LIFULL HOME'S PRESSがオンラインセミナーを開催

2022年3月10日、「住まいの“本当”と“今”を伝える」をコンセプトとするWebメディア「LIFULL HOME'S PRESS」が、LIFULL HOME'S総研の研究成果に加えて、地方創生へ向けた行政の取組みを聞くオンラインセミナーを開催した。住まいや暮らし、地域の課題などをテーマに、これまでの取材記事や取材先の取組みを基に議論を交わすオンラインセミナーの1回目だ。今回のテーマは「地方創生の在り方」。高齢社会や人口減少は日本が抱える問題だが、地方におけるそれは、都市部への人口流出も加わり一層深刻といえる。

国は地方創生を目的とした数々の施策を打っているが、その中で見落されている重要なファクター(因子)があると見るのが、LIFULL HOME'S総研所長 島原万丈氏だ。セミナーでは、島原氏が自身の調査を踏まえ、見落とされている“ファクターX”の正体を明らかにした後、徳島県神山町と北海道東川町からの取組み事例の紹介と、登壇者を交えてのトークセッションが行われた。ここでは、そのセミナーの内容を紹介する。

上左:神山つなぐ公社代表理事 馬場達郎氏/上中:東川町税務定住課長 吉原敬晴氏/上右:LIFULL HOME'S総研 所長 島原万丈氏</br>
下左:住まいと街の解説者 中川寛子氏/下中:プランナー・編集者 東端悌士氏/下右
LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保誠子氏上左:神山つなぐ公社代表理事 馬場達郎氏/上中:東川町税務定住課長 吉原敬晴氏/上右:LIFULL HOME'S総研 所長 島原万丈氏
下左:住まいと街の解説者 中川寛子氏/下中:プランナー・編集者 東端悌士氏/下右 LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保誠子氏

地方移住をはばむのは、雇用ではなく寛容性の低さ?

基調講演で紹介された調査データの詳細は、LIFULL HOME'S総研のWebページから無料でダウンロードできる基調講演で紹介された調査データの詳細は、LIFULL HOME'S総研のWebページから無料でダウンロードできる

前述のとおり、地方では超高齢化や都市部への人口流出が深刻な課題だ。コロナ禍では一極集中の弊害を指摘する声もあり、地方への関心が高まる(内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」)など、風向きの変化は見られるが、地方への移住者が大きく増加したとはいえない。地方創生をはばむ要因は何なのか。

国の地方創生戦略では、施策の基本目標の第一に、稼ぐ地域づくりを挙げている。つまり、移住やUターンが増えないのは、地方には仕事がないからだと考えているわけだが、島原氏は「LIFULL HOME'S総研が行った調査では『仕事がないから戻らない』とするには、説明のつかない結果が出ています」と言う。

例えばこうだ。東京圏の地方出身者に対して行ったUターン意向率の調査結果を出身都道府県別に見たとき、「戻りたい」とする回答割合が最も高かったのが沖縄県である。しかし沖縄県は、平均有効求人倍率は47都道府県中で最下位(2012年4月~2021年3月)、一人当たりの県民所得(2016年度)も最下位なのだ。「人口の社会増減を、雇用や所得で単純に説明することはできません」と島原氏。
逆に「地元にUターンしたくない理由」をたずねた調査では、特に女性で、閉鎖的な人間関係や干渉を挙げる人が多いという結果が出たそうだ。ジェンダー平等に対する考えや、変化への受容性の低さが、戻りたくない理由だという。

これらの調査から島原氏は、「地方からの人口流出が止まらないことや、地方への人口移動が目立って起こらない理由の一つに『寛容性の低さ』がある」とした。

戻りたくなる「寛容性の高い地域」にあるもの

地域の寛容性と人口の社会増減率の相関係数は0.804となり、「出身者のUターン意向と強い相関がある」と島原氏地域の寛容性と人口の社会増減率の相関係数は0.804となり、「出身者のUターン意向と強い相関がある」と島原氏

戻りたくなる「寛容性の高い地域」にあるものとは何か。寛容性の高さはどのような地域に育つのか。島原氏は、「調査を進め、文化水準の満足度との相関関係が強いという仮説を立てました」と言う。寛容性は芸術文化の経験度によっておおむね裏付けられ、東京圏への一極集中は、この芸術文化環境に支えられた寛容性があるというのが島原氏の見立てだ。

「もちろん地方でも、アートや音楽などに触れる機会がある地域は存在しています。そんな地方へは『戻りたい』と考える人が多い傾向が調査にも表れているといえそうです。今回の調査結果における沖縄も、その一つではないでしょうか」(島原氏)

国が掲げる稼ぐ地域づくりには、芸術文化こそが必要ではないかとも島原氏は語る。新しいビジネスには、創造性と革新性が必要で、創造性には多様性が必要であるというのだ。
では、多様性には何が必要か。それが寛容性であると島原氏。島原氏は、寛容性を育てるために芸術文化が有効だと論じている。「観光資源としてではなく、地域の文化として芸術を根付かせることが、地方創生のひとつの手段として有効ではないでしょうか」と投げかけて、基調講演を締めくくった。

官民で多様性を生む、徳島県神山町

徳島県神山町の風景(画像提供:神山町)徳島県神山町の風景(画像提供:神山町)

基調講演に続いて、地方創生の事例として徳島県の中心に位置する神山町から報告があった。過疎の町から一転、ベンチャー企業のサテライトオフィスが集まる町へと変貌を遂げた。

神山つなぐ公社代表理事の馬場達郎氏は、神山町が全国的に知られるようになったきっかけでもある「神山アーティスト・イン・レジデンス」というプロジェクトを紹介した。展示した作品を見に来てもらうスタンスの取組みはよくあるが、このプロジェクトでは「アーティストが作品を作りにくる町」として町の魅力を高めていった点がユニーク。開始から20年以上続いており、現在も毎年3名ほどのアーティストが国内外からやってくるそうだ。馬場氏は、「神山町には、お遍路さんの文化に見られる『よそ者を受け入れる風土』があり、それが活きているのかもしれません」とも分析する。

そんな神山町が行う「神山町創生戦略 まちを将来世代につなぐプロジェクト 」は、役場から半分、民間から半分、男女も半々、町の出身者も半分、移住してきた人も半分と、まさに多様な人々でメンバーが構成されている。ここでは、従来の手法にとらわれない会議の進め方で、具体的な事業を計画し、実行へ移す。例えば、大埜地(おのじ)の集合住宅プロジェクトがそれだ。このプロジェクトは、大規模住宅開発によって人を呼ぶのではなく、将来の人口維持につながる子育て世代向けに、20世帯という小さい規模で住宅を開発した事業だ。住居だけでなく町の住人のだれもが集えるコモンハウスも整備されたその住宅地は、地元の木材を大切に使い、地域に仕事をもたらすべく地元の職人が建築したという。町に好循環をもたらしたプロジェクトの一例だ。

馬場氏の所属する「神山つなぐ公社」は、「神山町創生戦略 まちを将来世代につなぐプロジェクト 」で発案されたさまざまな施策を実行するために設立された。町の創生は官民協同で両者のメリットを生かして施策を進めるのが最善と考え、官民の間に立って動かしていく役割を担っている。目指すは「町に多様な人と良い関係性があり、そのときどきに必要な活動や仕事がほどよく生まれている町」だという。
「成長よりも、町の血行をよくして何かが生まれやすい状態を作っていこうと取組んでいます」と、馬場氏は神山町の取組みをまとめた。

徳島県神山町の風景(画像提供:神山町)大埜地の集合住宅(画像提供:神山町)

多様性と自然に触れられる、北海道東川町

北海道東川町では景観条例を制定し、景観や環境に配慮した「東川風住宅」の建築を推奨(画像提供:東川町)北海道東川町では景観条例を制定し、景観や環境に配慮した「東川風住宅」の建築を推奨(画像提供:東川町)

事例紹介の二例目は北海道東川町。北海道の真ん中辺りに位置し、自然に恵まれた東川町は、全世帯が地下水で生活している全国でも珍しい町だ。1985年に「写真の町宣言」をし、それが功を奏して多様な人の輪が広がっていると東川町税務定住課長の吉原敬晴氏は言う。

「写真映りのよい美しい街並みは、景観を守る協定をつくり、移住者と地元住民らが共につくった自慢の風景です。そういった魅力的な自然環境と景観が、新たな移住者を呼び込み、人口が少しずつ増加している要因のひとつだと思います」(吉原氏)

最近では新しい移住の考え方として「逆単身赴任移住」をオンラインイベントで提案。夫は東京で仕事し、妻と子どもだけが東川町に移住するというものだが、子育てに力を入れる東川町に魅せられて、実際に移住者が増えているそうだ。

また、東川町は家具づくりが盛んな木工の町でもある。町の子どもたちには、地元の職人が手作りした木の椅子が贈られ、学校の教室で使うという。中学校の卒業式では、使い続けた椅子を生徒たちが持って帰る光景が名物となっているとか。しかし町の子どもたちは、町の文化だけに触れて育っているのではない。外国青年招致事業で来日した職員から海外の文化や習慣を学び、また国内では初の公立日本語学校「東川町立日本語学校」があり、そこの留学生たちとも交流している。広く世界にまで視野を広げた子育てが東川町ではできるというのだ。町の財産といえる木の文化に触れ合い、さらに海外の文化を学び育っていく東川町の子どもたちの様子が報告された。

「東川町のまちづくりのキーワードは『適当に疎のある暮らし』です。二地域居住やテレワーク移住の受け入れなども進めていますが、やみくもに人口を増やすことを目的とせず、町の人たちがお互いの顔が見える距離感と、経済が循環するための最低限の人口規模のバランスを保ったうえで、独自の取組みで住民の幸福度アップへつなげたいと考えています」(吉原氏)

北海道東川町では景観条例を制定し、景観や環境に配慮した「東川風住宅」の建築を推奨(画像提供:東川町)3年間使った椅子は卒業式の日にプレゼントされる(画像提供:東川町)

これからの地方創生に必要なこと

神山町、東川町、それぞれの取組みの発表後、各町を取材したライター2名も交えてのトークセッションが行われた。その中では、移住やUターンを増やすために、宅地分譲などというありがちな発想をむしろ抑制し、町の内実に目を向けている点がユニークであるとの指摘があった。また島原氏が立てた仮説「イノベーティブなものがおこるためには創造性が必要で、創造性には多様性が必要で、多様性は寛容性が担保する」という構図が、両町に見られたという意見も出た。

今回事例として取り上げられた2つの町に共通するのは、単なる人口増という数値にとらわれず、将来を見据えたまちづくりを着実に実行している点ではないだろうか。文化芸術が地域に根差すよう育て、人を呼び、稼ぐ地域づくりを進めることを体現しており、多様性を受け入れる寛容性がそこにあるという好例だ。

しかし、東川町の吉原氏が「前向きなところばかりに目を向けるのではなく、いろんな角度から見て、自分の町を好きと言えるかどうか」と話されていたのも印象に残る。観光ではなく、実際に地方に移住するとなれば、これがもっとも大切な点なのではないだろうかと筆者は感じた。
そのためには、行政によって用意された大きな施策も大事だが、一方で住民それぞれの希望に力を貸してくれるような、小さくても柔軟な支援があるといいのではないだろうか。そこに、稼ぐ地域づくりへのイノベーションが生まれる可能性が秘められているかもしれない。

自分がやりたいことに対して理解を示してくれる町や、協力してくれる仲間、寛容性のある地域の環境があるからこそ、移住者は都会とは違った不便さなども含めたさまざまな面を受け入れることができる。つまりそこに寛容性の循環が生まれる。今回のセミナーを通じ、「移住者を受け入れる側と移住する側の、寛容性の循環がもたらす結果」こそが、地方創生につながるのではないかと筆者は感じたのであった。

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