建設業、運輸業でも残業時間の“総量規制”が2024年4月からスタート

「建設業の2024年問題」とは2019年4月に施行された「働き方改革関連法」において、建設業界の5年間の猶予措置が2024年3月末に期限を迎える問題。期限を過ぎると、時間外労働の上限を超えて違法な労働させている企業は、懲役刑や罰金刑が科せられる「建設業の2024年問題」とは2019年4月に施行された「働き方改革関連法」において、建設業界の5年間の猶予措置が2024年3月末に期限を迎える問題。期限を過ぎると、時間外労働の上限を超えて違法な労働させている企業は、懲役刑や罰金刑が科せられる

国交省が2023年9月29日に発表した8月の全国新設住宅着工戸数は約7万戸(前年同月比ー9.4%)で、前年同月比は3ヶ月連続の減少となった。
これは円安による資材価格の長期的な高騰が続いていて建材の調達が困難になっていること、および慢性的な労働力不足、加えて人件費の上昇も大いに影響している。

(一社)日本建設業連合会が毎月公表している「建設工事の資材価格の高騰」2023年9月版によれば、2021年1月比で例えば鋼板中厚板は80%上昇、ステンレス鋼板は76%上昇、板ガラスは74%上昇、H形鋼は64%上昇など、主な建材は軒並み価格が上昇しており、また同「建設技能労働者の労務単価の上昇」2023年9月版でも、ダクト工16.1%上昇、特殊建機運転手14.5%上昇、配管工12.2%上昇、塗装工10.6%上昇、などこちらも主な建設関連業種の人件費が確実に上昇している状況であることがわかる。

実際に工事を請け負う建設事業者によると、建築主であるマンションデベロッパーやハウスメーカーとは1件1契約ではあるものの、次回の契約も続けて請け負いたいとの意向が強く、それであればこその工事期間中の建材価格および人件費の上昇を折り込んでの的確な見積書の作成が必須となっている。また、最近ではこれらのコストアップを反映して、見積書の有効期限が通常3ヶ月などとされるところ、1ヶ月、なかには10日間などという超短期間の設定も珍しくないという。また見積書期限が未記載の場合は見積額の変更の可能性がある旨を必ず併記する“対策”も為されている。

このように円安やコロナ後の労働力不足が顕在化し、コストプッシュ型の住宅価格の上昇が懸念されているなかで、特に悩ましいのが“建設業の2024年問題”と言われている。これは2019年に施行された一連の働き方改革関連法によって、毎月45時間&年360時間の残業時間の上限が設定されたのだが、建設業や運輸業、医師などは労働実態を鑑みて法の適用に5年の猶予が設けられた。その期限が2024年3月末であり、この5年間に労働環境の改善について大きな進展がなかったことから、2024年4月以降の建設業における労働力の不足が更に深刻化することを指して“2024年問題”と称されている。

現状は既に同法の適用まで半年を切っており、建機の遠隔操縦による労働効率化など一部DX化による生産性の向上は認められるものの、特に下請け孫請けと言われる中小の建設事業者においては抜本的な改善はされていないことから、建設業における残業規制の導入によって、一義的に工期の遅れ(4月以降の労働力不足を前提とした工期の設定)が見込まれ、また工期の遅れによる金利負担の増加分も考慮すれば、分譲価格への上昇圧力となることも考えられる。

2024年以降の新築住宅市場は更なる価格上昇の可能性の高まりによって市場を維持できるのか、売れ行きが落ち込んでシュリンクする可能性はあるのか、中古住宅市場に波及することは考えられるのかなど、深刻な労働力不足を前提とした市場の今後について、有識者の率直な意見を聞く。

「構造的な労働力不足が価格上昇圧力に。金利上昇も相まって需給悪化の懸念」 ~ 吉田資氏

<b>吉田 資</b>:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など吉田 資:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など

国土交通省「建設労働需給調査」によれば、建設業の労働需給を示す「建設技能労働者過不足率」は、「人手不足」を示す「プラス」で推移しており、そのプラス幅は拡大傾向にある。建設業では労働力不足が深刻化している。
建設業就業者は、1997年の685万人をピークに減少しており、2022年は479万人となり、ピーク時の7割程度の水準となった。一方、建設業就業者の内、若年層(30歳未満)の占める割合は12%にとどまり(全産業平均は16%)、建設業は、他の産業と比較して若年層が少なく高齢化が進んでいる。こうした構造的な人手不足の影響を受け、住宅価格に大きな影響を及ぼす建築コストは上昇し続けている。
ところで、ニッセイ基礎研究所の推計によれば、東京23区の新築マンション価格指数(2005 年=100)は、2022 年には「192.4」に達し、アベノミクスがスタートして以降の過去10 年間で+69%上昇した。これまで、東京23区では、マンション居住の意向が高まり、主なマンション購入層である「夫婦のみの世帯」と「未就学児がいる世帯」の増加が続くなか、低金利環境がマンション購入を後押しした。結果、長期にわたる価格上昇局面においても、東京23 区の新築マンション市場は良好な需給環境を維持してきた。
しかし、2024年4月より、建設業でも残業時間の「総量規制」がスタートすることで、上記の労働力不足は更に進み、建築コストが高騰して、住宅(マンション)販売価格の上昇圧力となる可能性がある。
また、足もとでは、長期金利(10年国債利回り)は1.0%近くまで上昇しており、住宅ローン金利上昇がにわかに現実味を帯びてきている。住宅が今買い時かどうかを判断する材料として、住宅ローンの水準を挙げる人は多い。米国では、住宅ローン金利の大幅な上昇が住宅需要の足かせとなり、住宅販売件数は減少した。日本においても、今後、住宅ローン金利が大幅に上昇した場合、購入マインドが低下し、新築マンション市場の需給環境(販売状況など)が悪化する懸念がある。
建設業の労働力不足対策としては、外国人労働者の受け入れ拡大等が始まっている。国土交通省の資料によれば、建設分野における外国人材は、2011年の1.3万人から2021年の11.0万人へと増加し、取組みの成果が見え始めているものの、現時点では深刻な労働力不足の解消には至っていない。
建設業の労働力不足は早期での解決は難しく、建設コストが下がりにくい状況が暫く続くことが想定される。建築コストの価格転嫁が難しくなる中、住宅開発事業者は、これまで以上に消費者ニーズの変化等に対応した事業戦略の策定が求められることになりそうだ。

建築費は数年高止まりの公算大  「24年問題」を業界が変わる契機に ~ 平松健一郎氏

<b>平松 健一郎</b>:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行平松 健一郎:株式会社不動産経済研究所、日刊不動産経済通信編集部チーフ・記者。横浜市中区出身、東京都江東区在住。出版社、新聞社などでの勤務を経て18年から現職。3・11後は東北の被災地で震災復興の取材に没頭し、現在は国内外の大手不動産・金融各社の取材を担当する。趣味は25年続けているジョギングと、世界の僻地を巡るバックパック旅行

建築費の高騰と地価の上昇、住宅ローン金利の先高観―。そうした不動産各社の悩みの種が来春に一つ増える。建設業の時間外労働が罰則付きで規制され、労務ひっ迫に拍車がかかると懸念される「24年問題」だ。官民がかじ取りを誤れば工事の遅れや増額、事業機会の逸失などと傷が広がり、すでに供給戸数が減っているマンション市場にも追い打ちとなる。一方、危機は好機でもある。受発注者で協調し、残業規制というハンデを施工効率化や作業者の待遇改善を通じた入職促進などへと向かう踏み台にできれば業界の進路は変わってくる。
 
首都圏の新築分譲マンション価格は上昇基調が続く。不動産経済研究所の調査では、東京23区の今年4~9月の平均価格は1億572万円と初めて1億円台に乗った。東京の三田と浜松町で売られた合計約420戸の超高額物件を除くと平均は9,340万円であり、価格帯の中央値も8,268万円なのだが、「1億円」という数字が盛んに報道された。とはいえ中央値は前年同期の実績を約1,600万円も上回っている。価格上昇の背景には建設資材や労務などのコストアップがあり、特に労務費は残業規制でさらなる負担増が見込まれる。

国内の建設業従事者は22年平均で479万人。97年の685万人に対し200万人以上も減った。55歳以上の働き手が4割弱を占めており減少は加速する。資材価格もなお高く、円安が続く限り価格は落ちないとの見方が多い。建設物価調査会の調べでは資材価格は9月時点で一昨年よりも約2割上昇。実際に都内や地方などの大型再開発事業でも工事費が当初の予算を上回る事例が相次ぐ。国土強靭化対策やリニア中央新幹線関連など土木工事の発注が増えており、ゼネコンは余力を残す観点からも建築案件の受注を絞る。ある在京デベロッパーは「大手建設業は25年上期までは人繰りが難しく、いま発注できるのは最低30億円以上の案件だ。10億円規模の工事は見積もりさえ取れない」と頭を抱える。サブコンの人材難が特に深刻で「超高層ビルには5年先まで昇降機を設置できない」との声もある。
 
こうした状況で始まる残業規制は業界にとって重石となる。国交省は官工事の現場に週休2日を定着させ、民間工事に広げたい考えだが壁は厚い。大手ゼネコンを会員に持つ日本建設業連合会は7月に「週休2日宣言」を出したが、会員企業の実施率は22年通年で42%と取り組みは道半ばだ。工期よりも労働時間短縮や休日取得を優先させる建設会社は多くはなく、「隠れ残業」が横行する懸念もある。

デベロッパーの反応はどうか。野村不動産の財務担当者は「工事原価は上がったが、新築マンションについては都心物件の売れ行きがよく現時点で販売価格に転嫁できている」と話す。労務費はさらなる上昇を見越すが、住宅の工事は10月下旬時点で今期と来期の発注を終え、翌期分も7割はコストを確定させるなど前倒し発注で吸収を図る。三菱地所レジデンスも「ゼネコンの見積もりにはすでに来春以降の労務費上昇分が乗っている」と指摘。来年以降に「千代田区番町」で複数のマンションを売り出すなど、価格転嫁の余地が残る都心への傾斜を強める。別の住宅大手は「発注にかかる予備費を増額し、着工後の価格変動に備えている」とも。工事を請けるゼネコンの立場が従来よりも強くなっている側面があるようだ。
 
労務と資材の需給は東日本大震災で均衡が大きく崩れ、それがいまも尾を引く。25年には団塊世代が後期高齢者となり人材難に拍車がかかる。円安で外国人労働者の誘致は難化し、「DX」による生産合理化も即効性は期待できない。人口減少と高齢化が急進する日本では、特に人手不足は重層的かつ息の長い取組みが求められる根深い問題だ。国も工事請負契約の透明化や適切な工期確保など、不動産・建設業の体質転換に乗り出している。旧弊を改めるうねりを起こせるかで業界の命運は変わる。24年4月まで半年を切り、構造改革の正念場を迎えている。

新築分譲マンションの価格は高止まりする見込み ~ 大崎健一氏

<b>大崎健一</b>:(株)⻑⾕⼯総合研究所 代表取締役社⻑。1985年東京⼯業⼤学⼤学院建築学専攻修了。同年(株)⻑⾕川⼯務店(現 ⻑⾕⼯コーポレーション)⼊社。⼯事管理、設計、営業、企画業務を経験し、2008年営業企画部⻑。2017年⼀般社団法⼈マンションリフォーム推進協議会事務局⻑。2021年より現職。大崎健一:(株)⻑⾕⼯総合研究所 代表取締役社⻑。1985年東京⼯業⼤学⼤学院建築学専攻修了。同年(株)⻑⾕川⼯務店(現 ⻑⾕⼯コーポレーション)⼊社。⼯事管理、設計、営業、企画業務を経験し、2008年営業企画部⻑。2017年⼀般社団法⼈マンションリフォーム推進協議会事務局⻑。2021年より現職。

当社長谷工総合研究所は、長年マンションの供給データ等を蓄積してきた。その経験から今後のマンション市場について主に販売価格における考察を行った。今回、いわゆる「建設業界の2024年問題」が話題になっているが、ゼネコン各社では相当以前から建設現場における週休2日の導入促進等労働環境の改善に注力してきた。建設業界自体の縮小や3Kの代表といわれる過酷な労働環境を背景とした建設労働者の減少は2000年頃からすでに始まっており、長年ゼネコン各社の重要課題であった。近年では円安による外国人労働者の不足も加わり、建設業全体の就業者数の減少と高齢化は長期に続くと予想される。
また、紛争の続くウクライナや中東情勢、インフレや円安による建材やエネルギー価格の高騰により、新築住宅における建築費の上昇はとどまる見込みがない状況に加え、地価の上昇もあり販売価格は上昇を続けている。経済的には経済成長率の久しぶりの改善、賃金の上昇等明るい見通しが出てきたが、不動産各社は米国や中国等の世界経済の変調、ローン金利の上昇懸念など、先読みが難しい状況にあり、非常に慎重なマンション供給が続いている。当社が長年ウォッチングしているマンションの着工や供給データを見ても、急速に供給量が増加することはなく、値崩れするとは思えない状況である。
なお国や建設業界においては、建設DXの開発やドローン・ロボットの導入で効率化を図る動きは強く、危険作業等リスクの低減や施工精度の向上も可能となるが、大型の機械やシステムの導入には多額の費用がかかるため、小規模の工事現場においては導入が難しい。特に嗜好性の強い住宅建設においては、工事の手間もかかり、劇的な省力化や生産効率の改善は今後も厳しいと予想される。
一方、人口減少や婚姻率の低下が2010年頃から住宅市場に影響を与えており、国は将来の人口動態においてますますの人口減少と世帯数の減少を予測している。しかし一方では、災害がもともと多い日本の国土で気候変動による災害は激堪化しており、命を守り資産を保全できる災害に強い住宅の必要性は確実に増えている。マンションは不動産としての利便性、資産性、防災性(安全、安心)として優れたすまいとして認識されるようになってきており、人口減少の状況においても新設需要が大きく下がることはない。今後も新築マンションは都心や利便性の高いエリアを中心に供給がすすみ、価格が高止まりするであろう。
最後に、近年のマンションでは適切な管理、計画的な修繕を行えば120年は持つと考えられている。新築マンションの価格高騰と供給減少を背景に、購入者においては初めから新築にこだわらず、新築と中古を同時に検討する方も増えている。好立地で高品質の中古マンションを購入、あるいは中古を買って自分のライフスタイルに合わせたリノベーションを行う需要がさらに増えると予想される。
人生100年といわれる長くなった人生において、家族構成やライフスタイル、健康状態、趣味等にあわせて「どのように暮らすか」を視点に、利便性、資産性、安全、安心をかなえるすまいの選択肢をどんどんひろげていくことが求められる。

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