50年ローンは2009年に始まった長期優良住宅向けの“フラット50”が嚆矢
住信SBIネット銀行が2023年8月から住宅ローンの借入期間を最大50年に延長した。同行の完済年齢の上限は80歳だから、遅くとも30歳までに住宅ローンを組まないと借入期間を超えてしまうが、80歳までに完済することを条件に満65歳まで申し込みは可能となっている(もちろん収入なども含めて審査の上融資の可否が決まる)。なお35年を超える返済期間を設定する場合は、当初の金利より0.15%上乗せされるから、借り入れユーザーには35年を超えて返済を維持する明確なメリットが必要だ。
他にも広島、西日本シティ、常陽、福井などの地銀、福岡ひびき信用金庫、釧路信用組合といった信金信組も50年住宅ローン商品を提供しており、2009年に住宅金融支援機構が長期優良住宅を対象としてフラット50を商品化した頃とは状況が異なり、超長期の住宅ローン市場が拡大しつつあることが分かる。
超長期住宅ローンのメリットは、返済期間が長い分毎月の返済額を抑制できることだ。子育て資金や教育ローンなど居住費以外にも様々な出費が想定される家計は、固定費である毎月の住宅ローン返済額を抑えたいから、超長期ローンは支出総額をコントロールする上で有効な手段となる。その代わり返済期間が延びるので、返済総額は金利負担分が大きくなって35年ローンよりも増えてしまう。つまりメリットとデメリットが裏表になっているとも言える。
また、早ければ20代のうちに住宅ローンを組んでもらうことで、購入原資が乏しく所得も相対的に低い若年購買層でも希望する住宅を購入できる可能性が広がるという点も見逃せない。金融機関は年収における返済負担率を最大で30%程度に設定しているから、所得が低い若年層は返済期間を延ばすことでより金額の高い住宅が購入可能だし、金融機関も期間が延びれば融資実績の上積みになる。
地銀や信金信組が50年の住宅ローン商品を市場に投入した背景には、過熱する住宅ローン(特に変動金利)での低金利競争がある。多くの地方金融機関はネット銀行やメガバンクと資金力や商品力、金利水準などで伍することが難しく、最大50年というリスクを取ってでも新たな住宅ローン市場を開拓し、資金需要を掘り起こす必要があったと考えられる。その意味では住信SBIネット銀行が50年住宅ローンに参入したことは市場を奪われる現実的な脅威ともなり得る。
最大50年という住宅ローンの借り入れはメリットもあるものの、物件の老朽化や災害などによる損傷リスクの上昇、50年後の物件の資産性も考慮すれば、相応の課題・リスクも想定される。この超長期住宅ローンの商品性は高いのか、想定されるユーザーニーズはどのようなものか、また借り入れた場合にどのようなリスクヘッジが必要なのか、住宅ローンに詳しい専門家に超長期ローンの是非と将来性について聞く。
楽観は禁物。50年後のお金と健康は今とはまるで違う ~ 松崎のり子氏
松崎のり子:消費経済ジャーナリスト。生活情報誌の副編集長として20年以上、節約・マネー記事を担当。雑誌やWebを中心に、生活者目線で記事を執筆中。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない』(講談社)ほか。「消費経済リサーチルーム」https://www.ec-reporter.com/少々背伸びしてでもマイホームを手に入れたいとの心理の裏側には、老後不安が潜んでいる。とりわけ令和を生きる若者は公的年金には期待できないと感じており、そのためにも老後の住まいを確保することと、資産としての不動産を保有したい思いが切実だ。しかし、現実には不動産価格は高止まりを続けており、所得が低い彼らにとっては超長期ローンが現実的な選択肢に見えるだろう。実際は、返済期間が長くなればなるほど利息負担も大きくなるのだが、「タイパ(タイムパフォーマンス)=効率のいい時間の使い方」を好む世代には、低金利の今のうちにローンを組むのほうが賢いはずとの考え方が根強いのだ。
マイホーム購入を検討し始めるのは、まだ若く、健康面の不安もない年齢のはずだ。しかし、50年という時間は果てしなく長い。30歳で借りた場合、繰り上げ返済などをしない場合は80歳まで返済が続く。自分が80歳になった時、生活がどう変わっているか想像できるだろうか。今は健康でも、50代以降は入院率も上がってくる。会社員なら定年間近になると役職定年などにより給料も減る。食費や光熱費などの支出はさほど変わらず、じわじわ増えてくるのが医療費だ。レジャー費などと違って、医療費は節約自体が難しい。医療費だけでなく家族の介護費用も発生する年代だし、住まいのメンテナンス費用も必要になる。支出は思ったほど減らないばかりか、まとまったお金も必要になるのが老後の現実だ。
それでも50年ものローンを組むなら、定年以降の収入確保は欠かせない。退職金で返済すればいいという考えは甘いだろう。そもそも退職金がいくら出るかなど、30歳の段階では正確に計算できないうえ、転職の可能性もある。定年後でも無理なく返済を続けるには、世帯の年金額を増やす働き方が肝心だ。妻は出産・子育て後も仕事に復帰して厚生年金加入者として働き続け、将来受け取れる年金額を積み上げていくのが望ましい。年金面では第3号被保険者でいる方がトクというわけではないのだ。むろん、夫婦ともにキャリアを積んで、定年後も働き続け、一定程度の収入を得られるようにしておきたい。
また、立地の検討も大事になるだろう。ローン返済が続く間は容易に転居できない。しかし、70代80代になると、生活に求めるものも変化してくる。車がないと買い物や通院に不便だったり、便利な場所だが逆に騒音が気になったりと、50年後の暮らしをイメージする必要がある。しかし、現実にはそんな先のことまで考えるのは難しいだろう。超長期ローンを組むなら、10年ごとに返済プランを見返しつつ、必要な軌道修正をしていくほかない。何とかなるだろうと楽観的に信じるには、50年はあまりに長いのだから。
超長期の住宅ローンは、リスク許容度とライフプランを考えて検討すべき ~ 岡本郁雄氏
岡本 郁雄:ファイナンシャルプランナーCFP®、中小企業診断士、宅地建物取引士。不動産領域のコンサルタントとして、マーケティング業務、コンサルティング業務、住まいの選び方などに関する講演や執筆、メディア出演など幅広く活躍中。延べ3,000件超のマンションのモデルルームや現地を見学するなど不動産市場の動向に詳しい。神戸大学工学部卒。岡山県倉敷市生まれ新築マンション購入時に、超長期の住宅ローンを活用する人が出てきているという。マンション価格が上昇する中、借入期間を長くすることで購入予算を増やせることがその理由だ。健康寿命が伸びライフスタイルが多様化する中で住宅ローンの選択肢が増えることは、歓迎すべきことだろう。ただし、超長期住宅ローンの利用は、家族のリスク許容度とライフプランをよく考えてから検討すべきだろう。
長期住宅ローンのメリットとして挙げられるのは、月々の返済額の減少だ。子どもの成長に伴い教育費のなどの家計負担は増加していく。住宅ローンを抱えながら子育て中の家族の中には、借換えによって返済期間を延長するケースも見られる。長期にローンを組むことで、家計に余裕を持たすことができれば、教育資金を計画的に準備することも可能だ。
超長期住宅ローンの活用メリットが大きいのは、20代などの若い夫婦だろう。就業期間が短いため自己資金の確保は難しいが、超長期の住宅ローンを活用すれば返済に余裕を持つことが可能だ。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、20代前半と比べた50代前半の平均給与は約1.7倍で、収入の伸びも期待できる。子育て中共働き夫婦の比率は高まっており、世帯年収も上昇傾向にある。資金計画がしっかりしていれば、教育資金の確保や繰上げ返済も可能だろう。
また、売却益を狙って富裕層が超長期ローンを活用しマンションを購入するケースも考えられる。年収の高い共働き夫婦や富裕層などリスク許容度が大きい人は、超長期住宅ローンを活用するメリットは大きい。1億円のローンを借りたとしても1億円超の金融資産があれば、金利上昇した場合も繰上げ返済することも可能だ。
返済期間を超長期にすることで、過大な住宅ローンを背負ってしまうことには注意したい。借入額が大きければその分、金利上昇リスクも大きくなる。また、一般労働者の賃金カーブは、60歳を境に大きく下落していくので借入額が大きいと先々の返済も不安だ。超長期で住宅ローンを組むときは、繰上げ返済を視野に入れて十分余裕資金が貯まるような返済プランを立てるべきだろう。
また、超長期の住宅ローンを組むなら物件選びにも慎重になるべきだ。元本が減るスピードは遅くなるので、短期間の売却なら物件価格が残債割れするケースも十分考えられる。ライフステージの変化を見据え、永く快適に暮らせる住まいを選ぶべきだろう。子育てが無事に完了し、住宅ローンが早期に完済できれば、老後資金の準備もしやすい。超長期住宅ローンを検討する前に、家族のライフプランをよく考えることをおすすめしたい。
月々の支払いの負担感を軽減し、特に地域社会の担い手となる若年層と相性の良いオルタナティブな選択肢 ~ 伊藤陽平
住宅ローン事業を主力とするアルヒの勝屋敏彦社長は2023年11月に行われた決算説明会で、35年を超える超長期の住宅ローンについて、「物件価格が上昇する環境下で、当初の月々の支払額を減少して負担を軽減するという効果は出てくる。ただ、住宅ローン市場の主流にはならないだろう」と見解を示した。筆者を含めて住宅市場の関係者からは、概ね同様の見解が出てくると思う。
そもそも、一般的な住宅ローンの「35年」という期間も決して短くない期間だ。一般に「生産年齢人口」として活発な経済活動を行う世代は15歳以上65歳未満の50年間といわれることに加えて、不動産の将来的な価値といった意味でも、住宅ローンの長期化は50年が限度といえるだろう。
そうした前提を踏まえて考えてみると、超長期の住宅ローンは、20歳代後半や30歳代前半を始めとする若い世代にとっては、物件価格が上昇する中で住宅取得を現実化できる要素になる可能性がある。特に全国の各地域に根付いて、これから地域社会の担い手になっていきたいと考える層との相性が良いだろう。ただし、変動金利の35年ローンが地銀、大手銀行、ネット銀行などの各金融機関で非常に低い利率が続いている環境下で、そのローンを使うことが難しいなどの一定の状況がある中で、あくまでオルタナティブな選択肢となりそうだ。また、50年ローンを利用する場合は、団体信用生命保険(団信)も加入できるか、という点が極めて大事になるだろう。50年ローンとなると完済前に死亡するリスクはそれなりに見込んでおかなければならない。付け加えると、住宅ローンは支払い開始当初から前半にかけて金利負担が大きい場合が多いため、繰上返済や借換え、他の資産運用によるリスクの軽減など家計を楽にする計画性を、35年以上に求められるといえるだろう。
超長期ローンの商品提供が地方銀行で多いのも、不動産取得を支援することによって、地域の担い手を確保することを見越した動きと考えられる。元々、沖縄県ではリゾート需要も多く、地元の在住者にとって新築マンションなどは割高な側面があるといわれていた。そのため、以前から地方銀行による50年ローンでの取得は一定数あったという。こういった層には、団信も活用すれば安心したライフプランのもと、住宅取得の機会が増えるだろう。
23年10月に行われた全日本不動産協会による全国不動産会議の交流会で、住宅金融支援機構の毛利信二理事長は、「住宅金融支援機構としても、業界のニーズに応えて、(フラット50よりも使いやすい形で)35年を超える超長期ローンの提供を検討するプロジェクトチームを発足した」と話した。「高騰」と表現される物件価格の上昇は、不動産業界にとどまらず、行政や関連団体も注視しているということだ。住宅の取得を検討する層にとって、オルタナティブな選択肢として、超長期ローンも機能する方向性を望みたい。
伊藤 陽平:株式会社不動産経済研究所 編集部門通信ユニット所属 「日刊不動産経済通信」記者。不動産仲介業に携わる企業や団体、不動産テック系の企業などを主に担当している。これまで、鉄道系・商社系などのデベロッパーに加え、マンション・デベロッパーや分譲マンション管理会社などを担当してきた
公開日:




