激甚化・頻発化する自然災害にどう備えるか
1995年の阪神・淡路大震災から30年、2024年元日に発生した令和6年能登半島地震からは1年となる。
近年は、地球温暖化に伴う気候変動の影響により、災害が激甚化・頻発化しているともいわれている。もとより日本列島は山地が多く、火山活動や地震活動が活発な地域であり、自然災害が多く発生することは避けられない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震等の巨大地震の発生も懸念されている。
四方を海に囲まれ、美しい山々など起伏に富んだ地形が多いわが国・日本は、地震災害や水災害、火山災害などの自然災害が頻発することは避けられない国土である。その中で暮らす私たちは、多くの災害を経験しながら、災害に備え、災害による被害を減らすための取り組みを続けてきた。
自然災害による死者・行方不明者数の長期的な推移をみると、1959年の伊勢湾台風以降、風水害による犠牲者数は大きく減少しており、主に土木分野の治水事業の進展により、気象災害に対する国土の安全性が向上してきたことが読み取れる。一方、1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災による犠牲者数は桁違いに多く、地震による死者を大きく減らすことは今日までできていない。
平成28年熊本地震や令和6年能登半島地震を含め、大きな地震災害は最近にも発生しており、再び巨大地震が発生すれば、さらに多くの犠牲者が出ることも想定されている。地震災害は、現代において生命に危険がおよぶリスクが最も高い災害となっている。
地震や豪雨などの自然現象の発生自体を防ぐことはできなくても、自然災害による被害をどうすれば減らすことができるのか。建築物の倒壊による犠牲者が多く発生している地震災害では、建築物の安全性の向上が最優先の課題である。
建築物の多くは私有財産であり、その安全性を確保することは建物所有者の責任といえる。建物に耐震性があるのかどうかを確認し、地震による倒壊の危険があるとすれば必要な対策を早急に行うことが求められている。
また、地球規模の気候変動により頻発化・激甚化している水災害では、公共事業のみに頼らない総合的な浸水対策や土砂災害対策が重要となっている。災害が逼迫または発生した後の避難や情報提供のあり方も、命に関わる問題になっている。
安全性が比較的高いマンションの場合、災害時にすべての居住者が避難することが想定されておらず、住宅内にとどまることが求められることもあるが、エレベーターの停止や長周期地震動など、マンション特有の対策が必要な場合も考えられる。
本稿では、自然災害の中でも発生頻度とリスクが高い地震と水害(浸水被害・土砂災害)を対象として、マンションと都市の防災・減災に向けた取り組みの現状と今後の方向性を考える。
地震~住宅の耐震化が要~
都市における直下型地震であった1995年の阪神・淡路大震災では、犠牲者の約8割以上が住宅等の倒壊による圧死であり、旧耐震基準(1981年6月の建築基準法施行令改正以前の耐震基準)により建設された住宅等の被害が特に大きかった。
同年に耐震改修促進法(建築物の耐震改修の促進に関する法律)が制定され、耐震診断や耐震改修により建築物の地震に対する安全性を確保することは国民の努力義務となったが、現在でも、耐震基準を満たさない住宅・建築物は依然として存在している。
住宅の耐震化率は全国で約87%(2018年時点、国土交通省推計)であり、旧耐震基準により建設された住宅の半数以上にあたる約700万戸が、耐震性が不十分な住宅となっている。分譲マンションの場合、約103万戸(国土交通省推計)が旧耐震基準により建設されたものであり、このうち耐震診断により耐震性を確認または耐震改修したマンションの割合は2割程度と推定される(注1)。
いつ発生するかわからない大地震から命を守るには、まず、耐震基準を満たさない建物を早急に解消することが重要といえる(注2)。
(注1)国土交通省「令和5年度マンション総合調査」(2023年10月~2024年1月実施)および東京都マンション管理状況届出制度による旧耐震基準マンションの耐震診断・耐震改修の実施状況(2023年3月末時点)より推計。
(注2)木造住宅については、2000年6月にも耐震基準の見直しが行われている。平成28(2016年)年熊本地震や令和6年能登半島地震では、新耐震基準(1981年基準)のうち2000年基準以前の木造の建物でも被害が大きいことが明らかとなっている。
地震による被害は、建物の倒壊のほか、津波、市街地の大規模火災、土砂崩れ、地盤の液状化、長周期地震動などもあり、これらの被害は、エリアや建物の形状によってリスクが異なるものである。また、家具の転倒の防止や、電気・ガス・上下水道などのライフラインの停止への備えも必要であり、地震の規模によってはライフラインの復旧に時間がかかる可能性も考えられる。
建築基準法が求める耐震基準は、おおむね50年に一度程度の地震で建築物が損傷せず、おおむね500年に一度生じる可能性がある極めて稀な大規模の地震で建築物が倒壊、崩壊等をしない基準となっており、大規模地震では、耐震性のある建築物でも一部損傷が発生する可能性は否定できない。
新耐震基準(1981年6月以降に着工したもの)で耐火構造のマンションであっても、これらの被害のリスクについては考慮する必要がある。津波については、ハザードマップで危険性の有無を確認できる。市街地火災や液状化の危険度マップ等も作成されている。
これらの情報により、住宅が立地するエリアのリスクを把握しておくほか、地震が発生した際には、避難が必要なのか、それとも建物内にとどまる方がよいのか、サポートが必要な人への対応などについて、想定や準備をしておくことが被害の軽減につながる。
水害・浸水被害~流域治水とハザードマップの活用~
気象庁の集計によると、近年、極端な大雨の発生頻度が増加する傾向となっている。日降水量ベースでみた大雨は、比較的大きな河川の洪水と関係が深く、1時間降水量でみた短時間強雨は、小さな河川の洪水や内水氾濫と関係が深い。
2019年の令和元年東日本台風(台風19号)では、各地で観測史上最大雨量を観測し、千曲川、荒川水系越辺川などの氾濫やがけ崩れ等により死傷者を多数出すなどの甚大な被害が発生したほか、世田谷区や川崎市の多摩川周辺の住宅地で発生した浸水など、大都市における被害にも関心が集まった。
タワーマンションの地下電気設備の冠水による長期間の停電等の被害も発生し、これをきっかけに、国土交通省・経済産業省による「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」が策定されたほか、災害時における地域住民の一時滞在施設、雨水貯留・浸透施設、浸水リスクに配慮した電気室等に対する容積率の特例措置が講じられている(注3)。
(注3)「水災害対策と連携した総合設計制度の活用について」(令和2年9月7日付国住街第110号)、「建築基準法第52条第14項第1号の規定の運用について」(令和3年6月25日付国住街第95号)ほか
また、2020年には、宅地建物取引業法施行規則の改正により、ハザードマップが重要説明事項に追加され、2021年には流域治水関連法が成立するなど、法制度の改正も行われている。
流域治水とは、堤防やダムの建設・整備などの治水対策だけでなく、流域に関わるあらゆる関係者が協働して水災害対策を行う考え方であり、①氾濫をできるだけ防ぐ・減らす対策、②被害対象を減少させるための対策、③被害の軽減、早期復旧・復興のための対策をハード・ソフト一体で多層的に進めるものである。
ハザードマップでは、最悪の事態を想定して、想定最大規模や計画規模の浸水想定区域図が作成・公表されてきたが、流域治水の取り組みとして、浸水リスクを踏まえたまちづくりや住まい方の工夫を進めるため、最近では浸水範囲を頻度毎に示した水害リスクマップや多段階の浸水想定区域図の整備も進みつつある。
リスクの高い区域では開発・建築行為を規制することも必要な一方、頻度の高い想定に対してできる建築物の浸水対策を考えることが被害の軽減と早期復旧につながると考えられる。
土砂災害~警戒区域の指定「イエローゾーン」と「レッドゾーン」~
急傾斜地の崩壊や、土石流、地滑り等の土砂災害は毎年のように全国各地で発生しているが、土砂災害のおそれのある危険な箇所は多く存在し、その対策工事を公共事業によって行うことは限界がある。
このため、土砂災害が発生するおそれがある場所を明らかにし、警戒避難体制の整備や、危険な場所における開発行為の制限などの対策を充実させることが重要となっている。
1999年の広島県の大規模土砂災害を契機として、2000年に土砂災害防止法(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)が制定され、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)と土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)が指定されることになった。
その後、2014年8月西日本豪雨による広島市の土砂災害で77名の犠牲者が出たことを踏まえ、区域指定前でも危険性を公表するなど、数次の法改正により警戒区域の指定促進や避難体制の強化が図られている。
2024年3月末現在、イエローゾーンは全国で約69万区域、レッドゾーンは約60万区域が指定されている。レッドゾーンは、開発行為や居室を有する建築物の構造が規制されるなど、住宅の立地は避けることが望ましい区域であるが、建築基準法施行令第80条の3には、レッドゾーンにおける居室を有する建築物の構造方法が規定されている。
事前の予測が難しい土砂災害から命を守るには、土砂災害のおそれがある区域にある既存住宅の移転促進等の対策と共に、土砂災害の衝撃に対する構造耐力基準に適合した鉄筋コンクリート造の集合住宅を建設することも、重要な対策の一つになると考えられる。
マンション防災の鍵は、区分所有者の良好なコミュニティ形成
分譲マンションにおける防災を考える上では、多くの居住者が一つの建物に住んでいることと、区分所有建物という特性を考慮する必要がある。
命を守るためには、まず耐震性の確保が欠かせないが、前述のとおり、旧耐震基準のマンションのうち耐震性を確認または耐震改修したマンションの割合は2割程度と推定され、区分所有建物では必要不可欠な合意形成がネックになっている可能性がある。
耐震改修促進法により耐震診断が義務付けられている要安全確認計画記載建築物(緊急輸送道路等の避難路沿道建築物など)以外では、区分所有者の自発的な合意形成による耐震診断・耐震改修が進みにくいという実態も見られ、すべての旧耐震マンションを対象とした耐震診断の義務化など、より強制力のある方策が必要ではないかとも思われる。
一方、耐震性のあるマンションでも、家具の固定などの対策は必要であり、停電によるエレベーターやエアコンの停止、断水時のトイレ問題など、ライフラインの停止への備えも必要である。
在宅避難が原則とされているマンションでも、津波などのリスクはないのか、また安否の確認やサポートが必要な居住者への対応などを考えておくことが必要となる。そのためには、集まって暮らすマンションの特徴を生かし、災害時に居住者同士が協力し助け合う関係をつくることが重要である。
居住者が顔見知りになっておく、平時におけるコミュニティ形成が、災害時などの緊急時にお互い助け合う「共助」を構築することになる。こうした関係が構築されていれば、区分所有建物に必要な合意形成の一助にもなると考えられる。
実践的な防災活動からコミュニティ形成につなげているマンションもあり、こうした取り組みが進んでいくことが望ましい。
日頃から災害対策を
今回のレポートでは、自然災害のうち、地震と水害(浸水被害・土砂災害)を対象として、これまでの災害を振り返りながら災害に備えた取り組みを紹介し、その中で、マンションと都市の防災・減災に向けた課題や取り組みの方向性を示した。
地震に関しては、建築物の耐震性を確保し、地震から命を守ることが最優先の課題であり、マンションにおいては、旧耐震基準のマンションの耐震診断・耐震改修があまり進んでいないことを認識し、その実施を強く促すことが必要と考えられる。
また、耐震性のあるマンションであっても、在宅避難、災害弱者の支援、周辺地域との連携など、マンションの特性に応じた防災対策が必要であり、そのためには、良好なコミュニティの形成や防災訓練など、平常時からの対策が重要と考えられる。
一方、水害に関しては、場所や建築物の形状によって被災のリスクが異なることから、ハザードマップによって浸水や土砂災害等のリスクを把握することがまず必要であり、浸水被害については、想定される発生頻度に応じた段階的対策や、早期に復旧できる方策を考えることが有効と考えられる。マンションにおいては、想定される浸水や土砂災害に備えた建築物とすることで被害を受けにくくすることも可能と考えられ、防災の観点から、集合住宅を積極的に活用することもあり得ると思われる。
なお、このレポートでは代表的な自然災害として地震と水害を取り上げたが、暴風や高波、火山の噴火など、想定される災害はほかにもある。また、都市における災害への対応は、マンションか一戸建て住宅かといった区分ではなく、地域における「共助」が重要とも考えられる。一人ひとりが様々な災害のリスクについて確認し、その対策を考えることによって、マンションと都市の安全性がより高まることを期待したい。
本記事は長谷工総合研究所不動産総合情報誌「CRI」を再編集し転載している。
(青木伊知郎、佐藤貴之)
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