美味しい石見和牛肉に舌鼓、里山のレストランがA級グルメ

島根県、山間部に位置する邑南(おおなん)町は「A級グルメ」の町として知られ、食通の人が美味しさを求めて遠くからもやって来るそうだ。交流人口の発展に一役買っている。

同町のイタリアン・レストラン「里山レストランAJIKURA」を予約し、ディナーをいただいたところ、平日にも関わらず、食事をしているグループがいくつもいた。皆、美味しさに酔いしれているようだ。車利用を前提にしているので、ドリンクはハーブ系の炭酸などノンアルコールでも楽しめるものばかり。近くのハーブ園で作られたドリンクとのことだ。

注文した5,000円(税別)のコース料理では、石見和牛肉が供され、生まれて初めて口の中で肉がとろけるという感覚になった。野菜などもほとんどが地元で栽培されたもので、直営農場で育てられたオーガニック野菜も楽しめた。

「里山レストランAJIKURA」の外観は、イタリアの田舎にありそうなレトロな雰囲気「里山レストランAJIKURA」の外観は、イタリアの田舎にありそうなレトロな雰囲気

ところでA級グルメとは、安価で庶民的なB級グルメに対し、地域の特産品や名産品としてブランド化されたものを指し、邑南町では町の農産物を最大限に活用するために2011年から「A級グルメ構想」を展開している。 お米や野菜、さらには畜産物を含む、丹精込めて作られた邑南町だからこその、決して高級食材ばかりではない。しかしどれも、地元の生産者が誇りを持って作っているものだそうだ。

前述の里山レストランAJIKURAは、A級グルメ構想が立ち上がった当初、その食材を生かすには町内に超一流レストランが必要との考えから、町営として始まったもので、現在ではローカルフードラボ株式会社が運営している。

邑南町には、他にも魅力的なレストランがあり、A級グルメというキーワードに惹かれて、やって来る移住者、または食通の観光客が多いようだ。

「里山レストランAJIKURA」の外観は、イタリアの田舎にありそうなレトロな雰囲気邑南町の道の駅では、地元の生産者の食材が並ぶ。壁にはその生産者の顔写真を貼っている

守りの子育て支援と攻めのA級グルメ、先進的な移住促進のわけ

子育て支援ガイドを開くと、たくさんのメニューが並ぶ子育て支援ガイドを開くと、たくさんのメニューが並ぶ

また邑南町は、「日本一の子育て村」としても全国に名前が知れ渡っている。現在では珍しくないが、第2子以降の保育料完全無料化の取組み、中学卒業までの医療費無料化、常勤の公立病院の産婦人科・小児科専門医による24時間365日の救急受け付け、3世代家族の近居のための住宅建築費の助成等を実施した。とかく行政は、前例主義となるなか、邑南町は全国に先駆けた企画を次々と実行し、全国の自治体関係者も視察に多く訪れた。

このように先進的な取組みを進めるのには、理由がある。一つは、切実な高齢化問題だ。高齢化率が年々上昇(2022年9月調査で45.2%)していることに危機感を持った町は、2011年に攻めの「A級グルメ」そして守りの「子育て支援」による定住プロジェクトを立ち上げ、現在も継続中だ。2005年にはマイナス85人だった人口動態が2013年にはプラス20人の社会増を実現した。

そしてもう一つの理由が、上記の施策を推進する団体ができたことだ。「一般社団法人地域商社ビレッジプライド邑南」といって、邑南町から委託を受け、定住プロジェクトの運営推進に関わっている。

子育て支援ガイドを開くと、たくさんのメニューが並ぶ邑南町内にある養護学校や矢上高校、林業関係団体などと協働で、赤ちゃんの1歳半検診時に誕生祝い品として積み木を贈る取組みを行っている

地域おこし協力隊を活用して耕すシェフを育てる

邑南町が継続しているプロジェクトの一つに、「耕すシェフ」がある。

「耕すシェフ」とは、地域おこし協力隊制度を活用し、一流料理が学べて将来はプロとして飲食店の起業を目指す研修制度のことだ。シェフに一流料理人を呼び、スタッフに耕すシェフという付加価値をつけて募集した。すると全国からたくさんの若者が集まったそうだ。

「研修生を受け入れ、人材の育成をするとともに地域産業の発展を目指している」とビレッジプライド邑南の川久保陽子常務理事。同氏は研修のマネージメントを担っていて、現場と耕すシェフをつないでいる。
耕すシェフのカリキュラムは、食や農にかかわる起業や就業が目的で、最長3年間、イタリアンや蕎麦などの飲食店等を拠点に、農産物等の栽培、加工や提供などの全般的な研修を行うもの。香木の森公園内の「レストラン香夢里」も耕すシェフの研修施設で、日々、地元で生産された食材を使ったメニューを提供している。

耕すシェフの研修場所でもある「レストラン香夢里」の瀟洒な外観耕すシェフの研修場所でもある「レストラン香夢里」の瀟洒な外観
耕すシェフの研修場所でもある「レストラン香夢里」の瀟洒な外観レストラン香夢里のランチで提供されたポーク料理

BLOF農法を学び、邑南町で就農した移住者も

食の学校はのどかな里山にたたずむ食の学校はのどかな里山にたたずむ

邑南町では、「耕すシェフ」のほかに、食文化を継承する「食の学校」、金融機関が支援し起業や経営が学べる「実践起業塾」を立ち上げ、「邑南起業モデル」をつくった。

ビレッジプライド邑南の川久保さんによると、「食の学校」では広く農業も教えていて、地域おこし協力隊以外に、地元で食材に興味を持つ人、さらに県外の農業生産者も学びにやってくるそうだ。人気の講座は、BLOF農法という最先端農業について。そのオーソリティーである元木雅人さんが直接指導にあたる。

BLOFとは、Bio Logical Farmingの略で、生態系調和型農業理論と訳される。「細胞を作るアミノ酸」「生命維持に不可欠なミネラル」「生育・施肥を支える土壌」の3つの分野に分けて考察し、科学的・論理的に営農していく方法だ。この理論を実践して育てた野菜は、糖度、 ビタミンとともに抗酸化力が高く、苦みやえぐみが抑えられるといい、稼げる農業としても近年全国的に注目されているようだ。
このBLOFを邑南町で学べ、受講者のなかには町内で新規就農した人もいる。

食の学校はのどかな里山にたたずむ食の学校で話をうかがった「ビレッジプライド邑南」の川久保陽子常務理事

子育て世代の課題、そして高校の魅力化事業へと

邑南町にある県立矢上高校の学校案内。地域の人たちと関係の近さが、魅力の一つである邑南町にある県立矢上高校の学校案内。地域の人たちと関係の近さが、魅力の一つである

邑南町の移住促進を担当する部署、地域みらい課の板屋愛子定住支援員によると、世帯の「移住(転入)」は子どもが幼児期~小学校入学のタイミングが最も多く、子どもが中・高校生になると、移住(転入)は大幅に減るそうだ。

無料というお得感だけではなく、高等教育では、質も問われているかもしれない。

そこで、最近は地元の矢上高校の新しい取組みが注目されていると板屋さん。県外から”留学”する高校生が増えているという。
隠岐の島で始まった「高校魅力化事業」が島根県全体に広がり、邑南町でも2012年から推進している。その一つが、矢上高校の産業技術科。未来につながる実践的な勉強ができ、学ぶ楽しさを伝えている。

ビレッジプライド邑南も矢上高校の魅力化事業に関わっていて、川久保さんは「これまで耕すシェフの育成を行い、地域の発展に寄与してきましたが、地域を元気にするために最も重要なことは『人づくり』であると考えています。高校生自身にビレッジプライド(=邑南町への愛着や誇り)を抱いてもらえるようにしたいですね」という。
特に、「食と農」という邑南町の地域資源を生かし、ここでしかできない学びを深めてもらいたいと川久保さん。さらに、町外からの高校生のために、寮の食事提供もしている。
これらのプロジェクトの実働部隊は、地元の農家や主婦たちだが、それをマネージメントする司令塔がビレッジプライド邑南だ。行政では手が回らない、かゆい所に手が届く活動をしている。

行政にできる範囲は限られている。行政の外側に実働部隊があり、その司令塔がある。邑南町では「共助モデル」が確実に進んでいる。高齢化や過疎化が進むエリアの参考になるだろう。

邑南町にある県立矢上高校の学校案内。地域の人たちと関係の近さが、魅力の一つである邑南町の里山の景色は、ヨーロッパの田舎を想起させる

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