法務大臣が分譲マンション建て替え要件の緩和を法制審議会に諮問
老朽化した分譲マンションの建て替えを円滑に進めることを目的として、法務大臣の諮問機関である法制審議会で区分所有法の改正が検討されている。現在の区分所有法では、建て替えには所有者の「5分の4」以上の賛成決議が必要であり、それが唯一の決議手段となっているが、それを「4分の3」以上、もしくは「3分の2」以上に引き下げる案、「5分の4」以上を維持しつつ耐震性が現行基準に適合していない物件は「4分の3」以上とする案、などが議論されている。
加えて、修繕などの決議についても、現在の「所有者の過半数の賛成」から「集会出席者の過半数の賛成」に同じく緩和することなども議論の対象となっている。また、マンション内での高齢化が進み、区分所有者の死亡や相続のタイミングで所有者が不明となるケースも増えているため、建て替えに関する決議における所在不明の区分所有者が「反対票」として扱われないよう、管轄の裁判所が関与して議決の母数から所在不明の区分所有者を除外する仕組みの導入も提唱されている。
このように、建て替えを検討すべき局面だけでなく、修繕決議や区分所有者不明の住戸の存在など、老朽化した分譲マンションには管理全般に関する課題が山積しているのが現状だ。
国土交通省によると、2021年末時点での国内の分譲マンション約686万戸のうち、一般に老朽化とみなされる築40年超マンションは約116万戸(16.9%)と推計されているが、それが10年後の2031年には約249万戸(2.15倍)、20年後の2041年には約425万戸(3.66倍)に増加すると見込まれている。
区分所有法に基づいて建て替え決議を実施する場合、区分所有者の80%以上が賛成しなければならないというハードルの高さを、75%ないし66%に引き下げれば、建て替え決議可決に向けての意思決定は容易になる。一方で、区分所有法は「所有権」の特別形態であって、一般の所有権と同様に区分所有する住戸を全面的に支配できる強い権利であり、建て替え決議の可決がそのまま建て替え工事開始のゴーサインとはならない。
要は建て替え反対の区分所有者(全員)がその区分所有権を売却などして退去しなければ、実際の建て替えの第一歩には至らないという事実もあるため、決議だけ容易になっても意味がないという意見もある。もちろん経済的な問題として、より安価に建て替えるための容積率の緩和(保留床の分譲)など、制度的な支援も行わなければ、建て替えが促進される可能性は高くならないのが実情だ。
区分所有法の建て替えや修繕に関する決議の緩和方針は、今後急速に増加する老朽化マンションの建て替えを促進する処方箋として機能するのか、それとも他の解決手段に依拠する必要があるのか、区分所有法に詳しい専門家の意見を聞く。
建て替え要件が緩和されたとしても、事業性の乏しいマンションの建て替えは厳しい ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ1967年に竣工した敷地面積42,365m2、総戸数490戸の東京23区内最大級の大型団地である石神井公園団地の建て替えプロジェクト「Brillia City 石神井公園 ATLAS」が2023年9月28日に竣工した。練馬区と協議し、「石神井公園団地地区地区計画」の都市計画が決定され地上7~8階建て、総住戸数844戸の大規模分譲マンションに。従前の建物同様に全棟南方位かつゆとりある配棟計画としているほか、敷地内緑化により豊かな自然に囲まれた住環境を実現した。2010年の建て替え推進決議から2019年の建て替え決議を経て、竣工までには、13年を超える歳月を要した。
筆者は、2023年11月に行われた街開きイベントを見学したが、成功要因として建替組合の理事長から「南向きを全戸継承できたことが大きかった」と聞いた。建て替えプロジェクトを円滑に進めていくには所有者の合意形成や協力が必要で、そのためには多くの住人が納得できるマンション計画であることや事業負担が抑えられることが重要だ。「Brillia City 石神井公園 ATLAS」では、そうした面もクリアできたという。かつて行われた団地内のお祭りができるように広場も設け、パーティールームなど多彩な共用施設も用意。地権者住戸は、301戸あり旧石神井公園団地の入居者の多くが移り住むという。
好立地や大規模な建て替えプロジェクトは、首都圏など都市部のマンション市場では需要が根強く再開発プロジェクトや建て替え案件を強化しているディベロッパーも多い。例えば、野村不動産では用地ストックのうち再開発・建て替え案件は約4割にも及んでいる。しかし、耐震性に課題のあるマンションがスムーズに建て替えられる割合は高くない。課題となるのが住民の合意形成と事業性の有無だ。
石神井公園団地や千葉市美浜区で行われている若潮ハイツマンション(総戸数500戸)の建て替えのようにスケールが大きなプロジェクトや渋谷区、中央区といった好立地のマンションであれば、事業性が高くなるケースが多い。いっぽうで、都心から離れた遠隔地など市場性の乏しい中古マンションは事業性が低いと言わざるをえない。都心でも敷地規模が小さければ、工事費負担が大きい。
区分所有法が改正され建て替え決議のハードルが下がれば事業を進めやすくなるが、事業性が高まるわけではない。昨今の建築費の上昇もあり、販売価格に占める建物価格の比率が高い郊外では、事業化のハードルが上がってきているのが実情だろう。マンションの建築費は、人手不足による人件費の上昇で今後も高止まりする見込み。それに加え、金利が上昇すれば事業費負担が増大する。容積率の割増しなど、事業性を高める方策もあるが人口が今後減っていく中で、バランスが求められるだろう。良質なストック形成のためには、マンション単体だけで考えるのではなく、市街地再開発事業のように地域全体で考えていく必要がありそうだ。
マンション建替えの円滑化には総合的な施策が必要 ~ 佐藤元氏
佐藤元氏:弁護士(神奈川県弁護士会所属)、マンション管理士。横浜市立大学都市社会文化研究科客員准教授。マンション、団地、借地借家、建築紛争など不動産の問題を多く取り扱う。非常勤裁判官としても執務。マンション管理士試験委員、国土交通省「標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループ」委員。横浜マリン法律事務所https://yokohamamarin.com/令和6年通常国会にて改正区分所有法が成立する予定である。この改正では、耐震性不足や外壁剥落の危険性など建替えの必要性が高い場合(客観的な緩和事由がある場合)に、4分の3以上(75%以上)の多数決によって建替えを可能とする緩和策が導入される予定である。
現在、建替えの合意形成が困難となっている背景には、次の要因がある。
①第一に、建物の老いと所有者の老いという、いわゆる「二つの老い」に関わる要因である。すなわち、高経年マンションにおいて建替えが行われる場合、所有者も高齢化する。高齢化に伴う認知症等により意思表明が難しくなったり、施設等に移って所在不明になったりすることがある。また、区分所有者が亡くなり、相続人が建替えに賛成するか否かの意思統一ができない場合もある。
②第二に、建替えの経済的負担である。建替え後のマンションの取得を希望する区分所有者は、建替え後のマンションの分譲益で賄いきれない開発コストを自己負担する必要がある。国土交通省の調査によれば近時の建替えにおける自己負担額の平均は約2000万円である。さらに、解体前の引越しと竣工後に戻るための引越しの2度の引越し費用が必要となる。
③第三に、多数決決議要件のハードルである。建替えは反対者に対しても区分所有権という「所有権」を失わせる制度であることから決議要件のハードルが高いことは当然ではあるものの、現行法上、建替え決議の要件は5分の4以上の賛成とハードルは高い。
これらの問題意識を背景にして、建替え要件の緩和は、建替えの必要性の高い場合を条件として③のハードルを引き下げるものである。
なお、合意形成を後押しする改正は多数決要件緩和のみではなく、上記①に対応するものもある。すなわち、所在不明の区分所有者を建替え決議を含めた決議の分母から排除する制度(除外決定)や所在不明所有者が所有する専有部分を管理人が管理する制度(所在等不明専有部分管理人)が導入される。さらに、区分所有権の相続により相続人(共有者)が生じた場合に、建替えを含む議決権行使者を指定することを共有者の多数決により決定できる旨のルール(これまでは全員合意が必要と考えられていた)も導入される予定である。
では、法改正による建替え要件緩和によって建替えが円滑に進むのかといえば、簡単ではない。
もともとマンション建替えは容積率に余裕があり、立地も良い経済的条件の良好なマンションにおいて実施されている例が多い。そのようなマンションであれば建替え後のマンションの総販売価格が大きくなる結果、自己負担額を低く抑えることができるからである。しかし、経済的条件のよいマンションはすでに建替えられているケースが多いし、昨今の解体・建築コストの増加により今後自己負担額はさらに増えることが予想される。したがって、②経済的負担というハードルはより高くなるのである。たしかに、建替え要件の緩和は、75%までは合意形成を図れるが、80%の合意形成までは届かなかったという限られたマンションにおいては意味があるかもしれない。しかし、解体・建築コストの増加による自己負担額の引き上げにより、75%の合意形成も難しくなってくるだろう。
そのため、建替え決議要件緩和のみでなく、行政による支援、管理組合・区分所有者自身の合意形成に向けた取り組みなど、総合的な施策が必要になる。
現行制度でも、マンション建替え等円滑化法に基づいて耐震性不足やバリアフリー性能の不足など一定の事由について認定(要除却認定)を受ければ容積率が緩和される制度や、例えば東京都では旧耐震のマンションについて建替え事業費の補助を受けられる制度などがあり、このような公的支援を拡充することは経済条件を向上させることに役立つ。マンションが我が国の重要な居住形態であることから、それを社会的資産として位置づけ、公的支援を拡充していくことも建替え円滑化のための重要な施策となるだろう。
また、行政が建替え等に関する情報提供や専門家派遣などの支援を積極的に行うことも重要である。
さらに、管理組合自身の取り組みとしては、所在不明や相続の発生などを早期に把握するためにも組合員名簿の確認を定期的に行うことが必要であろう。また、「無関心者」もいる中で建替えに向けた合意形成を行うには、日頃のコミュニティの形成が極めて重要である。
今般の区分所有法改正では建物と敷地を一括で売却する決議など、区分所有関係を解消する決議の導入も検討されている。建替え決議要件と同じ要件になる見通しである。建替えの選択が難しい場合には、長寿命化を図ったうえで、最後は区分所有関係を解消する必要がある。区分所有者はマンションの「みらい」を共有し、粘り強く対話をし、建替えないし解消という決定をしていかなければならない。
「マンション建替え問題」は、地域性への配慮が必要 ~ 高橋 正典氏
高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)などマンションストックにおける、築40年以上の割合が全体の約17%にもなる昨今の市場を反映し、当然に中古マンションの売買市場においても取引物件の築年数の高経年化が進んでいる。
公益財団法人 東日本不動産流通機構の調査によれば、2022年の1年間に売り物件として登録された首都圏中古マンションのうち、実に半分近くの約47%近くが築31年以上であった。新築供給マンションが激減する今、マンション購入者にとっては築年数のある程度経過した物件の選択も余儀なくされているが、市場において比較・検討する物件の半分近くが、実は建て替えをも視野に入っている築年数であると理解している人は少ない。なぜなら、国土交通省の分析では、マンション建て替え決議時の築年数(単棟型)は37.7年と、実は思いの外早い段階で検討から決議へと進んでいるのである。
さて、こうした背景の中、着々と進んでいるのが建て替え決議に必要な「5分の4」以上の賛成という区分所有法の改正である。確かに、これが「4分の3」以上となれば、一定程度の効果はあると言える。特に、ポイントとなるのが所在者不明な区分所有者を決議の分母から除外することは効果があるだろう。しかし、その場合に実際の金銭的負担を強いることができるのか?という問題は残ることになる。また、集会等への出席者を分母にすることも検討されているが、これは管理組合への関わりへの意識改革や積極性への観点からも意義あるものになると思われる。
しかし、建て替えが進まない原因が、決議割合だけではないことに本質的な課題も残る。
例えば、やはり大きな金銭的負担である。これまで行われてきた建て替えを見ると、建て替え後の利用容積率が1970年代のマンションで77%増加し、2000年代のものでも37.4%増加と、つまり新たに生み出された床面積が経済的効果をもたらし、結果的に居住者の金銭的負担を軽減している。
では、単に容積率が余っているから金銭的負担も少なく成功するのか?と問われれば、決してそうとも言い切れない。近年の価格動向を見ても、都市部ではその理論が通じるであろうが、郊外型で建て替え後の余剰容積率がそのまま経済効果につながるか、つまり新たな買い手がいるのか?人口減少時代においては難しいとも言える。2014(平成26)年に施行された、改正「マンションの建て替えの円滑化に関する法律」において一定の条件下における容積率の緩和が可能となったが、現在のところその効果も限定的だ。
さらに言えば、容積率が超過している「既存不適格マンション」も多数存在する。こうした状況を踏まえると、大きな法的な網掛けをベースに、いかに地方行政独自の裁量で対処できるか? 空き家問題同様に地域性を鑑みた仕組み作りが重要になるのではないだろうか。
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