全国242店舗、賃貸仲介事業をコアとするハウスコム株式会社
少子高齢化による人口減少、空き家の増加、人手不足、コロナ禍による価値観の多様化など、変化が非常に早い現代社会において、さまざまな業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が有効な手段として広く活用されている。
一方、住宅不動産業界では、昔ながらの商習慣が根強いことや、ノウハウ・知見の不足のため、DXの取組みが遅れているとされてきた。
業界を取り巻く環境が大きく変化している中、今回の企画は、住宅不動産業界のリーディングカンパニーのトップの皆さまにお話を伺い、「住宅不動産業界におけるDXの展望」を共に考えていくものである。インタビュアーは、住宅不動産ポータルサイトLIFULL HOME'Sを運営する株式会社LIFULL 代表取締役社長 伊東 祐司氏が務める。
お話を聞くのは1998年の設立以降、不動産賃貸仲介業界のリーディングカンパニーとして事業を展開してきたハウスコム株式会社、代表取締役社長執行役員 田村 穂氏。早くから不動産DXに取り組んできた背景やDXにおいて重視するもの、今後の展望を聞いた。
賃貸仲介現場での体験をもとに、2000年代からDXに着手
伊東氏:まず、御社の掲げているグループミッションやビジョンについてお聞かせください。
田村氏:我々のミッションは、「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」です。住まいを中心としてお客様に幸せになっていただきたい、そういった世界を我々はつくっていきたい、という想いを込めています。コア事業である賃貸仲介を中心に、リフォームや原状回復などの施工関連事業、管理、売買、フランチャイズなど、幅広く事業を展開しています。
ビジョンである「THE LIVE DESIGN COMPANY(地域社会で最も人に寄りそう住まいのデザインカンパニー)」は、地域社会に最も寄り添う会社になりたい、という意志を込めています。お客様が初めて地域を訪れて部屋探しをするとしたら、最初の接点が不動産会社になりますよね。その街での第一歩をお手伝いする存在として、地域社会へ貢献したいという想いが背景にあります。
伊東氏:市場の変化や技術革新が目覚ましい社会ですが、御社は「不動産DXのハウスコム」と呼ばれるなど、かなり早い時期から不動産DXに取り組んでこられました。業界におけるDXの重要性について、どのようにお考えですか。
田村氏:当社は、DXを通じて、お客様と従業員の体験を最大化することが重要と考えています。DXは経営の中核であり、効率と品質の向上、持続的な成長を支える重要な要素ですね。将来のデータ活用を見据えて、2018年から基幹システムの刷新を行い、データドリブン経営を推し進めています。また、「売り切り収入」モデルからお客様との長期的な関係を重視した「リテンション収入」モデルへの移行を進めています。
伊東氏:そのように「これからはDXを推進するべき」と舵を切れたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
田村氏:私がもともと、接客の現場でお客様とコミュニケーションを取るのが好きな一方で、手間のかかる事務作業が苦手だったんです。お客様と接する時間をしっかり確保するには、事務作業はできる限り効率化や自動化をしていきたいと考えるようになりました。そこから思いついたアイデアをどんどん実行に移して、数え切れないくらいの失敗もして、常にブラッシュアップしながら今に至ります。
トライ&エラーの連続「チャレンジこそ成功の鍵」
伊東氏:不動産DXに関する御社のさまざまな取組みについて、具体的に教えていただけますか。
田村氏:まずは、2007年に開発した物件情報の自動取込システムです。当時、物件資料を手動で基幹システムに入力していましたが、これらを自動化することで従業員の負担を軽減しようという試みです。結果、物件掲載のスピードが大幅に向上し、お問合せが年間10万件から約65万件に増加しました。
伊東氏:7倍近くの成果ですか。そして2007年というのは、やはり早いですね。
田村氏:そうですね。当時はものすごく大変でした。管理会社をいくら回ってもなかなか取り合ってもらえなかったり、夜中まで物件情報を入力して、翌日、同期に失敗して反映された物件情報が0件だったり。構想から実現に至るまでに相当の時間を要しましたね。その後、増えたお問合せに対応するために、2008年に自動追客機能を導入し、2009年にはこれからは顧客管理が大事だろうということで、顧客関係管理(CRM)システムを開発しました。
伊東氏:オンライン内見も2015年とのことで、これも早かったですね。
田村氏:国土交通省よりIT重説の重要性が示された時に、では先にオンラインで内見もできるようにしようと、2015年にリリースしました。コロナウイルスの流行時にオンライン内見は一般的になりましたが、当社では先に導入していたため、迅速かつスムーズに対応することができました。
伊東氏:オンライン内見を導入されて10年くらい経つわけですが、利用状況はいかがですか。
田村氏:実際に件数が増え、精度は高くなっていると思います。ただ、オンライン内見だけで最終決定できるまでは至っていませんね。コロナ禍において、すべてをオンラインで解決しようと試みましたが、難しかったです。遠方のお客様は別にしても、やはりお客様は最終的には物件を見たいと希望します。部屋の匂いだったり陽の入り方だったり、現地の空気感を知りたいということで。将来的には、その場にいなくても五感的な部分まで感じられるように技術的には進化するだろうとは思いますが、今はまだそうはいかないのが実情ですね。
伊東氏:ただ、インターネット上で得られる情報が格段に増えたことで、内見までの意思決定は早まりそうですね。
田村氏:物件の内見件数は昔より減っていますね。ですから、内見前にいかに密なコミュニケーションを取れるか、お客様の期待値をどれだけ上げられるかが非常に大切です。それがきちんとできていれば、1~2件の内見でほぼ決まります。また、DXの推進によって、お客様は不動産会社と“場所”と“時間”を共有しなくても安全に不動産取引ができるようになってきています。
なぜ「EX(従業員体験)」の向上を最優先とするのか
伊東氏:御社は、DXの推進により「EX(従業員体験)」が最大化し、「CX(顧客体験)」が最大化する、としています。この考え方の背景を教えてください。
田村氏:“従業員の幸せなくして、お客様の幸せは実現できない” という考え方からです。DX、EX、CXこの3つが全部そろって初めて形になる、そんなイメージですね。CXはもちろんのこと、従業員視点であるEXも業界のキーワードとしてますます重要になると考えています。
従業員満足度を高め得る社内制度はいろいろ作りました。ただ、当社には多様な人材がいますし、全員にとって満足度が高い制度ではない場合もあります。また、制度面の満足度が上がったからといって、最終目的であるお客様の満足度や幸せに結びついているかというと、懐疑的な部分もあったんですね。それならば、従業員の仕事上の幸せを追求した方がいいのではないかと。従業員の体験価値を向上させるために必要なものが、さまざまなDXの取組みです。
伊東氏:DX施策の考え方も、まずは従業員ファーストということですね。
田村氏:はい。従業員目線で、契約書類や契約手続きの電子化など、賃貸仲介事業の業務効率化に積極的に取り組んでいます。従来の賃貸仲介の現場では、入居申込、重要事項説明、契約締結、保険手続、解約手続など、書面によるやりとりが数多くありました。これらの電子化を進めることや、CTI(コンピューター電話統合)システムの導入などにより、業務時間やコストも抑えられ、従業員とお客様の体験価値の向上につながっています。
伊東氏:実際にどのような変化や成果が生まれているのでしょうか。
田村氏:各施策による業務効率化の成果は、見える化しています。例えば、本社にIT重説チームを設置したことにより年間約800時間、更新手続きの電子化により年間約1,050時間、メールお問合せ自動返信により年間約632時間の削減など、煩雑な作業の時間を減らしたことで、接客に費やせる時間を確保できています。
伊東氏:一つ一つの施策の積み重ねによって、コア業務である接客に注力でき、お客様に寄り添った提案ができるようになるということですね。
DXが進んでも、地域の拠点の重要性は変わらない
伊東氏:DXの推進によって、ユーザー側の住まい探しの体験はどのように変わるでしょうか。
田村氏:最近の変化として、お客様にとって不動産情報がとても身近なものになってきたと感じています。今すぐに引越しを検討していなくても、インターネット上で情報を簡単に集められますから、気軽にお問合せをいただくことが増えていますね。お問合せのハードルが下がり、業界全体でもっと契約書周りの電子化が進むと、一気にお客様の体験も変わると思います。
先ほど言ったように、“時間”と“場所”を一切共有せずに住まい探しが完結できる世界になっていくということですね。今の時代、多くの業界で、“時間”と“場所”を共有せずにさまざまな取引が完了するようになっています。不動産業界もその方向を目指さないといけない。
とはいえ、すべてがオンラインで完結する住まい探しがスタンダードになるには、まだ10年ぐらいかかるだろうと思います。現物を見ないで本当に物件の情報を信用できるか、現地の空気感がわかるのか、また私たち仲介会社のことを信頼できるのか、といったところは、まだまだこれからだと思います。実現する技術はいろいろあるにしても、ですね。
伊東氏:“時間”と“場所”に縛られない取引、不動産DXにおけるキーワードですね。そうなると、今後、店舗の役割も変わってくるとお考えですか。
田村氏:すべてをバーチャルに、という発想もありますが、やはり不動産は地域に根ざすものですから、地域にリアルな拠点があることは強みであると考えています。駅の近くに店舗があって、従業員は街のことをよく知っていて、地元の家主様との接点が日常的にあって、それゆえ地域の店舗には地域特有の情報が粘着するんです。手続き関係はDXがさらに進んでも、住まい探しの最終段階では人に頼るところが大きいです。それがリアルな店舗の働きがいでもあると考えていますので、地域の店舗を減らすつもりはないですね。
さらに働きがいのある、働き続けられる賃貸仲介業界へ
伊東氏:さらなるDXの推進に向け、現在の課題や今後の展望を伺えますか。
田村氏:お客様の価値観やニーズが変わる中で、賃貸仲介業界は新たな価値をお客様に提供できているのだろうか、不動産会社はこのままでいられるのだろうか、という課題感は常に持っています。それに対する手段の一つがDXです。
また、人口減少により働く人口も減っていく中で、今までと同じやり方では事業を続けていくことは難しいでしょう。賃貸仲介業界の離職率はとても高いです。商品がない世界なので、人と人とのつながりで売上を作っていくわけですから、そういう意味でも人材育成や教育が今後さらに必要となります。DXを進めることで、働きがいのある業界に、働き続けられる業界にしていきたいと考えています。
伊東氏:2024年3月には、弊社と「不動産DXパートナーシップ基本協定」を結ばせていただきました。ポータルサイトに求めるのはどのようなものでしょうか。
田村氏:賃貸仲介業界のプレイヤーである管理業者と仲介業者と、御社のようなポータルサイトのような業態との垣根が、今後ゆるやかになっていくと思っています。テクノロジーが発展し、リアルの現場とバーチャルな世界観が一緒になることによって、住まい探しや地域活性といった新たな価値提供につながっていくと感じています。そこはすごく期待をしています。協業して、将来的に賃貸業界を盛り上げていきたいです。
伊東氏:おっしゃるとおり、双方の得意分野を組み合わせて、御社のEX、CXの価値向上に資する取組みができればと思います。本日は、ありがとうございました。
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