不動産情報ライブラリとは不動産関連情報を一元化した国の画期的なウェブサイト
国交省が2024年4月1日から「不動産情報ライブラリ」を公開した。これは不動産の取引価格や地価公示などの価格情報のほか、ハザードマップ、都市計画、周辺施設情報、地形情報、公立学校の学区範囲など、不動産に関連して誰もが知りたいと考える情報を網羅的に検索することができるだけでなく、地図上に様々な情報をレイヤー表示することも可能なサイトとなっている。
ポイントはこれまで各専用サイト、自治体のウェブサイトなどに都度アクセスしないと得られなかった情報が一元管理されたことで、このサイトにアクセスするだけで大抵の不動産関連情報が比較的簡単に入手できることだ。不動産に関わる業務をしている法人・個人だけでなく、不動産売買を検討している一般ユーザーにも広く情報公開されたことによって、情報アクセスへの利便性が飛躍的に向上し、“不動産情報の非対称性”の解消に向けた第一歩ともなり得る。
インターネット利用が国民の50%を超えた2002年以降、旧来の住宅に関連する情報は不動産会社の店舗で教えてもらって担当者と一緒に物件の見学・内覧に行くというプロセスが、不動産に関連する様々な情報を各ウェブサイトから得て個人の判断で居住エリアや物件を絞り込み、並行してそのエリアの生活情報や学校、病院、公共施設なども検索するというスタイルに大きく様変わりしたことから、このような“不動産情報掲載一元化サイト”がこれまでなかったのが不思議なくらいで、漸く時代に追いついた感がある。
国交省は2006年から前身の「土地総合情報システム」の公開で、不動産の取引価格情報提供制度を活用した情報提供を始めたものの、個人情報との兼ね合いでその詳細を表示できず、不動産取引の安全に資する不動産関連情報を広く公開するという当初の目的を達成するのに20年の足踏みが続いた。今回の情報一元化および公開によって、取引価格の詳細が明示できなくても、関連する情報を網羅することで情報の相互補完を図ったことは大きな進歩と言えるだろう。
このサイトが公開される以前とは比べ物にならない情報量が一元化された「不動産情報ライブラリ」だが、では、本サイトの公開で情報が事足りるのかと言うと残念ながらそうではない。例えば賃貸物件として運用する際の賃料など収益に関する情報は掲載されていないし、物件の改修やリノベなどの履歴情報なども含めた物件の特定などはできない。
また土地・物件価格の妥当性を判断するための情報も無論掲載されていない。“広く&浅く”情報が一元化されているのであり、売買の動機づけに至る情報は掲載されていないという点では、物件情報との棲み分けが為されているものと見ることもできる。また、情報の“鮮度”にも留意が必要だ。
不動産関係者に“神サイト”と言わしめる「不動産情報ライブラリ」の意義、そして今後の拡張性も含めた展開への期待、何よりも“不動産情報の非対称性”が解消される契機となるのかなど、普段から不動産情報を取り扱っている専門家に意見を聞く。
情報のAPI連携に期待 ~ 高橋正典氏
高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)などそもそも“不動産情報の非対称性”による問題とは何か?一次的には、不動産会社と消費者との間にある「物件情報」という情報量の格差である。
米国ではほとんどの州に整備されているMLS(Multiple Listing Service)という不動産情報データベースにほとんどの物件情報が掲載され、かつ公開されていることから消費者も入手できる方法がある。日本でもレインズが存在するが事業者間の情報共有を目的としていることから消費者は知ることができない。
情報が公開されないということは、「情報を持っている会社が有利」であることから、不動産会社は情報の入手を競うことになる。しかし、もし持っている情報がどの不動産会社も同じだとしたらどうなるか?消費者はどの会社に行っても同じ情報を入手できることから、物件選び以上に会社選びを重点化し、不動産会社は消費者に選ばれるためのサービスの質の向上を競うことになるだろう。
これが健全であり消費者のためになる市場だといえる。そして、二次的な問題が、手にした「物件情報」の質が不明瞭であるというものだ。物件情報の質、たとえば消費者にはわからない建物などの品質である。“情報の非対称性”が存在する市場を「レモン市場」というが、これは見た目には欠陥の有無がわからないため、買って切ってから初めてわかるということに由来する。
これらの問題がこの「不動産情報ライブラリ」で解消に向かうのか?と問われれば、まだまだ先は長いと言わざるを得ない。
“不動産情報の非対称性”により不利益を被るのは当然に消費者である。
しかし、一生のうちに売買を何度か繰り返す人が少ない我が国おいて、たった一度の売買でその不利益を実感した人もまた少ないのも事実。実際、今回公開された「不動産情報ライブラリ」の情報は、特段新しい情報が構築されたわけではなく、すでに公開されていた散在する情報が一元化されただけである。したがって、これまでも自分自身が検討している地域に関する情報を欲している消費者は入手できていたものである。
こうした実情を踏まえ、今後に期待するとすれば、それは前述したように既に情報としては公開されていたものではあるが、例えば「不動産取引価格」の閲覧などは、これまで「土地総合情報システム」として公開されていたが、消費者に周知されていたとは言い難い。これらの情報も今回の新たな情報サイトとして広く周知されることで、消費者が不動産会社を通さずに取引事例を知ることができるということは、大きな一歩だと言えるだろう。また、今回は掲載情報をAPIで無償公開するとしている。今後、この公開された情報をあらゆる事業者が加工し、消費者にとって有益なサービスが提供されることを期待したい。
「エリアの価値」と「不動産サービスの介在価値」がクローズアップされる契機 ~ 矢部智仁氏
矢部 智仁:合同会社RRP(RRP LLC)代表社員。東洋大学 大学院 公民連携専攻 客員教授。クラフトバンク総研フェロー。エンジョイワークス新しい不動産業研究所所長。リクルート住宅総研 所長、建設・不動産業向け経営コンサルタント企業 役員を経て現職。地域密着型の建設業・不動産業の活性化、業界と行政・地域をPPP的取り組みで結び付け地域活性化に貢献するパートナーとして活動中以前『不動産IDとは? 期待されるメリットと今後の課題』という記事に寄稿した際、その実装と普及は「業界の生産性向上」と「取引当事者である消費者にとっても情報の非対称性の解消」を進め、「不動産取引に関わる社会的利益の拡大」への貢献が期待されると書いた。
不動産IDはID番号で示した個別の不動産に関わる周辺情報を紐つけて集めることで、不動産市場の効率化に留まらず、集めた情報で物流やモビリティサービス開発など多様な活用機会を創造に繋げることで、社会的価値を拡大させる取り組みであり、いわば新たな基盤整備事業でもある。
それに対して不動産情報ライブラリは新たな基盤整備というより、既に存在しているオープンデータを同時かつ一元的な把握を容易にする情報ネットワークと、インターフェイスの革新を通じた社会的価値の拡大に貢献する取り組みと言える。
「不動産情報ライブラリ」の意義
冒頭に不動産IDとの対比をした理由は、不動産情報ライブラリで一元化される情報に特徴があるからだ。それは不動産IDが個別の不動産を具体的に特定する情報基盤であるのに対し、不動産情報ライブラリで公開される情報は取引対象の不動産を含む「エリアの情報」であるという点だ。
実はこの違いこそ不動産情報ライブラリの意義を表しているのではないかと考える。不動産の価値はそれ単体だけでは創造されずエリアの価値に従う(連動する)という考え方がある。その考え方にたてば、不動産情報ライブラリのようなGIS(地理情報システム)によるエリア情報の公開範囲の拡大や詳細化が進むことで、取引当事者にとって取引判断に重要かつ有用な情報源としての位置付けや存在価値が大きくなる。もちろん個別の不動産に関する情報は重要だが、不動産情報ライブラリの認知が高まりエリア価値に対する関心が高まるきっかけになることを期待したい。
今後の拡張性も含めた展開への期待
不動産情報ライブラリには「価格情報」「地形情報」「防災情報」「周辺施設情報」「都市計画情報」「人口情報等」という6区分のコンテンツが公開されているが、それらはいずれも行政機関が整備・策定してきた情報で、いわば揃えやすいものから一元化が始まったとも見える。
今後取引の判断材料としてのエリア情報を把握する情報源としての位置付けを確たるものにするという方向性を前提に期待するとすれば、例えば「周辺施設情報」のコンテンツに民間施設の拡充やそれらの詳細情報や評価情報といった「エリアの使われ方」や「エリアのアメニティ」に関わる情報の充実は不動産情報ライブラリの有用性を高めそうだ。
先行的に民間事業者が整備してきたGIS情報が事業者自身の換金手段となっているケースもあり実現は容易ではないかもしれないが、官民間のデータ連携によって一元閲覧コンテンツとして実装されればさらに有用性が高まりそうだ。
不動産情報の非対称性が解消される契機となるのか
情報の非対称性の背景には①情報そのものがない、②情報はあるが開示できるようなデータ化がされていない、③情報もありデータ化もされているが意図的に開示されない、など段階があるわけだが、③の段階で非対称性を意図的に作り出してきたというのが不動産業界の一つの「見られ方」である。
こうした見られ方を排し、非対称性を顧客の囲い込みや(価格決定などで)優位な交渉の背景としてきた「姿勢」を変え、情報流通(開示)の変化に適応した提供価値のあり方を見いだせるか、これが非対称性の解消の鍵であって、制度や仕組み、インフラ整備の進展とは別問題だと考える。
しかし、web上に様々な有用情報が点在している状況からそれらの情報が一元化され誰でも入手できる状況への変化は、その顕著な変化の一例として不動産情報ライブラリの公開開始が事業環境に与える変化は大きい。オープンデータ化が進むという事業環境の変化をどう受容するのか。オープンデータ化が進んだ不動産取引において事業者が顧客に提供するべきサービスとは何か。この辺りの事業環境の変化に対する対応・適応が引き続き問われることは間違いない。
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