今回の改正で原則すべての新築建築物に省エネ基準適合を義務付けることになったが…
2022年6月「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」(建築物省エネ法)の改正案が可決・成立し、2025年度に施行される運びとなった。今回の改正骨子は①原則すべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合を義務付け ②住宅トップランナー制度の拡充 ③建築物の販売・賃貸時における省エネ性能表示の推進 である。
住宅については2025年度から延床面積の大小を問わず、すべての住宅について省エネ基準への適合義務が課されることとなった。また、新たに住宅トップランナー制度の対象に「分譲マンション」が加えられた。国土交通省によれば、基準となる事業者の年間供給戸数の水準および目標年度は、分譲マンションを供給する大手事業者の動向や省エネ性能の実態を踏まえて検討するとのことであり、詳細は現時点では未定だ。しかし、2022年に本格化したZEH-M=ZEH基準(ZEHは断熱等性能等級5および一次エネルギー消費量等級6に該当)の外皮・省エネ性能を有するマンション分譲は、エネルギーコストが高騰する中で光熱費を抑えることができる上に環境にも優しいという点が購入者に好意的に受け止められ、大手事業者では自社の“標準仕様”とすることを表明したデベロッパーも出てきている。このことから、住宅トップランナー制度の対象となることを大手事業者は歓迎する向きもあるが、中小の事業者にとってはかなりハードルの高い事業内容が求められることになろう。
今回の改正で、特に300m2未満の小規模住宅についても業界の反対を押し切って適合義務を課すことにしたのはなぜか。それは2050年のカーボンニュートラル達成、および2030年度温室効果ガス46%排出削減目標達成に向けての動きが遅々として進まない状況を打破することが必要だったからという見方が有力だ。当然のことながら、断熱性能の高い住宅は建築コストが高くなるので販売価格も高くなり、売れにくくなる。例えば一般的な建売住宅は立地に合わせて相場価格で販売されるのであり、ユーザーは断熱性能の高い住宅に魅力は感じてもコスト面の負担が大きければ購入には至らないという消費面での課題が未解決のままだ。しかし、今回の改正では住宅価格の高騰によって市場が縮小するリスクよりも、ハードルをさらに上げてエネルギー消費がより抑制可能な住宅の供給を優先したことになる。
確実にイニシャルコストが上がる代わりに、光熱費などのランニングコストが下げられるメリットがある省エネ基準適合住宅だが、今後カーボンニュートラルを達成するために普及に関する上記のような課題はどうしたら解決できるのか、住宅性能向上に知見を持つ有識者の見解を聞く。
今回の時事解説論旨
論点:新築建築物の省エネ基準適合を義務付け。省エネ基準適合住宅普及への課題はどうしたら解決できるか
宮村氏:持ち家だけでなく今後の日本の賃貸住宅のあり様まで変えることになるかもしれない
前氏:住宅に関わるすべてのプレーヤーが「できない理由探し」をやめて「できる方法探し」をすべき
以下、それぞれのコメントを見ていきたい。
持ち家だけでなく今後の日本の賃貸住宅のあり様まで変えることになるかもしれない ~ 宮村 昭広氏
宮村昭広:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に今回の改正法施行で、2025年4月以降は「平成28年省エネルギー基準」の等級4の適合が、すべての新築住宅に原則(10m2以下のもの等を除き)義務付けられることとなった。その意味するところは、この値が最低基準であり、等級4をクリアできない住宅は建てられないということ。基準が設定される2022年3月までの最高等級が一夜にして最低等級となるわけで、日本の住宅の省エネ化の概念が大きく変貌することとなった。
従来から取り組んでこなかった事業者にとっては、技術的なハードルは高いとみられる。これに対し、大手や準大手の住宅企業は従来から等級4以上を標準としてきたこともあり「特に問題はない」という見解だ。また、大手と比べ技術的な習熟度が低いといわれた中小工務店・ビルダーでも、業界団体の住団連が実施したJBN・全国工務店協会などへのアンケートでは「概ね対応可能」との回答が大勢を占めた。
だが、こうした団体に加盟できるところは比較的規模が大きい事業者のケースで、それ以下の零細な事業者とは事情が違うとの声もある。特に、昔ながらの建て方を変えられない事業者にとっては死活問題という。義務化以降は、そうした事業者の多くが脱落する可能性が高くなるのも事実だ。とはいえ、省エネ化を含めた脱炭素化の動きはもはや後戻りすることはなく、業界として身を切る事態に至るとしても、国際的な流れでもある住宅の省エネ化を推進するべきとの意見が主流となりつつある。
住宅の省エネ化のメリットは光熱費が節約できる点。断熱性能が高く外気の影響を受けにくいため、冷暖房費が抑えられる。また部屋間の温度差がないためヒートショックの心配がなく、結露を要因としたカビやダニの発生も防げるなど健康面のメリットも大きいことも、この流れを後押ししている。
一方で、断熱性能を向上させると従来以上の費用がかかる。住宅価格のアップにつながり、そのことが住宅購入希望者の意欲を減退させ、住宅市場を縮小させるのではないかとの見方もある。確かに、価格アップで一時的には縮小する可能性はある。しかし、今回の法改正はすべての事業者に平等にかかる「網」であり、長期的な視点は別としても、持ち家から分譲、あるいは賃貸へと多少の需要構成の変化は起きるかもしれないが、総体として現状程度の住宅需要は維持できると考える。
省エネ基準への適合が義務化されると、住まいの「資産価値」の面で格差が出てくるはず。適合していない既存住宅の価値は、適合住宅と比べ相対的に低く評価される可能性は高いからだ。賃貸居住者にも温度差が少ない居室が好まれるようで、アパート経営者の中には環境配慮の観点だけでなく、空室率を視野に経営判断として、より上位基準の「ZEH-M」を選ぶところも出ているという。その意味でも、今回の義務化は持ち家だけでなく今後の日本の賃貸住宅のあり様まで変えることになるかもしれない。
住宅に関わるすべてのプレーヤーが「できない理由探し」をやめて「できる方法探し」をすべき ~ 前 真之氏
前 真之:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。専門分野は建築環境工学、研究テーマは住宅のエネルギー消費全般。 学生時代より25年間以上、住宅の省エネルギーを研究。健康・快適で電気代の心配がない生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの実現と普及のための要素技術と設計手法の開発に取り組んでいる▼「寒さで健康を損なう」か「暖房費で財布を痛める」か
「日本の家は寒い」。海外から来た人は口をそろえて訴える。最近になって家の寒さが「ヒートショック」として大きな健康被害をもたらすことが明らかになり、室内を健康温度(WHOの勧告は18℃以上)に保つことが推奨されるようになった。一方で、輸入燃料の高騰を受けて電気代・ガス代の値上げが相次ぐ中、むやみに暖房するわけにもいかない。「寒さで健康を損なう」か「暖房費で財布を痛める」か、つらい二択を迫られている。
▼日本の家が寒くて電気代がかさむのは、省エネ性能の不足が原因
熱と空気の勝手な出入りを減らす「断熱気密」、熱を少ないエネルギーで賄う「高効率設備」、太陽からエネルギーを生み出す「太陽光発電」の3つで省エネ性能を確保すれば、冬でも暖かく電気代も安心な暮らしを実現できる。初期コストは少し上がるが、ランニングコストの削減で確実に元はとれ、なにより生活が健康・快適になるので、やらない手はない。しかし、日本ではこうした省エネ性能の確保が著しく遅れてきた。
▼住宅の省エネ性能確保の先送りがもたらした「人災」
日本では住宅の省エネ性能を確保する「省エネ基準」がオイルショック直後の1980年に策定され、1992年と1999年に改定された。ただし、あくまで「任意基準」であり、1999年の基準で建てられている家は、住宅ストックのわずか13%に過ぎない。
ようやく新築住宅については2020年に省エネ基準を適合義務化することが閣議決定されたものの、直前になって国土交通省は義務化を見送ってしまった。また、住宅の省エネ性能を表示する表示制度も、2022年度の開始予定が延期された。つまり、日本ではいまだに新築住宅でも省エネ性能を満たしている保証はなく、借りる家の省エネ性能に至っては知る由もないのだ。
最近になり脱炭素の大号令を受けて、新築住宅への適合義務化が2025年から、性能表示が2024年(ただし任意)からの開始が決定したものの、遅きに失した感は否めない。現在の苦境は決して防げなかったものではない。省エネ性能の確保を怠り、見送り・延期を繰り返した挙句の「人災」なのだ。
▼日本の家を寒くした犯人は誰か?
2020年の省エネ基準適合見送りは、日本の省エネ行政の「怠慢の象徴」として長く語り継がれるべきものだ。ただし、この原因を行政庁だけに押し付けるのもアンフェアである。住宅を取り巻くプレーヤーのすべてに責任があると考えるべきだろう。
行政:確認申請で性能を確認したり供給者の指導をするのが面倒だからやりたくない
建設事業者:新しい知識や技術習得が面倒 手っ取り早い差別化と価格競争に明け暮れる
建材メーカー:新規投資に慎重 原価償却済みの装置を回して従来品をずっと生産したい
エネルギー事業者:口では省エネと叫んでも、結局は電気・ガスが売れないと利益が出ない
設備・家電メーカー:エネルギー事業者の言いなり 設備投資や技術開発に後ろ向き
賃貸オーナー:とにかく投資回収年を短くしたいので借り手の生活や光熱費には無関心
不動産事業者:上物を安く買い叩く方が有利なので住宅の性能に価値をつけたくない
金融機関:ローンの担保を住宅購入者個人につけるのに慣れて住宅の質を評価できない
関係者一同がこれでは、省エネや脱炭素の話が上辺だけに終わるのも無理からぬところだ。しかし最大の原因は、私たちが住まいの性能に関心を持たず、暮らしの質の確保に努力をしてこなかった、我々一人ひとりの「無関心」が最大の原因ではないだろうか。
▼住宅に関わるすべてのプレーヤーが「できない理由探し」をやめて「できる方法探し」を
2020年に予定されていた適合義務化見送りの理由は、「中小工務店が対応できないから」「家が高くなって買えない人が出るから」とされていた。しかし、省エネ基準が求めているのは「1999年の断熱基準」と「2012年頃の標準設備」という、非常に低レベルなものである。むしろ「こんな低レベルな基準を義務化して意味があるのか」という批判の方が、しっくりくる。まともな対応ができていないのは、非住宅メインで住宅は片手間の「未習熟事業者」の方。住宅を専門にしている中小工務店はむしろ早い段階から準備していたところが多く、風評被害に迷惑しているというのが実態である。
「家が高くなる」という理由は繰り返し使われるが、だからといって国民を寒さと貧しさに取り残してよいはずはない。高性能をいかに低価格化してすべての国民に届けることが本来の住宅政策のはず。住宅に関わるすべてのプレーヤーが「できない理由探し」をやめて「できる方法探し」をはじめなければ、日本の住宅に未来はない。はなはだ不十分ではあるものの、今回の省エネ基準適合義務化は、すべての国民に健康快適・安心な暮らしを届ける政策の「はじめの一歩」とすべきである。
従来は省エネ対策のコストパフォーマンスが悪いことを強調する傾向があった国交省ですら、断熱や太陽光発電は十分に元が取れること、省エネ性能を確保しておかないと住宅の資産価値が下がるリスクが大きいことを「ZEHマンガ」で広報する時代になっている。時代は確かに変わってきているのだ。
▼すべての人が健康快適で電気代も安心して暮らせる、社会全体での仕組み作りを
幸いなことに、高い省エネ性能を確保した家をリーズナブルに届けるべく、がんばっている住宅供給者はいくつもある。ただし彼らは、なぜ省エネ性能が必要なのか住宅購入者に個別に説明し、納得して追加の資金を出してもらうために、業界や行政のバックアップなしに必死の孤軍奮闘をしているのが現実である。
日本は現場の善意に丸投げし、社会全体で良い方向に向かっていくための仕組み作りをサボる傾向が顕著だ。これでは真面目に考え努力する人が疲弊し脱落してしまう。日本の家と暮らしをまともにするために、全プレーヤーを巻き込んだ社会全体の仕組み作りが今こそ必要ではないだろうか。





