日銀の金融政策転換と都市再開発がもたらした変化
再開発が停止している中野サンプラザ。原因は建設費の急騰である。野村不動産は事業費を2639億円と見込んでいたが、人件費や資材費の高騰で900億円以上の増加が予想されるため、施行認可申請を取り下げ、中野区は計画の見直しを表明した。 2024年は、日本経済にとって重要な転機となった年であった。3月の日銀金融政策決定会合で、長期にわたるマイナス金利政策が解除され、続いて7月には0.25%の利上げが行われた。この政策変更によって、住宅ローン金利が上昇し、住宅購入を考える消費者にとって新たな課題となっている。
不動産市場においては、東京都心の不動産価格が依然として高騰している。地方都市でも駅前に「億ション」と呼ばれる高額マンションが建設され、富裕層を中心に売れ行きは好調だ。しかし、交通や生活の利便性が低いエリアではデベロッパーの採算が合わず、地域間で新築供給の二極化が進んでいる。
中古住宅市場においても、交通の便が良く生活環境が整っている地域では中古住宅の需要が高まり価格が上昇しているのに対し、そうでない地域では価格が低迷する価格の二極化が見られる。
建設業界は厳しい状況に直面しており、新築マンションの供給が減少している。これは、労働力不足や資材費の高騰が原因であり、結果的に物件価格を一層押し上げている。同時に、東京都心では再開発が進行中で、新たな商業施設やオフィスビルの計画が相次いでいる。この再開発により、不動産市場にさらなる価格変動を引き起こしている。
これらの状況を受けて、投資家だけでなく一般の消費者にとっても、不動産選びの基準が変わりつつある。その地域の将来の資産性を一層重視する姿勢へとシフトしている。2024年は、このように都心部ではバブル期の価格を超えるなど新たな局面を迎えた年であり、今後の動向が注視される。
ここからは、この1年、市況や業界を俯瞰し現場での取材を重ねてきた有識者に、2024年の不動産・住宅業界を振り返っていただく。
注目が高まった金利動向と関心が高まっていく住宅の省エネ性能 ~ 菅田修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている2024年の住宅市場において、影響を受けた方が多かった動向は、短期プライムレートの上昇だろう。短期プライムレートは、一般的に住宅ローンの「変動金利型」におけるベンチマーク指標として用いられており、2009年以降は変化せずに推移してきたが、主要行の最頻値が2024年9月に0.15%上昇し1.625%となった。これは、約14年ぶりの変化だった。住宅金融支援機構が2024年4月に調査した結果によると、利用した住宅ローンの金利タイプは「変動金利型」だったと回答した割合は76.9%に達しており、住宅ローンを既に借り入れている世帯でも金利動向の影響を受けて、2024年は実際に住宅ローンの支払い額が増加した方が多かったことが示唆されている。これまで短期プライムレートが上昇せずに推移してきたことが「変動金利型」を選択する一因となり、住宅価格が高騰している局面でも低金利で住宅ローンを調達できたことが実需層の住宅購入を後押ししてきた側面がある。足元で短期プライムレートが実際に上昇へと転じ、今後も上昇圧力がかかる局面となった今、実需層がどの金利水準まで現在の住宅価格で購入に踏み切れるかが今後の注目ポイントになるだろう。
また、住宅ローン減税の要件においても、2024年は変更された点があった。それが省エネ性能に関する部分だ。新築住宅・買取再販住宅に対する住宅ローン減税の要件は、2023年も省エネ基準によって4つに分類されていたが、省エネ基準を満たさない「その他の住宅」については、2024年から住宅ローン減税の適用対象外となった(ただし、2023年までに新築の建築確認を受けていれば適用の対象となるなど例外措置あり)。これは、2021年10月のエネルギー基本計画等に関する閣議決定で、2025年4月から新築住宅は省エネ基準適合が義務化されたことに伴う措置であろう。この閣議決定では、2030年から省エネ性能の最低ラインがZEH水準に引き上げられることが盛り込まれている。これは、高騰した価格で購入した住宅が、将来的に旧基準の住宅になってしまうことを意味している。そのため、住宅の省エネ性能に対して、今後の関心が高まっていくことが想定される。
住宅ローンの適用金利が上昇することは実需層の住宅購入可能額の押し下げ要因となり、省エネ基準適合の義務化はコスト増に伴う住宅価格のさらなる押し上げ要因になるケースもあるだろう。こういった環境下で、インフレに伴って生活コストも上昇している。そのため、所得の上昇が伴わなければ、現在の価格では住宅を購入できる実需層は減少することが想定される。住宅市場の売れ行きが明確な悪化とならないよう、2025年は所得環境の改善と、的確な金融・経済政策がとられることが、これまで以上に強く望まれている。
新築マンションの供給戸数が大幅減 建築費高騰で価格上昇も人気は都心近郊に集中 数年先ではなく10年先を見据えて住宅選びを ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ2024年は、日本経済にとって大きな転換点といえる年だった。2024年3月に日本銀行によるマイナス金利政策が解除。2024年7月には、政策金利を引き上げ10年物日本国債の金利は、1%を超える水準に到達。住宅ローン金利も、政策金利の引上げにともない上昇した。
新築マンション市場では、供給戸数が大きく減少している。不動産経済研究所の発表によれば、2024年度上半期(4月~9月)の首都圏新築マンション発売戸数は、前年同期比29.7%減少の8,238戸。コロナ禍の2020年を下回る過去最少の供給戸数となった。1戸当たり平均価格は 7,953 万円で前年同期比1.5%の上昇、1 m2当たり単価は 120.9 万円で1.7%の上昇。平均価格、m2単価ともに最高値を更新しているが、都心近郊の価格上昇が顕著だ。
価格上昇の要因は、円安や人件費上昇による建築費の高騰。年初に1ドル140円程度だったドルー円レートは、一時期160円台を突破。12月に入っても150円台で推移している。2020年1月に103円台だったことを踏まえると3割超の円安に。輸入に頼る資材価格やエネルギー価格が上昇し、人件費もアップ。中野サンプラザ建替えのように当初予定の事業費が合わず見直しの動きも出ている。さらに、円安によってホテルなどインバウンド需要が拡大。令和6年都道府県地価調査によれば、東京都区部の商業地の対前年上昇率は、9.7%。コスト面を考えると都心のマンション価格は、今後さらに上がる公算だ。
価格の先高観もあり都心好立地の大規模新築マンションに人気が集まっている。選手村跡地の超高層タワー「HARUMI FLAG SKY DUO」は、高倍率で完売。勝どき駅徒歩10分の地上53階建総戸数2046戸の大規模複合再開発プロジェクト「ザ 豊海タワー マリン&スカイ」の売れ行きも堅調だ。インフレ局面で影響が大きいのは、規模が大きく工期の長いプロジェクトで金利上昇もコストアップ要因だ。相場上昇を見越して、築浅の中古マンションを不動産業者が取得し転売するケースも目立つ。都心の中古マンション価格の上昇幅が大きいのは、不動産業者の再販ニーズの強さも一因だ。
いっぽうで、郊外エリアの新築マンションや新築一戸建てでは、苦戦現場も目立つようになってきている。インフレによる生活費の上昇は家計を圧迫し、金利上昇は購入マインドを冷やす。パワーカップルや富裕層のセカンド需要、外国人保有ニーズの大きい都心のマンション市場とは対象的だ。首都圏中古マンション成約m2単価の前年同期比(2024年7~9月)を見ると東京都区部が+11.4%に対し埼玉県+3.1%、千葉県+4.6%、神奈川県+2.2%となっており郊外の伸びは小さい。
留意したいのが上場不動産投資信託市場では、東証リート指数が年初より下落が続くなど中古流通市場と異なる動きであること。例えば、月島や豊洲エリアの中古マンション価格は、この一年で大きく上昇したが、同エリアの賃貸を組み入れている日本アコモデーションファンドの株価は、金利上昇の影響もあり2024年12月15日時点で年初よりも下落。同ファンドに組み入れられている東京23区内の投資比率は83.3%で、パークアクシス豊洲や大川端賃貸棟も含まれる。
ファンド向け物件の取引価格は、賃料上昇を金利上昇が相殺してほぼ横ばいで推移しているという。転売目的の短期資金が都心のマンション市場に流入しているのなら注意が必要だろう。大規模修繕費もこのところ上昇が顕著で、修繕積立金の大幅な引き上げを余儀なくされている中古マンションも多い。安心できる住まいは、数年先ではなく10年、20年先を見据えて選ぶべきだろう。
「金融正常化元年」でマンション需給に変化 失われた30年取り戻すプロセスには痛みも ~ 平松健一郎氏
平松健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は四半世紀続けているジョギングと、世界のへき地を巡るバックパック旅行新築分譲マンション市場には2024年、穏やかだが重要な転機が訪れた。3月に日銀がマイナス金利政策を解除し、17年ぶりに利上げへと転換。建築費の高騰などで不動産各社の主戦場が東京都心一帯に狭まる従来の図式に、金利上昇という変数が加わった。7月の追加利上げと8月の株価暴落を経て次の利上げ判断は25年1月以降に持ち越され、足元では住宅ローン変動金利も低位だがマンションの需給が変わってきた。物件価格が上がるなかで金利の先高が既定路線となり、実需層らを中心として短期の売却を前提に新築を買ったり中古や賃貸に目を向けたりする傾向が表れた。今年は日本の失われた30年を取り戻すための「金融正常化元年」だった。金融の歪みを正す作業が今後本格化する。超低金利に支えられてきた新築マンション市場は正念場を迎える。
建築費高騰、金利上昇、脱炭素、訪日客増加、DX、半導体、株主還元―。手元の取材メモに頻出する単語の一部だが、今年は前二者に不動産業界の関心がひときわ集中した。建築費の上昇は深刻さを増す。資材価格に天井が見えた一方、4月に始まった建設業の残業規制で労務ひっ迫に拍車が掛かり、価格転嫁が難しい郊外でのマンション開発が減少。結果的に大手各社を利益率の高い都心や準都心に留まらせた。売り手市場の昨今、工事請負契約の主導権は施工者側にある。11月に出そろった大手ゼネコン5社の半期決算では4社が増益となるなど利益率回復が顕著だった。ある識者は「この数年利益を削ってきた分を取り戻しにきている」とみる。12月には建設労働者の処遇改善や価格協議の円滑化などを狙う改正建設業法が一部施行されたが、民間契約の工事費増額を公平に規定するのは難しく、コスト負担を巡る受発注者の綱引きは来年以降も続きそうだ。
一方、上がり始めた金利の先行きについては不動産業界に楽観ムードが漂う。複数のマンション大手が販売への影響を「無風状態」と異口同音に語り、日銀が追加利上げに動いても住宅ローン金利の上げ幅は販売に響く水準にはならないと見当を付ける。そもそも潜在成長率が2%前後の米国に対し、日本はこの20年ほど1%を下回る。23年の1人当たり名目GDPOECD加盟38カ国中22位で韓国に抜かれるなど経済の弱さが際立つ。こうした状況で米国の利下げに逆行し、日銀が取れる無担保コール翌日物金利の誘導目標は0.75%が上限との見方もある。ただ金利上昇は緩やかながら建築費には下がる気配がなく、新築マンションの販売戸数が目に見えて減ってきた。
■マンション戸数は過去最低水準の2万戸台前半に
不動産経済研究所の調査では首都圏1都3県における24年1~11月の新築マンションの累計販売戸数は1万7184戸と、前年同期比で約3000戸減った。通年の合計は昨年と一昨年に続き3万戸台を割り、過去最低水準の2万戸台前半に着地しそうだ。他方、同期間の平均価格は約8000万円。東京23区で1~11月に売られた約6400戸のうち実に4割が「億ション」で、それらが首都圏の平均価格を押し上げた形だ。新築の後を追うように中古価格も上昇カーブを描く。東京カンテイの調べでは東京都心6区における11月の70m2当たり平均価格は1億4128万円と22カ月も上昇を続ける。都心の築浅物件ほど上げ幅が大きく、高額化する新築を諦め中古に向かう消費者が増えている可能性がある。マンションの値上がりは海外投資家の増加も一因だ。JLLの調べでは日本の不動産への投資額は1~9月累計で前年同期比40%増の38567億円。今はまだ低金利で借入負担も小さい日本市場が選好され、賃貸住宅のバルク買いも復活したという。東京の住宅への投資では中国や台湾などアジア勢が存在感を増しつつある。
東京の新築マンション市場は富裕層らの需要に支えられる都心一帯とそれ以外に分かれ、前者が相場をけん引する二層構造だ。土地と建物が見境なく高騰し弾けた80年代バブル期と大きく異なり、市場全体が連鎖的に崩れるリスクは当時よりも低いと考えられる。一方、米国を起点に経済情勢が急変し、需給が揺らぐ危うさは常にある。日銀の植田和男総裁は12月19日の会見で利上げを先送りした理由の一つに米国の「トランプリスク」を挙げた。国内で物価と賃金の連動的上昇に力強さが欠けることも示唆した。日本のマンション市場は勢いのある東京都心だけに目を向けていると重要な変化を見過ごす。日銀は金融正常化という難題を来年以降に積み残した。2025年は従来以上に潮目の変化に備えたい。
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