身体に障害のある人が一人暮らしをするために
「車いすが必須なほどの身体障害のある人が一人暮らしをする」――身近で身体障害者の日常を見たことがない方は驚かれるかもしれない。
施設や病院、親と一緒に住む実家といった環境では得られない、自分らしくいられる空間で生活をしたい。そう望む障害者の方々が多くいる。ヘルパーさんの介助を得ながら、いかにして自立した暮らしを叶えるのか。障害者を取り巻く住まいの課題として、いったいどんな問題があるのだろうか。
今回は障害者の自立生活を支援するNPO法人・STEPえどがわの事務局長であり、ご自身も車いすユーザーである土屋峰和さんにお話を伺った。
障害者の住まい探しはすべて本人が自力で行っている
――身体障害者の方の自立した生活に際して、どんな場所に住んでいらっしゃるのか、住まいの仕様について教えてください。やはり施設のように設備が整った場所なのでしょうか?
土屋さん:バリアフリーのマンションか、一般的な賃貸物件をバリアフリー化して住んでいる場合がほとんどですね。
――普通の賃貸物件とは意外でした。そうした物件を自治体で斡旋をしていたり、障害者向けのネットワークで紹介されていたりするのですか?
土屋さん:自治体や福祉窓口で紹介というケースは、あまり聞きません。ですので、障害者は地道に不動産会社を訪ねたり、インターネットで「これならいけるかも」と目星をつけて内見を申し込んだりしています。そのため、時間がかかるんですよね。
不動産会社を何件も回ったり、1件伺うにも物件をいくつも見繕ったりする必要があります。しかも、不動産会社さんの理解がどれだけあるかによっても時間のかかり具合が違ってきます。
また、賃料が安いのでURや都営住宅を選ぶ方もいらっしゃいますが、これはかなり倍率が高いという難しさがあります。
STEPえどがわでお部屋を紹介する、といったことはしていません。あくまでお部屋を探すお手伝いをしています。お部屋を探したい当事者の方に、どういう希望があって、どういうふうにすれば車いすで生活できるかを私たちがお話をしたうえで、その方自身に不動産会社に行ってもらい、探します。場合によっては、同行してサポートすることもあります。
自立をするためにはご自身で決めることが大切で、私たちには「障害者が自分で探していく力を伸ばしたい、サポートしたい」という思いがあります。そのため、こちらから何かを教えたり、与えたりするのではなく、当事者から「こういうのがいいな」「こういうふうにしたいな」というご希望をお聞きしたうえで、ご自身で選んでもらうようにしています。
増えない物件数に賃料や初期費用の高さ…選択肢が狭められる現状
――先ほど住まいの選択肢にバリアフリーマンションが挙げられていました。STEPえどがわ設立の経緯にも、「周辺にバリアフリーマンションが建設された」という記載を拝見したのですが、設立当初からその後バリアフリーマンションの数に変化はありますか?
土屋さん:STEPえどがわでは江戸川区を中心に支援を行っていて、瑞江と篠崎にバリアフリーマンションがあるのは設立の大きな背景になっています。しかし、そうしたマンションはその後増えている様子はありません。
とはいえ、近年建設されるマンションは段差があまりなくて、それをバリアフリーとうたっていないだけかもしれませんね。ただ、バリアフリーマンションには賃料が高いという問題があります。賃料がネックで選べなくなる、選択肢が減るというのはつらいですね。
――お部屋探しは不動産会社に出向いたり、ネットで探したりということでしたが、探す際にどんなところにポイントを置いているんでしょう?
土屋さん:車いすでいうと、まずはお部屋に入れないと意味がないので、その点はしっかりと見る必要があります。また賃貸ですと、大家さんや不動産会社さんに理解がないと、出るときの原状復帰もしないといけないので改装もあまりできません。
そのため、なるべく改装をしないで入居できる物件が理想です。手を入れるにしても、傷をつけるような大がかりな改装はできないので、そこは難しいですね。どこまで改装させてもらえるのか、大家さんや不動産会社さん次第というのはあります。
――改装というと、具体的にどんな改装をするのでしょうか?
土屋さん:一番多いのはリフターですね。障害者は、お風呂場やトイレに自分で移ることができないので必要になります。傷をつけない機種もありますが、それが使う人に合うかどうかはまた別問題です。
他には、手すりや洗面台です。洗面台は足が入らないといけないので、シンク下が物入れになっていると使えません。そうした車いす生活に適したものを、自分で手配して設置することになります。ですが、福祉機器はどれも高いんです。そのため、費用に関しては、各自治体の住宅改修申請や補助金をうまく組み合わせて、なるべく自己負担が少なくなるようにする必要があります。レンタルという手もありますが、レンタルの介護用機器はお年寄り向けが多いので、自分に合ったものを選ぶとなると難しいのです。
――初期費用の何倍もかかってしまいかねませんね……。かなり特殊な設備なので、改修可能な物件の数も限られているような気もしますが。
土屋さん:そうなんです。よく「どこかいい物件ありませんか?」と聞かれることもあって、スタッフが知っている範囲の口コミで、バリアフリーマンションなどをお伝えすることはできます。ですが、それ以外の情報がないのが現状です。
また、そうした障害者にやさしい物件に詳しい不動産会社の情報も集まらず、広がりもありません。「こういう物件ありませんか?」というこちらからのお願いに、一から一緒になって探してくれる不動産会社があれば、私たちはとても助かります。
自立生活の自信につなげる自立生活体験ルーム「Yattemi~Na」
――STEPえどがわが運営している自立生活体験ルーム「Yattemi~やってみ~Naな」という施設について教えてください。どんな目的と内容になっているのでしょうか。
土屋さん:この施設は、自立に向けてどんな準備をしていくかというILP(Independent Living Program、自立生活プログラム)のサポートの一環で、普通の賃貸マンションの一室を借りて、自立生活の練習の場にしています。この名称には、「とりあえずやってみな」という意味が込められています。
親元で長年住んできた車いすの方が、部屋を借りていきなり自立生活を送るのは難しいんです。ですので、親元を離れて、Yattemi~Naで何泊かし、自立生活のイメージを固めることを意図しています。
室内にはリフターや、シャワーチェアのようなお風呂の道具などもあるので、実際に使ってみて「あ、こういうのいいな」「ここはもうちょっとこうしたいな」というのを、体験を通じて気づいてもらうことが狙いです。
――では、実際に部屋を借りられる前に利用をおすすめしているのでしょうか?
土屋さん:あくまで本人の希望も考慮してですが、そうですね。お部屋探しと同時進行で利用いただく場合もあります。同じ方が繰り返し利用されていることが多いですね。
――Yattemi~Naの紹介の中に「自己責任」の文字があって驚いたんですが、突然の自立生活に怖さを感じる方もいらっしゃるのではないですか?
土屋さん:不安に感じる方も多くいらっしゃいます。ですが、そこを乗り越えていかないといけません。すぐに全部自分でやるというわけにはいきませんが、徐々に慣れていくことで解消はされていくと思います。最初はどこかへ旅行に行ったような感覚で1~2泊して、そこから3~4日に延ばしていく、といったことも行っています。
――怖いけれど、貴重な体験になっているんですね。
土屋さん:自立生活センターと呼ばれる、私たちのような当事者が運営しているセンターではこうした場を用意している所は多いですが、一般の介護事業所ではありません。
実際にやってみないと分からないことは多いので、やってみることは大事なんです。私も一人暮らしを始める前にYattemi~Naを何回か利用したんですが、これから生活するにはどうしたらいいのかを考える場と時間を作ることができました。今の自分の部屋は、そうした経験から選べています。
ただ、先にも触れましたが、物件がなかなか決まらなくて、Yattemi~Naで体験を重ねても一人暮らしをあきらめてしまうケースもあります。
障害者の自立生活を叶えるためには、物件を探すハードルが下がって警戒心が解けることが必要
――いろんな状況に備えていても、お部屋を借りるには、地道に探すしかないんですね。
土屋さん:そこが最初のハードルなんですよね。時間もお金も、気力もどこまで続くかですが、頑張って探すしかありません。物件が決まらないと次に行けないわけですから。
最初のハードルが高いばかりに、「こういうのがいい!」という希望は二の次で、「もう、住めたらいいや……」「使いにくいけどしょうがない」とあきらめてしまう。そのハードルが下がると、今度は「こういう部屋がいい」といった希望も出てくるのではないかと思います。
障害者が生活しやすい、理想の暮らしを探せる選択肢が増えると、とてもありがたいなと思います。
――大家さんだけでなく、その間を取り持つ不動産会社にも「なぜこの機材を入れないといけないのか」といった理由が伝わるといいですよね。
土屋さん:理解してくださる方は、今は多いと聞きますけれど、まだ目に見えてではないですね。大家さんや不動産会社に、機材に対するイメージがないのでしょう。障害者というと、「大丈夫かな?」と変に意識してしまうのかもしれません。
STEPえどがわでは、そうした不安感を拭うために、現場に同行して「こういうふうにすれば大丈夫ですよ」と説明しています。
――障害者の住まい探しで「こうなったらいいな」といった希望は、何かありますか?
土屋さん:障害者が相談できる不動産会社が増えるといいですよね。障害者の暮らしを知ろうとしてくれる企業が増えてくれたら、ありがたいです。「車いすはこういう物件ならいける」「こういう物件は無理」といったイメージをもってもらえると、私たちも相談しやすいですし、話も早いのかなという気もします。
障害者に対して警戒心を持たない不動産会社だと、借りる側も安心できます。警戒されてしまうのは、やはり分からないことが多いからだと思うんです。警戒されると、私たちも距離を感じてしまう。その距離感をもっと埋められたらと思います。
障害者のことを知ってもらい気持ちの段差もなくしたい
――障害者の方々の生きづらさに対して社会で解決できる方法には、どんなことがあると思いますか?
土屋さん:一般の人たちにも、もっと障害者のことを知ってほしいですね。不動産会社もそうですが、知らないから、距離を取ろうとしてしまうことがあると思います。
さまざまな障害があるので一概にはいえませんが、たとえば言語障害なども知識がなく対峙するとひるんでしまうと思うんです。しかし、話をしてみれば、ただ言葉が出にくいというだけで、普通に話せるし、コミュニケーションも取れるのが分かります。
STEPえどがわとしては、なるべく障害者のことを知ってもらう機会を作っていくために、イベントを開催しています。コロナ禍の影響で最近はできていないのですが、イベントを開催すると、ヘルパーさんのお友達やそのご家族もいらっしゃるんです。そういった場所で、実際に私たちと触れ合うことで、少しは理解が深められると思うんですよね。そういった場を作ることを、活動の一つにしています。
また、啓発活動の戦隊キャラクター「ダンサナクセイバー」を通じた活動を続けています。差別という言葉は重たいですが、「知らない」「無関心」といった無意識の差別をなくしていきたいなと思っています。そうした場に来ていただいて、私たちの想いが少しずつ広がればいいなと思います。
STEPえどがわは、駅から程近い住宅街のマンションの1階で運営されている。公園も近く、子どもたちの歓声も聞こえてきた。
なんでもない日常の中にも、当事者でないから気づかないだけで、身体障害のある方々の自立した暮らしは身近にあるのだと、改めて感じる取材だった。
少しでも関心を持てば、何事も気づきを得やすくなるものだ。心のバリアが一つでも減るよう、今後のイベントの再開を待ち遠しく思っている。
お話を聞いた方
土屋峰和(つちや・みねかず)
1968年生まれ、静岡県河津町出身。19歳のときに起きたバイク事故により、車いす生活を始める。入退院を繰り返しながら施設や実家で社会的な生活から離れた暮らしを約16年間送ったのち、知人の紹介から単身東京都江戸川区へ。印刷所でデータ入力の仕事をする傍ら、自身も支援を受けたSTEPえどがわの活動に2004年から参加。2016年1月に事務局長に就任。団体での障害者支援のほか、特定非営利活動法人DPI日本会議のバリアフリー部会のメンバーとして公設施設のバリアフリー化や政策提言にも携わる。
▼自立生活センター STEPえどがわ
https://www.step-edogawa.com/
※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2022年2月掲載当時のものです
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
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