいえる。
これまで明るみに出ていなかったこの課題に着目した理由を、葛西氏はこう語る。
「LGBTQの当事者を取り巻く課題の一番の難しさは“声を上げられない”ことだといいます。それにより問題が可視化されず、問題解決のトピックにも挙げられにくい、というのを耳にして『じゃあやってみよう』と思ったのが一番の理由でした。研究を始めるにあたり、先行研究を探してみたのですが、LGBTQ活動家や支援団体、地方議員が見聞きしたものはあったものの、住宅政策、居住福祉の観点での学術的な論文はほぼありませんでした。『ならば、なおのこと研究の余地がある』とスタートしたのがきっかけです」
それ以前はシングルマザーの居住研究を行っていた葛西氏。研究が落ち着いた2020年頃にLGBTQの居住問題を取り上げ、コロナ禍真っ最中の翌年2021年~2023年にかけて、ゼミ生とともにLGBTQの住まいの調査を実施。国土交通省 国土技術政策総合研究所の長谷川 洋氏と研究を重ねた。
調査を進めるにつれて、社会的弱者の居住問題といえども、福祉の領域に住宅が含まれていたシングルマザーとは異なり、LGBTQと住まいの問題は背景が複雑であることを感じたという。
「シングルマザーの場合は“低収入に対して家賃補助を出す”といったように、課題に対してわかりやすい解決策を提案することができましたが、LGBTQの場合は異なりました。というのも、ヒアリングの声からは蔑視と受け取れる待遇など、非当事者からの差別心によって傷ついていることが明らかになったのです。人の考えを変える、つまり差別をなくす方法を提案することは非常に難しいと実感しました」
調査方法は、当事者へ一人ひとりにインタビューを実施し、設問への回答と論文に対するフィードバックを行うというもの。なかでも細心の注意を充てたのがプライバシーへの配慮だったそうだ。
「調査の意義に共感して協力してくださった当事者の方々の中には、周りの人にカミングアウトしていない方もいました。他のジャンルの調査では併記してもらう居住地などの個人情報も、調査対象者が特定されないよう明記をしない、といった対応をしました」
また、葛西氏は本研究で、当事者の声だけでなく、LGBTQにフォーカスしてサービスを展開する不動産関連企業への調査も行っている。居住と深く関係する不動産の特質性にも触れた。
「一般的な商店での売買とは異なり、不動産は不動産仲介会社・不動産管理会社・オーナー付きの管理会社社員・不動産オーナー・家賃保証会社・制度補助を受けるなら行政職員…と、たくさんのアクターが介在します。しかも全員が高度なプライバシーを扱う。その人たちすべてに、性的マイノリティに対するリテラシーを上げることの難しさに気づかされました」
不動産業界の偏見や差別について当初課題感を持っていたという葛西氏。しかし、調査を進めていくにしたがって、法的な枠組みと不動産の関係が課題の根本にあることを知ったという。論文の中で目を引く“相続”についてだ。
「福岡市を拠点にLGBTQへの住宅サービスを展開する三好不動産へのヒアリングで『“賃貸借契約が同居者に相続されない”という法的な決まりが問題なのかもしれない』という話が出てきました。それを聞いたときに、不動産業界全体がLGBTQの人たちを受け入れにくいのは、そこにあるのだと腑に落ちましたね。それを機に、不動産の取り扱いや相続などの法律的な側面からも、専門家の力を借りて解釈する必要性を感じました」
同性カップルが直面する賃貸住宅の壁と光明となる“人”への想い
賃貸で暮らす同性カップルのすべてのケースで共通していたのが、“同性カップルで住宅を借りることは難しいと自覚していた”という回答だ。部屋探しに関してあまりポジティブでない印象が感じられる。同性カップルの多くは、部屋探しで苦労することを知りながら臨んでいるということだろうか。
「同性愛自体が社会では“主流ではない存在”であり、その二人が初めて住宅を借りるというのはきっと大変だろう、という認識が多くの回答者の中にありました。そして、実際に体験したら想像以上だったというお話が多かったです」
1回目に実施した調査では、設問の一つ「住宅を探すときに断られましたか?」の問いに、「断られた」と回答したのはおよそ1割だったとのこと。思っていたよりも低い数値に驚いた葛西氏だったが、今回の調査では、仲介業者に断られたわけではないという認識だったことが話を通じてわかった。
「これは設問と実態が伴っていなかった例でもあるのですが…実際は大家や管理会社から入居を断られているものの、仲介会社の担当者が断られてもめげずに何軒も提案してくれたことに感謝する声が多く上がりました。そのため、『断られた』という判断が難しかったのだと思います。併せて、『レインボーフラッグを掲げているようなアライの不動産会社に頼みたいか』と尋ねたら、『会社ではなく、その“人”に頼みたいです』といった回答をはじめ、担当者が尽力してくれたことを評価する人は多かったです」
LGBTQアライを表明する企業のブランド力も大事だが、目の前の顧客を大切にする人の力が信頼につながることを感じさせる。“借りる”という壁の高さがあるからこそ、協力しようとしてくれる人へより厚く謝意を感じるのかもしれない。
「LGBTQ当事者のすべてを救うのは難しいですが、建物の権利を大家が保有する賃貸物件では、不動産業界の方たちの理解を得て“どういう方法であれば問題をクリアできるか”を探ることができると思います。成功事例をつくり、そこから汎用性を高められたらいいですよね」
一人ひとり個別の事情をおもんぱかることのできる賃貸物件では、成約までに不動産会社の手腕が大きく作用する。余白がある分野への期待が高まる。
婚姻の不平等から生じる同性カップルの住宅購入の実態
ついのすみかとして自宅を所有したいと望む人は、ジェンダーにかかわらず多いもの。共働き世帯も増え、住宅購入の際に登記を共同名義にしたり、住宅ローンの借り入れをペアローンにしたりといった夫婦も多いのではないだろうか。しかし同性カップルの場合は、夫婦と同様にはいかない。購入にあたる書類にも“条件”が存在するのだ。
「パートナーと共同でローンを組むのにパートナーとの間柄を示す書類が必須です。申し込み用の公正証書の作成に30~40万円、さらに作成に伴う手間、細かい審査を要します。『二人で共有財産を作るんだ!』と強い意志がない限りは、かなり面倒なのです。また、どちらか一方の名義で購入した場合には、『パートナーに相続させてあげられないかもしれない』『(主権者のパートナーが亡くなったら)高齢期に行き場をなくすかもしれない』そういった漠然とした心配を抱えていらっしゃる方が多くいました」
婚姻とは異なり、たとえ長年同居していたとしても、同性カップルに財産の相続権は発生せず、血縁者に相続される。場合によっては絶縁した家族に財産が相続されることもあり、遺された家族が住み続けられる権利が脅かされているのだ。
「司法書士会へのインタビューでは、共同名義で住宅を購入しても片方が亡くなって、遺留分を求められ現金化できる資産がない場合、支払いのため家を売って出ていかなければならないおそれもありうる、とのことでした。同性カップルを容認する風潮が広まっていき、法律より実態が先に動くことになれば、問題はより大きくなると思います。『法律的な問題を是正するには同性婚が必要だが、いつになるのか』という当事者の切ない声が寄せられました」
同性カップルの住まいの問題には、婚姻の不平等から生じる法律的な問題が背景にあることが、調査によって明らかとなった。葛西氏はさらに続ける。
「それを解消するにはやはり同性婚しかないのかなと思います。ですが、法律を改定して制度を作るには時間を要します。待っているだけでは、今目の前で苦しんでいる人に対して、何もしてあげられないもどかしさがあります」
そう語る葛西氏の口調は鈍かった。
契約や相続だけでなく、建築分野にも課題が見受けられた。
住宅を建築するにあたり、自分たちの理想の間取りを伝えられないという不自由もあったのだ。
「注文住宅を希望していたあるカップルは、子どもを設ける予定だったので子ども部屋が欲しい、寝室は1つでいい、などの希望があったそうです。にもかかわらず、関係性をカミングアウトすることになるので施工業者に伝えられなかったと。結局、後に別業者にリノベーションを頼む予定とのことでしたが、二度手間なうえ追加で工賃がかかっています。不利益が生じてしまうのです」
“同性カップル”ということだけで、心労のみならず手間や金銭まで余計にかかるのは、住まいの選択の不平等といえるのではないだろうか。
パートナーシップ制度はLGBTQの住居問題解決につながるか?
2015年に日本で初めて渋谷区と世田谷区で同時にスタートした同性パートナーシップ制度。公益社団法人Marriage For All Japanによると、2020年以降、制度を導入した自治体が急増し、2025年1月現在、パートナーシップ制度を取り入れている自治体数は484に上る。
パートナーシップ制度を運用している一部の自治体では、申請が受理された同性カップルの公営住宅への入居を認めているなど、当事者の住まいの確保にもつながっているようだ。
葛西氏の調査にはパートナーシップ制度へのヒアリング結果も記載されている。
「パートナーシップ制度に関して当事者からは、『ほとんど使えない』『保険の受取人指定など、具体的な目的がないと取る必要を感じない』という感想も聞かれました。ただ中には、パートナーシップ制度を導入している自治体やLGBTQの課題に取り組む議員がいる自治体は、安心感が違う、との回答もありました」
LGBTQの居住問題を、当事者をはじめ、不動産会社、不動産ポータルサイト、自治体、支援団体、そして法律家と、多角的に調査してきた葛西氏。問題に取り組む側の在り方についても最後にこう触れた。
「支援団体の方は、『いくら居場所や相談所をつくっても、ちょっとした言動で傷つけられたり、安心できないと感じたりする場所に、LGBTQ当事者は来ない』とおっしゃっていました。安心してもらい、信頼関係を結べることが重要だと考えます。LGBTQ対応に熱が上がっている昨今ですが、“やっておいたほうがいい”と流行りに乗って動くトップダウンでは、自治体・不動産業界ともに現場に理念は浸透しません。むしろ、当事者を傷つけることになります。LGBTQの問題を広く学べる機会が必要なのかもしれません」
今回のトピックは同性カップルにフォーカスされていたが、一人で生きていくことを決めたLGBTQの人も少なくないだろう。同性婚を整備したところで、その人たちが抱える居住問題は何も解決しない。「LGBTQの住まいの問題に目を配る点はまだ多いと思っています」と葛西氏は語った。
人の幸福を築く住まい。幸せな住まいを探求する権利も平等に
2025年3月25日、大阪高裁にて、同性同士の婚姻が認められていない現状は、「個人の尊厳」に立脚した婚姻制度を求める憲法24条2項と「法の下の平等」を求めた14条1項に違反すると判断。
2024年12月13日の福岡高裁同種公訴の判決に続いて違憲判決が下されたことで、すべての国民が法的に家庭を築き、幸せを追求する権利について改めて考えるタームにきているといえる。
LGBTQの居住問題において、当事者への差別的な対応や認識不足だけでなく、不動産・相続・法律が深く関わっていること、そして、それによって見えない脅威に怯えている人が確かにいることが、葛西氏の研究で明らかとなった。
ある住宅研究では、“自分の住まいを良くすることは、自分の人生を良くすることにつながる”といった見解も示されている。その人らしく、その家族らしく幸せに暮らせる住まいを得ることが一部の人には困難となってしまっている今、幸せへの平等が法的に守られる日がいち早く訪れることが望まれる。
今回お話を伺った方
葛西リサ(くずにし・りさ)
神戸大学 自然科学研究科 地球環境科学 博士課程修了。2020年より追手門学院大学地域創造学部に勤務、2025年4月より教授を務め、ひとり親、DV被害者、性的マイノリティ、高齢者等の住宅政策、居住福祉、家族福祉を専門に研究を進める。近著には、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)、『住まい+ケアを考える: シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ』(西山夘三記念すまい・まちづくり文庫)などがある。
■葛西リサのページ
https://kuzunishilisakenkyu.wordpress.com/
■『多様な性を受容する住宅市場の再構築ーLGBTQ+住まいの権利の保障に向けてー』
葛西リサ、長谷川洋 著
(住総研研究論文集・実践研究報告集 51 (1),p83-94,2025-03-31、一般財団法人 住総研)
公開日:2025年3月31日
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
※LIFULLでは、セクシュアルマイノリティを表す総称としてLGBTQを用いています。
公開日:
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