路線価はコロナ禍を脱し特に市街地エリアで順調な回復傾向を示している
コロナ禍の影響をようやく脱したかに見える2023年の不動産市況。インバウンドが急速に回復し、全国の観光地や宿泊施設、アクティビティなどにはコロナ前を上回るほどの国内外の観光客が押し寄せ、コロナ禍で大きく減った観光業に従事する人手が手当てできずに苦慮するところも多いという。土地および施設の本格稼働にはもう少し時間が必要との見方もあるが、土地の利活用に関しては概ね順調とのコンセンサスが醸成されているようだ。観光業だけでなく、社会全般における経済活動はコロナ前の勢いを取り戻しており、交通機関ほか各種インフラ関連の売り上げおよび収益も順調に回復してきていることから、今後はコロナ禍で失われた3年を取り戻すべく、様々に経済活動が活性化するものと期待される。
この間、特に2023年に入って以降は好調な企業業績を反映して株価が安定的に上昇する局面が繰り返し訪れ、1月には2万6,000円を割り込んでいた日経平均株価も、3月上旬には2万8,000円を突破、その後も順調に推移して5月中旬には3万円の大台に乗せた。年初来の高値は路線価が公表された7月初旬の3万3,753円で、これも好調な企業業績と安定上昇する地価動向を折り込んでの相乗効果と見ることもできるだろう。
路線価とは「公衆が通行する道路」に面する土地の1m2あたりの価額を表すもの
さて、今回のテーマである路線価について改めて説明すると、宅地の価額が概ね同じ水準と考えられる一連の土地が面している路線(=公衆が通行する道路の意)について、その路線に面する土地の1m2当たりの価額を1,000円単位で表示するものだ。
土地の価格水準が基本的にその土地と接する道路(=利用価値の多寡)から導かれる前提で、土地の価格水準を道路ごとに表示し、公示地や基準地といった「点的」な地価指標とは別に、矢線で示した一定区画の地価水準を「面的」にかつ「個別・具体的」に示したものである。公的な土地評価としては、相続税評価および固定資産税評価に路線価が使用され、相続税評価では市街地について路線ごとに「路線価」を定め、この路線価を基準として各種の補正率を適用し、土地の財産評価ならびに相続税額を算出する。この相続財産評価の路線価は、地価公示価格、売買事例価額、不動産鑑定士による鑑定評価額、ほか精通者意見価格などを参考として各国税局(税務署)が評定することになっている。評定の基礎となる「標準宅地」は全国で約40万地点が定められており、毎年1月1日を評価時点として評定され、毎年7月1日に公表される。
なお、相続財産評価の路線価は、1992年以降地価公示の8割を目安に評定されている。また路線価は専ら市街地で定められており、市街地以外の郊外エリアは評価額に国税庁が定めた倍率を掛けて税額を算出するため、倍率地域と言われて区分されている。
2023年路線価の概要と傾向:全国平均1.5%上昇。コロナ禍からの回復傾向鮮明に
このようなプロセスを経て公表された2023年の路線価は、全国平均で前年から1.5%上昇し(2022年は0.5%の上昇にとどまっていた)、新型コロナウイルスの影響が明らかに弱まったことで観光地や繁華街を中心に人出や経済活動に著しい回復が見られ(ただし新型コロナの感染症法上の分類が5類に移行する前の評価であることに留意されたい)、利用価値が高まったエリアを中心に、コロナ禍で落ち込んだ地価動向が短期間で復調したと報じられている。
全体的な状況としては、北海道新幹線の札幌駅延伸に伴う周辺開発が急激に活性化している北海道で対前年比6.8%の上昇を記録したのを筆頭に、福岡県4.5%、宮城県4.4%、沖縄県3.6%、東京都3.2%など、各市街地中心部およびインバウンド需要の影響が大きく反映される地域を中心として上昇率が拡大した。首都圏では東京都以外も神奈川県2.0%、千葉県2.4%、埼玉県1.6%とそれぞれ上昇し、いずれも2022年よりも上昇率が1ポイント以上拡大している。
各都道府県庁所在地では、最高路線価が前年から上昇したのは29都市で、前年の15都市から一気に増加している。最も上昇率が高かったのは岡山市の9.3%、2位は札幌市の8.4%、3位はさいたま市の8.0%となった。横ばいの都市は13都市で前年より3都市減少、下落となったのは4都市でこちらは前年より12都市減少している。2022年に最も下落率が高かった神戸市(ー5.8%)が2.0%と上昇に転じたほか、下落が続いていた大阪市や奈良市なども上昇率がプラスとなり、全体的な傾向として最高路線価が上昇していることがわかる。
前年に続いて2023年の路線価も概ね全国的に上昇する状況が示された。今後も新型コロナウイルスの影響がさらに低下し、国内外のインバウンド需要の増加も見込まれることから、路線価が引き続き上昇する可能性は一義的には高いと考えられる。
首都圏郊外ではテレワーク継続の影響が鮮明に。今後は地域格差も拡大?
新型コロナが拡大中の時期から、特に首都圏郊外は路線価の上昇地点が多かったことが改めて注目される。テレワークの拡大を契機として、首都圏の都心近郊エリアから準近郊~郊外へ、更にその外側のエリアへと移住する傾向が強まったことは、郊外方面での住宅需要を確実に押し上げ、路線価ほか公的地価の上昇要因となったことは記憶に新しい。また、現状の移動人口の推移を確認しても、依然として35歳以上の専らファミリー層と言われる世代は、コロナ後を意識する状況に変化しても東京都、大阪府、愛知県などの各市街地中心部から“転出超過”を記録しているから、“働き方改革”に伴う“住まい方改革”とも言うべき郊外での住宅需要が継続していることも見て取れる。実際に子育て支援策が充実しているとされる地方圏の自治体では移住に関する問合せが増加するという事実もあり、コロナ禍で大きく変化した住宅選択は、メインストリームではないものの、確実に新たなニーズを生み出していると言えるだろう。
対照的に、大学や専門学校への新入学、企業に就職する新卒社員など若年単身者層は東京都を含む首都圏全域および大阪府など大都市圏中心部付近への流入が再開し、“転入超過”を記録している。つまり世代によって流入する先が都市圏の中心部なのか、それとも準近郊~郊外なのかという違いが発生しており、東京都心部における住宅価格の高騰もこういった傾向に拍車をかけていると見ることができる。
このような人の移動を考慮すると、都市圏中心部における地価の上昇および都市圏郊外、地方圏での新たな住宅ニーズの高まりが並行して発生しているから、資産性を重視するか、それとも居住性や安心して長く暮らせる快適性を優先するのかというライフスタイルが問われており、それが地価動向にも微妙に影響するということになるのだろう。つまり居住エリアとして注目され続ける都心や市街地中心部、もしくは交通利便性や子育て環境などから新たに注目されるエリアは将来有望であり、この状況でも注目されにくいエリアとの格差が拡大することも当然予測されることになる。
懸念材料:東京都心部でのオフィスの2023年問題が顕在化?
一方、路線価も含めて地価推移の懸念となるのがオフィスの2023年問題だ。これは、主に東京都心部およびその周辺の極めて利用価値の高いエリアに2023年以降新たに竣工する大規模オフィスビルが数多く控えており、需要が果たして供給に追いついていくのかと指摘される話で、虎ノ門、高輪、日本橋、八重洲、浜松町~田町などに合計約200万平方メートル超もの新たな床が創出されることから、その問題顕在化が今後の地価動向にも影響を与える可能性がある。これら最新の設備と仕様を誇る超高層オフィスビルは、当然のことながら賃料も周辺相場より格段に高額な水準となることが想定されており、与信および信用力が担保できる大手企業以外に入居を検討するところは少ないだろうし、オフィスの移転(特に本社機能の移転)には多くの時間と労力を要することから、例えば2027年度竣工予定の“TORCH TOWER”においても既に水面下での入居交渉は始まっている。
供給サイドもコロナ後もなかなか回復してこないオフィス需要の現状は把握しており、ワンフロアすべてではなく小分けにして活用できるように工夫したり、複数の企業がオフィスの一部を共同利用できるようにしたり、オフィス・インテリアごと貸せるようにしたりと、あの手この手で需要を喚起しようとしている。それでも企業サイドにもテレワークの継続によるオフィス床の縮小、光熱費および交通費の削減などによる固定費の圧縮というメリットが依然大きいことから、このオフィスの2023年問題が大きくなるほどに、2023年以降のオフィス収益力低下に伴う都心部の地価動向の弱含みも想定しておく必要が出てくる。
地価動向は常にその土地の“利用価値”と密接に関連している。インバウンドで利用価値が高まった観光地の商業施設は賃料を支払っても高い収益を上げることが望めるし、北海道新幹線の延伸で開発が進む札幌駅周辺もセカンドハウス需要や本州方面へのアクセス向上がその利用価値を高める好例と言える。
その意味で、今後のオフィス需要の見込みが仮に大きく外れることになれば、地価の下方修正要因ともなりかねないのであり、今後については状況をまだ注視していく必要があるだろう。
2年連続での路線価上昇、コロナ禍からの脱却は耳あたりの良い言葉ではあるものの、依然として予断を許さない状況にあるとの認識も求められる。
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