特例で売却価格が800万円以下の空き家の仲介手数料上限を30万円に変更
国交省は放置空き家の市場流通を促進する目的で、「宅地建物取引業法に基づく告示(法第46条に基づく大臣告示)」を改正し、不動産業者が受け取る仲介手数料の特例制度を拡充した。具体的には、2024年7月1日より、売却価格が800万円以下の空き家の売買仲介を実施した際の仲介手数料上限額を30万円に引き上げた。
一例を挙げると、200万円で成約した低廉な空き家の売買仲介だと、以前は上限は特例適用でも18万円となっていたが、制度変更後は上限30万円となった。また、賃貸仲介においても、長期間使用されていない空き家は、通常の手数料(賃料の最大1ヶ月分)に加え、貸主からさらに1ヶ月分の手数料を追加請求できるようになった。
以前の不動産仲介制度では、仲介業者が受け取る報酬額は売買価格に応じて定められており、売買価格が200万円以下なら5.5%、200万円超400万円以下の場合は4.4%、400万円を超えると3.3%となっている。またこの制度では、売却価格が400万円以下で状態の悪い「低廉な空き家(※)」については特例によって仲介手数料の上限が18万円に設定されており、一般的な物件よりもやや高い手数料を受け取ることが可能にはなっているが、対象となる物件の価格が400万円以下に限定されていることから、仲介業務のインセンティブとしての効果が期待できるほどではなかったのも事実だ。
今回の制度改正では、その点を考慮し、対象となる空き家の価格上限を400万円から2倍の800万円まで引き上げ、制度の対象となる物件の範囲を拡げてインセンティブを高めている。
このような制度改正によって、国交省は、不動産仲介会社が低価格帯の空き家売買や賃貸仲介に積極的に関与しようというモチベーションが(やや)上がることが期待できるため、これまで流通市場に仲介物件として出回ることのなかった空き家の売買・賃貸が促進され、結果的に放置空き家の増加を抑制することができるとしている(国交省は2030年に約470万戸と推計される放置空き家の数を制度改正と解体などによって400万戸に抑制することを目指している)。
総務省の「住宅・土地統計調査」によると、2023年10月時点の空き家は899万戸(住宅総数に占めるシェア13.8%)で、5年前の調査から50万戸増えて過去最多を記録しており、そのうち使用目的のない放置空き家は385万戸(同5.9%)と同じく36万戸増加しているから、対策は待ったなしの状況だ。
一方で、仲介手数料の上限を引き上げるということは、空き家を保有している売主および貸主のコスト負担が増えることを意味し、また、不動産仲介会社が積極的に買主もしくは借主を見つける営業努力をしたとしても、放置空き家に対する需要はごく限られており(そもそも需要があれば放置空き家になっていない)、現実問題として売りにくい&貸しにくいという課題を解決するには不十分であるとも言える。
具体的な方策として、放置空き家を減少させるためには他にどのような手段が有効なのか、空き家問題に詳しい有識者にその処方箋を聞く。
※ 低廉な空き家:売却価格が400万円以下で、かつ通常の売買契約と比較して現地調査等の費用(実費)がかかる物件
唯一無二の存在としての空き家問題 ~ 小沢理市郎氏
小沢理市郎氏:会津若松市出身。東京都立大学建築学科卒業後、都市計画コンサルタント、金融系シンクタンクを経て現職。建築・不動産・金融を切り口として、都市・住宅・不動産政策、不動産マーケットリサーチ、低未利用不動産再生を切り口としたまちづくりに従事する。合同会社鍬型研究所代表、一般社団法人タガヤス代表理事、株式会社地域デザインラボさいたまシニアアドバイザー、公益財団法人未来工学研究所研究参与。著書に、「安心の設計」中央公論新社(読売新聞社会保障部編集)(共著)、「空き家問題対策がよくわかる本」経済法令研究会(共著)、「地域創生と未来志向型官民連携」DBJBOOKs(共著)。
そもそも、なぜ空き家がこれだけの社会問題として取り上げられているのかを考えてみよう。どの地域にも必ずと言っていいほど空いている状態の家はある。古くなった家が解体されていくことも普通の出来事である。都市規模が大きい地域では、家が空いても、そのうちに買い手・借り手が見つかってしまう。買い手・借り手が見つかるということは、そこに住みたい世帯がいるということだ。問題は、その世帯の数そのものが減少してしまうということだ。たとえ需要があったとしても、住宅の数より需要を持つ世帯の数が少なくなってしまえば、空いた状態の家は出現してしまう。
住宅は建てられ続ける、世帯の数は減っていく、つまり空いた状態の家は出現し続けることを前提に考えていかなければいけない。
空き家対策が難しいと言われる理由としては、次の二つの要因がある。一つは空き家と言っても「不動産」であるということ、もう一つは不動産の中でも、空き家になる前までは人が暮らし続けていた「住宅」であるということだ。
不動産であるということは、その家がこの世に生まれた瞬間から唯一無二の存在であり、地球上の土地のある一画と空間を占めている存在となる。複製することももちろんできない。唯一無二の存在であるが、極めて環境が類似している場合(例えば、マンションの隣接住戸など)でも、住まい手の住まい方や管理の仕方によって、まったく異なる家の人生を歩むことになる。そのような個別性がある不動産が集まって、「まち」となっていく。
そして、住宅であったということは、そこにはたくさんの思い出や思い出の物が詰まっている、ということだ。
そもそも地球上に唯一無二の存在として建っている不動産であり、住まい手によって異なる環境に置かれ、それぞれの思い出が詰まっているために、そこから生じる問題やその背景にも個別性がある。もちろんこの個別性はいくつかの類型化は可能ではあるが、「こんなことがある、あんなことがある」と言った個別的な問題に個別的に対処していくことには限界がある。「対策」を考えるためには、これらの個別性から共通項をできるだけ抽出して、それに対する対策を検討していくことになる。
例えば、夜中の公園に子どもが一人でいるのを見つけた大人は「こんな時間に…」という気持ちになる。場合によっては声をかけたりもする。これは、自分が小さい頃から、「遅くならないように帰るのよ」と家族や知人から言われ、遅く帰ると叱られると言った教育や経験を得たからだ。もちろんこれは人命に関わることなので、リスク感度が高いのだが、犯罪の温床や放火の恐れがある空き家を見ても普段はあまり意識しない。これは、上記した「不動産であること」や「家であること」に関する学びの機会が全国共通として少ないため当たり前のことだ。
空き家対策の基本は、所有者がきちんと管理することだ。空き家がどれだけ増えようとも、きちんと管理されていれば問題の発生率も大きく抑えることができる。ただし、所有者が遠方に住んでいる、何らかの理由で動けない、そもそも管理する意識がない、など様々な個別的理由により管理できない状況はたくさんある。
不動産が集まれば「まち」になる。つまり空き家の問題は「まち」の問題でもある。「まち」全体で、空き家に対する意識レベルを少しでもあげていくことがとても大切なのだ。立ち話や茶飲み話の中で、「空き家って放っておくとまずいらしいよ」という会話が自然と出るようになれば、普段は管理する意識がない所有者も自分事としての気づきが得られる。「あそこのおばあちゃん、腰が痛いからちょっと空き家見てきてあげよう」、「草刈りを手伝ってあげよう」と言った助け合いにより、問題の進行や深刻化を防ぐことができる。
空き家対策に有効な手段、それは空き家に対する地域の意識レベルを少しでもいいからあげていくこと、これが個別性のある空き家問題に対して共通して重要なことなのだ。
媒介業務だけではない宅建業者の役割 ~ 高橋正典氏
高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)などそもそも空き家問題の解決は宅建業務の範疇なのか? 私は常々疑問を呈してきた。
空き家を利活用するために必要なことは、例えば改修する場合には建築的ノウハウが必要であり、転用するにはクリエイティブな発想が必要である。では、これらを宅建業者が単独で提供できるのだろうか? それは、これまで空き家問題の解決に挑むプレーヤーが主に誰であったかを振り返れば一目瞭然である。長らく宅建業者の仕事は、単なる「箱」や「人」が移動する際の必要手間に対する手数料の域を出なかったことから、空き家の抱える本質的な課題の解決ノウハウを持っている業者は極めて少ないと言える。
しかし、2015(平成27)年「宅地建物取引士」へ名称変更された際の宅建業法の解釈・運用において「宅地建物取引士が中心となって、リフォーム会社、瑕疵保険会社、金融機関等の宅地建物取引業に関連する業務に従事する者との連携を図り、宅地及び建物の円滑な取引の遂行を図る必要があるものとする。
(https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001753240.pdf)」とある以上、本来ならば、宅建業者が自ら中心となり、そうしたノウハウを持つプレーヤーと連携すべきである。
さて、本題に戻り今回の媒介報酬規制の見直しは、「不動産業による空き家対策推進プログラム」に基づくビジネス化支援によるものだ。報酬額を上げなければ本来宅建業者として求められていることに取り組めない実態はとても残念ではあるが、取り組むキッカケとして一定の効果はあると考える。なぜならば、2017(平成29)年に一度400万円以下の空き家取引における媒介報酬が18万円まで上限が引き上げられたが、あくまで依頼者からの媒介報酬だけだった。
それを、今回の法改正では購入者や借主という、依頼者ではない方からも領収することが可能であるため、両方からそれぞれ引き上げられた上限の媒介報酬を得られる可能性があることとなりビジネス上のメリットは高まったからである。しかし、取り組む宅建業者が増えたとしても、消費者は空き家に住む、または空き家を手に入れること自体がゴールではなく、同時に求められる豊かな暮らしの実現に必要な提案やサポートが必須であり、先の宅建業法の運用・解釈にあるような宅建業務が提供されてこその課題解決ではなかろうか。
どちらにしても本改正ではあくまでも空き家をどう流通させるかの問題にフォーカスされており、空き家を生まないためのものではない。以前、本時事解説「京都市の“空き家税”は全国の空き家を減少させる嚆矢となるのか」で書いたように、川上と川下の双方における包括的な改正に発展させていくべきだと言える。
空き家問題の抜本的な課題に目を向けるべき ~ 大西倫加氏
大西倫加:広告・マーケティング会社などを経て、2003年さくら事務所参画。2011年取締役に就任し、経営企画を担当。2013年1月に代表取締役就任。2008年にはNPO法人 日本ホームインスペクターズ協会の設立から携わり、同協会理事に就任。10年間理事を務め、2019年に退任。2018年、らくだ不動産株式会社設立。代表取締役社長就任。新著に『マンションバブル41の落とし穴』(小学館)他、執筆協力・出版や講演多数。低廉な空き家の仲介手数料が引き上げられることによって、空き家の流通が促進されるとは到底思えない。たしかに、これまで地方の空き家に関してはリスクと手間に対して仲介手数料が低すぎるという問題はあったものの、実態として市場性のある空き家は買取再販などですでに流通しているケースがほとんであることから、仲介手数料の上限額を引き上げたところで劇的な効果を生むことはないだろう。
空き家が流通しない根本的な課題は、別にある。最も大きな課題は、市場性が絶対的に低い空き家が多いということ。需要がなければ、仲介手数料をいくら引き上げても取引自体が成立しない。そして今後、こういった空き家はますます増えていくものと考えられる。売却以前に、相続や登記、境界、遺品整理などの課題・問題が障壁となって売却できない空き家も少なくない。また、大きな課題や問題がなかったとしても、介護施設への入居や相続などを契機に売ることができず、売却するタイミングを逃して空き家になってしまっているケースも非常に多い。とはいえ、こうした空き家であっても市場性さえあれば流通させることは可能だ。
このような現状に鑑みれば、空き家の流通を促進するために求められるのは仲介手数料の引き上げではなく、次のような施策になってくるのではないだろうか。
1つは、用途規制等の緩和だ。これから爆発的に空き家が増えていくと考えられる郊外のベッドタウン等の空き家の流通を促進するには、用途規制や接道規制が障壁となるケースも想定される。2023年12月に改正された空き家対策特別措置法(空き家法)では、市町村が重点的に空き家の活用を図るエリアを「空き家等活用促進区域」に指定し、必要に応じてこれらの規制の特例を設けることが可能になった。国土交通省によれば、2024年度中に10の区域が空き家等活用促進区域に指定される予定だというが、空き家の増加率に鑑みてこのような対策をより加速させる必要があるだろう。
すでに空き家になってしまっている不動産を市場に出すには、一定の強制力も必要になってくるはずだ。改正空き家法では、特定空き家や管理不全空き家の管理是正に向けた一定の強制力を自治体に持たせているが、安全性、防犯性、防災性などが劣悪になった空き家のみを対象としており、一戸建て以上に多いとされる共同住宅の空き家は基本的に対象としていない。他の先進国では、一定期間、人が住んでいない家屋のうち一定の要件を満たさない空き家を行政組織主導のもと改修したり、貸しに出したりすることができる制度も見られる。日本の現行制度と比べるとかなりドラスティックな対応策にはなるが、今回の仲介手数料引き上げなど、空き家問題の表面をなでる程度の対策ではどうにもできないところまで事態は深刻化している。
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