中野サンプラザ計画は白紙撤回。マンション建て替えも計画凍結相次ぐ

新宿駅西口再開発新宿駅西口再開発

マンション開発や大規模な再開発計画の見直しが相次いでいる。主な要因はもちろん建築コストの上昇にある。ロシアのウクライナ侵攻以降、木材や鉄鋼、セメントや銅、アルミニウムなど主な建設資材の価格は、ウッドショック、アイアンショックと称されるほどの高騰が続き、折あしく日米欧の政策金利差拡大による円安も手伝って、急激な上昇に拍車がかかる。日本建設業連合会の調べでは、2025年4月現在でH形鋼は53%、生コンクリートは48%、ステンレス鋼板も62%の価格上昇となっており、円安が解消されなければ、まだまだ資材価格は高値で推移し続けることになる。

建設に携わる就労者の問題はさらに深刻だ。コロナ禍で建設業・運輸業に従事する就労者が熟練経験者を中心に数多く離職し、さらにコロナ後の2024年には労働関連法の適用によって労働(残業)時間の総量規制が開始されたため(いわゆる2024年問題)、人手不足とシフトの逼迫が重なる事態となって人件費も高騰している。同じく日本建設業連合会によると、溶接工の労務単価は22.5%、配管工24.9%、電工27.9%と軒並み上昇していて、こちらは解決の手段がほぼ見えない状況であり、今後も確実に上昇し続けるものと考えられる。

金利が上昇局面にあるとはいえ、依然として低水準での推移を続けていることから土木・建設の需要は堅調で、底地の取引も活発に行われており、その意味では不動産・住宅業界の先行きにネガティブな要素は少ない状況にあるのだが、唯一にして最大の課題がこの資材価格・人件費・地価の“トリプルコストプッシュ”による建設工事費の急騰といえるだろう。一部報道にある通り、JR中野駅前で老朽化のため再開発されることになっていた中野サンプラザは、総事業費が当初の1,800億円から3,600億円弱へと約2倍に増額されたことから、事業採算性が合わず白紙撤回されたことは記憶に新しい。また新宿駅西口周辺の京王電鉄とJR東日本が事業主体となる再開発も、一部の解体が終了しているものの建設については事業者が見つからず、計画の完了時期は未定のままだ。さらにマンションの建て替えや商業施設との一体再開発などの計画も中止および見直しが続いているという。

開発計画が中断・中止されれば地域経済に与える影響は小さくないし、収益に関するもくろみも大きく狂うことになるから、経済活性化の起爆剤としての再開発事業、マンション開発事業は原則として計画どおり進めることが望ましいのは言うまでもない。ただし、このような状況下では最終受益者である一般消費者やテナントが、上昇する物件の価格や賃料を負担せざるを得ないということになるが、例えば代替資材を使用するとか、発注時期を最適化するとか、あるいはDX導入による業務効率化、製造業の国内回帰などによって、建設費を抑えることはできるのか、この状況を解決する手段・方策について有識者の見解を聞く。

※ 建設資材価格および人件費の上昇率はいずれも2021年1月比

建設業の人材確保・育成向けの予算や施策を拡大。人口減少を見越し開発計画の見直しも~岡本 郁雄氏

<b>岡本 郁雄</b>:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ

建築資材価格の上昇や円安による輸入コストの上昇、人件費の上昇による建築費の高騰は、都市開発や再開発に必要な事業費を大きく引き上げた。加えて、長期金利が上昇するなど金利コストもアップしており、事業期間が長期にわたる大規模プロジェクトの事業化を難しくしている。中野サンプラザのような当初の事業を見直すケースは、今後も続出するだろう。

建築費高騰の大きな要因となっているのが、建築関連の人手不足だ。2024年の労働関連法適用による労働時間の総量規制などによって工事期間が長期化。着工から2年で完了した新築マンション工事が、3年近くかかるケースもあるという。工事期間の延びは、人件費だけでなく、建機などの調達コストや金利負担も増す。電気設備技師など専門性の高い人材は、特に不足している。建設業技能者のうち、 60歳以上の割合が約4分の1を占め、29歳以下は全体の約12%。農業と同様に建設業も高齢化が進んでおり熟練工が今後ますます不足する状況にある。

2005年に568万人だった建設業就業者数は、2024年には447万人に。そのうち建設技能者数は、393万人から303万人と大きく減少している。若年層の人口が減る中で、外国人人材の活用も人材確保の方策の一つだが、人材獲得競争も激しくなってきており、円安もあり外国人人材を確保することは容易ではない。日本は、少子高齢化が進んでいるが、世界人口はこれからも伸びていく。円安は、輸入物価も押し上げる要因だが当面は収まりそうにない。

人材確保のためには、労働環境の改善だけでなく、賃金の引き上げなど就労条件を良くすることが重要だろう。国土交通省と厚生労働省は、連携して建設業の人材確保・育成に向けての取り組みを行っている。建設事業主等に対する助成金による支援や働き方改革推進支援助成金による支援などで魅力ある職場づくりなどを支援するもの。しかし、国と民間合わせた建設投資が増え続けている現状を踏まえると十分とは言えない。修繕維持工事も増えており、建設技能者数の採用・確保は、十分予算を確保し官民が連携して取り組むべきだろう。

大規模再開発を取り巻く環境は厳しさを増している。しかしながら、災害リスクの高い市街地密集地の再開発など公益性の高いプロジェクトは、時間をかけながら進めるべきだ。住宅購入適齢期は30代といわれるが、30年前の1994年の出生数123万人台と比べ、2024年出生数は70万人を下回り、実に50万人超も減っている。住宅需要も将来的には、大きく減ることが予想される。木造密集地域など緊急性の高い場所に対し予算や資源を重点配分し、緊急性も重要度も低いプロジェクトについては、見直すべきかもしれない。

工事費高騰が想定外のリスクだと位置づけられる認識を改める時期~中川 雅之氏

<b>中川雅之</b>:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある中川雅之:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある

事業コストの高騰が都市開発事業の執行を妨げる事態に対して、どのような対応をとるべきなのだろうか、3つの対応がありうる。

一つは何も対応をとるべきではないし、とらなくても社会として大きな問題が生じないケースである。例えば、高度成長期には今以上の事業費の高騰を経験した。この場合には、経済成長に伴い所得が上昇することを起点としたデマンドプル型のインフレであったため、事業費の高騰が消費者、納税者に転嫁されても所得が上昇した消費者、税収が増大した公共セクターに何の問題も生じなかった。しかし、今起こっているのはコストプッシュ型の事業費高騰で、消費者の所得の伸びも、税収の増加もそれに追いついていない。

二つ目は、事業費の高騰に対して、公的な介入を行うことだろう。全般的なインフレ率が看過できない水準になっているものではないので、インフレ抑制のための金融政策を発動するタイミングではない。その場合、分野を限った財政的な介入ということになる。国土交通省では2025年度から、急激な工事費高騰など不測の事態により事業の成立が困難となり、従前権利者の生活再建に重大な支障が生じる場合における社会資本整備総合交付金による追加の支援措置を講じることとした。

そもそもインフレなどのリスクは誰が負担すべきなのだろうか。物価変動などが事業の成立性に与える影響を予め予想し、それを契約に盛り込み、事業マネジメントを行うというのが基本となる。上記の社会資本整備総合交付金による支援が限定的な場合にしか適用されないのは、再安価回避者が事業者であるという位置づけに基づくものであろう。
しかし、このような工事費高騰が想定外のリスクだと位置づけられる認識は、もう改められる時期にきているのではないだろうか。国際情勢の不安定化、人材不足、大都市に人や機能が集中する大都市化はこれからも続くであろう。事業者は通常の事業活動として、代替資材を使用するとか、発注時期を最適化するとか、あるいはDX導入による業務効率化等の対応を、「予測できない事態への対応」ではなく、「通常時の対応」としてビルトインしておくことが求められよう。また、公的セクターは大都市においても、公共施設整備のみならず再開発事業のコストが上がり、社会的な便益とコストの比較がより厳しく求められるようになったものと認識すべきではないだろうか。つまり大都市においても、既存施設のリノベーションなどのより安価な手法、更新事業の数、規模の縮小などを明確に認識しなければならない時代となったと考えるべきではないか。

人材難で止まる現場、デフレ前提の開発計画がインフレ転換で座礁~平松 健一郎氏

<b>平松健一郎</b>:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は四半世紀続けているジョギングと、世界のへき地を巡るバックパック旅行平松健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は四半世紀続けているジョギングと、世界のへき地を巡るバックパック旅行

建設業の人手不足と資材高で都市部の大型工事が立ち行かなくなっている。資材価格は鉄が下がったかと思えば生コンが上昇。差し引きでおおむね高止まりが続くが、足元の建築費高騰は労働需給のひっ迫が主因だ。現場の労働時間短縮と賃上げの動きに団塊世代ら高齢者の引退も重なり、設備系を中心に施工確保が難化する。計画が白紙に戻った「中野サンプラザ」の再開発では工事費が倍増したとされ、全国の大型案件で似たことが起きている。デフレ下で練られた整備計画が人材難と急速なインフレ転換で相次ぎ座礁しているわけだが、人口減と物価上昇は既定路線。工事を止めても事態の早期改善は見込みにくい。不動産各社は利益率の高い都心のマンションや高級ホテルなどに投資を振り向けつつ大型工事の再開を模索するが、どの社も有効な打ち手を見いだせずにいる。

日本建設業連合会の調べでは国内の建設業従事者は2024年平均で477万人。ピーク時1997年の685万人から3割減った。年齢比率は55歳以上が約37%、29歳以下が約12%と高齢化が鮮明で、座して待てば人手不足に拍車がかかる構造だ。一方で賃金は上向く。人件費の指標となる公共工事設計労務単価は3月に全職種で6%引き上げられ、対2012年度比で9割近く上昇した。現場の「4週8閉所」も2024年度に達成率が5割を超え、経費負担に跳ね返る。材料高も続く。建設物価調査会によると建築部門の物価指数は7月時点で141.7と対2015年比で1.4倍だ。さらには物価上昇などを工事契約金額に反映させる特約も普及。ある大手デベロッパーの幹部は「施工者からの増額要請は受けるほかなく、妥結できなかった工事が結果的に止まっている」と頭を抱える。目下の建築費高騰は物価と賃金の連動的上昇に向かう過程の「成長痛」ともいえるが、問題は業界が痛みにどこまで耐えられるかだ。

高すぎる建築費は新規着工の勢いもそぐ。国土交通省によると5月の住宅着工戸数は4万3,237戸と62年ぶりに4万戸台に沈んだ。新築分譲マンションの販売も目に見えて細る。不動産経済研究所の調査では首都圏の今年1~6月の供給戸数は8,053戸とコロナ禍初期の2020年を除けば実質的に過去最少。一方で平均価格は8,958万円と上期では最高額だ。これは建築費や土地価格の上昇を受け、デベロッパーが利益率の高い都心一帯で「厚利少売」を続けた帰結でもある。大手ゼネコンの戦略変更も工事費を上向かせた要因だ。2020年の東京五輪前に各社は原価上昇を半ば度外視して受注獲得に走った。その結果、不採算工事が積み上がったことから手がける案件を厳選。施工者不在の大型工事が増える一因になった。

■マンションの価格上昇を抑える動きが出てきた
デベロッパーは現時点で工事原価の値上がり分を都心の高額マンションなどに転嫁できているが、気がかりな動きが出てきた。国交省が外国人による投機目的のマンション購入を調べ始めたほか、千代田区も7月、市街地再開発事業などで整備された住戸を対象に5年以内の転売と一名義による複数戸購入を規制するよう不動産協会に求めたのだ。公共性の高い再開発案件での無秩序な投機を野放しにする法はないが、投機と実需の線引きは難しい。仮に規制の動きが他区に広がれば健全な需要までもが削られかねず、結果的に事業者がコスト高を吸収する出口が狭まる可能性もある。官民の対応を注視したい。

諸物価の高騰を受け都内のオフィスビルでも賃料増額の機運が高まる。消費者物価指数(CPI)の上下動を賃料に反映する契約形態を検討する貸し手も出てきた。ただ国内でこの枠組みは普及しないとの声が多い。ビルの賃料は物価よりも需給バランスで決まることが多く、足元の市況では需給を根拠とする増額改定のほうが貸し手に有利なためだ。物価上昇を理由に空室の多いビルの賃料を上げるのも難しい。建築費や光熱費などの経費負担が増すなか、貸し手側はCPI連動条項をあくまで将来的に賃料を上げる材料の一つと位置づけているようだ。

■建築費は需給で決まる、労務費上昇に天井感も
結局のところ建築費もビルの賃料と同様、需給関係で決まってくる。労務費の底上げは不可避な流れだとしても施工者が減れば工事代金は上がり、増えれば下がる。足元では多くの元請けがサブコンの言い値で高額な代金を支払っているが変化の芽もある。大型工事の休止や中止が相次ぎ、労働需給のひっ迫が和らぐ兆しが出てきたのだ。都内の建設マネジメント会社の社長は「労務費に天井が見えてきた」と指摘。リーマン・ショック後などの歴史を踏まえ「案件が減れば建設業は利益を削ってでも受注しにくる」との見立てを示す。建築費の高騰は官民が真に必要な工事を見定め、都市のあり方を再考する契機にもなった。人材難で着工できないならそれが現時点での業界の実力であり、身に余る開発を力技で進めることが最適解とは言えない。建築費高騰という難題を、建設生産の仕組みを最適化し、人口が減り続ける日本の背丈に合った都市を築くための踏み台にしたい。

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