宅建業法の改正で不動産の電子契約が可能に
例えば、新しく部屋を借りたいと思い、希望の部屋を見つけたとしよう。内見などを経て借りる意思が固まったら、宅地建物取引士から重要事項説明を受け(※)、賃貸借契約書に賃借人と貸主の双方が押印し契約となる。これまで、不動産を貸す、借りる、売る、買うといった契約においては、宅地建物取引業法(以下、宅建業法)によって、書面の交付と押印が必要と定められていた。
しかしこのほど宅建業法が改正され、2022年5月18日以降、不動産会社は宅地建物取引士の押印廃止や、重要事項説明書(35条書面)、契約締結時書面(37条書面)、媒介契約締結時書面等を、相手方の承諾を条件に電磁的方法によって交付することが認められた。私たちにとっては、オンラインで不動産契約を完結することが可能になったわけである。
電子契約の解禁に合わせ、中小不動産事業者向けに「PICKFORM」という賃貸借契約と売買契約の両方に対応した電子契約システムをリリースした株式会社PICK 代表取締役社長 兼 CEO 普家辰哉さんと、同社執行役員CMO 兼 営業統括部長 阿部幸平さんに、不動産会社の対応状況、そして電子契約のメリットについて聞いた。
※賃貸借契約は2017年10月から、売買契約は2021年4月からIT重説も利用可能だ
95.5%を占める中小不動産会社の対応状況は?
「不動産業界では宅建業法で契約書や重要事項説明書については明確に書面でのやり取りが必要と記載がされているため、契約まわりのDXは進んできませんでした。しかし、数年前よりIT重説が導入されるなど、徐々に規制緩和に向けて動き始め、ついに2022年5月、一部宅建業法の改正により契約行為がオンラインで行えるようになりました」(普家さん)
コロナ禍で、非接触・非対面の需要は増えたといえるだろう。しかし、私たちが希望しても、不動産会社側が対応していなければ、電子契約は実施できないのも事実だ。
「不動産会社のうち、全体の95.5%が従業員10名以下の中小企業だといわれています。不動産会社へ出向いて数多くの方とお話をさせてもらったところ、不動産取引のデジタル化に向けて、なかには否定的な意見の方もいらっしゃいますが、多くの事業者さまから、現場の不便を改善できるのであればツールを導入したいというお声をいただきました。しかし、そこで必ずセットで挙がってくる意見が、電子申し込みツールや顧客管理ツールの導入にチャレンジしたものの、使い方がわからない、うまく使いこなせない、価格が高い、というものでした。この意見に真摯に向き合って、いわゆる町の不動産会社さんのような中小不動産会社でも簡単に使いこなしていただけるようなものが普及すれば、不動産業界のDXが加速していくものと思っています」(普家さん)
中小不動産会社、電子契約普及の鍵
中小不動産会社の電子契約導入を阻む課題は何だろうか。また、何が普及の鍵となるのだろうか。
「まず、導入・運用コストが課題で、普及のためにはコストを抑えることが大切だと思っています。一口に電子契約サービスといっても内容はさまざまで、契約以外の機能も連動しているものや、複数のサービスを組み込んでいるものなど、機能がリッチなために使いこなせなかったり、予想以上に費用がかかってしまったりして、小規模の不動産会社にとって導入の障壁になっているケースもあるようです」(普家さん)
「PICKFORM」は、これらのハードルを解消し、中小不動産会社も導入しやすいシステムを目指したという。
「PICKFORMだけで契約実務が完結できるようにしました。自社で電子押印機能の開発を行ったため、他の電子押印システムとの連携を必要とせず、物件の重要事項説明、契約締結までをひとつのシステムで対応可能です。契約書など押印が必要な書類以外の押印不要な書類も、そのままマイページへアップロードして共有できるので、顧客管理ツールとしても利用できます。また、使い慣れた契約書のフォーマットも、そのままオンライン化できるシステムにしており、アップした書類は簡単に検索することもでき、いつでも確認ができます」(阿部さん)
システム開発にあたって普家さんと阿部さんは、1年以上かけて中小不動産会社が実務でどんな不便を感じており、電子契約解禁に向けてどのようなニーズがあるのかを調査したという。現場の声を聞き、導入のハードルをできるだけ低くしたい。そんな思いがシステム設計に反映されている。
不動産会社だけではない。消費者にとってのメリットは?
これまでは書面での交付が必要だったため、遠方で契約書を交わす場合には現地へ赴き契約を行うことが多かったが、電磁的交付が可能になったことで、契約書類を取り交わすための手間や交通費が削減でき、私たち消費者にとってのメリットも大きい。
さらに、不動産の契約は一般消費者にとってなじみが薄いこともあり、その過程はわかりにくかった。デジタル化によって、契約の過程が可視化できるようになれば、理解も深くなるのではないだろうか。デジタルに慣れ親しんだ層が、電子契約によって不動産契約をより深く理解できるその意味合いは大きいといえる。
業務の効率化と働き方改革をめざして、不動産テックは加速する
電子契約の導入によって、不動産会社にはどのようなメリットがあるのだろうか。契約後、不動産会社は重要事項説明書や契約書類を保管するが、契約更新時をはじめ、保管した書類から特定の契約を探し出して、契約内容を確認する必要が生じる場合も多い。しかし、書類がデジタルデータでサーバーに保管されていれば、検索して取り出すことも容易で、時間も手間も保管スペースも大幅に節約できる。書面でのやり取りでは、印刷代、郵送代、対面実施のための交通費、保管スペースなどにコストがかかっていたが、これらも削減が可能だ。
「PICKFORMは売買取引においても利用可能です。売買の場合は、なにより電子化することで収入印紙の貼付が不要となり、印紙税を削減できる点は大きなメリットといえます」(普家さん)
普家さんは、新卒で入社した大手ハウスメーカーから独立後、自身で不動産業を営むなかで業界の非効率性を感じ、業界のDXを目指しスモールビジネスからスタートアップへと方向転換。「テクノロジーの力を使って、不動産取引を快適に、オープンにしていきたいと思っています。どこかのタイミングで必ずこの業界にもDXが浸透していくと思っています」と語る。
中小不動産会社にも大きなメリットをもたらす不動産の電子契約。デジタル化された書面によって業務が効率化されることは、働き方改革の流れにも合致する。現実的には、物件や契約者ごとの管理が緻密化され、そのデータのハンドリングが容易になることで、管理の質も高まることが予想される。不動産の仕事は多岐にわたるが、書類作成や面談にかかる移動などが効率化されれば、そのほかの仕事への波及効果も高い。電子契約をきっかけに広がる不動産DXは、一般消費者、業界で働く人にまで分け隔てなく利益をもたらしてくれるだろう。
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