ロックダウンで打撃を受けた市場、ロックダウンで活性化した市場
本稿は、日本不動産学会誌 139号, 27-32「ロックダウンは不動産市場と都市に何をもたらすのか? 」(清水千弘、2022年)を加筆・要約したものである。
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新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が発生してからというもの、とりわけ大都市の家計や企業は、経済活動のみならず、教育、医療、娯楽などの行動に対してさまざまな制限や負荷を与えられた。最も強い制限は、「ロックダウン」と呼ばれるような経済社会活動の機能停止である。人の移動、つまり人流そのものを制限したり、店舗に休業を要請したり、開店時間や販売可能な商品やサービスを制限したりすることで、感染機会をできる限り削減しようとした施策が講じられた。具体的には、人流の県間を越えた移動制限、人の接触機会が濃密になりやすい店舗の休業要請や開店時間の縮小、さらにはアルコールといった特定の商品の販売禁止、スポーツ観戦、演劇やコンサートなどの興業の制限などである。最近は、with コロナ社会への模索が始まっており、コロナ前の状態に少しずつではあるが戻りつつある。それでは、このようなロックダウン経済下において、不動産市場、または都市がどのような姿へと変容したのであろうか。そして、with コロナの都市・不動産市場の姿はどのようになっていくのであろうか。
After コロナの都市・不動産市場に関して、マスコミの報道などにおいてしばしば見聞されたのは、通勤が制限され、在宅勤務などが進む中での「オフィス不要論」であった。また、With コロナの中で、店舗の休業要請や開店時間の制限、酒類の販売制限を通じて、飲食店が閉鎖に追い込まれていく事例も多く報告された。さらに、訪日客によって支えられてきたホテル市場はとりわけ大きな打撃を受けており、制限が解除されたとしてもかつてのようなにぎわいには戻らないのではないか、といったことも指摘されている。
一方、このような負の連鎖とは対照的に、ロックダウン後に市場が活性化したセクターや地域がある。例えば、消費の場所が実店舗からオンライン通販などに一部のシェアが移行したことで、物流拠点の重要性が高まっている。また、情報化社会の一層の進展によって加速的にデータの流通量が上昇する中で、データセンターの需要が大きくなっていくことも予想されていた。そこに、在宅勤務などの普及によって、新しい働き方や生産を支える情報流通基盤への需要が高まり、それを支えるデータセンターへの投資も加速されている。加えて、通勤から解放された家計が郊外に住宅を移転させることで都心の空洞化が進む一方、郊外の住宅市場の需要が増加していく、といったことも指摘されてきた。これらの不動産市場の変化が持続すれば、都市の姿をも変容させることになろう。
以上のように指摘される問題は、経済学の枠組みで考えようとすると、ロックダウン経済が起こる前と起こった後で、市場の均衡状態がどのように変化したのかという点から整理していかなければならない。そして、ロックダウンまたはそれに準ずる行動制限が解除された後に、均衡点がロックダウン前の状態に戻るのか、それとも異なる均衡点へとシフトしていくのかを検討することを通じて、Afterコロナの都市・不動産市場の姿を予見できるのである。
消費支出の大きな比重を占める住宅サービスへの影響
都市・不動産市場は、さまざまなショックにさらされてきた。直近では、米国のサブプライム問題に端を発した金融危機によって、不動産市場は世界規模で壊滅的な影響を受けた。そのような不動産不況から回復した後に、新型コロナウイルス(COVID-19)の発生によって新しい局面を迎えようとしている。先のサブプライムショックは、金融システムが機能不全に陥ったことで信用収縮を通じて社会全体の生産性を低下させてしまった。一方、今回のショックは、金融システムは健全に機能しているものの、消費行動が制限されたことで発生した需要ショックに端を発している。国民経済計算においては、経済活動は、消費・生産・投資の3つの側面から測定される。経済がロックダウンされたことで最も大きなダメージを受けたのが、消費である。消費機会が制限されることで、需要ショックが特定の市場に発生したと考えればよい。
最も強いロックダウンでは、個人が自宅空間に閉じこめられてしまう。狭い住宅に住んでいる場合は、監獄にいるのと同じような状態になる。個人は、刑務所に入ることを避けるために、多額のお金を払うことを厭わないのが普通である(高額な弁護士費用を支払うであろう)。基本的に、刑務所に入ったり、厳しい監禁を受けたりすると、非常に大きな度合いで厚生水準が減少する。この厚生水準の大幅な減少を説明するためには、購入ができない財やサービスの留保価格が、行動制限がなかった前期の価格よりもはるかに大きくなければならない。
ここで重要となるのが、地域別に消費可能な財やサービスが異なることである。さらに、ロックダウンの影響は、空間的に行動制限に強弱があった。家計は、ロックダウンがあったからといって食料や衣服を買わなくなったわけではない。このようにロックダウン前後を通じて購入可能であった財やサービスは、消費地が住宅地の周辺となったり、オンラインショッピングなどで代替したりするようになった。一方で、レストランやバーなどの消費や、旅行、スポーツ観戦などのレジャーへの支出機会を失ったことで、その留保価格が大きく上昇し、家計は高いインフレに見舞われた。そうすると、家計は消費支出のバスケットの中で最も高い比重を占める住宅サービスへの支出を節約するように行動する。その選択肢は、①面積を小さくするか、②単位当たりのサービス価格が安い郊外部、または地方都市へと移転するといった選択が考えられる。
ここに、通勤費用の増加が追加される。出勤制限は、経済全体での企業が集積する都市部への通勤コストの実質値上げを意味する。家計は、通勤コストが実質的に増加したことから、コストを平準化するように出勤回数を減少させるように行動する。さらには、出勤が制限される中で生産性を維持しようとすると、在宅での勤務が要請される。
このように考えると、厚生水準を一定に保つためには、①の面積を削減することは現実的ではなく、②の単位当たりのサービス価格の低いところへと移動するという選択が高い確率で行われたと考えることが自然である。
空間的な消費地の変化
さらに、空間的な消費地の変化も発生した。ロックダウン経済前は、都市部のレストランやバーなどで消費できたサービスは、ロックダウン後には減少またはゼロとなってしまった。そうすると、留保価格が極めて大きく上昇することで、実質消費額が増加してしまう。その対価となる効用水準を一定に保とうとすると、消費の質と消費の場所を変化させることが要請された。具体的には、その消費場所を住宅周辺の店舗や住宅内部で行うような行動変容が見られた。
そうすると、都市と同じような消費が可能な鎌倉などの湘南エリアに代表される郊外部の一部の地域に人気が集まったり、住宅の広さを求めたりするような動機が発生したことが説明できる。このケースは、集積が大きい都市部と同じ種類だけの消費が可能である中での立地選択が行われたという前提の中での行動変容となる。
しかし、現実には多くの地域で、消費ができなくなった財やサービスが発生したことから、このようなトレンドは近視眼的な家計の誤った錯覚が存在しており、長期均衡下では過大に評価されてしまっている可能性も否定できない。このような立地選択行動は、数量を固定したうえで意思決定が行われており、実際は数量そのものも変化してしまうためである。
一方で、都市集積が進むという現象も見られている。これは、財・サービスの質的な差異と消費可能な財の種類の空間ごとによる消費可能性と費用から説明できる。
都市部では購入が可能であるが、郊外または地方都市で購入できない商品は多く存在する。典型的なものとしては、高等教育や高度医療、人気テーマパークに代表されるような特別な施設などが挙げられるであろう。そのような多様な財やサービスを購入可能な地域に住むことで、効用水準は相対的に高くなる。しかし、そのような財やサービスでも、立地を変更しなければ消費ができないものとそうでないものがある。例えば、特別な質を持ったイタリアンやフレンチなどのレストランでの消費や夜景がきれいなバーなどでの消費は、その消費頻度が高いものではないので、移動をして消費をすればよい。
しかし、高等教育などは、消費頻度が高く、立地の変更を伴わない限り、その消費が困難である。そのような消費に強い選好を持つ世帯は、その特別な消費が可能な地域へと集中するように立地選好を顕示する。その集積が大きいのが都市中心部となる。
ここで商業施設市場に目を移せば、ロックダウンによって消費ができなくなってしまった飲食店などが集中している繁華街を中心に、土地価格が下落した。そのような消費は強制的に制限されたことから、飲食店での消費財に対応した留保価格が大きく上昇したことで、その消費の場所が他の地域の消費可能な店舗や家庭内に移動し、その結果として当該地域または不動産での実質消費額が大きく低下または消滅した。
オフィス市場は、出社制限などが加えられることで通勤コストが大きく上昇したことから、サテライトオフィスや在宅勤務などへと従業員の生産場所をシフトさせることが余儀なくされた。そのため、センターオフィスの機能が見直されるきっかけとなり、本社ビルを売却したり、機能を集約させたりする動きが発生した。そのような中で、短期的には空室率が上昇し、オフィス賃料は低下するといった現象が見られた。
Beforeコロナに戻るのか、新しい均衡点に向かうのか
経済のロックダウンは、不動産市場に対してさまざまな経路を通じて甚大な影響をもたらした。ロックダウンがもたらす最も深刻な問題は、消費活動の停滞である。消費活動が停滞することで、不動産の利用純収益(家賃)はゼロまたはマイナスとなってしまうことであった。また、生産活動においても、従業員の出勤制限などを通じて、総生産時間の制約を通じて停滞をもたらす。とりわけロックダウンへの準備が不完全であった2020年は、時間単位の生産性も大きく低下させてしまった。経済のロックダウンは、不動産の利用市場においてはとりわけ商業不動産市場、ホテル市場で大きなダメージが発生した。
一方住宅は、財・サービスの実質インフレを通じて単位当たりの支払い意思額は低下したものの、在宅勤務が増加することで、住宅サービスを享受する空間に加えて、知的生産を行うといった機能が要求されたことで数量を増加させる動機が生まれた。ここで重要になるのが、「知的生産」の場所の代替はすることができても、それ以外の財やサービスの製造や販売などの商業空間市場の代替にはなることができなかったという点である。その意味で、数量を増加させる動機を持った家計は限定的かもしれない。また、知的生産活動の代替の場となることができる住空間を保有している家計も少なかったかもしれない。
ここで、Afterコロナの都市・不動産市場を展望するにあたり重要になるのが、Beforeコロナの状態に戻るのか、新しい均衡点に向かって社会全体がシフトしていくのかということである。経済社会では、家計であれば効用を最大化するように、企業であれば利潤を最大化するような最適選択を繰り返し実施している。そうすると、合理的な選択をするという前提を置くと、新しい均衡点に向かってシフトしていくものと考えるほうが自然である。
家計は、ロックダウンによって多くの犠牲も強いられた一方で、在宅勤務やサテライトオフィスなどの利用を通じて生産性が改善されただけでなく、新たな気づきや日常生活での満足度を大きく上昇させることができた。多様な働き方が出現したためである。それは企業にとっても同様である。そのように考えれば、After コロナの都市・不動産市場においても、新しい均衡点を模索していかなければならない。消費行動でも生産活動でも、そして投資行動でも同様であるが、「多様性」こそが重要なのである。
Afterコロナの都市・不動産市場の最終的かつ具体的な行き先を描くことは簡単ではない。しかし、長期的な均衡点は経済原則の根底にある、家計の「効用最大化行動」と企業の「利潤最大化行動」の先にあることだけは確かである。そして、都市・不動産市場をどのようにデザインするのかといったことは、都市または不動産の価値を差別化し、その結果として、社会全体の厚生が大きく変化することは断定できる。今、私たちがどのような選択をするのかによって、未来が大きく変わる大切な変曲点を迎えているといってもいい。正しい選択をしたいものである。
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