住宅ローンは固定型でも変動型でも将来の景気変動についてのヴィジョンがポイント
2024年3月の金融政策決定会合で、日銀はマイナス金利政策など大規模緩和をほぼ全面的に解除することを決め、“金融の正常化”に向けての政策変更を表明した。長期金利のコントロールをやめて約10年ぶりに短期金利のみを政策手段とする伝統的な運営に戻し、ETFやREITなどリスク資産の積極的な買い入れも即時終了する。
ただし、同時に急激な金利変動に対する対応策としての長期国債の買い入れは継続するとも表明しており、極めて慎重に金融緩和の解除を進める方向性も示している。また、今後の金融政策の方針として、消費者物価の推移を前提として緩和的な金融環境の継続についても触れているため、日銀としては、マイナス金利は解除しても利上げ自体は(米FRBのようには)急がないという意思表示をしたものと考えられる。
このマイナス金利の解除によって、家計負担において最も影響があるのが住宅ローンであることは論を俟たない。住宅ローンの金利には大きく分けて固定型と変動型があるが(このほかにミックスローンも選択できる金融機関も多い)、最も影響が出そうなのが、変動金利で住宅ローンを借り入れるケースだ。
もちろん景気次第とも言えるのだが、今後金利が上昇する懸念が高まれば高まるほど変動型住宅ローンの家計負担が増えることが想定されるため、家計によっては借り換えを検討しなければならない可能性も出てくる。
今後住宅ローン金利の上昇局面を迎える可能性を考慮すれば、現状の住宅ローンの残債についてどのように捉えるべきか、また新規に借り入れを起こす際に固定型か変動型かをどのような基準で判断すればよいのか、その点が大きなポイントとなる。現状では貸出残高のうち7割近くを変動型が占めており、新規に限ると9割以上が変動金利で借り入れているという調査結果もあるため、家計にとっては大きな関心事であることは間違いない。
実は借り入れる金融機関によって変動金利の根拠となる短期金利には違いがある。主要行・大手行では、独自に決めている短期プライムレート(短プラ)を変動型の基準としている。それに対してネット銀行など一部の金融機関では、東京銀行間取引金利:TIBORを採用するケースもある。
TIBORは銀行間で短期資金をやりとりする際の金利で金融政策に関する思惑を反映して動きやすく、1週間物から12カ月物まであって、特に短期の1週間物~1カ月物は比較的変動が大きいため、これを採用している金融機関は金利上昇の影響を受けやすい。一方3カ月物、6カ月物、12カ月物は変動が緩やかなのが特徴だ。つまり、同じ変動型でも、どの短期金利を採用しているかによって金利の推移に違いがあることに留意する必要がある。
現在の変動型と固定型(35年)の金利差は依然1.5ポイント程度と開差が大きいため、直ちに固定型に借り換える必要はないとも言えるが、中長期的に変動金利の上昇が発生した場合、住宅ローン利用者はどの商品を選択するべきか、また金利上昇への有効な対策はないのか、住宅ローンに詳しい有識者にノウハウを聞いた。
住宅ローンは不安が先行しているが、固定と変動の金利差が縮まるまでは住宅ローンに変化が起きる可能性は低い ~ 伊藤陽平氏
不動産関連の各社で、24年3月期の決算がほぼ出そろった。
筆者が住宅市況に関連した質問を行うと「住宅ローン金利の先高感がニーズを減退させる懸念はある」という回答が非常に多い。ただし現状を冷静にみると、3月のマイナス金利政策の解除による(各種の)金利上昇の圧力よりも、住宅ローン関連の事業者が多いことによる競争圧力の方がまだ強く、一部の短期プライムレート金利と強い関連性を持たない、ネット銀行を中心とした変動金利型の住宅ローンのみ、0.1%ほどの金利上昇がみられただけだ。
実質的にはこの春に、マイナス金利政策の解除により住宅ローンの月々支払いについて、これまでより高額になって家計が圧迫されたという事例は、ほとんど無いのではないだろうか。まさに、「先高感」による不安が、現時点では住宅ローン関連の言説では先行して流れ過ぎているように思える。
一方、住宅ローンの変動金利が、将来的に上昇することはほぼ間違いない。
そもそも、住宅ローンの金利は賃金動向と深く結びつく構造があるため、国の政策や日本銀行の方向性を考えれば、長期金利の変動に加えて短期金利も変動させ、変動金利型住宅ローンの金利が緩やかにある程度の上昇傾向になった方が、日本という国のマクロ経済が適正に動いている証ともいえる。つまり、これまでの低金利状態が長く続いた日本の経済が、異例の動きをしていたと見るべきだろう。ただしこれも、今後の経済動向次第では大きく変わってくる。
まず、マイナス金利政策を解除したからといって、大きな金利上昇に至らなかったのは、日本の経済がそこまで力強い成長曲線を描いていないという評価しか、日銀であってもできなかったという風にみるのが順当だろう。今後は、日銀が金融政策決定会合を行う度に、直近の経済状況をどのように評価しているかが報道されることになるので、1つの指針になるだろう。
今年は、世界の経済から日本経済を位置付けるという点の影響が恐らく大きいと考えられ、米国の金融政策動向が重要になる。米国の中央銀行の連邦制度準備理事会(FRB)が金利を引き下げる方向性に舵を切ることによって、日本の経済に影響を与えて緩やかな金利引き上げに踏み切りやすくなるとみていい。つまり、近々に大きな変化が住宅ローン金利で起きる可能性は低いと言ってよいだろう。
そうした前提から、より具体的に家計を守るための対策として考えられることを検討してみる。
現在は、固定金利が1.9%台と高い水準だが、変動金利は大手銀行系の商品で0.4%台、ネット銀行では0.2%台などもあり、非常に低水準だ。この金利差が大きく縮小すれば、借り換えや固定金利による購入が有利になってくる。たとえば、固定と変動の金利差で1%を切ってきてまだ変動金利の上昇が続きそうだという気配が強ければ、固定金利を検討する余地が大きくなるだろう。
特に0.5%ほどの金利差になる状況や、子育て世帯の優遇利率を含めても1%を切るような場合になってくれば、固定金利の選択に優位性があると考えられる。
一方で、変動金利の利率は、これまでに説明した通り、経済状況によって左右される。返済中に、金利上昇が大きく続くようであれば、多くの給与所得者は、上昇につれて賃金も上昇しているというのが、本来の姿だ。筆者の勝手な想定では、インフレターゲットが年2%上昇とされる日本で、住宅ローンの変動金利も、それに近い水準まで上昇することは、経済をみた時にも自然なのではないかと思う。そういう意味では、現在はまだ住宅を取得してもらって個人の消費を増やし、経済を好転させるために、金融機関としても資金を出したい局面だろう。
そもそも住宅ローンは、事業用資金の貸し付けに比べてかなり有利な利率が多い。
また、利率で差が付かなくなったため、団体信用生命保険(団信)などの充実した商品が増えているのが現状だ。状況を踏まえて、有利な条件を獲得しやすい変動金利を選択するのが、割と一般的に取りやすい選択だと考えている。一方で、将来的な変動という不安要素が苦手で月々の支払額に納得感を強く持つことができ、家計に余裕を作れるという状況であれば、固定金利とすることはそれも適切な1つの選択肢だ。結局は、住宅を取得するに当たって、不安を解消することが最も大切だからだ。
最後に余談を付け加えると、日本はこの数年で「資産運用立国」などの概念が飛び交い、NISA制度の変更を含めて、家計の余裕を国民自らの手で作ってほしいというメッセージが出されるようになった。今とこれから大切になってくるのは、ローン金利の動向を細かく追うこと以上に、不動産関連も多数ある様々な投資商品を有利に使って、低利の住宅ローンより大きな利益を出せれば、それだけ住宅を含む資産全体の規模を大きくすることができる。そうした複合的な視点で、家計の一部となる住宅ローンの支払いを捉えることが、最も暮らしの安心を形成しやすくできるのではないだろうか。
伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた
変動型か固定型かを考える際には世帯月収に占める住宅関連費用の比率を把握することが重要 ~ 菅田修氏
菅田 修:(株)三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。主に、賃貸マンションの賃料予測を中心とした住宅市場全般や、各プロパティタイプの期待利回り予測等の不動産投資市場に加え、「不動産としてのデータセンター」をキーワードにニューアセットへの投資動向についても精力的に調査・分析を行っている街中で訪日外国人とすれ違う機会が格段に増えるなど、新型コロナウィルス感染症による影響を感じなくなったことをかなり前のことのように感じている人も多いと思うが、実際は一年程度しか経過していない。この約一年の経済や金融環境に目を向けると、急速な円安や物価高、株高など、大きく変化した指標が数多くあり、買い物などの日常生活でもその影響を肌に感じる機会も多い。このような中、基調記事にあるように、2024年3月の金融政策決定会合でマイナス金利の解除を決定したことで、将来的な金利上昇が取り上げられる機会も増えている。
一般的に金利上昇には、「良い金利上昇」と「悪い金利上昇」がある。
「良い金利上昇」とは、経済成長によって安定的なインフレを許容できるような経済環境下で金利が上がるシナリオ、「悪い金利上昇」とは、国の財政悪化が織り込まれる形で金利が上昇するシナリオと言える。2023年に急速に円安が進んだタイミングからインフレ傾向で推移している日本経済において、「良い金利上昇」となる鍵は足元の物価高で増加した分の様々なコストを補える企業収益と所得の上昇が実現できるかにある。日本政府は中小企業の賃金も上昇に向かうよう取り組んでいるが、実現までは道半ばである。
一方で、日本はGDP対比の債務水準が国際的にも高い状況にあることに加え、社会保障費等が徐々に増額されていることを踏まえると「悪い金利上昇」となる可能性がないとは言えない。海外では2022年の英国において、大規模な減税策が打ち出されたことを市場は財政の悪化要因と捉え、国債の信用リスクへの懸念が高まり、英国債が売られる形で金利が上昇したケースもある。
では、今後の金利上昇幅はどの程度になると想定されるのか?一般的に変動金利が連動すると言われている短期プライムレートの推移をみると、2009年1月以降は変化しておらず、アベノミクスによって押し下げられたわけではない。短期プライムレートが2000年1月以降で一番高い水準となったのは、2007年3月~2008年10月に記録した1.875%で、足元の水準である1.375%と比べて50bpの差がある。より長期(1981年1月以降)でみると、最高水準は1990年12月~1991年3月にかけての8.25%となるが、当時は資産価格が実体経済からかけ離れて上昇したバブル経済下にあった。
その後の大幅な金融引き締めと長期の経済低迷の経験から、こうした状況の再来は政策的に回避されると考えれば、ここまでの大幅な金利上昇は想定しづらい。1994年1月以降は3%以下で推移していることを考慮すると、「良い金利上昇」で過去の推移を踏襲した場合、変動金利は将来的に足元よりも1.5%程度の上昇余地があると捉えられる。この上昇余地は、基調記事で指摘されている変動型と固定型の金利差と同水準であり、「悪い金利上昇」は起きないと考える人にとっては、変動型を選択する方が理にかなうだろう。
次に、金利上昇のインパクトを整理してみる。三井住友トラスト基礎研究所が東京23区に居住している方を対象に実施したWebアンケート(※)の結果では、HTI(世帯月収に占める住宅関連費用の割合)は平均値も中央値も0.2程度であった。4,000万円の住宅ローンを元利均等で借入期間35年、借入金利1%で借りる場合(①)の月々支払額は112,914円であり、HTIを0.2に設定すると世帯月収は564,570円となる。これを前述の上昇余地を考慮して借入金利を2.5%に変更した場合(②)、月々支払額は142,998円となり、先ほどの世帯月収を用いたHTIは0.253と0.053の上昇となる。②のHTIが0.2となる世帯月収は714,990円であり、①の世帯月収と比べると約27%も高くなることから、金利上昇が与えるインパクトが大きいと感じる方も多いだろう。
住宅ローンを抱える人は、安定的な経済成長と共に低金利環境が続き、HTIが低い水準に留まったまま推移することを望んでいるだろう。しかし、今後の金利を中長期的に予想することは難しい局面にある。HTIを0.2程度に抑えられる世帯は将来的な金利上昇に備えて固定金利でローンを組むことも一考に値するだろう。また、変動金利を選択する際には、将来的な金利上昇に備えて上述のようにHTIの変化幅をしっかり把握しておくことが重要となる。
(※)本調査は、持ち家や賃貸などの居住形態で区分せず、東京23区に居住している方の住宅に対するニーズを把握することを目的に実施したものである。
金融政策正常化に伴う金利上昇リスクが現実味。住宅ローン利用者は対策が必須に ~ 榊原渉氏
榊原 渉:
1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援
我が国では、数十年にわたって低金利が続いていたが、日銀の金融政策の正常化に伴う金利上昇のリスクが現実のものとなりつつある。特に、変動金利で住宅ローンを利用・検討している家計にとっては、金利上昇リスクへの備えは必要不可欠となる。金利上昇はローンの返済計画にも大きく影響を及ぼすだろう。
賃金上昇が金利上昇をカバーすることも期待されるが、それによって中長期的な不安が完全に解消されるわけではない。当然のことながら、資産運用を通じて家計の財務基盤を強化することが優先されるべきだが、金利上昇リスクへの対策は必須となろう。
固定金利ローン切り替えは対策の一つだが、現在の金利差を踏まえ最善策とは言えず?
金利上昇リスクに対応するためには、まず固定金利型住宅ローンへの切り替えが考えられる。固定金利型の住宅ローンは、一度設定された金利が契約期間中は変動しないため、将来的な金利上昇による返済額増加のリスクを回避することができる。しかし、現在の金利差が1.5ポイント程度と大きいことを踏まえると、直ちに固定金利型に切り替えることは必ずしも最善の策とは言えない。
この固定金利型に頼らないオプションとして、検討してみるべきはミックス型ローンである。ミックス型ローンは、固定金利期間と変動金利期間を組み合わせることで、金利上昇リスクを分散・軽減しつつ、適度な金利負担でローンを組むことを可能にする。また、毎月の返済額を一定にするフラット35などの商品も、金利上昇リスクへの対策として有効である。
もっとも、変動金利型を選ぶ場合も、金融機関によっては金利上昇リスクを緩和する方法がないわけではない。例えば、金利の変動が緩やかな短期金利(TIBOR)を採用している金融機関を選ぶことも一つの選択肢になる。
金利上昇リスク対策には、専門知識と戦略的視点が必要。金融機関との情報共有も鍵。
金利上昇リスクという未知の脅威に備えるためには、金融の専門知識だけでなく、戦略的な視点も必要だ。そして、そのためには情報の収集と共有が大切であり、借入れ先の金融機関との情報共有はその一つと言えるだろう。金利は我々の生活に大きな影響を与えるだけに、その動向を見極め、適切な知識を持って対応することが不可欠である。
このように、日銀の金融政策正常化による金利上昇リスクが現実味を帯びるなか、我々自身がしっかりとその対策を考え、行動することが求められている。このような状況においては、積極的な学習と地道なリスク管理が、家計を守る最良の手段であると言えるだろう。
公開日:




