“防災とまちづくり”をテーマとした「URひと・まち・くらしシンポジウム」開催

近年、全国各地で自然災害が頻発し、甚大な被害が発生している。自然災害は本年だけでも、1月の能登半島地震、8月の南海トラフ地震臨時情報の発表、9月の奥能登豪雨など多発している。これら大規模災害にどう備えるかということは、まちづくりにとっても重要な視点だ。

そうした状況を受け、2024年10月31日、独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)が主催する「令和6年度URひと・まち・くらしシンポジウム」が開催され、「防災とまちづくり」をテーマに、識者による基調講演やパネルディスカッションが行われた。

UR都市機構はこれまで、賃貸住宅サービスだけではなく、都市再生や震災復興も大きな事業の柱として取り組んできた。災害発生時に、被災建築物の危険度判定や災害公営住宅の整備などをしてきた実績があり、今までに積み上げてきた経験やノウハウがある。

UR都市機構のノウハウの還元とともに、地域での実践者たちの事例を共有することで、「防災まちづくり」をますます広げ強化していくことを目的として行われた本シンポジウムをレポートする。

基調講演を務めた東京大学生産技術研究所教授の加藤孝明さん(画像提供:UR都市機構)基調講演を務めた東京大学生産技術研究所教授の加藤孝明さん(画像提供:UR都市機構)

防災・災害復興・まちづくりをトータルで考える

基調講演を担当したのは、東京大学生産技術研究所教授の加藤孝明さん。防災を基軸とした総合的な地域づくりを目指して研究活動を行っている。

最初に、「これからの時代」というテーマでのお話があった。加藤さんは「大きな船は急に曲がれない」という“慣性の法則”について説明した。

「よく『失われた30年』と言われますが、日本社会には現在右肩上がりの時代からの予測とは異なる現実、つまりギャップが存在します。このギャップに苦しめられてきたのが日本社会とも言えますが、ギャップを埋めるためには2つの方法があります。1つは『根本に立ち戻って考えること』。今の社会の現実をしっかりと受け止めて考える姿勢が大事です。もう1つは、ある種の『素人感覚』が大事だと思います。専門家はつい昔のことを参照してしまいますが、むしろ素人の方が現実的なところから考えられるのではないでしょうか」(加藤さん)

そして、現実を見ると「お金も人も足りない。地方分権で仕事は増える」という状況にある。自治体のみの力では、首が回らなくなってしまっているのだ。そこで、加藤さんは「市民の力を活用する共助」と「一政策多目的」が大事だと言う。たとえば一つの政策が、教育と防災両方の性質を兼ねるような考え方が、今後ますます重要になってくる。

次に、「防災における『まちづくり・都市計画』の潜在力」について、加藤さんは都市が抱えるリスクは次の3つがあると言う。

たとえまちが脆弱であっても、対応力や回復力を高めれば、リスクは軽減できる(シンポジウム資料より抜粋)たとえまちが脆弱であっても、対応力や回復力を高めれば、リスクは軽減できる(シンポジウム資料より抜粋)

都市が抱えるリスクとして挙げられるのは、「A ハザードと市街地の分布の重なり」「B 集積(量)」「C 脆弱性(街の質)」だ。たとえば、ハザードがあるようなところに市街地が存在していること(A)。そこに一定以上の集積があるとリスクになり得る(B)。そして、災害に脆弱な街(C)。この3つが揃ってはじめてリスクになるという考え方だ。

「仮に壊れやすくても、回復力が高いレベルであれば必ずしも脆弱ではありません。ハード・ソフト両方の面から、ABCをコントロールすることで、土地が抱える自然災害リスクをコントロールすることができます」(加藤さん)

また、加藤さんは「復興と防災をトータルで考える」ことが大事だと語る。「災害が起こると復興できない」のが現代のデフォルトで、多くの地域は被災すると復興できないと考えておいた方がいいという。

そんな時代に、復興できるようにするためには3つのポイントがある。

①復旧・復興できるレベルに被害を抑止すること
②速やか、かつ円滑な復旧・復興
③災害後の社会経済状況への適応(先取り適応)

まずは、復旧・復興できるレベルにまで被害を抑えること。そして、復興の速度があまりに遅いと、また復興できないラインに乗ってしまうため、スピードも大事だ。最後に、「元に戻る」のではなく、災害後の社会経済状況に適応できるような姿を将来像にすることが大事だという。

ここで加藤さんは、映画『フラガール』の舞台となった常磐炭鉱を例に挙げた。常磐炭鉱は閉山の10年前に常磐ハワイアンセンターを作り、見事「炭鉱のまち」から「リゾートのまち」に変身したのだ。つまり、以前のままの姿に復活することを目指すのではなく、「変われる力」が復興には大事だという。

たとえまちが脆弱であっても、対応力や回復力を高めれば、リスクは軽減できる(シンポジウム資料より抜粋)「復興できない」ことがデフォルトの現代で、復旧・復興までにできる対策はある(シンポジウム資料より抜粋)

「過疎地」と「観光地」それぞれの防災への取り組み

改装した美波町医療保健センター。すぐ近くにはヘリポートを作り、災害時もドクターヘリが利用できるようになっている(シンポジウム資料より抜粋)改装した美波町医療保健センター。すぐ近くにはヘリポートを作り、災害時もドクターヘリが利用できるようになっている(シンポジウム資料より抜粋)

次に、加藤さんに4名の登壇者が加わり、パネルディスカッションが始まった。まずは、それぞれの取り組みについての事例紹介があった。

徳島県美波町


過疎地での防災とまちづくりの成功事例として、徳島県美波町町長の影治信良さんの発表からスタートした。

美波町は四国の東南部に位置し、人口約5,700人、高齢化率49%の過疎地だ。南海トラフ地震が起きれば、最大津波高は徳島県最大の数値となる20.9メートル、人的被害は30%と予測されている。

これに対し、美波町ではこれまでに避難困難地に避難タワーを3つ建設する、こども園を高台に移動するなどの取り組みを行ってきた。

また、沿岸部にあった2つの病院の統合再編にも取り組んだ。1つは津波が届かない高台に移転し、災害病院としての機能も備え、もう1つは場所を変えず、津波を流すピロティ方式を取り入れて改装した。

また、ウミガメを見られる美波町ではUR都市機構と連携し、「うみがめラボ」というサテライトオフィスを作り、県下最大の32社が入っている。サテライトオフィスに入った若い人が消防庁が開催した出初式に参加するなど、県外から来た人も美波町の防災に関わっている姿が見られた。また、オフィスを地域にも公開する形で子ども向けの食育イベントを行うなど、普段からまちづくりのきっかけとなる場所として活用している。

「サテライトオフィス『うみがめラボ』は、さまざまな人々とつながることによって、災害や人災などからまちを守ろうという意味もあります。県外から来た方も、地元の方にも喜んでいただいています」(影治町長)

静岡県伊豆市


次に、静岡県伊豆市市長の菊地豊さん、伊豆市内にある土肥温泉旅館協同組合理事長の野毛貴登さんからのお話があった。

伊豆市は宿泊業や飲食業などの観光業が42%を占める主要産業となっている。「観光がダメになれば地域全体がダメになる」と言われているほどだ。しかし、南海トラフ地震が起きれば、津波は最大10メートルに達するという予測が出ており、土肥地区は全国ではじめて津波防災特別警戒区域「オレンジゾーン」の指定を受けた。

「なんとも恐怖をあおる字面で、我々観光業に携わる者としては大きな打撃を受ける指定です。そこで、風評被害を少しでも避けるべく愛称を募集し、『海のまち安全創出エリア』と名付けました」(野毛さん)

また、土肥温泉旅館協同組合は、災害時に旅館を避難所として利用できるよう2020年に伊豆市と協定を結んだ。

さらに、津波への対策として津波避難タワーと商業施設を合わせた「テラッセオレンジトイ」が2024年7月にオープン。平時は物販の販売やカフェ、レストランなどが利用できる商業施設となっているが、海抜約16メートルの上部は緊急時の避難場所になる。「観光」と「防災」という異質なコンテンツを融合させた形だ。

「私が市長に就任した際、伊豆半島沿岸を車でぐるっと回ったんです。津波に備え、防潮堤が整備されている地域が多かった一方、土肥だけ無防備な状態でした。最初は防潮堤を作ることを提案していたのですが、加藤教授の提案も受け、避難タワー『テラッセオレンジトイ』を作りました」(菊地市長)

改装した美波町医療保健センター。すぐ近くにはヘリポートを作り、災害時もドクターヘリが利用できるようになっている(シンポジウム資料より抜粋)複合施設「テラッセオレンジトイ」。平時は、地元住民や観光客の憩いの場となっている(シンポジウム資料より抜粋)

UR都市機構の復興支援


UR都市機構・災害対策支援部長の山下昌宏さんからも、これまでの事例紹介があった。

UR都市機構では災害公営住宅の支援も行っているが、被災した人々は抽選で入ってくるため、もともとの地域コミュニティが継承されにくいという課題があった。そこで、3ステップにわけてコミュニティ形成の支援を開始。①入居前に顔合わせをし、②サークルを立ち上げて交流の促進をはかる、③そのなかでキーパーソンを見つけ、自治組織を作る、という流れだ。

「コミュニティのことを考えたときに、人とのつながりが一番大事だと思いました。コミュニティの再生には地域のお祭りも有効です。その地域の人々が誇れる空間を作っていく、という考え方ですね」(山下さん)

改装した美波町医療保健センター。すぐ近くにはヘリポートを作り、災害時もドクターヘリが利用できるようになっている(シンポジウム資料より抜粋)コミュニティ形成支援の事例(シンポジウム資料より抜粋)

災害リスクも地域づくりの資源になる

パネルディスカッションでは、加藤さんから「今後の取り組みの展望」についての問いかけがあった。

「よく言われているように、防災は『自助7割・共助2割・公助1割』なんですね。自助の割合が強いものの、ハードを作ったり、皆さんに啓蒙していったりすることはこれからも続けていきたいです。高台や避難ビルの整備はこれからも続けていきます」(影治町長)

「耐震のことを話すと、よく地元のおじいちゃんおばあちゃんは『私は死んでもいいから放っといて』と言うんですよ。でも、災害発生時の最初の3日間が非常に重要で、建物が倒壊して、住人が見つからなければ自衛隊や消防が捜索しないといけないわけです。もし全員生き残ってくれたら、この捜索が不要になる。だから、『みんなが生き残るだけで地域のお役に立てるんですよ』と伝えています」(菊地市長)

「土肥には津波の浸水区域よりもさらに高い旅館が8軒あります。避難訓練も行っており、地震が起きたときにここを高所避難所として使えばいいということは、地域の人々、お年寄りまで知っているわけです。観光の地であるからこそ、地域の人を守っていくという意識は各旅館で自覚しているので、引き続き対策をしていきたいと思っています」(野毛さん)

「単純に『ドローンや衛星を活用すればいいんじゃないか』と思ったこともあるのですが、技術的に難しいところがあるようです。それよりも、やはり日頃からの地域の連携が大事です。地元の企業や市民の人々があらかじめ議論しておくことが、防災において非常に重要だと思います」(山下さん)

パネルディスカッションの様子(画像提供:UR都市機構)パネルディスカッションの様子(画像提供:UR都市機構)

パネルディスカッションの最後に、加藤さんは「皆さんのお話を聞いて、災害リスクも地域づくりの資源になることを感じました」と締めくくった。

今回のシンポジウムを通して、防災を単純に災害対策として捉えるのではなく、「地域づくりとしても活用しよう」という皆さんの姿勢が印象に残った。加藤さんは「今の人口減少はもはや災害レベル」と表現したが、まさに人口が減少し、労働力も減少している日本では、「防災だけ」に取り組んでいる余裕はない。都市部に限らず、過疎地域でもできることがあるという事例を受け、まだまだ取り組める猶予と希望があることを感じた。

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